小説探偵

夕凪ヨウ

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Case101.悪意なき悪人たち①

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「お2人の父君に会う? 私が?」
 龍からそんな電話がかかってきたのは、先日の麻生義彦あそうよしひこによる事件から数週間が経ち、夏の暑さが落ち着いてきた頃だった。
『親父からの希望だ。前からお前に興味を示していたんだが、この間の事件で兄貴と共に事件解決をしたことで、余計に会いたくなったらしい』
「なるほど・・・・。しかし警視総監ともなれば、お忙しいでしょう。いいんですか?」
『その辺りは調整するそうだ。忙しいのは忙しいが、優秀なだけに融通も効くからな』
 海里は制作途中の原稿用紙に視線を落とした。3日もあれば下書きは終わり、編集部に回すことは可能だった。
「4日後なら1日空いてます」
『4日後だな。今日中に聞いて、また電話する』
「わかりました」
 その日の夜、再び龍から電話があり、父親も空いているとの連絡があった。海里は午前10時という時間を了承し、せっせと下書きを進めた。
                     
            ※

「おはよう、江本君。朝からごめんね」
「いえ」
 4日後の午前10時、海里は警視庁に足を運んだ。玲央が入り口で海里を出迎え、案内役として先立って歩いた。歩きながら、玲央は不思議そうにつぶやく。
「それにしても、父さんも急にどうしたんだろう。俺たちの仲が戻ってから、君に興味を持っていたはずだけど、かなり時間が空いてるんだよね。この間の事件は大きかったけど、急に会いたいなんて驚いたな」
「何か心変わりがあったのではないですか?」
「そうなのかな? 相変わらず、腑に落ちない人だ」
 不思議そうに言葉を並べながら、玲央は会議室の前で足を止めた。ノックをして「江本君を連れてきました」と言うと、すぐに応答の声が飛ぶ。
「どうぞ」
「失礼します」
 玲央が扉を開け、海里は彼に続いて会議室に入った。会議室には龍だけでなく浩史の姿もあり、最奥の席に兄弟の父親である東堂武虎たけとらが腰掛けていた。
 武虎は海里の姿を認めるなり、おもむろに立ち上がって微笑んだ。
「初めまして、江本海里君。警視総監の東堂武虎だ。今日は来てくれてありがとう」
 顔立ちも声音も玲央に本当に似ており、身体つきはがっしりとしていた。身長は浩史と同じで息子たちより高い。
 武虎は歩み寄った海里と握手を交わした。岩のようにしっかりとした拳があり、筋張った武虎の手に対し、色白でペンだこが目立つ海里の手は、立場の違いを表していた。
「初めまして、江本海里です。本日は、どういったご用件で?」
「ご用件だなんて。そんなに固くならなくて大丈夫だよ」
 玲央と同じく、相対する者の毒気を抜く笑みと声だった。武虎はゆったりと握手の手を解きつつ、言葉を続ける。
「手始めに君の話が聞きたいんだ。息子たちや浩史から話は聞いたけれど、本人から聞いた方がより詳しい話が聞けるでしょ?」
「私の話・・・・ですか? そんなに面白いものでもありませんよ?」
「構わないよ。俺の興味だから」
 武虎の言葉に、海里は笑って頷いた。武虎は元々座っていた椅子に腰掛け、海里は彼の右斜め前に腰を下ろした。他の3人は、立ったまま2人の様子を見つめている。
 改めて武虎と視線を交わした海里は、気持ちを切り替えるように息を吐き、口を開いた。
「私は元々、ただの小説家でした。しかしある日、妹がーー・・・・」


 以上です、という一言と共に、武虎は先ほどと同じ穏やかな笑みを浮かべた。
「なるほど。中々、面白い話だったよ。それにしても、君も不思議な男だ。1度事件の真相を導いたその時に、探偵をやろうとするなんて」
「確かに、今思えば不思議な話ですね。ただ、当時の私には、何となくそうしたい気持ちがあったんです」
「それは・・・・事故にあった妹さんのために?」
「ええ。彼女が眠っている間に、出来るだけ多くの本を書いて、喜んでほしいと思って。もちろん、個人的な興味も大きかったでしょうけれど」
 武虎は鷹揚に頷いた。彼は聞き上手であり、海里が話している間、多種の相槌を打ち、余計な口は挟まなかった。それだけでも、彼の指導者としての能力を感じることができた。
「丁寧に話してくれてありがとう。
 じゃあ、そろそろ本題に入ろうかな」
 その言葉に海里は大きな驚きを示さなかったが、念のため聞き返した。
「本題?」
「ああ。君の話が聞きたかったのは本当だけど、“探偵”と名乗っている以上、その実力も見たいからね」
 武虎がそう言うと、浩史がクリアファイルに入った資料を手渡した。武虎は礼を言って受け取り、海里に差し出す。
「数ヶ月前から発生している小中学生連続轢き逃げ事件の資料だよ。犯人は監視カメラを掻い潜って犯行に及び、毎回別の車で事件を起こしている。これまでに10人が事故に遭い、3人が亡くなった。残り7人は重軽症で、意識不明の子供もいる」
 武虎の説明を聞きながら、海里は資料に目を通した。資料が捲られるにつれて、次第に彼の柳眉が顰まり、犯人に対しての嫌悪感が露わになった。
 あらかた資料を読み終えて頭に入れた後、海里は顔を上げて尋ねる。
「犯人の目星はついていないんですか? 防犯カメラなど、証拠の類は?」
「現時点では何も。やたらと逃走が上手くてね。交通捜査課も取り逃したくらい。
 言葉にすれば轢き逃げだけど、何となく引っ掛かってね。捜査一課との合同捜査が開始されたところなんだよ。協力してくれるかい?」
「もちろん、お受けします」
 海里の答えには迷いがなかった。武虎の答えもまた、早かった。
「それは良かった」
 武虎は人のいい笑みを浮かべた。刹那、龍と玲央は父に訝しげな視線を向けるが、本人は無視を決め込んでいた。
「細かいことは2人に聞いてくれていいから。よろしくね」
「はい。行きましょう、お2人とも」
「・・・・ああ」  「・・・・うん」
 どことなく気の乗らない2人と共に、海里は会議室を後にした。


 3人の足音が聞こえなくなった後、浩史が心底不思議そうな顔で武虎に尋ねた。
「なぜ2人とも行かせたのですか? 玲央には先日の事件の報告書を書くよう伝えていたはずでしょう」
「そういえば、そんなこと言ったね。でも、別に急ぎじゃないでしょ?
 それに・・・・
「は?」
 浩史が声を上げた瞬間、ノックもなしに会議室の扉が開いた。彼は怪訝な表情で扉に視線を移し、入ってきた人物と目が合うなり、互いにぎょっとした。
「泉龍寺君?」  「九重さん?」
 浩史と小夜は同時に声を上げた。なぜ互いがここにいるのか、全く理解できなかったからだ。
「やっぱり知り合いだったんだ」
 武虎の声が聞こえた瞬間、2人は息を呑んだ。揃って彼の方を向くと、背後から照りつける陽光が怪しげな笑みを浮かび上がらせていた。
「玲央に聞いたんですか? それとも江本君・・・・」
「彼にも話したの? 随分信頼しているんだね」
 何を言おうと墓穴を掘るだけだと、2人は遅まきながら気がついた。武虎は、自身の推測を確かめるために、何食わぬ顔で2人を嵌めたのだ。
「そんな怖い顔しないでよ。この間、玲央が実家に寄った時、偶々スマートフォンに君からのメッセージが表示されたってだけなんだから」
「・・・・それだけでこんなことを?」
 小夜はそう尋ねるのが精一杯だった。姓を天宮に戻したことまで知っている相手に、深い詮索など不要だった。
 武虎は、変わらず何食わぬ顔で続ける。
「“あれから九重さんとは連絡を控えてるから安心して”、なんてメッセージを見て、不審に思わない方がどうかしてるよ。警察は疑うのが仕事だしね」
 だから、と言いながら小夜はスマートフォンを取り出し、ショートメッセージアプリを開いて見せた。
「玲央のフリをして連絡を?」
 画面には、話があるから今日の午前11時前に本庁の会議室に来てほしいというメッセージがあった。差出人は玲央で、送られたのは昨日である。
「泉龍寺家の事件時のことは聞いていたから、何となくわかったんだよ。浩史は江本君と会うから同行してほしいって言ったら来てくれるし」
 その言葉に浩史はハッとしたようだった。武虎は笑みを浮かべるだけで何も言わず、2人を見据える。瞳に責める色はなかった。
 やがて、観念したように小夜が言う。
「それで、ご用件は?」
 小夜の苛立ちに、武虎は冷静に答えた。
「早乙女佑月が目撃されたって言ったら信じる?」
 武虎の言葉に眉を動かし、息を呑んだ小夜だったが、冷静になろうと努め、深呼吸をした。そして、しばし瞑目した後、どうぞと言わんばかりの視線を投げかけた。
「目撃された場所は、ここ」
 武虎は胸ポケットから1枚の紙を取り出し、机に置いた。その瞬間、小夜は顔色を変える。動揺、困惑、悲嘆・・・・一瞬にして、様々な感情が駆け巡っていた。そんな小夜を見つめつつ、武虎は浩史に視線を移して笑った。
「全部話した方がいいよ。少なくとも、彼女には」
 その言葉に浩史は見るからに驚き、しかしすぐに目を細めて尋ねた。
「・・・・いつからご存知だったんですか?」
「泉龍寺家の事件の時からおかしいとは思ってたよ。そこで彼女との協力関係も加わって、疑いを深めざるを得なくなった。かなり急いで調べたけど、以前玲央たちが本人に会っていたことが功を奏したかな。
 何より、情報収集と彼女の頭脳が理由とはいえ、君ほどの人間が民間人と手を組む必要を感じなかった。秘密裏な情報であればあるほど、上役の頭にあるものだから」
 武虎はそう言って自身の側頭部を指で叩いた。黙り込む浩史に対し、彼は続ける。
「玲央たちに俺の口から話すつもりはない。君が話すか、彼らの力で辿り着いてもらうかの2択だ。どちらにしても、いい勉強になるでしょ」
 そう言いながら、武虎はズボンのポケットからレコーダーを取りだして紙切れの近くに置いた。浩史は観念したようにため息をつき、苦笑いを浮かべる。
「相変わらず抜かりのない方だ。そこまで知られているのであれば、仕方ない。全てお話ししましょう」
                    
            ※

 警視庁を後にした海里たちは、被害者の子供たちが入院している病院に到着していた。2人が受付で警察だと名乗って事情を話し、看護師の案内で意識のある被害者の病室へ足を運んだ。
 看護師がノックをすると、中から少女の朗らかな声が聞こえた。
「こんにちは。野宮沙希のみやさきさんですね?」
 海里はすぐさまそう尋ねた。沙希は驚愕と疑念の視線を海里たちに向けたが、東堂兄弟を見ると、少し視線を和らげた。
「警察の人?」
「こちらのお2人はそうです。私は協力者のカイリと申します。
 突然押しかけて申し訳ありませんが、事故に遭われた時のことを、詳しく聞かせてくれませんか?」
 海里は穏やかな口調で尋ねた。沙希は、しばし視線をシーツに落として逡巡していたが、やがてぽつりぽつりと言葉を吐き出した。
「・・・・一切・・躊躇がなかった。ブレーキも踏まず、突っ込んできた」
 海里は不快な気持ちが顔に出ないよう、できる限り笑みを浮かべたまま尋ねた。
「犯人の顔は見えましたか?」
 野宮は首を横に振り、震える声で言った。
「全体は見えなかった。だから、性別とか、年齢とか、そういうことはわからない。
 でも、轢かれると思った時、太陽の光が反射して、口元だけが見えた。その時、私ははっきりと見たの。犯人の、本当に楽しそうな、不気味な笑顔を」
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