小説探偵

夕凪ヨウ

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Case102.悪意なき悪人たち②

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 相変わらず、肝の据わった少女だ。普通なら、そんなことを冷静に口にできるわけがない。彼女だからこそ、だろう。
「孤児院が狙われる理由はわからないなあ。至って普通の孤児院だよ? まあ、東京って都会じゃ浮いた外観してるかもだけど、それくらいだし」
 聞き取りやすい声と滑舌の良さは、父親譲りだろう。彼女は続けた。
「わかっているのは、“子供”っていう一括りじゃなくて、“小中学生”に限られていて、人目につかない場所で事故・・事件? が起こってるってことくらい」
 2つ目は、証拠のない今回の事件では重要だった。私は詳細な話を聞くため、彼女を見据えて口を開いた。

    ーカイリ『悪意なき悪人たち』第2章ー
 
             ※

「笑ってた?」
「多分、だけど」
 龍と玲央は揃って眉を顰めた。海里は少し考えた後、質問を続ける。
「あなたを以外の9名の被害者の方々とは、病院で会ったりしていますか? 同じ病院に入院されたり通院されたりしているとお聞きしていますが」
 海里の質問に沙希は目を丸くして答えた。
「会ってるも何も、。私たち、同じ孤児院で暮らしていますから」
 海里は驚いて振り向いた。龍が頷き、説明を代わる。
「青空孤児院っていう名の、小さな孤児院だ。今もかなりの子供がいて、年長者はスタッフの手伝いをしたり、成人後に働けるよう、職員も色々手助けしたりしたいるらしい」
「はい。みんな仲が良くて、働き者で、スタッフさんたちも優しいんです。それなのに、どうしてこんなことに・・・・!」
 沙希は震える両肩を抱いた。彼女は荒い息を吐きながら言う。
「亡くなったのは、小さい子ばかりだった。体が小さいから、衝撃に耐えられなかったみたいで・・・・。みんな、将来はスタッフさんたちみたいな優しい人になるって、口を揃えて言ってたのに」
 玲央がそっと沙希の背中に手を当てた。彼女は顔を覆って静かに涙を流す。玲央は穏やかな笑みを浮かべて言った。
「話してくれてありがとう。今、青空孤児院にスタッフさんたちはいるかな? 被害に遭っていない子供たちも」
「いると・・・・思います。連絡しましょうか?」
「お願いできる? ありがとう」
                      
            ※

「話は以上?」
「はい。これで全てですよ」
 武虎は頷き、レコーダーを止めた。全てを聞いた小夜は俯き、震えている。
「どうして、私にこんなことを聞かせたんですか? 復讐をやめろと・・・・そう言いたいんですか?」
 武虎は頷き、笑って言った。
「それが半分。もう半分は、君を想っている人の気持ちを無下にするなってことだよ」
「馬鹿なこと言わないで。私にもう家族はいない。そんな存在・・・・」
「どうして玲央が君を守っていると思う?」
 少し強い口調で、武虎は尋ねた。小夜は答えなかったが、彼は気にしなかった。
「月城さんとの約束を守っている・・・・。確かにその気持ちもあるだろう。でもそれ以上に、あいつは天宮小夜という人間をーー」
「やめて!」
 小夜は机を叩いて叫んだ。椅子に置いた鞄を掴み、勢いよく踵を返す。だが、武虎は言葉を止めなかった。
「君がどれだけのものを失い、苦しんだかは知っている。でもだからといって、自分の命を無下に扱っていいわけじゃないんだよ。君のことを大切に想っている人がいるのに、その気持ちを無視して“死”に対して進んで行く・・・・。命に対する冒涜だ。君を守って死んで行った人も、そんなこと望んじゃいない」
 武虎の言葉に小夜は足を止めた。わずかな沈黙を経て、彼女は口を開く。
「・・・・そんなことわかってる。由花も、真人も、秋平たちも、私のことをずっと大切に想ってくれていた。私が何者かなんて気にしなかった」
「そこまでわかっているのに、どうして立ち止まらない?」
 武虎の質問に、小夜は簡潔な答えを述べた。
「復讐しないと気が済まないから」
 思わず苦笑いを浮かべた武虎は、ゆったりと小夜に近づき、彼女の前に立った。玲央に似た顔と似た声が、彼女の心を揺るがせた。
「君の気持ちはわかった。でも、これ以上無茶をするな。あの男に近づけばどんな結末が待っているか、君が1番知っているはずだ」
 その言葉を聞き、今度は小夜が苦笑した。
「・・・・同じことを言うなんて、本当に親子なのね」
 そう言うなり、小夜は武虎の側を通り過ぎて会議室を後にした。彼は静かに閉じられた扉を見つめながら、小さなため息をつく。
「どうせ聞かないんだろうなあ、今の忠告。ま、当然か。玲央の忠告すら聞かないんだからね」  
 一部始終を見ていた浩史は、気持ちを切り替えるように息を吐き、口を開いた。
「少しやり過ぎではありませんか? あそこまで言ってしまうなど」
「そのくらいが丁度いいでしょ。天宮君もそうだけど、玲央はこの手のことが致命的に下手だ。強引にでも動かしてしまった方が、命の保証ができる」
 武虎の言葉に浩史は曖昧に頷いた。全て知られていた以上、己が深入りするべき問題ではなかった。しかし、武虎は思いの丈を言ってしまいたいのか、言葉を続ける。
「玲央は俺に似たくせに、変なところで情が深いから傷を増やす。龍を見習って常に中立に立っていれば、そんな傷は負わないんだけどね。何より、初恋の人の妹の親友だなんて、関係性としては遠いでしょ」
「納得できるお言葉ですが、そう教育されたのはあなたでしょう? 彼らを余計なものからがすために、綺麗事だろうが正しくあることを説き、人を守ることの大切さを強調した」
 浩史の発言に武虎は苦笑いを浮かべた。
「容赦ないね。長い付き合いだと、遠慮の2文字は捨て去るらしい」
「否定はしませんよ」
 武虎は呆れて肩をすくめた。机に置いたレコーダーを胸ポケットにしまって歩き出し、肩越しに振り返って口を開く。
「じゃあ、行ってくるよ。さっきの件は一旦置いておくから、取り敢えず仕事に戻って。何かあったら連絡してね」
「わかりました。お気をつけて」
                    
            ※

 青空孤児院は、郊外にある3階建ての一軒家だった。掃除は行き届いているらしいが、赤煉瓦の外壁と屋根は年月の経過を感じさせ、門戸の白も所々汚れている。インターホン越しに警察で事件のことを聞きに来たと伝えると、初老の女性院長が海里たちを迎え入れた。
「突然申し訳ありません」
「いえいえ。どうぞ、お入りください。少し狭いかもしれませんが・・・・」
 好奇心旺盛な子供たちは、院長について回って海里たちを気にしたが、院長がお客様だから遊んでいるよう伝えると、少し文句を言いながらもプレイルームと看板がかかった部屋に駆けて行った。院長は海里たちを客間に通し、ソファーを進めた後、ため息混じりに口を開いた。
「どうしてこんなことになってしまったのか・・・・私にもよくわからないんです。あの子たちが理不尽に命を奪われる理由なんて・・・・見当もつかない」
 そう言いながら、院長は客間の棚に置かれた写真立てを見つめた。運動会でもしたのか、体操着のような服装をした子供たちが泥まみれで笑っている。玉のような笑顔を浮かべる子供たちの中に、命を奪われた子がいるのだと思うと、やるせなかった。
 院長は恨み嫉みを買った覚えはなく、学校で問題が起きたとも聞いていないと続けた。そして、海里が質問しようと口を開いた時、客間の扉がノックされ、ゆっくりと開いた。
「院長先生、お茶ーー・・・・あ」
 現れた人物を見て、海里たちはギョッとした。龍は思わず名前を呼ぶ。
「美希子?」
 浩史の娘、美希子は気まずそうに海里たちから目を逸らした。どうやら、警察が来たとは聞いていただけで、海里たちが来たとは知らなかったらしい。
 院長は美希子と海里たちの顔を見比べ、「お知り合いですか?」と尋ねた。
「ええ。ちょっと美希子。何で君がここにいるの?」
「バイト。家の近くでも良かったんだけど、働いてる時に知り合いに会うの嫌だから、ちょっと離れたここに。子供たちも可愛いし、やりがいあるよ」
 龍と玲央は納得しつつもため息をついた。受験勉強で家にこもっているとばかり思っていたため、こんな所で出会うとは思っていなかったのだ。そして、彼女の口ぶりからして短くない期間働いているため、子供たちのことは知っているだろうと推測できた。
「少し話が聞きたいから、同席してくれ」「はーい」
 気怠げな返事だったが、美希子はどこか嬉しそうだった。院長の隣に座り、海里たちに向き直る。
「今回の事件より前から働いてるのか?」
「うん、去年の6月から。事件の日は学校行ってたんだけど、びっくりしすぎて放課後来ちゃった。で、その後も何度も起きて、その度に騒ぎが大きくなって行ったけど、何かが判明したって話は聞いてない」
「まあ、現に判明してないからね。ここの孤児院が狙われる理由に心当たりはある?」
「ない。今のところわかっているのは、対象が“子供”っていう大雑把な括りじゃなくて、“小中学生”って限られていることと、犯人が異様に人目を避けていることくらいかな」
「人目を避けている?」
 海里の質問に、美希子は頷いた。彼女は淡々と続ける。
「監視カメラのない場所で事故が起こったことはもちろん、。だから誰も犯人を見ていないし、犯行に使われた車も子供たちの証言だけだから、車種もわからない。おまけに毎回違う車だから、盗難車とか放置車の可能性が極めて高いんだって」
「・・・・なるほど。では美希子さんは、今回の犯人像をどう考えられますか?」
 海里の言葉に美希子は目を丸くした。
「それ、私が答えていい質問?」
 美希子は尋ねながら龍と玲央を見た。彼らは少し呆れを宿しつつ、別に問題ないと思ったのか、答えを促す。
 美希子は少し考えた後、おもむろに口を開いた。
「一言で言うなら、臆病、かな」
「臆病・・・・。なぜそう思うのですか?」
 海里の問いに、美希子は歯切れよく答えた。
「だって、誰も何も目撃してないんでしょ? 犯行の瞬間も、犯人の顔も。で、被害者が子供たちだから、細かいことがわからないし、説明の語彙も限られてる。
 もし本当に残酷な殺人犯や愉快犯だったら、自分の犯行を見せびらかして、存在を誇示するはず。わざと残酷に殺したりとか、警察官を殺して宣戦布告したりとか・・・・。でも、今回の事件の犯人は、そういうのが全くない。それどころか、驚くほど徹底的に慎重に自分の姿を隠してる。だから、どれだけ大罪を犯しても、常に罰を恐れている、臆病な犯人なんじゃないかな」
 海里は笑みを浮かべた。美希子は首を傾げている。
「ありがとうございます。お2人とも、行きましょうか」
 突然の転換に2人は驚きを隠せなかった。龍は尋ねる。
「行くって・・・・現場にか?」
「はい。捜査一課との合同捜査が開始されたばかりということは、お2人もまだ事件現場をご覧になっていないということですよね。事件がどんな結末にせよ、現場は見ておかなければいけませんし、恨み嫉みの類の話がない以上、現場は重要な鍵になるでしょうから」
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