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番外編
【番外編SS】弟から見た兄(鮫川亮平視点)
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「そうか、兄貴が結婚か」
『秋くらいだそうだ。だがその前に顔合わせがある』
「わかった」
2番目の兄(兄ちゃんと呼んでいる)から、1番目の兄・修平(兄貴と呼んでいる)が結婚する、と連絡が来たのは、非番の日の昼のことだった。
消防士である(細かく言うならば特別救助隊に所属している)俺は、24時間の勤務が終わったばかり。
24時間勤務の後、2日の非番。
その三日がワンクール。
だから、勤務直後の1日は、大半を寝て過ごしていて(勤務中の仮眠は1時間交代だ)、次兄からの電話で起こされた形になる。
通話を切りながら、呟いた。
「結婚か……」
1番上の兄──修平は、ときどき。
本当に時々、俺を羨ましそうな目で見ていることがあった。
(兄貴は責任感が強いから)
ぼうっとした頭で考える。
俺みたいに、高卒で就職なんて、できなかった──まわりの期待が、強すぎて。
応えなくてはと、……実際に応えてしまうから。あのひとは。
(オマワリサンになりたかったんだよな、兄貴は)
夢を叶えてるようで、多分何か違う。
いま東京で署長サンらしいけど、兄貴がしたかったのは交番のオマワリサンなんだ。
俺は三男で、なんていうかマイペースなほうだけれど、それでも高校の先生からは進学を勧められた(ウチは末っ子以外成績が良い)。
いや公務員試験も相ッ当に難関だったけれど……、結局別の先生に背中を押される形で消防士になることができて──。
……先生、今頃なにしてるだろうか。
そんなことを考えつつ、ダラダラと昼飯を作った。
顔合わせの少し前くらいに、兄の婚約者が「警察庁長官の娘」だと知った。
(兄貴、また期待に応えようとしてる?)
周りの期待。
官僚サンのことは何も知らないけれど、たとえば出世だとか、そんなことで?
なんだか胸に石が詰まったような気分になった。
自分の伴侶くらい、自分で選べよと思った。期待に応えなくたって──兄貴は兄貴じゃんかと思ってた自分は早とちりなアホだった。
(……デレデレしてる)
兄がデレデレしてる。
びっくりというより、怯えた。なんだこれ。
顔合わせの日、綺麗な緑の振袖の美保さんは柔らかな雰囲気の人で安心したけれど、無言で写真を撮りまくる兄に俺は固まる(美保さんのお兄さんとお姉さんも撮ってた)。
どうだ俺の嫁だぞと顔に書いてあった。落ち着け兄貴、まだ嫁じゃない。
(マジか)
こんなになるのか。
うちの兄貴。
思わず笑いそうになって──ていうか笑っていた。
笑っていたけど母には「アンタもうすこし表情柔らかくしなさい、それ多分笑ってるように見えない」と怒られたから……笑ってないらしい。難しい。
それから顔合わせが無事終わって、ホテルのロビーで、俺は兄貴に言う。
「おめでとう」
兄貴がベタ惚れなのをこの目でみて、初めて言えた「おめでとう」。
兄貴はうむ、と頷いた。重々しく。
「素晴らしい女性だろう」
「兄貴が言うならそうなんだろう」
兄貴がニヤリと笑う。
俺もニヤリと笑って──周りの人が避けて歩いた。
「何がきっかけだ? お見合いだろう?」
「その前から惚れていた」
「へえ」
「同じマンションに住んでて」
「……ストーカー?」
ウチの兄はヤバイんだろうか。
手を回してお見合いまで持ってったのか?
兄貴は憮然として「たまたまだ」と口を尖らせた。
「まぁ、……多分、美保は俺個人に対しては特段感情があるわけではないと思う」
いきなりネガティブになる兄を見る。
「それでも伴侶に選ぶくらいだから、好意程度はあるんだろう。それに甘える」
淡々と、兄は言う。
「……そうだろうか」
俺の目から見たら、美保さんのほうも兄貴に割と惚れてると思うんだけれども。
兄は目を細めた。
視線の先で、美保さんは姪っ子さんたちと写真を撮っていた。
兄貴はいつも自信があるように見えていた。
なんでもソツなく熟すひとだったから──期待に応え続けて、それでも平気な人だったから。
(自信のない兄貴か……)
初めて見るその横顔から、なんだか視線が離せなかった。
片思いをしている瞳。
結婚式だの正月(非番で一泊だけ帰省した)だのでも会って、まぁそれなりに新婚っぽくて幸せそうな雰囲気の兄貴夫婦だったけれど、兄の幸せ度がさらにアップしたのが新婚旅行から帰ってきてからだ。
(……いちゃつかれている)
(いちゃついてるな)
弟(五男)の純平と、こっそり話す。
たまたま用事があって、実家に行くと兄夫妻が新婚旅行のお土産を持ってきていた。
視線が合うたび(というか、度々合うほどに相手をすぐに見る)美保さんは頬を染めて顔を逸らして。兄貴はそんな美保さんが可愛くて堪らないってカオをしてて──。
テーブルの上で指が触れればぱっと離して。
(なんだこれ)
(さあ、付き合いたてみたいになってるな)
純平が呆れたように目を細めた。
「桔平くんいなくて良かった」
「? 桔平がどうかしたのか」
「いいや」
純平は鹿爪らしく土産を恭しく受け取って、「まぁ幸せそうでなにより」と小さく言うので、俺も本心から同意した。
家族が幸せだと、俺は結構嬉しいのだ。
『秋くらいだそうだ。だがその前に顔合わせがある』
「わかった」
2番目の兄(兄ちゃんと呼んでいる)から、1番目の兄・修平(兄貴と呼んでいる)が結婚する、と連絡が来たのは、非番の日の昼のことだった。
消防士である(細かく言うならば特別救助隊に所属している)俺は、24時間の勤務が終わったばかり。
24時間勤務の後、2日の非番。
その三日がワンクール。
だから、勤務直後の1日は、大半を寝て過ごしていて(勤務中の仮眠は1時間交代だ)、次兄からの電話で起こされた形になる。
通話を切りながら、呟いた。
「結婚か……」
1番上の兄──修平は、ときどき。
本当に時々、俺を羨ましそうな目で見ていることがあった。
(兄貴は責任感が強いから)
ぼうっとした頭で考える。
俺みたいに、高卒で就職なんて、できなかった──まわりの期待が、強すぎて。
応えなくてはと、……実際に応えてしまうから。あのひとは。
(オマワリサンになりたかったんだよな、兄貴は)
夢を叶えてるようで、多分何か違う。
いま東京で署長サンらしいけど、兄貴がしたかったのは交番のオマワリサンなんだ。
俺は三男で、なんていうかマイペースなほうだけれど、それでも高校の先生からは進学を勧められた(ウチは末っ子以外成績が良い)。
いや公務員試験も相ッ当に難関だったけれど……、結局別の先生に背中を押される形で消防士になることができて──。
……先生、今頃なにしてるだろうか。
そんなことを考えつつ、ダラダラと昼飯を作った。
顔合わせの少し前くらいに、兄の婚約者が「警察庁長官の娘」だと知った。
(兄貴、また期待に応えようとしてる?)
周りの期待。
官僚サンのことは何も知らないけれど、たとえば出世だとか、そんなことで?
なんだか胸に石が詰まったような気分になった。
自分の伴侶くらい、自分で選べよと思った。期待に応えなくたって──兄貴は兄貴じゃんかと思ってた自分は早とちりなアホだった。
(……デレデレしてる)
兄がデレデレしてる。
びっくりというより、怯えた。なんだこれ。
顔合わせの日、綺麗な緑の振袖の美保さんは柔らかな雰囲気の人で安心したけれど、無言で写真を撮りまくる兄に俺は固まる(美保さんのお兄さんとお姉さんも撮ってた)。
どうだ俺の嫁だぞと顔に書いてあった。落ち着け兄貴、まだ嫁じゃない。
(マジか)
こんなになるのか。
うちの兄貴。
思わず笑いそうになって──ていうか笑っていた。
笑っていたけど母には「アンタもうすこし表情柔らかくしなさい、それ多分笑ってるように見えない」と怒られたから……笑ってないらしい。難しい。
それから顔合わせが無事終わって、ホテルのロビーで、俺は兄貴に言う。
「おめでとう」
兄貴がベタ惚れなのをこの目でみて、初めて言えた「おめでとう」。
兄貴はうむ、と頷いた。重々しく。
「素晴らしい女性だろう」
「兄貴が言うならそうなんだろう」
兄貴がニヤリと笑う。
俺もニヤリと笑って──周りの人が避けて歩いた。
「何がきっかけだ? お見合いだろう?」
「その前から惚れていた」
「へえ」
「同じマンションに住んでて」
「……ストーカー?」
ウチの兄はヤバイんだろうか。
手を回してお見合いまで持ってったのか?
兄貴は憮然として「たまたまだ」と口を尖らせた。
「まぁ、……多分、美保は俺個人に対しては特段感情があるわけではないと思う」
いきなりネガティブになる兄を見る。
「それでも伴侶に選ぶくらいだから、好意程度はあるんだろう。それに甘える」
淡々と、兄は言う。
「……そうだろうか」
俺の目から見たら、美保さんのほうも兄貴に割と惚れてると思うんだけれども。
兄は目を細めた。
視線の先で、美保さんは姪っ子さんたちと写真を撮っていた。
兄貴はいつも自信があるように見えていた。
なんでもソツなく熟すひとだったから──期待に応え続けて、それでも平気な人だったから。
(自信のない兄貴か……)
初めて見るその横顔から、なんだか視線が離せなかった。
片思いをしている瞳。
結婚式だの正月(非番で一泊だけ帰省した)だのでも会って、まぁそれなりに新婚っぽくて幸せそうな雰囲気の兄貴夫婦だったけれど、兄の幸せ度がさらにアップしたのが新婚旅行から帰ってきてからだ。
(……いちゃつかれている)
(いちゃついてるな)
弟(五男)の純平と、こっそり話す。
たまたま用事があって、実家に行くと兄夫妻が新婚旅行のお土産を持ってきていた。
視線が合うたび(というか、度々合うほどに相手をすぐに見る)美保さんは頬を染めて顔を逸らして。兄貴はそんな美保さんが可愛くて堪らないってカオをしてて──。
テーブルの上で指が触れればぱっと離して。
(なんだこれ)
(さあ、付き合いたてみたいになってるな)
純平が呆れたように目を細めた。
「桔平くんいなくて良かった」
「? 桔平がどうかしたのか」
「いいや」
純平は鹿爪らしく土産を恭しく受け取って、「まぁ幸せそうでなにより」と小さく言うので、俺も本心から同意した。
家族が幸せだと、俺は結構嬉しいのだ。
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