上 下
6 / 41

バカな私と新着通知

しおりを挟む
 なんか無理矢理、大学の時の同級生(しかもセフレっぽい関係だった)の謎彼女にされてしまった。なんなのマジで……

(好きとか言うけどさぁ、全然そんな感じじゃないし)

 顔とか無表情じゃん、ほぼ。むしろ無愛想? よくそれで告白してるつもりになれるよね。少しは照れたりしたらいいのに。

(そうしたら──信じられるかも、しれないのに)

 そう考えて、慌てて首を振る。振ったついでにパソコンのディスプレイを眺めた。編集中の記事の画面。
 大学四回の時にイギリスに留学して、そこでデザインに興味をもって、帰国後転部してデザイン勉強したりしたけれど──できれば書籍デザイナーになりたかった──まぁなかなかそんな仕事はなくって、一度は都内で金融機関に勤めたけれど、やっぱり諦めがつかなかった。
 そんな中見つけたのが、神戸のミニコミ誌の編集兼記者兼デザイナー。要は何でも屋。
 神戸自体には馴染みがある。大学が芦屋を挟んでお隣の西宮にあったから、ちょいちょい遊びに来ていたのです。おかげでなんとなく──学生時代に戻ったような気分になっていたり──きっとそのせいで、忘れていたはずの楢村くんとあんなことになったんだ。うん、きっとそう。

(まだ感情を引きずってるなんて──ことは、ないはず)

 どきりとする。
 うん、そう。好きとか言われたけど、ちゃんと折りを見て別れ話を切り出そう。
 そうしないと──今度こそ、感情が死んでしまう。

(死んでしまう、か……)

 私は目線を上げて、それから取材のメモを見直した。……あった、これだ。

『菌によって菌を殺す』

 よくできたものだと思う。
 日本酒が発酵する過程で──雑菌は乳酸菌によって殺される。その乳酸菌は、酵母から発生したアルコールで殺菌されて……
 ふと思う。
 人の感情にも似たところがあるのかもしれない。
 私の理性は、いつも恋心によって殺されて──

「道重ちゃーん、入稿できそ?」

 先輩の声に現実に引き戻された。
 窓の向こうには、梅雨明けの瑞々しい青空。夏の雲が眩しい。

「あ、はい、間に合います!」

 記事の色彩を調整しながら返事をする。
 先輩はちょっと探るみたいな顔で「なんかあった?」とか聞いてくれるけれど、私は笑って首を振る。変な顔はしていなかった、……よね?

「いえ、なにも?」
「……そ?」

 私はもう一回笑ってみせて、またディスプレイに視線を戻す。
 写真に写っているのは、やけに整った顔の私の──彼氏(?)になった楢村くん。気難しい顔をして、でも噛み砕いて酒蔵について説明してくれる姿が、目に焼き付いて──なんかいないんだから! やだもう、消えろおおお! なんで鮮明に思い出せちゃうの!? もうやだ!

(でも、なんていうか。働く男の人、だったなぁ……)

 お米にもお水にも拘っていて──六甲の花崗岩から浸み出した水にはミネラルが多いこと、それが日本酒作りに向いてるってこと。相性がいいのは、同じ水で育てられたお米だって楢村くんは言う。専門の農家さんと契約してお米を作ってもらっていて──

(……そのお酒を飲ませてくれるっていうから)

 ほいほいその言葉にのせられて、気がついたら組み敷かれていた。いや抵抗というか、自分からついていったんだけれど──ほんとに自分が分からない。
 楢村くんといると、私は私じゃなくなる。頭の芯が痺れてしまって思考能力がめちゃくちゃ落ちる。
 理性は殺されて。
 感情が暴走する。
 そのせいでセフレみたいにされて──
 それが嫌で、逃げたのに。
 ──まだ私は、彼が好きなんだろうか。あんな風に遊ばれて、辛かったはずなのに。

(……今度は結婚したいだとか、わけわかんないな)

 少なくとも私のことを好きなわけではない──と思う。多分。
 でもなんかさっきからすごいトークアプリの通知がすごい。連続で送られてきているのは、なにやらデートプランらしい。

『どれがいい? どこ行きたい?』

 私は呆れてスマホを見つめる──なに、こいつ。彼女にはマメな男だったわけ? ムカつく!

(……てことは、やっぱり学生時代は遊んでたわけか)

 私で。
 会うのはウチばっかり。学校終わったら楢村くんが家にいて、すぐ押し倒されて──出かけるのは近くのファミレスとか、なんなら大学の学食とか、それくらい。

(実家が酒蔵なのも、知らなかった──)

 当時、私たちはなんの話をしていたっけ? ただ身体を重ねるばかりだった気がする。

(そりゃ、……そっか)

 だってセフレだったんだもの。
 セックスできれば、それでオーケーだったんだもんね。楢村くんは。

(チョロかっただろうなあ)

 もしかして、いまも。
 悔しくて胸が黒いモヤでいっぱいになる。同時に「今は」彼女として扱われていることに、喜びを感じてもいて──ああもう、やだ。楢村くん嫌い。感情がめちゃくちゃになるから嫌い。大嫌い。
 泣きそうになるから既読無視して、私は原稿に集中する。

 その日の夜に既読無視してた楢村くんから鬼電が来る。いい加減無視するのも面倒くさくなって、スマホのディスプレイをタッチした。

『どれが良かった』
「見てない」
『見といて』

 ぶっきらぼうに楢村くんはそう言って、通話が切れた。

「……それだけ?」

 呆れて、でもそのままスクロールして楢村くんがトークアプリに送ってきてたURLをみる。
 大阪にあるアミューズメント施設だの、京都の水族館だの、神戸の美術館だの脱出ゲームだの。

「……どれでもいいや」

 どうせお別れ、するんだから。
 とりあえず、最後に来てたホラー&ミステリー系な脱出ゲームをリプライして「これ」とメッセージを送る。
 送った後で、自分がなんで「それ」を選んだのか分かってしまって、ちょっと悔しくなった。

「ふー……」

 アプリは閉じたのに、私はロック画面を見つめたまま。
 そうやって新着通知を待っている私は、きっと馬鹿なんだろうと思う。
 けれど、それでも、分かっててもなお──ぴろん、って鳴るその音を、心臓を潰しそうになりながら私はじっと待っている。
 大嫌いって思いながら、じっと待っている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ドクターと救急救命士は天敵⁈~最悪の出会いは最高の出逢い~

せいとも
恋愛
救急救命士として働く雫石月は、勤務明けに乗っていたバスで事故に遭う。 どうやら、バスの運転手が体調不良になったようだ。 乗客にAEDを探してきてもらうように頼み、救助活動をしているとボサボサ頭のマスク姿の男がAEDを持ってバスに乗り込んできた。 受け取ろうとすると邪魔だと言われる。 そして、月のことを『チビ団子』と呼んだのだ。 医療従事者と思われるボサボサマスク男は運転手の処置をして、月が文句を言う間もなく、救急車に同乗して去ってしまった。 最悪の出会いをし、二度と会いたくない相手の正体は⁇ 作品はフィクションです。 本来の仕事内容とは異なる描写があると思います。 表紙イラストはイラストAC様よりお借りしております。

御曹司の極上愛〜偶然と必然の出逢い〜

せいとも
恋愛
国内外に幅広く事業展開する城之内グループ。 取締役社長 城之内 仁 (30) じょうのうち じん 通称 JJ様 容姿端麗、冷静沈着、 JJ様の笑顔は氷の微笑と恐れられる。 × 城之内グループ子会社 城之内不動産 秘書課勤務 月野 真琴 (27) つきの まこと 一年前 父親が病気で急死、若くして社長に就任した仁。 同じ日に事故で両親を亡くした真琴。 一年後__ ふたりの運命の歯車が動き出す。 表紙イラストは、イラストAC様よりお借りしています。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

ブラック企業を退職したら、極上マッサージに蕩ける日々が待ってました。

イセヤ レキ
恋愛
ブラック企業に勤める赤羽(あかばね)陽葵(ひまり)は、ある夜、退職を決意する。 きっかけは、雑居ビルのとあるマッサージ店。 そのマッサージ店の恰幅が良く朗らかな女性オーナーに新たな職場を紹介されるが、そこには無口で無表情な男の店長がいて……? ※ストーリー構成上、導入部だけシリアスです。 ※他サイトにも掲載しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

義兄の執愛

真木
恋愛
陽花は姉の結婚と引き換えに、義兄に囲われることになる。 教え込むように執拗に抱き、甘く愛をささやく義兄に、陽花の心は砕けていき……。 悪の華のような義兄×中性的な義妹の歪んだ愛。

処理中です...