絶滅危惧種オメガと異世界アルファ

さこ

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おにぎりを食べる

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 夢もみない眠りからぽかりと浮かび上がった。

 充分にとれた睡眠が頭をすっきりさせてくれているけれど、ふかふかあったかな寝床は気持ちが良くてもっとベッドに懐きたくなる。
 でもベッド……ベッドに寝かさないといけないんじゃあなかったか? 誰を。仲嶋を。

 ……あれー?

 仲嶋が目覚めるまで見守るはずが、何故俺が寝てるのか。


 ◇ ◇ ◇


 もりもり食べているところをみつけた。

 テーブルの上をみて眉が寄る。大皿がひとつと、汁物の鍋。大皿に並べられているのはおにぎりだ。
 おにぎりだけ。
 なんだけど、やけに華やかに見える。
 いろいろあるんだもん。見えている具だけでも枝豆に塩昆布、じゃこにゆかり、とうもろこしと何か。ネギと天かす? 焼きおにぎりもあって、海苔の代わりに菜っ葉がまいてるのもある。三角のと俵形があるのは中身の違いか? 一人分には見えないけれど、テーブルには他に誰もいない。
 ……多くね?

 俺に気付いて軽く手を上げてくれたけど、仲嶋は咀嚼は止めずに新たな握り飯を頬張る。
 狐につままれた気分で隣の席に腰を下ろす。
「おはよう」
 まぐまぐ食べてて答えられないし。おにぎりを呑み込んでから、
「腹減ったっつったら金針さんが作ってくれてさあ」 更に味噌汁を啜りつつ、しみじみと言う。「俺、この艦で久々にまともな和食たべたわ」
「あ。知ってる。あのひと料理うまいよね……これ和食か?」
「いやもっといろいろあったんだって」
「まだあったの!?」
「おう。懐石みたいなの。茶碗蒸しとか絶品! 足りなかったから追加で作ってくれた。すごく良い人だな」
 ああ……加害者の秘書さんだからそれなりに後ろめたかったんだろうなあ。
「いいけどおいしいご飯を作ってくれたら良い人になるの? 君」
「真理だろ」
「ていうか〆? 〆がおにぎり?」 あれ? こんな話をしにきたわけではなかった。「じゃなくて仲嶋!」
「なんだよ」 味噌汁の椀を隠すように抱え込む。「欲しかったら自分で頼んで作って貰えば良いじゃん」
「いらないよ……大丈夫? 体調におかしなところ、無いか?」
「あーそれ、今日起きてからやたら皆に聞かれるんだけど」
 同じ事を聞かれ続けて気分を害しているというより、居心地が悪そう。
「俺が気絶した後って、まどかが看病してくれたんだって?」
「……うん?」
「ごめんな。覚えてないんだよ。まあ頭は打ったのかもしんないけど、痛くもないから平気だ。巻き添え食らったって実感もないしさ。そっちこそ大丈夫だったのか? 解決したとは聞いたけど、修羅場だったんだろ」
 ……うん?
 え。嘘。
 これ誰も説明してないのかよ。

 別に隠すことでもないし、普通に教えてあげれば良いのに。説明を後回しにするだけ面倒じゃん。それが出来ないとか、一体なにをおびえてるんだか。
 あらためて仲嶋を見る。自分が軽傷だったとまるで疑っていない、まっすぐな目が見つめてくる。
 ……や、仲嶋に限ってまっすぐなんてこたないはずだけど、罪悪感のせいかキラキラの瞳に見えてくると言うか。
「えっと」
「どした?」
 怪我どころか肉までバラバラに粉砕されたとか、真実を知ればショックだろう、な。
「チョット、アブナカッタ、カナァ?」
「なんでカタコトだよ。そもそもあのおっさん、武器なんてどこに隠し持ってたんだよ。ラジオか?」
 苦手そうに見えた爲永アルファをおっさん呼ばわり。……これは良い傾向だと思う。トラウマになっていないって事だから。こうやって話してみても、仲嶋の調子はいつもと変わらない。精神もすこぶる健康なんだってわかる。
 良かった。
 魂だけになった時のことも全く覚えてないみたいだし。
「おい聞いてるか? 聞こえてますかー? あなたのこころに直接話しかけるぞ」
「な、ななにいきなり」
「マイブーム……かなー? むかし流行ったよなこのテンプレ。なんか急に思い出してツボに嵌まってさぁ。なんだろなこの感覚。朝起きてからおかしくてしばらく笑ってた」
「……よくわかんない」
「じゃいいや。で、武器はどこに隠されてたんだ?」
「あー……身体の中?」
「口から剣でも吐き出したのかよ」
「それじゃ曲芸だろ。手の中から出てきた、気がする」
 どっちにしても曲芸か?
「トレース・オン的な? 魔法じゃん。現地人のくせにすげーな」
「現地人が現地人言うなよ。トレースオンてなに?」
「いやなんでもないけど」 視線を泳がせたあと、急に眉を寄せて深刻な表情を見せる。「まどかお前、怪我してるのか」
「俺? ないよ」
「嘘つけ」 と俺の背後を顎で差す。「なんで血の足跡が付くんだ?」
 歩いてきた先。転々と足の形がついている。
「え」
 ざざっと血の気が引く。

 パーツが余ってた? 足の裏だけ、取りこぼした? なんで。
 落ち着け、大した量じゃない。だいじょうぶ。

「ちょっと脚あげろ。怪我みてやる」
「……だいじょうぶ」
 逆に足の裏が見えないように踏みしめてしまう。
「なわけあるか。顔、真っ青だろーが」
「返り血だからだいじょうぶ」
 言うと仲嶋は眉を上げる。
「ほんとうに俺は大丈夫だから放っておいて」
「ふうん? ま、いいけど」
 仲嶋は何事もなかったみたいに食事を再開する。素直だ。
 わかってる。そうすることで追及を止めてくれた。気遣われているのを申し訳なく思いながら、動揺から立ち直れない。
 目が覚めて、現実味が遠ざかってた。夢かと思ってた、わけじゃないけど。

 ……。

「おい一時停止みたいになってるぞ」
「なんで誰も止めてくれなかったんだろ」
 意味が全くわからないだろう俺の愚痴を聞きながら、仲嶋はおにぎりを割って中身を見る。シンプルな梅干し。片方を頬張って噛んで、嚥下して、とたっぷり時間が経ってから。
「やる気のオメガには逆らうな」
「え」
「あっちの人にはそういう格言があんだってよ」
「格言?」
「うん。普段は大人しいオメガが強固に主張するときには従え。そうすると物事が万事うまい方向に働くとかなんとか」
「……へえ」 溜息みたいな声が漏れる。「だから自由にさせてくれてたんだ」
 腑に落ちると同時に、何とも言えないもやもやが生まれる。
「ヘコむなって。おもしろいじゃん」
「おもしろくないよ」
「おおかた家庭を円滑にする為のコツみたいなモノなんだろうけどさ、こっちとオメガの捉えが百八十度違うのがおもしろいよな。……おにぎりひとつくらいなら食べていいぞ?」
「いい」
「食べろ」
「いらな……っぷ」
「ほい」
 無理矢理口に突っ込むな! あ。
「……おいしい」
「俺もそれ好き。コーンと甘塩っぱく味付けした鳥ひきにくとあぶらあげも入ってんだよ」
 しばらくふたりで黙って咀嚼する。
 ちょっと落ち着いた。
「それにしてもなんで仲嶋が異世界の格言を知ってるんだよ」
 人がひとくち食べている間に皿から三つぐらいのおにぎりが消えている。対抗したくなって大口でかぶりついてみる。
「だってガーデン? あいつがなんでか俺にオメガの心得を教えてくるからまどかに伝えろってことかとって汚ねーな!」
 ご飯吹き出した。
「ご、ごめん! ごめんなさい」
「いや謝り方が大袈裟だろ」
「あの、なかじま……」
 衝動に突き動かされて口を開いたはいいけれど、言うべき台詞を考えていない。

 どう言えば。なにを? ええと。苦し紛れな思考を巡らせていると、天啓のような閃きが降ってきた。 ──もしかして俺、オメガが幸せな世の中をつくらなきゃいけないんじゃないのか? 一瞬で我に返る。いや無謀だろ壮大すぎる。
 そもそも俺の野望はナイトにこの世界での居場所を与えたいっていうささやかなもので、そのはずだったんだけど。
 ……飛空艇というがっつり落ち着ける「家」が既にあるナイトにとって、この世界の居場所なんて必要なんだろか?
「まどか? おい」
「っは」
 いかん。現実逃避で思考が明後日あさってどころか明明後日しあさっての方向にすっ飛んだ。相手がすっかり痺れを切らしてる。
「言いかけて途中で止めるなよ。気分悪いだろが」
「……あのさ。もし自分がオメガになったら、どう思う?」
 仲嶋はちょっと眉を寄せる。指を舐めて人差し指についた米を食べてから、
「唐突だな」
「その、俺にもいろいろあるんで、参考までに聞きたくて」
「まー、だろうけど」 ちょっと考えて、「絶望するな」
「……」
 どうしよう。
「んー……」 俺の動揺をどう取ったのか、味噌汁をずずーと啜ってから、「俺ん家ってさ。絵に描いた平凡なんだよ。典型的なベータ家庭」
 唐突な話題を振ってくる。
「うん?」
「まあさ、厳密に平均かどうかは知らんけど」
「……わかる」 自分を客観的に見ることなんて出来ない。「俺だって自分を平凡だと思ってるし」
「単機で全体の平均値を壊してる奴が言うなバカ」
「理不尽だな!」
「そんでさ、普通の中で俺だけ優秀だとどうなるかってーと、親どころか親戚とか教師からも期待されんだよ」
 話が見えないんだけど?
「自慢話?」
「そうそう。俺こそがほんもののアルファだって相当おだてられたなあ」
「……自慢ってそんなに嫌そうな顔して言わないよな?」
「で、嫌気が差した俺は証明したくて病院行ってバース検査したわけ」
「……自分で?」
「そう。自費でバース検査」
 視線を外してからおもわず二度見する。
「めずらしいな」 珍しいなんてもんじゃない。この世の中、バースを無理に判明させたところでメリットなんて無い──本物のアルファじゃない限り。「なんでそんなこと……」
「だから俺はアルファなんかじゃねーよって証明だよ。いま考えりゃ、若さ故の無謀だな」
「……それ」
 曖昧なままにしときゃ良かったのに。ていう台詞を呑み込む。
 放っておけばそのうち仲嶋はほんとうにアルファとして扱われていただろう。疑わしきはグレーのまま──それが暗黙の了解で、偉い人たちだって皆、敢えて検査なんてしない。それを嘘つきだなんて誰も責めたりしない。
「よくある小賢しいガキの反抗だよ。まわりの大人がみんなバカに見える時期ってあるだろー?」
 身も蓋もない言い方を。
「子供の反抗心のくせに無駄に行動力が伴うところが仲嶋だよね」
「うっさいな」
「そこが好きだけど」
「……検査結果は俺の希望通り、ばりばりにベータだったんだけど、正直なところさ」
「うん」
「結果見たとき、がっかりしたんだよな。そんな自分にびっくりした」
「……ふうん」
「だから、俺がどう思うかとか、俺本人にだって本当のところはわかんないよ。自分にもわからないような複雑な感情ってあるんだよな。──でもそんときオメガって結果が出たら予想外すぎて面白かったかもな」

「……家族の反応はどうだったんだ?」
 おそるおそる聞いた俺に、くくっと笑う。
「これがな。あっさりしてた。そっかーってだけ」
「え」
 仲嶋は肩をすくめる。
「だからこれは平凡なベータの、空回りした黒歴史だよ。つまんないだろ」
「つまらなくはないよ」

『お話の途中ですがマドカ、ナカジマ。少々お時間よろしいでしょうか? この情報はあなた方に知らせる必要はないと命令──忠告されていることなのですが』

 いま言い換えなかったか?
「で言うんかい」
 ぼそっと突っ込む仲嶋。

『爲永晶虎が危篤です』


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