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2話 両親は死んでない⁉︎

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「咲也、浮かない顔してどうしたの?学校で何か嫌なことあった?」
「何でもないよ、叔母さん。気にしないで。」
「そう?それならいいけど‥‥」

 叔母・小春(こはる)がそそくさと食事の準備を進めるのを見ながら、咲也は溜息をついた。サクラに言われた言葉が、気にかかっていたのだ。

「俺の両親の話だと?お前、何言ってるんだよ?」
「あなたのご両親は交通事故に遭った‥‥それは事実だよね?でも、亡くなってはいないの。」

 その言葉を聞くなり、咲也はサクラの腕を掴んだ。早足で歩き、取り壊される予定の旧校舎へ連れて行った。咲也は、混乱と苛立ちが混じった声でサクラに尋ねる。

「どういうことだ?親父とお袋は確かに交通事故に遭った。そして死んだんだ。“亡くなってはいない”、なんてバカなこと口にするのはやめてくれ。」
「馬鹿なことじゃない。私は真実を言ってるの。あなたのご両親は生きている。」

 ひどく冷静なサクラの態度に、咲也はさらに苛立って、怒鳴った。

「いい加減にしろよ!何も知らないくせに訳の分からない事ばかり‥‥二度と俺の前で親父とお袋のことを言うな!」
「いいえ、言うわ。それがあなたと、あなたのお姉さんのためになるのだから。」

 サクラの制止を振り払って教室に戻った咲也は、颯太に全てを話した。颯太は首を傾げながら、

「君のご両親が事故に遭ったことはともかく、生きているとは不可解だね。話を聞く限り普通の人では無さそうだけど‥‥なぜそんなことを?」
「分かんねえよ。とにかくあいつに関わりたくねえから、俺がいない時にお前に何か言ってきても、適当にごまかしといてくれ。」
「うん、分かった。」

                        *

 両親の話を聞くことが、自分たちのためになる‥‥何度考えてみても、咲也は言葉の意味を理解できずにいた。

「咲也、今いい?」
「姉貴?いいけど、何?」
「私の卒業後の進路について、話しておこうと思って。」
「別に俺が聞くようなことじゃなくないか?」

 乗り気じゃない咲也に対して、姉の弥生は真剣だった。咲也は少したじろぎ、椅子に座りなおす。

「私、進学しないことにしたの。県外の会社に就職して、一人暮らしをしようと思ってるんだ。」

 咲也はその言葉を聞いて固まった。弥生は申し訳なさそうな顔をしている。

「何で今まで言ってくれなかったんだ?家を出るなんて大事なこと。」
「事故以来、咲也はずっと反抗期だし、私の進路になんて興味ないかと思って。」
「何だよ、それ。つーか進学したらよくね?叔父さんは会社の社長だし。学費はいくらでも出すって言ってたじゃん。」
「無理よ。叔父さんたちに子供がいないとはいえ、家に入れてもらって生活費まで出してもらってるのに、大学の学費までなんてダメ。就職して自分で収入を得るわ。」

 叔父は2人の父親の弟で、叔母は2人の母親の妹だ。叔父と叔母の2人とも血が繋がっているのだが、弥生は2人にずい分遠慮している。

 弥生の言葉に咲也は唇を噛み締めた。弥生は慌てて訂正する。

「咲也は男の子なんだし、進学しなきゃダメよ。何も気にしないでね?」
「‥‥俺だけ進学なんてできるわけねえよ!気にするななんて、無理に決まってるだろ!」

 咲也は怒鳴ると、リビングを出て自分の部屋に戻った。ベッドに潜り、長い溜息をついた。

                     *

「それで今日弥生さん休んでるんだ。喧嘩して一方的に怒鳴るなんて‥‥」
「一言相談して欲しかったんだよ。それに、俺だけ進学するなんて姉貴に申し訳が立たない。」
「実は優しいんだよね。でも、そう思ってるなら弥生さんに正直に言わなきゃ。」

 頬杖を突いた咲也に、颯太が続けて言葉をかけようとすると、サクラが突然姿を見せた。

「もともと体の弱いお姉さんだけど、今日学校に来ていないのは、そういう理由だったのね。」
「花霞上、お前っ‥‥何で姉貴が病弱なこと知ってるんだよ?」
「まあまあ細かいことはいいじゃない。姉弟喧嘩なんて本当は仲がいいんだね。」

 サクラはそう言いながら颯太の横に座った。同時に咲也が席を立つ。

「どうして私を避けるの?私は咲也くんと仲良くなりたいだけなのに。」
「なれると思ってんのか?身内しか知らないようなことをベラベラ言ってくる気味の悪いヤツと仲良く?冗談でも嫌だわ。」

 サクラは頰を膨らませ、咲也を見送った。するとすぐに颯太に向き直り、言葉を続けた。

「春風颯太くん‥‥だよね?教えて欲しいことがあるんだけど、聞いていい?」
「僕のこと知ってるんだ。」
「もちろん。君はとっても重要だもの。」
「僕が教えられる範囲のことなら。何?」
「咲也くんの家の住所、教えて欲しいの。」

 颯太は苦笑いをしながら、首を横に振った。

「咲也がいいと言わないと教えられないよ。そもそもどうしてそんなに咲也を気にかけるの?」
「んー‥‥颯太くんには今は言えないかな。あと、教えてくれないなら、自分で探して行くね。」

 飄々とした態度のサクラを見て、颯太は焦った。勢いよく立ち上がり、クラスメイトの視線も気にせず、珍しく激昂した。

「ちょっと待って!これ以上勝手なことはしないで!ご両親の事故からやっと立ち直ろうとしているのに、もう僕らのことは放っといてよ!」
「いいえ。これは、あなたたちのために必要なことなの。」
「傷口を抉るようなことがなぜ必要なのさ⁉︎まるで理解できないよ!」
「今は理解できなくてもいいよ。とにかく、これ以上私の邪魔はしないで。今度邪魔したら、承知しないから。」

 これまで見せたこともないような威圧的な目でサクラはこう言い切ったが、やれやれというように溜息をついて、実はねと言って話し始めた。
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