小説探偵

夕凪ヨウ

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Case100.闇夜のダンスパーティー⑤

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『儂の“プレゼント”は受け取ってくれたかね?探偵君、東堂玲央君。』
「麻生義彦・・・⁉︎」

 監視カメラから声が聞こえた。しわがれた高笑いがする。

「どういうつもりですか⁉︎こんな・・・!」
『要らぬ真実を知ってしまいそうだったからのう。邪魔者は消すしかない。』
「ふざけないでください!だからって・・・‼︎」

 怒鳴る海里を、玲央が静かに諌めた。彼は落ち着いた声で言う。

「今この部屋で2人が死んだ。残りの2人も、どこか別の部屋で死んでいる・・・状況からして、俺たちの部屋に来ていたメイド服の2人か?」
『その通りじゃ。よく分かったのう。これで残り20人。お主ら以外の人間は、あと20人残っておる。全員死ぬまでに謎を・・・・』
「やはりあなたはこの屋敷にいないのですね。」

 海里は、落ち着いた声でそう言った。口元には笑みが浮かんでいる。

「不思議に思っていたんです。私たちの前に現れるあなたは、ホログラム。しかし、屋敷の様子を知るために監視カメラを付けているのですから、どこかで監視していることは確実・・・では屋敷のどこにいるのか?ずっと考えていましたが、この考えは間違いでしたね。」
『何を言っておる?』
「この屋敷にいるのなら、ホログラムで自分を見せる必要などない。他の誘拐された方々が反抗したとしても、屋敷に仕掛けがあれば殺害できる。にも関わらず姿を見せないのは、この屋敷にあなたがいないからです。」
『何をーーーー』
「もう1つ。」

 海里はすかさず口を開いた。麻生は押し黙る。

「あのホログラムは、“映像ではない”ですね?」
「何だって?」

 隣にいた玲央が信じられないという顔で目を見開いた。海里は続ける。

「あなたの姿が映し出されたホログラムを、私はずっと観察していました。何の変哲もない物かと思っていましたが・・気づいたんです。1つ1つの言動に、僅かな“ズレ”があるということが。」
「ズレ・・・?まさか、写真を組み合わせてホログラムの作成を?」
「恐らく。昨日、玲央さんと館を一回りしましたが、それらしき機材や物体は何も無かった。これもまた、あなたがここにいない理由ですね。あれは、写真を組み合わせた映像をカメラで写しているだけです。だから、映像にズレが生じていた。」
『どこに証拠がある⁉︎』
「今お話しした通りですよ。玲央さん、ホールに行きましょう。そろそろ時計が鳴る時間です。」

 海里の冷静さに、玲央は呆気に取られた。謎を解き始めた瞬間、別人になる海里には未だに慣れない。

「真実を知りたいのでしょう?麻生さん。教えて差し上げますよ。この館のダンスホールで。」
                    
            ※

 ダンスホールには、生存者20人と、海里、玲央の姿があった。

「玲央さん。“あれ”は持ってきてくださいましたか?」
「ああ。でも、できるの?」
「大丈夫ですよ。玲央さんは私より力がありますし、仕組みも理解しているでしょうから。」
「まあ、否定はしないけど。」

 生存者は、今度は自分たちが死ぬかもしれないという不安な顔をしていた。その直後、壁から鉄線が飛び出す。

「またかよ・・・!」

 その時、玲央はポケットに忍ばせていたナイフを2本、壁に投げた。すると、鉄線が現れた場所に見事に突き刺さり、鉄線の動きが止まった。生存者たちが感嘆の声を上げる。

「よく分かったね。鉄線が出てくる場所が2箇所だって。」
「木の枝のようになっていたんですよ。だから、複数の場所から現れているように見えた。2箇所だけだとシンプルな構造でしょうし、ナイフ程度で止まるかと。まあ、半分賭けでしたけど。」 

 海里は苦笑した。すると、再び彼らの前にホログラムの麻生義彦が現れた。

「ああ・・・今回は“本物”ですか。もう偽物の映像は尽きたようですね。」
「今夜はもう人は死なない。これ以上の犠牲はうんざりだ。ここで終わりにしよう。」

 2人は麻生を見た。映像の奥にいる、本人を見据えるかのような瞳だった。

「結論から言いましょう。10年前に麻生一家が亡くなった事件・・・あれは自殺です。」

 全員が騒ついた。海里は息を吐く。

「10年前・・・麻生家の会社は経営が傾いていました。麻生智さんは、天宮家に多額の借金をしていたんです。」
『何じゃと・・・⁉︎』
「やはりご存知ありませんでしたか。調べたら出て来ましたよ。玲央さん、お願いします。」

 玲央は頷き、自分のスマートフォンを取り出した。すぐに何かを打ち込み、画面を拡大して麻生に見せる。そこには、麻生家の売り上げグラフがあった。年々下がっており、10年前には前年に比べて半分以上減っていた。

『まさか・・そんな・・・』
「智さんたちはあなたと杏さんに心配をかけないために嘘をついていたのでしょう。そして警察も、この経営の傾きを発見できなかった。」

 海里の言葉に麻生は愕然として呟いた。

『じゃあ、娘たちを殺したのは天宮・・』
「違いますよ。そもそも、天宮家は本当に“貸していただけ”だったんです。返せとは一言も言わなかった。智さんたちの良心が、返さなければならないと思っただけ・・・・。」

 海里の口から告げられる真実は、悲しみに満ちた、残酷なものだった。海里は真っ直ぐに麻生を見据え、続ける。

「もうやめにしましょう。あなたは、既に8人の命を奪ってしまった。これ以上罪を重ねないでください。私は・・あなたがこんなことをしたのは、家族という大きな存在を失った、“心の隙間”を埋めるためとしか思えないんです。」
『心の・・・隙間?』

 麻生は意味が分からないという顔をした。そんなつもりは無かったらしい。海里が玲央を見ると、玲央は軽く溜息をついた。

「もう分かるはずだろう。10年前の事件は、気持ちのすれ違いが起こした不遇な事件。悪と呼べる人間はいなかった。だから、こんなことはやめてくれ。殺人なんて、誰のためにもなりやしない。復讐するべき相手も、存在しない。」

 そこにあるのは、“虚しさ”だけだった。
 怒りの矛先を廻ける場所もなく、復讐する相手もいない。何もできない、やることのできない虚しさが、麻生の前に広がっていた。

『儂は・・・間違っていたのか?』
「人の命を奪ったことに関しては、間違っているとしか言いようがありません。ですが、家族を想う気持ちを間違っているとは言えません。」

 海里の口調は優しかった。麻生は溜息をつく。

『そうか・・・家族を、想う気持ち・・か。ずっと、そうあれば良かったのじゃな。そうすれば、妻を手にかけることも、こんなことをする事も、無かったのに・・・。』

 玲央は目を見開いた。まさか、ここでもう1つの事件も解決するとは思わなかったのだ。麻生は静かに続ける。

『江本海里君。君は、家族がいるか?』
「・・・・ええ。妹と、両親と、兄と、姉がいます。みんな優しくて、暖かい家族です。」

 海里の言葉は真っ直ぐだった。何の迷いも、打算もない、真実の言葉。麻生はほっと息を吐いた。

『それは・・・良かった・・・・。』

 消え入るような声を聞いた瞬間、玲央の顔色が変わった。スマートフォンは外部との連絡がとれるようになっており、玲央はすぐに龍に電話をかけた。

『兄貴⁉︎今、どこに・・・‼︎』
「説明は後だ!麻生家が所有していた館を片っ端から当たってくれ‼︎」
『はあ⁉︎』
「いいから早くしろ!“手遅れ”になる前に‼︎」

 玲央は電話を切ると、部屋にあった椅子で近くの窓を叩き壊した。

「全員この窓から出てください。場所が分かったら警察に連絡をお願いします。江本君。」
「はい?」
「遺体を運ぶのを手伝ってくれ。幸い、担架に乗せられて、ブルーシートもかけているから、酷い状態は見えないよ。」
「分かりました。」
                    
            ※

「東堂警部!見つけました‼︎あの屋敷です‼︎」
「全員俺の後から入れ。銃は出すな。」

 龍は車から降りると、目の前にある屋敷に向かって走った。巨大だが、古ぼけて寂れた屋敷だった。玄関は鍵が開いており、彼は急いで中に入った。

「しかし、なぜ急ぐのですか?」
「簡単な話さ。犯人が命を絶つかもしれないからだ。」

 3階まであるその館には、1つ、小さな部屋があった。そして、そこに“それ”はいた。

「・・・・これがこの男の選択か。」

 龍の目の前には、血を吐き、倒れている麻生義彦の姿があった。側には毒を含んでいたのであろうグラスが割れており、麻生の前には過去の写真と、映像機器があった。

「鑑識を呼んで検分をするよう頼んでくれ。」
「はい。」

 部下に指示を出した後、龍はすぐに玲央に電話をかけた。

「間に合わなかった。」
『・・・そっか。やっぱり、難しいね。人の命を救うなんて。』
「分かりきっていたことだろ。今現場を見てるけど、毒殺までの流れに一切躊躇してない。多分、事件が解かれても解かれなくても、死ぬつもりだったんだろうな。病院の通院記録まで丁寧に置いてある。」
『通院・・・?持病はなかったように思うけど。』
「鬱病だ。家族を失って以来、不眠症も患っていたのか、睡眠薬もある。」

 龍の言葉を聞いて、玲央は眉を潜めた。龍の深い溜息が電話越しに聞こえる。

「何はともあれ、無事で良かった。江本にも礼を言っておいてくれ。」
『分かった。また後で。』

            ※

 後日、海里と玲央は、麻生家の墓参りへ向かった。墓地には小夜がおり、先日の件から海里は口を聞きにくかったが、彼女と玲央は気にしなかった。

「あなたたちからしたら、誘拐して、殺人まで犯した最悪の人間じゃないの?」
「否定はできないね。でも、10年前に解決していれば、こんな事にはならなかった。もっと早く、答えを差し出すべきだったんだ。」

 玲央はそう言いながら、海里と墓石に手を合わせた。小夜は目を細め、墓石の側面に彫ってある、麻生義彦の文字を見る。

「父が、どうして智さんにお金を貸したのか、私はずっと理解できなかった。父にとって、お金は命も同然。だからどうしても気になって、昨日、父に聞きに行ったの。」

 小夜の目には、微かに涙が浮かんでいた。彼女は涙を拭いながら言う。

「父は一言、“友人だった”と言ったわ。地位と財産に恵まれた家に生まれた父が、子供の頃、唯一信じられる友人だったと・・・・嘘かと思って顔を見たけど、決して嘘ではなかった。父は、心から彼を友人と思い、友人でいてくれたお礼として、麻生家を救うためにお金を貸していたの。」

 信じられなかった。1年前、天宮家で見せた彼は、非道で、極悪。ただそれだけだった。
 しかし、彼にもいたのだ。心から大切に思い、信じられる存在が。

「本当・・最悪。最後まで・・・ただの悪人でいて欲しかった。恨み、憎み、復讐するべき相手として、生涯認識していたかった。それなのに、こんな・・こんなこと・・・・‼︎父は、悪に塗れた自分の世界を嫌い、自分の立場を気にしない彼と友人になったと言ったわ。私はその時、父と私が親子なのだと実感した。」

 8年前、小夜も1人の少女・月城由花と友人だった。父子は、時を経て同じ道を辿っていたのだ。

 答えに悩む海里に対して、玲央は冷静に、だが穏やかに答えた。

「罪は消えない。彼が犯した罪と過去は、決して消えない。でも同時に、君と彼が親子であることも消えない。変えられない真実だ。だから、今は思いっきり泣いたらいい。その感情の正体が分からなくても・・・ね。」

 玲央は優しく小夜を抱きしめた。彼女は玲央の胸に体を預け、泣いていた。玲央は何も言わず、目を瞑りながら、彼女を包み込んでいた。
 微かな嗚咽が、海里の耳にこだました。遠くに見える夕陽が、酷く儚く見えた。
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