絶滅危惧種オメガと異世界アルファ

さこ

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受け入れること

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「なんでこっちにんだよ」
 わかってたけど──すっごい馬鹿を見る目をされました。

「だって! 爲永ためながさんの方が弱そうだったし」
「ゴラテメェ人の背ェ盾にしてふざけんな」
「ちょっと動かないで下さい隠れられない」
「俺に命令すんな潰すぞ!? つかオマエ、」
「ガラ悪いです。若くもないのにいつの時代の不良ですか」
「ああ!? 言うならヤクザだろ」
「それは似合いすぎるから遠慮しました」
 こそこそと言い争っていると、

「モアサナイト? どういう状況ですかこれ。え? 何で打ちのめされているんです? ちょっとー。俺が見えてますか?」
 知らない人がナイトの顔の前で手を振っていた。
 ナイトと同じ種類の人がいる。声は知ってるような。
 いたのか。
「……部下さん」

 さっきまではピンクに靄がかかってた視界が今は、葉桜の時みたいにはかなうすくなってクリアだ。

 ようやくはっきり見ることができる。

 モアサナイトはうす青に輝く白色を基調とたシンプルなもの。部下さんのは割とカラフル。
 それぞれの鎧は儀礼用と言った方がしっくりくるような美しさで、極めた武具は芸術品になるというのを体現している。
 けれどあれは触ると意外と柔らかくて、自分の知っているどの素材とも似ていない。

 俺の呟きが届いたのか、部下さんがこちらに向き直る。
「はい。まどかさん、こんにちは」 挨拶のあとに軍人らしい動作で敬礼のような形をとる。はにかむように笑う。年上なのに幼い表情。「えへへ。これ向こうの挨拶儀式なんですけど、やらせてくださいね。けじめとして」
「けじめ?」
「主のメイトになる方への忠誠を。──最初の巡り逢いでの大切なしきたりなんです。俺の気持ちの問題ですけれど」 それから部下さんは首を傾ける。「ところで追いついたらこうなってて。どうなっているんでしょうか? 状況を把握できなくて」

「俺も把握してないんですけど」
 今のも含めて。把握どころか現実を受け止められない。
「……一番引っ掻き回しておいて言うか」
 ぽそっと頭上から声がするけど、気のせいだし。成り行きを見守る。

 ……。

 ? どうしよう。誰も動かない。

「オマエどうにかしろ」
 頭上から声。なんで俺。
「……恐れ多くてそんな。事態の収拾はアルファの役目じゃないですか」
 目立たないピルの正面玄関に、それでも異常を察してぽつぽつと人が集まってきている。爲永さんがいるから静かだけれど、緊迫はしている。
「仕方ねえな」 爲永は溜息ついて、おっかなびっくり覗いている周りの人に指示を出す。「下がれ」
 雑だよ。
 皆さん、アルファからのお言葉に安心したように引っ込んでいくから良かったけどね。

 モアサナイトは困ったように俺を見ている。
 と思う。視線を感じるけれど顔が上げられない。目が合わせられない。

まどかはそこのアルファと仲が良いんだね」
「「良くはない」です」
 ハモった。
 
「えーとあの、円さん、なにがあったのか教えてくれますか?」
 途方に暮れた様子の部下さん。だからなんで俺なのかと突っ込みたいけど、聞かれたから思い出す。
「えっと……爲永さんが俺を殺そうとしたらナイトが助けにきてくれて」 空白。「……」
「すすすすみません! 二度と聞きません!」
「……え? べつに謝られるようなことではないですよ」 そうだ。大切なこと思い出した。顔を上げてモアサナイトに向き直る。「傷、直してくれてありがとう」
 騎士様はちょっと目を見開く。

「あ、違う。先に言うことが助けてくれて、ありがとうで」
 若干テンパってる。モアサナイトは俺が言ってるうちに目をほそめてる。
「うん」 柔らかい声音がこたえる。「僕が君に対してすることは当然なんだからお礼なんて言わなくて良いんだよ。──けど」 ふわ、と笑う。「それが君なんだね。円のことは僕が助けるから安心してほしい」
 花が咲く。
 ふたたび盾の後ろに隠れる。頬が熱い。やばいなんだこれドギマギする。
「オイ……人の後ろでコソコソするな。背筋が冷えるんだよ」
「風邪ですか?」
「……」
 まあ自分を殺そうとした相手の背後に隠れる行為が頭良くないってのはわかってるけど。実のところ、どうしてこんな行動を取ったのか自分でよくわからない。

「円は僕が怖い?」
 ──と、耳に飛び込んだ予想外な台詞に焦る。慌てる。
「ちが、ちが」 ぶんぶん首を振る。「ちがう」
「ほんとに、平気?」
「怖いなんてことない。ナイトは怖くない」
 怖いのはこっちのアルファだし。
「そうか。よかった。安心した」 ほんとに、すごくほっとしたみたいでモアサナイトは肩を上下させて息を吐く。「……かわいい」
「かわ……?」
 騎士様は苦笑して、
「ならば君の望む通りにしようか」
 胸にてのひらを当てて表情を改める。真剣な顔。それだけで厳粛な雰囲気になる。
「……俺の望み、ってなに」

「君は自分を殺そうとした相手にも心を寄せて助けようとする人だ。だから君に意味のある約束を」
「約束?」
 俺と?
「うん。僕はそこのアルファは許せないけれど、君が泣く方が困るんだ」
「え……泣かないよ?」

「誓おう。君が心配しているような争いを僕たちはもう起こさない」

 ナイトの宣言は意外だった。
「……」

 ……ああそっか。
 けれど、すとんと腑に落ちる感触。
 このひと。俺が理解してなかった俺の行動の意味をどうしてわかったんだろう。
 そんな約束、簡単にできるものじゃないとは知っているけれど、気持ちが嬉しくて何か胸が詰まる。
 いい人だな。道端の石が人に拾って貰ったらこんな気分になるかな。
 ──
 と、すいっと水色の視線が動いて俺の前にいる男に固定される。
「君も構わないよね?」

「……あぁ」 淡々した口調の爲永が答える。……聞き間違いかと思った。まさかの同意。アルファ2人の緊迫したやり取りに、隣で秘書サンがゴクリと唾を呑んでいる。「こちらの兵は引き上げさせる。その後の干渉は無しだ。──この世界に馴染むためにバックアップが欲しければツガイを窓口にしろ」

「ふうん。ずいぶん優しいね。交換条件は?」
「情報」
「……だろうね。いいよ。精度はそちらの円の扱い次第」
「だろうな。なら交渉成立だ」

「……」
「……」
 2人して俺を見る。

「え。終わった?」
 すんなりと。
 アルファ同士彼らは通じ合えるのか、必要最低限の会話に全くついて行けない。
「うん。終わったよ。だから」 モアサナイトが両手を拡げて微笑む。「おいで」
「っ!?」
 思わず後退すると王子様は捨てられた犬みたいな目をする。

「来てくれないの?」
「……」

 いやでも傍に行くとか無理。ナイトに関わると俺は自我が崩れてやばい。傍に行くとか無理。

 けれど、性懲りも無く背後に隠れようとしたら盾にずいっと前に押し出された。それでも躊躇してたらがつっと背中を蹴られる。痛いって! 転びそうになって、すくい上げられた。
「ありが……」
 モアサナイトは爲永の方を見ている。表情は見えないけど、

「ナイト?」
「いや、円、だいじょうぶ?」
 甘く柔らかな笑み。いま冷気が降ってきたのは気のせいだったか?

「……切り替え早」
 部下さんがぼそっとつぶやいて顔を逸らしてる。

「うん平気。ナイトが拾ってくれたから」 今になって実感が湧いてきた。「これ現実?」

 ナイトがくすりと笑う。
「現実だよ」
 立ち上がろうとしたところでするっと背中を抱え直される。ちょ、
 離れようとして抵抗空しく抱きしめられてパニック起こす。
「あの、あの」
「ごめん、ちょっと待って」 ──堪能させて。そっと耳元で囁くからぞくぞくしてへにゃりと力が抜けてしまう。「ねえ……僕は君を助けるのに間に合ったのかな」
 なにいってるかわからない。熱に浮かされる寸前の脳みそで、溺れるみたいに相手の肩にしがみつく。なかなか動悸が収まらないと焦って、あれ? と思う。気が付く。震えてるのは自分じゃなくて、相手の方だ。驚いた。それから今のナイトの呟きがじわじわ胸にしみこんでくる。間に合う?
 愛しくて、くすりと笑ってしまう。
「……ちゃんと助けにきてくれたよ。夢のなから」 このひとは本当に自分のために境界を越えてきてくれたのかもしれない。「迷惑かけてごめんなさい」
「円のすることで僕が怒るわけがない」
 なんでナイトの方が泣きそうなんだろ。

 異世界とか、まだわからなくて非現実的なのに、なんだかな。
 微笑む。ぐずる子供をあやすような心境で相手の背を抱く。
「うん。俺も。君のことならなんだって受け入れるよ」
「……円」
 透き通る水色に真剣に見つめられる。

 ちゅ、と口に口をつけられて、思考が停止した。

 いまなにが。呆然とみつめ返す。
 ふ、と水色が笑った。ちゅ、と再び口づけ。硬直してる間に重なりが深くなる。唇にするっと舌が差し込まれる。「ぇ……んっ」 前振りとかナイのか、どこに、くちゅと舌で歯の裏を撫でられてびくんと痺れる。するりと耳を撫でる指。「っ……ふあ」 一生懸命肩を叩いて。「あっ、や、ん」舌が絡まる。肩を叩く。散々貪られる。肩を叩く。「まっ、待って」
 ぺろと下唇を嘗めてから離れる。
「どうしたの?」
 ナイトはあくまで甘い笑み。こっちが間違えてる気がしてくるけど、
「ごめん……俺おかしくなるんで離してくれないと、あの、駄目だ」
 必死に訴えると、ナイトが困ったように首をかしげる。
「もっと反応してくれないから自信を無くしてるんだけど」
「嘘だ。俺だけが」
 乱れてて恥ずかしい。オメガはやっぱり卑しいんだ。ならアルファのモアサナイトに迷惑をかける。目が勝手に潤む。
「えッ!? わっ傷つけないで」 急にうろたえたナイトの長く筋張った指に唇をなぞられて、自分が唇を噛みしめてたことを知る。「ごめんね。僕は抑制剤使ってるから平気なだけ。じゃなきゃ円の魅力にあらがえるわけがない」
 よくせいざい。
「そんな。アルファが使うなんて駄目だろ! 身体壊すよ」
 今度こそ涙目になる俺にナイトが頭を抱える。
「……?」
「そっち方向に責められるとは天使すぎ……いやその前に君の世界の抑制剤って、どれだけ性能悪いのかな? ……しかもオメガしか使わないの? ちょっと、色々」
 これは悶絶しているのか悩んでいるのか頭抱えているのか?

 溜息をついて、気分を切り替えた様子。
「とりあえず移動しようか。注目を浴びているからね」
「え。いまさら?」
 反射的に答えてから、注目? それが騎士に似た格好のせいではないことに思い至る。……え。あれ?
 一瞬血の気が下がって一気に頭に血が上る。多分、耳まで赤い。俺は馬鹿か!?

「あー……嫉妬でそういう虐め方をする人だったんですね。知らなかったですよ。上司の新しい一面が、ハイ黙ります」

「行こうか」
「……うん」
 ドコに、と聞く気力は無く。

 挨拶するのも忘れたなと気が付いたのは、飛び立った後。


 そうだよ空飛んだよ! もうどうでもいいよ!

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