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惨劇
しおりを挟むそのとき何が起こったのか、誰も問うことすらしなかった。
俺はそれどころではなかったし、その場に残った他の面子には瞬時に「理解できてしまったこと」だからだ。
だから、これは後で聞いた話になる。
──爲永の奥の手はモアサナイトが知り得ないモノだった。
この世界の過去に飛来した「神」が遺したオーパーツ。
それは認識した持ち主の身体に埋め込まれ、任意の動作により具象化される。
どういった目的で、どういった意図で、どういった状況を想定してつくられたモノなのかも解明されていない。
ただ、爲永が突き止めたのは使い方だ。
その別世界の武器は、対象の人、ひとりを粉砕する。
◇ ◇ ◇
降り注ぐ肉片。
その意味を考えるよりも、
先に身体が動いた。──アレを取り逃したら終わる。そんなの認めない。絶対に終わらせない。
周囲の状況がストップモーションみたいに見える。 ──まだ呆然としてる誰か。
──粉砕された身体はからっぽ。
──腕を下ろした誰か。
──俺を庇おうとする身体。擦り抜ける。
実際、ほんの少しだけ時間が止まっていたのかもしれない。だって他のぜんぶの動きが止まってるなかで、唯一うごいているからわかった。
ふわりと漂う実体のない光の塊。ぽわぽわとたよりなく明滅している。
「おいで」
反応が無いのは声が届いていないからか。
──半狂乱に叫ぶ男の声がうしろに。時間、うごいた。はやく。
「こっちにおいで」 呼びかけてみても、ふわ、ふわ、と呑気に漂っている。「そっちは駄目」
はじめてなのに感覚でわかる。アレを引き留めるのはとても難しい。ソラに行くことしか考えてない。
ここがソラでよかった。迷ってる。どっちに行けばいいのかわからなくなってる。
──まわりが騒がしくなった。けど構っていられない。目の前のアレに集中する。
手を伸ばして届かない。左右に手を動かす。ちっともこっちに注意を向けてくれない。考えろ。手を振っても見てくれないのはあたりまえだ。目がない。声が届かないのはあたりまえだ。耳が無い。
やりかたを変える。心に直接呼びかけてみる。魂がむき出しだからいけるはず──あ。笑ってる? テンプレってなんだよ。
ともあれ本人が気付いてくれた。ふわ、ふわと漂いながら、わずかに近づいてくる。自分自身をうまく操縦出来ていない感じが焦ったい。てのひらで覆うようにして引き寄せてみると、大人しくついてきてくれた。
「なかじま」
──手の中の魂が、ぶつくさと文句を言うので相変わらずなことに笑ってしまった。
うん、ごめん。でも、なんとかするからさ。
とりあえず身体、どうしようか。作ろうか。
たぶん俺を全部注いでも足りないけどやろう。迷って決断──なんて悠長なプロセスを踏んでる暇も、怯んでる余裕もない。すると光の塊がちかちかとあわてたみたいに目の前を交差する。生きが良いな。
ひとの残骸の中心まで歩いていく。ぺちゃぺちゃと足の裏が滑付く。……あァ。踏んでごめん。
「円。ほら」
知ってる声に呼ばれたけれど反応してる暇が無いから無視。ほんとに時間がないのだ。無理矢理手を繋がれて。うるさいな。
満たされる力。あれ? なんだ。こうすればよかったのか。
「いける」
「そう」
短い応答。
手をかざすとソレにまわりの光が吸い込まれてく。しゅわっとシャボン玉のような煌めきのあとに周辺が真っ暗闇になった。すぐあとにまばゆい光に包まれる。
「……いきなりギア全開」
苦笑の響き。──まだだ。
「まだ」
「──どうぞ、君の思うままに」
ここからはいっそう集中しなければ。
時間を圧縮──一閉じこめた一瞬のその中で、思い描くようなカタチに向かってパーツを合わせてく。ぶっつけ本番での試行錯誤のうちにコツを掴んでいく。元通りしようとこだわるから難しくなる。細胞の望む方向に修正した方が上手くハマる。ハマったら増殖、複雑な器官ほど丁寧に。でも脳は復元にこだわる──だいじょうぶ。望む方向が同じ。
複数の作業を同時進行してくから途中で止められない。気が遠くなるけれど気を失ったら失敗する。
どれくらい経ったのかはわからない。けど経過時間はたぶん数秒。我に返ったときには目の前に真新しい身体ができあがっていた。
すうすう寝息を立てている肌色──頬はバラ色って表現が浮かぶくらいには血色が良い。怪我は……すっかり傷がないのを確認してようやく息をつく。
じっと見つめていたらマントで包まれてみえなくなった。
……。そういえば、服まで再生できるわけじゃないから仲嶋は裸だ。
紙吹雪みたいに細かくなった服の残骸がそのへんに散らばっていて……治療したくせに、おかしなことに今になってから怖くなった。え……それだけばらばらになったのか?
「……ちゃんと仲嶋にみえる?」
「そんなに不安がらなくても大丈夫だよ円。彼はなにひとつ変わっていないから。ほら、パーツだってどこにも余ってないだろう?」
俺に甘いナイトの評価はイマイチ信用出来ないんだけど。紙吹雪の服に血は残っていなくて……ふわふわして消えそうだった光の塊はもうしっかりと復元した身体に根付いているのが解る。
「……蘇生ができるんだったら……」
喉が引き攣ったような声に顔を上げる……だけの動作で首がひどく重い。もう限界なんだけど。これ以上、何も考えたくないっていうのに無駄に鋭敏になった眼が無慈悲にみせつけてくる。男のどろりとした感情。
悔しさ。悲しさ。それから──怒り。混じり合って限界まで膨れ、行き場を失った怒りが、
ふいにすとんと零れ落ちて空しさに変わった。
指一本動かすのも億劫だったから、感情の色が変わる様をただ眺めてた。
「あのときお前がいたら助けられたのか?」
絶望の底が抜けて、それより深い闇に落ちたんならそんな眼になるのかもしれない。
「……あのとき?」
「俺の運命が死んだ日」
知ったことじゃない。
「なんで仲嶋を狙ったの」
「お前が守られていたからだろう」
「理由になんないよ」
なんであんたが被害者みたいに傷ついてるんだ。
わめきたい気もしたけれど、溜息しか出ない。怒りに身を震わせるのにも嘆いて泣くのにも体力がいる。そのエネルギーを使うのが勿体ない。
それからいまだに警戒を解いていないうちのひとりに向き直る。今にも爲永を殺したそうな顔をしてるけれどごめん。これ以上、血は見たくない。
「平気だよ」
「……円さん?」
「もう爲永さんはなにもしてこないから」
爲永に追撃する気力なんて残ってない。ぽかんと空洞の心があるだけだ。唐突に腑に落ちた。アルファがいなくなるのはこういう時か。
このまま放っておいたらこの人も消えちゃうんだろうな。理屈じゃなくわかる。
それを死ぬって言うんだろうけれど。──存在がなくなる。いなくなる。
この世界の、いなくなった他のアルファたちもこの人みたいな絶望を抱えていたのだろうか。どうせ大切なものを自分で捨てたくせに? 揚げ句の果てに寂しくて耐えられなくなるなんて、勝手だ。頭が良いのにバカなのかな。
腹立ちと、同じくらい哀れで悲しい。
秘書さんが動いた。そっと聞いてくる。
「あとの始末は私に任せて下さいますか」
「始末?」
「物騒な意味ではありません。お世話しなければいけないでしょうから。悪いようにはしませんよ」
「……うん。……ごめん」
謝ると苦笑された。
「こちらの台詞でしょうに」
言って爲永の傍に向かう。
そのあとは誰も喋ろうとしない。
重い沈黙が落ちる──事にはならなかった。
すかー、すかー。すかー、すかー。
……。規則正しい寝息。
……まだこの仲嶋がちゃんと仲嶋に戻せてるのか、わからない。精神が傷ついてたりしないのか、記憶を失ってたりしないのか。
全然分からないし、安心していいわけじゃないっていうのにホッとしそうになって泣きたくなった。
「油断はしてなかったんです」
ちいさなトルマリンさんの声に顔をあげる。眠ってる相手を起こさないよう気を遣ってるのか。そういえば、仲嶋を抱えてるのはトルマリンさんだ。さっきまで叫び声が聞こえてた気がするのだけれど、途中から奇妙に静かだった。
こっちも抜け殻みたいだ。
『なにを今更ですよ。初めからわかっていた事じゃないですか。運命を失ったアルファなど手負いの獣と同じです。なりふり構わないから力の差など簡単に覆される。危険な相手だと貴方は充分に認識していた。これだって予測していた展開のひとつです。唯一の不確定要素はマドカでしたが、最適な結果では』
「……油断してなかったのに」
うつろにおなじ台詞を繰り返す。
『こちらの言葉で窮鼠猫を噛むと言うそうですね』
トルマリンさんが怖い。
咄嗟にガーデン君を後ろにかばった。
……すごいよく動けたわ俺。自画自賛した途端にふらっと蹌踉けて背中を支えられる。当然ナイトの手だ。
そんな俺を見て、なにを思ったのかはわからない。急に力を無くして座り込む。
とたんに後悔する。トルマリンさんを悪者みたいに扱って、俺は何様だ。ぜんぶ身から出た錆なのに。
「……ごめんなさい」
「円さんが謝らないで下さい」
『マドカが謝罪する必要はないです』
ふたつの台詞がハモる。
でも俺だってわかってる。
「……仲嶋をこんな目に遭わせたのは俺の我が儘のせいだろ。俺、だって寂しいからって甘えて呼んだだけなんだよ。ぜんぜん、危険だなんて考えてなかった」
唇を噛みしめる。どうして誰も止めてくれなかったんだ……なんて恨みがましく思うのは御門違いだ。
「それは」
「謝ったって意味ないのはわかってるけど」
「円さん、そういう意味で謝らないでと言ったわけじゃ」
身体が重い。けど、後悔だとか責任だとか、そっちの重さで押しつぶされそう。
くちゃん、と音がするまでは。
……。
クシャミ?
……仲嶋、眠ってるくせにちょいちょい雰囲気ぶち壊しにくるよな。いや悪い空気だから壊してくれて全然構わないんだけど。
ってそれよりも、
「仲嶋さむいの?」 聞いても依然として眠ったままだけれど、俺の台詞に呼応するようにぶるっと身を震わせた。「……裸をマントだけで包んでるからじゃ?」
トルマリンさんがあわあわ慌て出す。
「ええっ? だって咄嗟にこれしか。で、でも寒くはないはずです。防寒としても遮熱としても」
「てか熱出してない? 普段より熱が高かったりしてない?」
「ええ!? わかりませんよ! 俺、直接肌触ったことないですもん!」
聞いてないよ。
でも、どおりで頬がバラ色だったわけだ。
「落ち着いて。とりあえずベッドに寝かせようか」
「なな治せないんですか? 円さんの治癒は?」
「えー。俺はこれ以上、手を出さないほうがいいと思うよ。疲れからきた熱じゃないのかな。言ってもみれば一気に身体の全部を酷使したんだもん。細胞が頑張った証拠だよ。いま仲嶋に必要なのは俺より休息」
『静かな寝室を用意しましょう』
「トルマリンさん仲嶋の移動、頼める?」
「はい!」
「円もね」
とモアサナイト。
「は?」
「疲れてるだろう」
「ナイトは大丈夫? 一緒に力を使ってくれたんだよね」
「うん。幸せだったな」
「そうじゃなくて俺」
「このままだと君は彼が目を覚ますまで看病しそうだからね」
珍しく台詞を遮られる。
「うん?」
それがなにか?
俺の表情を読んでナイトはくすりと笑う。
「眠ると良い」
前触れもなにもない。そのまま、すぱんと刈り取られたみたいに俺の意識はブラックアウトした。
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