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パラレルワールドと異世界
しおりを挟む爲永が不機嫌オーラを発している。
この船にしては殺風景な部屋で待っていた。や……待たされていた、かな。会議室を模して作ったのか、長い一卓のテーブルをぐるりと囲んで並ぶ椅子はやたら重厚な革張りだ。
小型のスーツケースっぽい黒い箱を片手に提げた三つ揃い。
うん。この背景でスーツっていうシチュエーションならふつう会社員に見えてもおかしくないんだけどな? どう贔屓目に見ても、堅気じゃあ無い。絶対目を合わせちゃいけない動物っぽい迫力がある。目が合った。
皮肉げに鼻を鳴らして開口一番。
「ようやく俺の存在を思い出したか?」
「……すごいですね」
「あ?」
「なんで忘れてたってバレ……わかったんですか?」
あ。殺気。
「テメェ」
爲永がなにか言いかけたところで目の前に背中が出現してびっくりした。思わず仰け反ったよ。
俺に背中を向けたままのナイトが凄味を利かした声で問う。
「……何がおかしい?」
爲永が笑ったってことか? なにも見えない。
「堂に入った王子様っぷりだな」 バカにしきった声がナイトをせせら笑う。「あァ、忠犬つった方が合ってるな。オメガごときにアルファが。見るに堪えん」
ナイトは優雅に首を傾げる。
「ありがとう。それは僕にとっては褒め言葉でしかないけれど。守る番がいないなんて、君はほんとうに可哀想なアルファだね」
「それがオメガに調教されたアルファの成れの果てか。馬鹿馬鹿しい」
「羨ましいかい?」
なんで沈黙が流れるかな。
目の前のナイトの背中に遮られて状況がよくわからない。とりあえず冷気が流れていて薄ら寒い。
「孤立無援でその傲慢な態度……僕は敬意を払うべきなのかな? ああ。無謀なだけか。アルファが君ひとりじゃあ今までの人生で負かされた経験なんて無いだろうしね」
「……いつまで俺をここに閉じ込めておくつもりだ」
「我が儘な客人だな。機密が満載の船内を自由に歩けたろう?」
「ハッ。自由が笑わせる。拘束とどこが違う?」 声しか聞こえないのに絶対零度の視線で相手を威圧する姿が目に浮かぶ。「いくら歩いてもどこにも辿り着かず、電波も届かない。人っ子ひとり出会わない。こんな性根の腐った迷路に放置するのが貴様らのもてなしか」
……。そりゃ不機嫌にもなるな。けど同じぐらいナイトも不機嫌だ。
「君がした事を考慮をすれば破格の待遇じゃないか。僕としては今すぐに帰ってもらって構わないんだ。本来、この船には厳選した人間しか乗せない。同じ空気を吸うのも不愉快なのに」
「なら降ろせ」
険悪な会話の応酬が早すぎて、ぼけっととしてる間に勝手に良くない決着がついしてしまいそう。縄跳びに飛び込む気分で口を挟む。
「爲永さんはそれで良いんですか?」
「あ?」
「用があるのは爲永さんの方だと思うんだけど」
「円、アレは駄目だ。外に捨てよう今すぐに」
勢い良く振り返ったナイトに無言でデコピンをする。
「落ち着けって。ふたりとも」
「僕とアレをセットにしないで欲しいんだけど」
「ソレと一緒にするな」
ハモってる。息が合うなあ。
正直なところ、いくら俺が鈍くてもこのギスギス空間は疲れる。せめてもう少し応援が欲しいところだけど……室内に視線を巡らして、すみっこで小姓みたいに控えて存在感を消している少年を手招く。
「仲嶋達って今なにしてるかな?」
◇ ◇ ◇
少年はこてんと首を傾げた。
「存じかねます」
……ん?
言動に違和感が。あと声、違う。
「僕、さがして呼んできましょうか」
!?
「え、大丈夫?」
艦内のどこに誰がいて何をしているか。その程度、ガーデン君ならぜんぶ知っている。なにせ本体が船だ。捜す必要なんてあるはずもなく、いっそ直に目の前に出現させる荒技だってやりかねない。
なのに、このしらじらしい可愛らしさは一体。
「心配しなくても大丈夫だ円。この子は賢い。子供でもおつかいぐらいは出来るよ」
「……ああ」
そうか。ナイトのフォローで理解する。
外部の人間に余計な情報を与えたくないってことか。
「……じゃあお願い」
にこっと笑う少年。
「はい」
ガーデン君のことを秘密にしろっていう方針はわかったけど、じゃあ艦内案内はどうやったんだろ? どこに行っても音声がついてくるってだけで爲永は怪しみそうだけどなあ。
疑問が沸いたところで爲永が手に提げた黒くて小型のスーツケースみたいな箱を持ち上げた。何か出すのかな。書類入ってる? 見守っていたら箱に話しかけだした。
「おいコンピューター。ここにオメガ派の反逆者が全員乗っているのか?」
「!?」
『ソノ質問ニハお答エデキマセン』
重そうな黒い箱からノイズ混じりの声が聞こえた。
「まァ、だろうがな」
爲永が黒い箱ごと肩を回してる。
『揺ラサナイデ下サイ』
ちょっと意味がわからない。俺はなにを見せられてるのかな。
「円が緊張してて可愛い」
ナイトはナイトでふざけたことしか言わないし。
『──それっぽい端末を渡したんですよ。私の代役です』
「うひゃっ!?」
『お静かに』
耳元にガーデン君の声がっ! ぶるぶるっと首を振った俺を爲永が不審げに横目で見る。
音を自在に飛ばさないで欲しい。ぞわぞわする。
『マドカはご存知ですか? あれはラジオと呼ばれている機械です。周波数を合わせれば声を乗せられるので便利ですよ』
「……」
せめて軽めのタブレット端末を渡したげなよ。
それはそうと、視線が痛い。
「挙動不審だなオメガ。なにかあったのか?」
「秘密です」
「俺に関することで?」
「……」
嘘は下手だ。ぼろを出さないためには一択。黙るしか無い。
……無理があるて。
視線を逸らしているっていうのにぴりぴり威圧感が伝わってくる。もう限界。
ってところで扉のノックに救われた。
「ど、どうぞ?」
「マドカ、呼んできました」
少年の背後に背の高い人影が見える。ひらひらと手を振るトルマリンさん。
その後ろから戸惑い全開の仲嶋が続いて入ってくる。
「丁度近くにいらしたんですよ。早く見つけられて良かったです」
あざとく口元に握り拳を添えて喋る少年を仲嶋が引きつった顔で眺めてる。わかる。
「なにを企んでいる」
爲永が問う。
良かった。──それなら俺は答える事ができる。
にこりと笑って両手を広げる。
「交渉をしよう」
◇ ◇ ◇
「交渉?」
ぴんと張り詰めた空気の中で爲永はこちらを斜めに睥睨する。
やっぱすごいな。完全アウエー孤立無援状態なのにアルファの風格は揺らがない。
どっちかと言えばこの中でいちばん居心地悪そうなのは仲嶋だ。
「……俺、必要か? ベータなのに」
ぼやいた。
「むしろ人を集めてベータがひとりもいなきゃ変だよね」
「げ」 言われて初めて気付いたとばかりに身体を強ばらせる。「バースの比率がおかしい!」
うん。
ベータは仲嶋ひとり。俺はオメガだし、船は頭数に入れるべきか? いちばん多いのがアルファのさんにん、っていう。たぶん世界中でここだけな比率だ。
「ふだんの俺の気持ち、わかってくれてうれしい」
「馬鹿。そっちと違ってマジョリティーがベータの唯一の利点なのに馬鹿!」
こそこそと喋ってたら爲永の睨みが飛んできて黙る。
「まあ、まずは座りましょうか」
トルマリンさんがすっと前に出て椅子を引く。洗練された仕草がまるで執事だ。どこで覚えてくるんだか。
「……。仲嶋、トルマリンさんとは」
「その件には触れるな」
「えー」
懇願する目が哀切を帯びていて、しょうがないな。黙る。
さて──。
「ええと……そもそも爲永さんはどこまで知ってるんですか?」
俺の隣に座ったのはナイトと仲嶋、仲嶋の隣にトルマリンさん。テープルを挟んで対角に、爲永。
お茶を配るガーデン君のしずしずとした動作を目で追いつつ、口を開いた。
我ながら曖昧な聞き方だ。どこまで喋っていいのかデリケートな問題はわからない。俺の下手くそな話運びに、それでもナイトは口を挟んでこない。任せてくれるつもりか。いいのか。
爲永は横を向いて鼻を鳴らす。
「無意味な事を聞くな」
「むいみ?」
「俺が異世界のことをどこまで知ってようが、てめえらには関係無えだろが。どうせこっちは敵わん」
……異世界。
「……爲永さんでも殊勝な心がけするんですね。俺の番が強いのは確かなんだけど」
「ハ。散々やらかしておいてよく言う」
「なんで異世界があるって最初から知っていたんですか?」
「一般人が一生知らされないような機密を俺が答えると思うか? ましてや下等なオメガなんかに」
ぱきん、というどこか軽やかな音に顔を上げると、発生源はナイトが持つカップだった。柄が折れている。
「お取り換えしますね」
すいっとやってきて壊れたカップを取り下げるガーデン君。
そのガーデン君についてそっと立ちあがろうとした仲嶋の服の袖を無言で引っ張って椅子に戻す。どさくさに紛れて逃げないでください。
しかしワザとなのかな? なにも教えないと口では拒絶する割には──
ワザとなんだろうなあ。難儀な性格してる。
「どうしてそこまで円に無礼に振る舞えるのか不思議だよ」
感情を抑えるように腕を組んだナイトに爲永が冷笑を返す。
「俺は充分、立場を弁えているが?」
「どこが──」
「いやあのナイト。爲永さん、結構親切に教えてくれてるよ」
「……円?」
──爲永の台詞には結構な情報が含まれている。
「爲永さんは一般人には知らされない機密だって言ったけど、それって裏を返せば選ばれた人間だけが知らされてるってコトを教えてくれたんだよね。それに、情報が組織的に管理がされてるって事実も見えてくる。俺はもっと爲永さんの個人的な研究だと思ってたからびっくりしてる」
背後に組織がついているのだとしたら、爲永クラスの人間が関わっている時点で大ごと確定なんだけど?
ナイトとトルマリンさんはそれがどうしたんだ? って不可解な顔をしている。
この世界になじみがなければ理解できない事情だろう。
「……ちょっとまて? それ、アルファ協会が異世界の研究してるってことか?」
仲嶋が身を乗り出してきた。急に生き生きと目を輝かせている。爲永は別に協会と名指しはしてなかったんだけど……でも本人が否定する様子がないな。
「意外、だよなあ?」
アルファ協会といえば堅実の代名詞で、そこらの怪しげな新興宗教やカルトとは一線を画するお堅い組織だ。それが異世界研究って……。
「すっげえ。どこの秘密結社だよ。地球外生命体やらゴーストなんかも真面目に研究してそう」
「陳腐すぎて嘘っぽい」
「どっかの陰謀論者がもう広めてるよなこんな与太話」
──狂った男の暴走だと思ってた。ただそれが優秀だったが故に上手くいきすぎただけの──。
「で?」
「え?」
爲永の詰問に会話が止められる。
「だからどうした」
「どうしたって……」
そんな究極の身も蓋もない言葉を投げてこられても。
「俺をどんな茶番に巻き込むつもりか知らねえが、喋らせたいだけなら秘書にでも聞けよ」
心底どうでも良さそう。なるほど会話を続ける気なんざさらさら無いと。
まあでも、爲永だけじゃないか。本当はここにいる俺以外の全員、この狂ったアルファと会話する必要なんて無いと思っている。
そう。ナイトは俺とは真逆の意見なのにここまでお膳立てしてくれたのだ。なら余計に無駄にはしたくはない。
途方に暮れそうな場面でまるで気負いを感じてない自分が不思議だ。負ける気がしないってやつ。なんでこう気力が充実してるのか──ちらっと考えて見つかった心当たりにじわじわと頬が熱くなる。
さっき散々泣いたからかー……。
「円、大丈夫? 耳が赤い」
「じゃあ秘書サンも呼ぼう」
勢いで言った。
「オイ」
「またアルファが増えるのか?」
「ベータだよ」
「金針はいらねえよ」
「だって爲永さんだけじゃ会話きついじゃん。秘書サンがいた方が便利だよ」
「あァ!?」
「便利かー」 仲嶋の他意の無い呟きにはっとする。「たしかに俺もベータ仲間が増えた方がほっとするけど」
「言っとくけどベータを便利扱いしてるわけじゃないから!」
「え? そんなのわかってるって」
「爲永さんがポンコツなだけ」
「オイ」
「あはは。たしかにベータがいないとまともに仕事もできない癖に傲慢で自信過剰なアルファって恥ずかしいよね。その辺、すぐ失念するから肝に銘じないといけないかな」
「……」
「トルマリンさん、笑顔がちょっとこわい」
「気のせいですよー」
「……俺は呼べっつったんじゃねえ」
「口は災いの元って知ってます? 爲永さんが言ったんですから」
「連れてきましたマドカ」
少年に背を押されて入ってきたのは呆然とした表情の爲永の秘書サン。
「……ここは?」
「はやっ」
仲嶋がげらげら笑って爲永に睨まれて固まる。
「ちょっとうちの子羊を威圧しないでください」
「あんたがうるさい」
「え俺なの?」
トルマリンさん。仲嶋の無愛想ってレアだよ。
……ともかく居心地悪そうなベータがふたりに増えた。
◇ ◇ ◇
「空から神や天女が降臨する──と聞けば皆様はどの話を思い浮かべるでしょうか? 昔話に民話、あるいは神話。どこにでもあるよくある話ですよね。というのも世界のあらゆる地域に同じような伝承が残されているからです。それこそ例を挙げればキリがないほどに」
「……ですか?」
解説は爲永の秘書──側近である金針さん。
「です。そういった伝承の中にはバースの起源を唱えるようなものも含まれています。神が天からアルファを遣わし、その後バースがわかれるようになった。オメガの天使あるいは堕天使論──などパターンは様々です。これらの伝承を収集し、検証する部門が元々協会には存在しています」
へえ。
「なんでそんな部署があるんです?」
「協会の活動は多岐にわたっております。その活動資金は主にアルファの方々からの支援で成り立っています」
「……アルファのかたがた……?」
すると自らの唇に指を当てる金針さん。
「それは言わない約束ですね」
「はあ」
この世界に生き残っているアルファを、俺は爲永しか知らない。
たぶん他は偽物。
アルファを自称する権力者や富豪、有識者の間では協会を支援をする事が一種のステータスとなっている。アルファ協会を支援せずしてアルファと名乗れるか? 否──協会を支援しない者はアルファとは呼べない──という圧によって、『名誉アルファ』たちは先を争って協会に金を出す、という図式。
これ俺が知っている程度には公然の秘密なのだけれど、偉い人はそこを突っ込むと自分の首を絞めかねないので皆沈黙を守っているという……上手く出来ている。
「細かいことを言えばアルファ協会という名称は正確ではないのですが。アルファらを旗頭に据えている性質上、協会の元に集まるモノはアルファに特化しています。ただ現存するアルファは少ないですから収集されるものがどうしても昔話、伝承の割合が高くなるのは必然と言えましょう。そもそも世界各地に支社があり構成員も多い。情報の収集と精査にはもってこいじゃないですか。むしろこれほど向いている組織はありません」
「あのー。というか、これ何のプレゼンです? あと誰?」
片手を挙げて仲嶋が声を出す。急に始まったからね。ついていけなかったね。
「申し遅れました。私、爲永の第一秘書の金針でございます」
「あ、これはご丁寧に」
名刺交換を始めたふたりをナイトとトルマリンさんがぽかんと眺めてる。
それから金針さんは皆の注目を集める中、おもむろに口を開く。
「うちの代表が説明を放棄したから私が連れて来られたのだと聞き及んだのですが。違いますか?」
「ち。違いません」
でもなんで昔話をはじめたのかな? どこに繋がるのこれ。
「金針はマイペースでな」 珍しくフォローする気になったのか、面倒そうに爲永が口を開く。「おおかた仕事の途中で引っ張ってこられてムカついてんだろ。遠回しな言い回しで煙に巻いて憂さ晴らしてんだよ」
「え?」
「……」
否定しない金針さん。怒ってるのかよわかりにくい!
フ、と物憂げに息を吐く金針さん。
「会議中でした」
「……強引にすみません」
会議中だったのにどうやって連れて出してきたのか、ガーデン君をちらっと見ると得意げに胸を反らしている。わからん。
「つかオメガ、こいつに謝るならまず俺に謝罪しろ」
「ほんと申し訳ないです。秘書サンは爲永さんが急にいなくなって大変でしたよね」
「それは別に。代表の失踪は日常茶飯事です」
金針さんの切り返しに爲永が舌打ちする。
「……お疲れ様です」
「お気遣い恐れ入ります」 背筋を伸ばして薄く微笑む。「協会の元には自然とアルファ関連の伝承が集まりやすいという所まではご理解頂けましたか?」
「あ、はい」
理解したようなしてないような。てか、まだこの先の見えない話は続くのか。
「さて。集められた逸話というのは玉石混交ですが、その中で代表の目に触れるものとなってくると信憑性が高いものとなっております」
「しんぴょうせい?」
「はい。本物の可能性が高いもの、ですね。伝承でも証拠が残っているものもありますし。それらを調査していくと、ある法則性が見えてくる」
「ほうそくせい?」
信憑性ってなんの? ほんものってなんだ? 偽物の反対……などと惑わされているうちにさっぱり内容が理解できなくなっている。
「神の降臨には決まって予兆。降臨。のステップがあること。予兆の種類は様々ですが、地殻変動や異常気象が発生します。それで降臨地点の予測が立てられたのです──まあその突飛な結論に達することができたのは代表だからこそですが」
「神って」
「降臨した神を掴まえるのがこちらの狙いでした」
動かない俺の表情を読んで金針さんが自分の顎に手をやる。ふむ、と納得したように頷いたあとに結構な爆弾発言をした。
「……この世界には太古の昔から異世界から人が来ていたという話をまだしていませんでしたか?」
「あー?」
◇ ◇ ◇
「異世界人を神と呼んでいたようだけれど」 トルマリンさんはテーブルに片肘をついて、金針さんを斜めに見る。「特筆するような変わった特徴があるのかな。これまでの界渡りをした人はそちらから見て、どういう風に認識されている?」
異世界人が昔から来ていたって話に驚いているのは俺と仲嶋だけだ。
ナイトとトルマリンさんは名刺交換をみた時の方がびっくりしてた。
なんとなく仲嶋と身を寄せ合う。
「……変わった特徴ってなに」
「あれだろ? 勇者とか聖女。いわゆるチート」
訳知り顔で意味不明。
「なにそれ」
「テンプレ」
「いままでの歴史に、勇者いたか?」
「突っ込んで聞くなよ無いだろゲームじゃあるまいし。……でもいた……かもしれないか? アイテムボックス持ちとかいたのかも」
「そういう特技はございませんね。至って普通の人間です」
と金針さん。
「あそーすか」
「ふつう?」
おもわずナイトの方を見る俺に、
「ソレは当たりだ」 爲永が言う。「大概の異世界人は一般人と変わらん」
「当たり外れがあるんだ?」
「ある」
「代表。その言い方は身も蓋もないです」 上司をたしなめる部下。「お見受けする限り、そちらのアルファは全く別の文化を持つ世界から来られた。なのに言葉が通じるというのがまず脅威ですね。──ただそういった方々はこれまでも稀な確率で降臨しています。そのような特殊な強さを持ったひとびとを言いあらわす言葉は勇者や聖女より、単純に神と呼ぶ方が多いですね」
「なあ……異世界人ってだけで稀じゃないのか?」
「俺もそう思うけど」
「やばくないか。この中でまどかしか意見が合わない」
「相変わらず俺に失礼だよね仲嶋」
「お前ムーってわかる?」
「ウマ?」
「ウマウマ。ヒストリーチャンネル」
コソコソと肩を寄せ合っていると、
「そこ」
「騒いでごめんなさい!」
「たのしそうだね」 やさしげな台詞とは裏腹な強さでぐっと肩を引かれた。「でも、くっつきすぎ」
いや人を腕の中にすっぽり収めて言う台詞じゃないよな。何で髪の匂いを嗅ぐかな!? ナイトのがくっついてるって、指摘する気力もなくて脱力する。もー……。
「それにしても側近サンの方は随分協力的だね」 トルマリンさん。「そんなに喋ってくれて、怒られたりしないのかな。大丈夫?」
「上司の意向ですので」
喋るのはあくまで秘書サンで、爲永は不気味なくらい静かに座っている。相変わらず不機嫌そうだから表情が読めない。
「……意向、ねえ」 とトルマリンさん。クールな台詞とは裏腹にジタバタする仲嶋を小脇に抱えてる。ええと。突っ込んであげた方がいいやつ? 「君達がここまで明け透けに手の内を曝す理由はなんだろうね」
まあ人のこと指摘すると自爆するから言わんけど。深刻な話をしてるのに俺が座らされているのはナイトの膝の上だ。抵抗するだけ無駄だと悟っている俺、学習してる。ナイトにはそのうち羞恥心を教えていきたい。今はなるべく気配を消してたい。
「こちらの認識に間違いがあるかどうかを確認したいからです。それに今さら隠したところで意味はないかと……有利なのは最初からあなた方のほうです。捕らわれているから、というだけはでなく」
「ふうん。示し合わせたように上司と同じ事を言うのはあらかじめ打ち合わせてあったから?」
「ご想像にお任せします」 すごいな金針さん。目の前のカオスを綺麗にスルーしてる。「こちらから質問をしても宜しいでしょうか」
「構わないけど」
では、と金針さんは爲永さんにちらりと視線を向けてから口を開く。
「この世界に異世界から人が転移してくるにはいくつかの条件があると考えています。ひとつ。その世界に同一人物が存在しないこと──この考えの方向性は間違えているでしょうか?」
「?」
……同一人物?
くすり、と耳元で微かに笑った気配に眉が寄る。
秘書サンの台詞の意味すらわからないんだけど。
嫌な笑い方をする。なにが気に入らないんだろう。
「……まるで異世界にも自分がいるみたいな言い方だな」
どこか不安そうにつぶやいたのは仲嶋だ。
「うん。正解」
「え?」
「異世界って要は平行世界のうちのひとつだからね」
こともなげに言うトルマリンさん。
平行世界。パラレルワールド──可能性で分岐し世界は無数に増殖していく──そういう概念があるのは知っている。
「──俺が元いた世界もこの世界も、元を辿ればひとつだったってこと。枝分かれしたのは遙かな過去だけどね」
「……だって、俺とアンタはだいぶ違うじゃん。この世界には魔法なんてない」
「そういうものだよ」
──トルマリンさんと仲嶋が会話している。
「遠くの枝から次元を飛び越えて来られるもんなのか?」
「うーん。なんて言ったら良いのかな。離れたからこそ、来ることができたんだよ。逆に自分自身が存在しているような近い次元への干渉は不可能だ。まあ平行世界に距離っていう概念はないんだけど」 トルマリンさんは仲嶋の手のひらをひろげて手相の線を二本の指で辿る。……線の意味は?「近いほど遠いって覚えておくと良い。遠い所から来るのだって簡単じゃないけどね。影響が強すぎて下手すりゃ地殻変動が起こるし」
「この線が次元を表してるんだ?」
「触りたいだけ」
「あほ!」
すぽんと腕から逃げ出した仲嶋がぶるぶると首を振る。猫か。
「まあ君がドッペルゲンガーに会うってことはありえないから安心してよ。同じ人間が同じ空間に存在することだけはできない」
「──その話には嘘がある」
秘書だけに喋らせてサボっていた爲永が唐突に話に割って入ってきた。トルマリンさんは薄く笑う。
「嘘はついていないけど?」
「神隠しが説明できない」
それだけ言って再び口を閉ざした爲永の背後で金針さんがそっと溜息をついたのが見えた。
「人がひとりある日、忽然と消えてしまう。今までそこにいたのにいない。どこを捜しても見つからない──こういった現象を古くから神隠しなどと呼んでいますが」 かわりに解説をしてくれるらしい。苦労人。「代表の興味を引いているのは帰ってきた神隠しの一端です。いわんや、いなくなった人が数年か数十年経った後に、同じ場所でみつかった。けれど居なくなっていた間の記憶を失っていた。人格が変わっていた。話をしてもどこか辻褄が合わない──代表の考えではそれも異世界からの流れ人と考えております」
「ええ……?」
知らないうちに声が出た。注目を浴びて焦って口に手を当てて首を振る。黙ってます。わかんないんだもん黙ってます。
けど、それはどうなんだ?
そもそも人が行方不明になる理由なんて、いくらでもある。けれど、その原因を残された人たちが受け止めることができないから神隠しという言葉が生まれたのだと思う。
そんなものまで異世界トリップだと解釈するのはどう考えても無理矢理だ。冷静に判断しているようには見えない。
結局、
爲永がそう信じたいだけじゃないか。妄信という言葉が頭に浮かぶ。
別に答え合わせがしたいわけじゃないんだけれど。
今、自分が生きている世界とは別に存在する世界──異世界について、爲永はかなり信憑性のある情報が入ってくる立場だった。それが幸いだったのか不幸だったのか、彼はひとつの結論にたどり着く。
異世界から人が来るものなら、こちらに呼ぶことだってできるはずだ──と。
無作為に呼ぶのでは意味がない。彼が求めるのは死んでしまった番の替わりだ。
死んだ人間を喚ぶ? そんなの──
能力があるアルファだから不可能を認めないし、あきらかにおかしいのに周囲のベータの誰も止めようとしない。カリスマに当てられて、止める気すら起きないのかもしれない。
──邂逅と言えるほどの関わりもなく、悔恨の記憶だけ残して死んでしまった番に固執するアルファの気持ちは俺にはわからない。わかるだなんて考える方がおこがましい。
運命に出逢ったのは一瞬。それだけで、ここまで狂うのか。
「充分にあり得る話だね」
「……は?」
「そもそもここは余所からのモノが迷い込みやすい地なんだ」
誰だよ無責任に肯定したバカは──いやわかる。耳元で聞こえた。言ったのはナイトで、振り返ろうとしたら頭に顎を乗せられて動けない。何考えてんの? 誰も突っ込まないのなら俺が言うしかない。
「……矛盾してないか? だいたいトルマリンさんは近い次元からの召喚は難しいって言ったろ」
俺の反論に爲永の表情は動かない。ああそう。望む言葉じゃなきゃ聞き流しますか。
「そこはもう近くないんだよ」
「え?」
ナイトは微笑む。
「神隠しにあった人間が死んでいるのなら、『生き続けている』世界線とはもはや別物に変わる」
「え」
頭を撫でられる。
「平行して並んでいた線が折れ曲って遠ざかっていくイメージを持つとわかりやすいかな。生死の重要度は観測地点で変わるけれど」
「か、かんそく?」
「……不思議とね、死んだことを誰にも認識されないと存在も揺らいでいくんだよね。そういう不安定な隙間に彷徨ってくる事はある」
「ああ」 仲嶋が面白くもなさそうに目を細める。「観測されることで事象は固定される。観測すること自体が事象に影響を及ぼす?」
「……仲嶋が裏切った」
「あ?」
「俺と一緒のわからない同士だったのに」
不満が余程顔に出てたのか、後ろから頬をつつかれる。気が散る。いい加減、抗議しようとナイトを見上げて──けっきょく口を閉ざした。
頬を触ってくる指の優しさと、爲永に向けている視線の酷薄さの差が。
身震いしたのは別にナイトが怖かったからじゃない。……自分でよくわからないけど。
「つーかさ、まどかはわかんないんじゃない。納得できないんだろ」
仲嶋の声に我に返る。
「……俺が納得しててもしてなくても関係ないし」
「そーか? ウチじゃそれがいちばん重要項目っぽいけど」
どっちにしろ、爲永の中ではもう結論が出ているみたい。
「この世界から存在が消えている。それが召喚の最低条件だな」 うっそりと笑う。「上出来だ」
あ。我慢できない。
「……爲永さん、都合悪いことから目ぇ逸らしてないか?」 肩に置かれた手にぐっと力が籠もる。「意図した召喚なんてできないよ。だって爲永さんは呼びたい人が死んだってことを知っている」
「……」
神隠しってのは日常にある悲劇だ。ひとつ道を間違えて元に戻れなくなる。いなくなった人はどこかに攫われたのかもしれないし、通り魔か身内に殺されたのかもしれない。人はちょっとした側溝に落ちてもいなくなる。それが現実だ。
爲永の言うのが正しいなら、戻ってきた神隠しのなかには異世界からきたのがいる。元の人間が死んでいて、かつ誰もその人死を認識していない。そういう条件が揃っているときに迷ってやってくる。
けど──爲永のオメガは骨になって爲永の手元にある。
駄目じゃん。自分が翳した理論ぐらい破綻しさせないでほしい。すごく、もどかしい。
やっぱり爲永からの反応はない。無視とはちょっと違う。表情が動かない。まるで、声が届いてないみたいな、聞こえてないみたいな。……金針さんが無駄ですみたいに首を振っている。そこまで聞く耳持たないのか?
「ねえ……爲永さんの目的にはナイトの協力が不可欠だよね。一人じゃ叶えられないって思ってたから俺を攫ったんだろ」
なら、攻め方を変えてみる。今度はちゃんと反応して、爲永はフンと鼻を鳴らす。
「俺を攫ったのはお前らの方だろうが」
「最初にやったのはそっちじゃん」
「ウダウダうるせえな」
「せめて協力してくれって頼むとかできないものかな?」
妙な間が空いた。
「……俺ひとりでは到達できないか?」
さっき言った言葉が急に爲永に届いたらしい。不意打ちな、素の声で聞かれる。
「……」
「なぜ返事をしない?」
いやそこは……否定も肯定も俺がするべきじゃないから黙ってるだけなんだけど。力を持っているのは俺じゃない。けど、彼と対話しているのは俺なのか。室内は奇妙な沈黙に包まれている。
爲永の目的にはここにいるナイト達の協力が絶対に必要になってくるだろう。……協力するのか? わからない。だから、まず話したかった。どうするか考えるのは、そこからだ。
落としどころがどこかに必ずあるはずだと思ってる、んだけど。
「……出来る出来ないじゃない。それ以前の問題」 溜息がもれる。「異世界召喚なんて妄想言い出すこと自体が痛々しいんだけど。出来ても爲永さんがやろうとしていることは、禁忌だ。端的に言って、狂ってる」
またシンとした。
「うわ」 間延びした声で固まった空気を壊したのは仲嶋だ。「言いにくいことをきっぱりと」
「言いにくいってことは仲嶋だってアウトだって思ってんだろ。思ってんなら言えよ」
「ごめん俺、部外者だった。黙ってる」
「俺だって──」
「誰が禁忌と決めた?」
爲永がゆらりと立ち上がる。
「……普通、誰もやらないでしょ」
「く」 笑われた。「やらないんじゃあない。出来ないんだ。不可能だからな。普通は」
自分なら可能って言ってるように聞こえるんだけど。
「爲永さんにだって無理だろ」
「そうだな。俺には出来ない」
それにしても──なんでずっとナイトは緊張しているんだろう。トルマリンさんだって、さりげなく仲嶋を庇う位置にいる。
「だが諦める選択肢はない」
だからなんで、
「なんで爲永さんは根拠なく自信満々なの」
「根拠ならあるさ。策もなく攫われてくるわけがないだろが」 なんの気負いもなさそうにコキリと首を慣らす。「不可能を可能に変えりゃ良いだけだ」
「……どやって?」
「俺と同じにするだけだ」
同じ? 意味がわからない。爲永はなにかを狙っている。
船の乗っ取り? 不可能だろ。けど、それを本人が納得しているかどうかは別の話だ。
って言っても前触れ成しに攫われてきたのに策が要せるものか? ……少なくとも俺が再接触してきそうだってことは予測済みなのか。
届かないと思っていた言葉はちゃんと聞こえてる。思っていたよりもずっと正気なのかもしれない。
「邪魔が多すぎる──ちったあ油断してくれりゃあもっと楽にしてやれたのに」
爲永は俺を見て言う。
「……あ」 ぽそっと仲嶋がつぶやく。「あいつの狙い、わかった」
「はいはい。座っときましょーね。部外者」
「けど」
「え。なに。もしかして俺だけがわかってない?」
「良いんですよ。円さんはわかんなくて当然ですから」
「良くないだろ。だってまどかが」
「前に出るな。君だって危ない」
「そのオメガを殺せばいい──確実に」
そうすれば同じだ。お前だって探すだろう?
ナイトに言った、ことばが聞こえた瞬間、視界が血に染まった。
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