小説探偵

夕凪ヨウ

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Case0.誕生③

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「どうして俺が刑事だと分かった?」
 去り際、俺はどうしても気になったことを尋ねた。警察手帳は見せていない。鞄も持たずに歩いていたのは不思議だろうが、東京じゃ気に止める人間なんていない。そもそも、この男は俺の顔すらろくに見ていなかった。表立った場所に怪我をしているわけじゃあるまいし、見抜かれる根拠がどこにあったというんだ。
 男・カイリは足を止めて振り返った。瞳に引き止められたことへの嫌悪はなく、ただ不思議そうにしていた。その顔をしたいのはこっちの方なのだが。
「根拠は4つあります。1つ、ぶつかった時に足音を消されていたこと。2つ、ぶつかった時の衝撃が大きかったこと。3つ、視線が遠くを向いて誰かを探していたこと。4つ、荷物が少なく身軽であったこと。」
 早口に告げられ、俺は困惑した。カイリはそれを察してか、すぐに言葉を続ける。
「普通の方は足音を消されたりしません。私は考え事をしていたとはいえ、注意を払って歩いていました。にも関わらずぶつかったのは、東堂さんが足音を消されていたからです。この点から、普通の男性ではないな、と。ぶつかった時の衝撃も、同じことを思いましたね。長身だけならともかく、引き締まった体は無駄を感じず力が入っていた。何かの選手か、体を動かすか。いずれにせよ、職種が限られます。
 視線の件は曖昧ですが、誰か探されていたのでは? 人の頭を上から見られていたので間違いないと思います。荷物が少ない点は、平日の昼間という時間を加味すれば不自然です。スーツ姿なら尚更、サラリーマンを思い浮かべて消えるほどに。」
 言葉を失った。あの一瞬のやり取りで、この男はここまでの情報を読み取ったのか。そっちだってこちらの顔を見ていないと思っていたのに、視線の動きから部下を探していたことが分かるなんて思わなかった。普通の職種じゃないことは確かだが、ここまでの観察眼も普通じゃない。
 そんなことを考えていると、突然カイリが苦い笑みを浮かべた。
「まあ、去り際捜査一課所属を示すバッヂが見えたことが決め手ですね。救急隊員や消防士、自衛隊員は、昼間からスーツ姿で出歩かないでしょう。先ほど挙げた4点を根拠に、バッヂを決め手に、刑事さん、と言ったんですよ。」
 カイリは一転して穏やかな笑みを浮かべ、失礼します、と言って立ち去った。軽やかな足音だ。嫌な気持ちを全く感じさせない、不思議と鋭い観察眼を持った、推理小説家。変な出会いをしたものだ。まあ、もう会うことはないだろうが。
「変な男でしたね。」
「そうだな。それはそれとして、問題はこっちだ。」
 東堂警部は息を吐き、鋭い視線を遺体に向けた。何度も見た、事件に向き合う時の視線だ。この視線を追うと、自然と自分の身にも力が入る。気持ちを切り替えるように体の向きを変え、改めて遺体を見た。
 直角に折れた首。背後に描かれた×印。間違いなく、連続殺人犯の仕業だ。また、止められなかった。これで6人目だ。どうしたら、犯人に近づけるのだろう。顔に出してはいけないと警部に言われているのに、悔しさが顔に出そうになる。
「杉並、足元。」
「えっ?」
 警部に呼ばれ、慌てて足元に視線を移した。すると、何かを踏んづけそうになっていたことに気がつく。現場を荒らさずに済んで良かったと思いつつ、手袋を嵌めた手で地面に落ちている何かを拾い上げた。
「東堂警部、これ・・・・」
 俺は杉並が拾い上げた物を見つめ、少し驚いた。すぐに遺体へ近づき、遺体の側に落ちているハンドバッグを開く。ポケットの中も見るが、それらしき物は見当たらない。持ち手の端にも、跡はなかった。そのまま入れていたのだろうと推測できた。
「証拠品として回収しておくか。鑑識に渡しておいてくれ。少し現場を検分するから。」
「分かりました。」
 杉並が走り去ると、俺は遺体に視線を戻した。変わらず頚椎骨折での死亡だが、何か違和感があった。少し考えて、気がついた。違和感があるのは、遺体ではなく遺体の頭上の壁に書かれた×印だ。これまでの犯行時と比べると、明らかに小さい。犯行を誇張しているからこそ、印も大きくなる・・・・そんな推測が会議で上がったことがあった。
 となると、同一犯じゃないのか? いや、×印のことは表立って公表していない。同一犯の可能性は高いだろう。何か心境の変化があったのか? それとも、単純に小さく書いた? ペンキが切れかけなんて間抜けな理由もあるが、色は鮮明だから、その線はない。ここまでの犯行を振り返ると、心境の変化が近そうだ。問題はその内容。会議で進言してみるか。
「警部。鑑識が指紋の有無を調べてくれるそうです。細かい特定はこちらに任せると。」
「そうか。杉並、先に話しておくんだが・・・・」
 俺は先ほどの推測を告げた。杉並は驚き、見返し、納得したようだった。表情が全ての心情を物語っており、少し分かりやすすぎると思いながら、納得してくれたことに安堵した。恐らく、課長も無碍むげにはにはしないだろう。ここから現場落ちていた例の物を調べて、絞り込もう。違和感は解決への一歩になるのだから。


 パソコンの画面に列挙された画像を見て、私は思わず声を上げた。ゆっくりとキーボードから手を離し、顎に右手を当てる。困った。推測に過ぎない考えが、当たっていたなんて。この話、警察にするべきだろうか。
 私は昼間の警察官・東堂龍さんの名刺を見た。短期間に2度も会っているし、誰だか分からないなんてことはないだろう。ただ、出会ったのが遺体発見現場である以上、忙殺されていてもおかしくない。それに、このことは警察も気がつくはずだ。私が指摘するまでもない気がする。
「・・・・少し・・・整理しますか。」
 誰ともなく呟いて、私は本棚からノートを引き抜き、ペンケースからシャーペンを取った。少し考えてから、以下のように書きつけた。


【連続殺人事件についての推測】
1 分かっていること
・被害者は現在6人(今日見た遺体が6人目)
・頚椎骨折が死因(6件全て一致しており、連続殺人の根拠①)
・遺体の側に×印がある(公表されていないが警察に動揺はなかった。全ての現場に残されていたと仮定、連続殺人の根拠②)

2 分かっていないこと
・被害者の共通点(=犯行の動機)
・殺害方法及び×印の根拠(殺害方法に意味はあるのか、×印を残す理由は何か)
・今日見た遺体(6件目の事件)に落ちていた物が示す意味

3 警察が掴んでいること
・殺害方法の共通
・×印の存在(違うかも?)
・被害者が被害者たる理由(確信はない)

4 警察が掴んでいないこと
・犯人の正体(掴んでいれば恐らく解決している)


 正直、警察が何をどこまで掴んでいるかなんて分からない。全て憶測だ。でも、犯人が分かっているなら逮捕されるだろうし、ある程度掴んでいるから遺体の殺害方法にも×印にも驚かなかった。多分、大きな間違いはない。私が分かっていることは警察も分かっているだろうけど、私が分かっていないことを警察が分かっているのかは不明だ。特に、被害者の共通点・・・犯行の動機は分かっている気がする。その辺りは、被害者の身辺調査が必要になるから、今の私には分かりっこない。
「やっぱり・・・あれですよね。」
 今日見た現場に落ちていた物。あれが鍵になる気がする。私はパソコンの画面に視線を戻し、スクロールしてWebページの1番下へ行った。目的の文言を探し、ノートの余白に書きつける。明日は何もないから、少し当たってみよう。何か分かったら、東堂龍さんに連絡して、適当な言い訳を添えて情報提供者になればいい。私の情報は漏れないだろうから。


「馬鹿も休み休み言え! こんな映像を信じるなんてあり得ない!」
 東堂警部の怒鳴り声が会議室に響いた。警部は大きく溜息をつき、問題の映像を指し示す。それは、ある刑事たちが証拠と称して持って来た、都内の防犯カメラ映像だった。そこには連続殺人事件の5件目の被害者が殺害される瞬間が、すなわち加害者が映っていた。
 しかし、明らかに映像に歪みがあり、加害者の姿がぼやけていた。すなわち、手を加えられた偽物の映像だったのだ。この点から、警部は既に防犯カメラの管理会社に連絡し、担当者を参考人として本庁に呼んでいる。
「5件目の遺体発見現場の側には、確かに防犯カメラがあった。だが、初め調べた時には何もなかったんだ。映像の見落としがなかった以上、後から仕込まれた物になる。つまり、犯人が俺たちの捜査が行き詰まっていることを理解して、混乱させるために仕込んだ代物。被害者の殺され方は同じだから、勘違いするように仕向けたんだろうが・・・・」
 警部は再び溜息をついた。この程度に踊らされるな、とでも言うかのように。私は問題の映像を再度確認し、偽物であると2度目の納得をした。
「東堂警部、参考人に話を聞きますか? 私、やりますよ。」
「頼む。課長、杉並に任せても?」
「ああ。お前はどうする? 側についておくか?」
「他の刑事をつけてください。私は鑑識課に行きます。杉並、終わったらデスクの書類整理をしておいてくれ。何かあったら呼ぶから。」
 杉並は足早に会議室を出て行った。俺はパソコンに挿したUSBを抜き取り、同じく会議室を出て、鑑識課へ向かった。
「東堂警部、お疲れ様です。」
「ああ、お疲れ。この映像、解析頼んでおいてくれないか。仕事増やすなって文句が飛んでくるだろうけど。」
 鑑識は苦笑いを浮かべながらUSBを受け取った。すると、少しお待ちください、と言って側の棚からファイルに入った資料を抜き取る。俺が不思議そうにしていると、事件現場の遺留品についてです、と言った。昨日の現場に落ちていた物のことだと分かり、礼を言ってファイルを受け取った。
「・・・・ここ、6件目の事件現場から近かったよな。何より、この名前・・・・」
「行ってみる価値はあるのでは、とのことです。」
「そうだな。そうするよ。」
 俺は杉並と共に遺留品を持って資料に記された場所へ向かった。向かった、のだが・・・・
「東堂さん。こんにちは。またお会いしましたね。」
 朱色の鳥居の奥には、穏やかな笑みを浮かべた推理小説家・カイリが1人立っていた。
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