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Case94.裏切り①
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「東京都T区女子高校生殺害事件」
玲央は眉を動かし、覚えてたのか、と声を漏らした。思い出したんだよ、と答えた龍は兄を見る。
「兄貴と雫が血相変えて捜査していたことと、課長が乗り気じゃなかったこと。当時、俺たちは違う事件の捜査をしていたから深く関わらなかったが・・・・不鮮明なことが多い事件だ。より多くの捜査官の協力は必要だったはず。拒否したのは兄貴と雫だろ」
「お見通しか」
「まあな。結果的に未解決事件だから、事件の概要は知ってたが」
龍の言葉に玲央は眉を顰めた。
「何それ? 最近未解決事件の資料に目を通したってこと? 何でーー・・・・ああ、あれか」
「わかってるならいい。
とにかく、9年前の事件は容疑者候補が挙げられているだけで、動機不明とされている。それは知ってるのか?」
「えっ? 俺は捜査資料に最重要容疑者として早乙女佑月の名前を記したし、動機は怨恨の可能性が高いと記録したよ?」
「じゃあ誰かが手を加えたってことだな。そのせいで、早乙女佑月の名前は9年間上がらなかったんだから」
玲央と小夜は真っ青になった。浩史もわずかに驚いており、あくまで“第三者”として事件を見据える龍の態度に一抹の安堵を覚える。
「・・・・その後は」
震える口を開きかけた小夜を、龍は右手を軽く上げて押し留めた。
「少し休憩しろ。顔色が悪いし声も枯れてる」
言われて気がついたのか、小夜は一口しか口にしていなかった水を喉を鳴らして飲んだ。冷たさを心地よく感じると同時に、湿ったコースターに時間の経過を見る。
半分ほど一気に飲み干した小夜は、長い息を吐き、黙礼して続ける。
「全てを知った両親は激怒して、由花のお葬式に行くことを許さなかった。49日には使用人の手引きでお参りに行ったけど、それ以降は行けなかった。
そして1年前、天宮家の事件が終息した後、ようやくお参りに行ったの。そして次が、1週間後」
小夜はそこで口を閉じた。いつのまにか日が沈んでおり、闇夜が街を飲み込んでいる。
やがて、小夜は失笑しながら再び口を開く。
「由花を失ったあの時に、もう何も望まないと決めたはずだった。事件の直後に生まれた夏弥を含めて、大切な人たちを守りたいと思った。でも・・・・」
小夜はそこで言葉を止めた。体が微かに震えている。
「その年の秋、叔母が死んだ。家族内で唯一の味方だった叔母が死んだことで、両親と叔父は本当に自由を許さなくなった。その後の2年間をどう過ごしたのか、よく覚えていないわ」
玲央は当時のことを知っているのか、曖昧に頷いて尋ねた。
「真人と出会ったのは、大学生の頃だったよね?」
「ええ。同じ学部の同じ授業で偶々出会って、仲良くなったの。もちろん、由花のことは忘れていなかったから、必要最低限の会話や関わりで済まそうと思っていた。だけど、家の事情を話しても受け入れてくれた彼のことを、私は・・・・。
真人の提案で家を出ることになって、作戦も立てた。だけどーー」
ーー真人も死んだ。その言葉を、小夜は口にすることができなかった。
「彼がいなくなって、私たちは立ち止まることを考えた。でも、あの機を逃したら逃げられなかった。家を出さえすれば、自由になれるはずだから。
そして、ようやく家を出て、自由になれたって、そう・・・・思ってたのに」
小夜は己を嘲笑するような歪んだ笑みを浮かべた。
「親友、婚約者、弟妹ーー全て失った。私の選択は、全部間違っていたのよ。
本当・・・・嫌になる。自分が存在することで、こんなに大切な人を失うくらいなら、9年前に死にたかった」
「小夜!」
すかさず玲央が怒鳴ったが、小夜はほとんど重ねるように返した。
「言わないで。わかってるの。私が死んでも、由花が悲しんだってことくらい。あの子たちも納得しなかったってことくらい。
でも、でも、それでも! こんな結末、見たくなかった! 全てを失う結末より、自分の命を失う結末の方が、よっぽど楽だった!」
悲痛な叫びだった。浩史は遠い目で個室の壁を見つめ、玲央は視線を逸らし、龍は眉を顰めていた。
「違う」
これまで一言も発さなかった海里が、突如として不思議な言葉を口にした。龍が驚いて視線を移すと、彼は俯き、肩を振るわせながら歯軋りをしている。泣いているのかと思ったが、すぐにその考えを否定した。
江本は感情を隠さない。涙を流す時は、感情の赴くままに流す。俯いたりはしない。だから江本は、泣いていない。もちろん、1人の少女の命が理不尽に奪われたことに悲しみは感じているだろう。江本はそういう人間だ。だが、今の江本はーー怒っている。
結論に達した瞬間、何に怒っているのかと龍は疑問に思った。尋ねようと口を開くと、先に海里が顔を上げた。
途端に、龍と玲央はギョッとする。海里は、鋭い瞳で小夜を睨みつけていたからだ。
「違います。私が求めていた答えは、それじゃない」
「江本君? 何言ってるの? 求めていた答えって・・・・」
玲央の言葉を無視して、海里は浩史にも同じ視線を投げかけた。
「九重さんはわかっているはずです。その上で、わからないふりをし続けている」
「おい江本・・・・一体何の話をしているんだ? 兄貴と天宮が出会った経緯や庇う経緯は、今の話でわかるだろ」
海里は龍の声にも答えず、再び小夜を睨みつけた。
「失った身でありながら、彼らの大切な人を失わせるなんて、何を考えているんですか? その苦しみを知っているのは自分なのに、同じ苦しみを彼らに与えるなんてーー許されない」
海里の言葉に小夜は怪しげな笑みを浮かべた。海里は今にも飛び出しそうな気持ちを抑えるのに必死であり、思わず言葉を飲み込む。
「やっぱり気付いていたんですね。本当に、察しのいい人。九重さんが知った上で協力していることは百も承知ですけど、彼らに言わなかったのは、己の利益のためでしょう?」
小夜の問いに浩史は失笑して答えた。
「否定はしないな。私も君も、己の利益のためにお互いを利用しているのだから。お互い様だよ」
「ふざけないでください!」
海里は怒鳴り、机を叩いて立ち上がった。龍と玲央は事態が飲み込めないまま、混乱した視線を彼に向けている。
海里は荒い息を吐き、肩を振るわせながら、静かに口を開いた。
「小夜さん、九重さん。私が今から話すことは、あなた方の関係性や私の疑問点から導き出した“推測”です。確固たる証拠はない・・・・。ですが、東堂さんと玲央さんには、伝えておかなければならない」
「どうしてそう思うのかな? 不幸にする真実もあるんじゃなかったか?」
浩史がいつものように笑って尋ねた。海里は頷く。
「それは小夜さんとぶつかって理解しました。ただ、何も知らずに不幸にするより、共に知って不幸にする方がいい」
その言葉を聞いた瞬間、浩史は額を押さえてふっと笑い、やがてそれは高笑いに変わった。
「くっ・・・・ははは! それが君の意見か。なるほど・・・・いかにも探偵らしい意見だ」
浩史の皮肉に海里は眉を顰めた。小夜は小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「どうぞお好きになさってください。これ以上隠す意味はない。今さら何を言われても、気にすることなんて何もないもの」
海里は、全くたじろがない2人に感動すら覚えた。だが、彼も引けなかった。
「わかりました。私の“推測”を、お話しします」
海里は自身を落ち着かせるように深呼吸をした。ゆったりとと椅子に腰掛け直し、全員を順番に見つめる。強い意志を宿した晴天のような瞳は、謎を解明する時の、“探偵”の瞳になっていた。
「3年前に発生した警察官連続殺人事件。あの事件では、数多くの警察官が命を落としました。そして昨年、同じ事件が起こり、私は犯人たちに拉致された。幸い何もありませんでしたが、3年前の事件と同一犯であることは明確です」
「そうだね。それは間違い無いと思う」
玲央の言葉に龍も頷いた。海里は「では」と前置きして続ける。
「どうして東堂さんと九重さんの奥さんが殺害されたんですか?」
「「え?」」
龍と玲央が同時に声を上げた。海里は冷静に続ける。
「犯人が目標としていたのは警察官の殺害のはず。もし3年前の悲劇を同一犯と考えた場合、突然警察官以外の人間を殺害したことになります。わざわざ数年を経て同じ事件を起こしている状況を鑑みても、犯人は相当警察官に恨みを持っている。それなのに、なぜお2人の奥さんを殺したんでしょう」
龍が息を呑んだ。彼は何度か口を開いたり閉じたりしていたが、やがて「同一犯じゃないのかもしれない」と掠れた声でつぶやく。
「そうですね。確かに、それなら疑問は生じず、別の事件として処理できる。
でも、本気でそんなことを考えられているわけではないでしょう? だって、本当に2つの事件が別の犯人であるなら、3年前の悲劇の後、警察官連続殺人事件が進展を見せないわけがない。3年間も沈黙している必要なんてない。むしろ、好機とばかりにさらに警察官を殺害すれば良かったんです。でも、犯人はそうしなかった。つまり犯人は、お2人の奥さんを殺すつもりなどなかった。そんなことをしたところで、警察官は減らないんですから。お2人に心の傷を負わせることはできても、犯人の目的は達成できないんですから。
だから、私はこう考えたんです。3年前の悲劇は、第三者の介入があったのではないかーーと」
第三者、と玲央が復唱した。海里は頷き、小夜を正面から見据える。それは、もう答えだった。
「今の捜査一課を見ていれば、考えざるをえない。もし3年前、東堂さんと玲央さん、九重さんの3人が殺害されていたらーーと。そうなった場合、生き残った雫さんやアサヒさんは、どうしていたのかーーと。
そこで先ほどの話に繋がります。3年前の悲劇は、犯人にとっても想定外のことだった。それは、こう言い換えることができる。ーー3年前の悲劇は、標的が入れ替わっていた、と。入れ替えたのは犯人ではなくーー」
「待ってくれ!」
玲央が悲痛な声で叫んだ。隣にいる龍も全てを理解し、苦々しい表情を浮かべている。
「その先を聞かなきゃ行けないのか? 俺たちは、君が言いたいことは、もうわかっている。それを改めて伝えるの?」
「私はそれが正しいと思っています。ここまで来て黙っているのが正しいとは思えない。
東堂さん、あなたはどうですか?」
「俺に振るなよ・・・・。第一そんな話、信じていいかもわからない!」
龍の悲痛な叫びを聞くのは初めてのような気がした。海里は思わず目を伏せ、しばし瞑目する。しかし、すぐに目を開けた。“真実”を語るために。
痛いほど真っ直ぐな視線は、目の前の人物を射抜いていた。
「小夜さん。あなたですよね? あなたが全てを壊した・・・・違いますか?」
その言葉はあまりに残酷だった。過去を知っていようが、知ったばかりであろうが、等しく残酷な言葉だった。
玲央は震えながら隣にいる小夜を見た。表情の変わらない横顔を見つめながら、おもむろに口を開く。
「・・・・小夜・・嘘だと・・言ってくれないか? だって君は・・・・雫を知っている。長女の君にとって、姉のような存在だった。彼女や俺から、龍と九重警視長の家族のことも聞いていたじゃないか。会うのが楽しみだって笑っていたじゃないか。俺は、そう言った君の顔を今でも覚えてる。その君が、こんな・・・・」
小夜はやはり表情を変えず、玲首を横に振った。
「嘘じゃないわ。私が犯人の計画をひっくり返して、あなたたち3人の大切な存在を奪った。凪さんや美希子ちゃんを始めとした、大勢の人たちにとっても、大切な存在をね」
驚くほど端的に、小夜はそう告げた。直後、玲央は勢いよく椅子から立ち上がり、怒鳴ろうと口を開く。しかし、彼は何も言わなかった。言えなかった。しばしの間、荒い息遣いだけが部屋を包む。
やがて、小夜は独り言のように言葉を並べる。
「あなたたちを殺されるわけにはいかなかったのよ。だから、犯人の計画を乗っ取った。その結果、あなたたちは死ななかったわ」
小夜の言葉に玲央は苦笑した。今にも泣きそうになっているのが、一目でわかった。彼はふらつきながら椅子に腰掛け、苦い笑みを崩さぬまま言った。
「そうだね。俺たちは死ななかった。でもその代わりに、何にも変えられない大切な存在を、失ったんだよ」
玲央は眉を動かし、覚えてたのか、と声を漏らした。思い出したんだよ、と答えた龍は兄を見る。
「兄貴と雫が血相変えて捜査していたことと、課長が乗り気じゃなかったこと。当時、俺たちは違う事件の捜査をしていたから深く関わらなかったが・・・・不鮮明なことが多い事件だ。より多くの捜査官の協力は必要だったはず。拒否したのは兄貴と雫だろ」
「お見通しか」
「まあな。結果的に未解決事件だから、事件の概要は知ってたが」
龍の言葉に玲央は眉を顰めた。
「何それ? 最近未解決事件の資料に目を通したってこと? 何でーー・・・・ああ、あれか」
「わかってるならいい。
とにかく、9年前の事件は容疑者候補が挙げられているだけで、動機不明とされている。それは知ってるのか?」
「えっ? 俺は捜査資料に最重要容疑者として早乙女佑月の名前を記したし、動機は怨恨の可能性が高いと記録したよ?」
「じゃあ誰かが手を加えたってことだな。そのせいで、早乙女佑月の名前は9年間上がらなかったんだから」
玲央と小夜は真っ青になった。浩史もわずかに驚いており、あくまで“第三者”として事件を見据える龍の態度に一抹の安堵を覚える。
「・・・・その後は」
震える口を開きかけた小夜を、龍は右手を軽く上げて押し留めた。
「少し休憩しろ。顔色が悪いし声も枯れてる」
言われて気がついたのか、小夜は一口しか口にしていなかった水を喉を鳴らして飲んだ。冷たさを心地よく感じると同時に、湿ったコースターに時間の経過を見る。
半分ほど一気に飲み干した小夜は、長い息を吐き、黙礼して続ける。
「全てを知った両親は激怒して、由花のお葬式に行くことを許さなかった。49日には使用人の手引きでお参りに行ったけど、それ以降は行けなかった。
そして1年前、天宮家の事件が終息した後、ようやくお参りに行ったの。そして次が、1週間後」
小夜はそこで口を閉じた。いつのまにか日が沈んでおり、闇夜が街を飲み込んでいる。
やがて、小夜は失笑しながら再び口を開く。
「由花を失ったあの時に、もう何も望まないと決めたはずだった。事件の直後に生まれた夏弥を含めて、大切な人たちを守りたいと思った。でも・・・・」
小夜はそこで言葉を止めた。体が微かに震えている。
「その年の秋、叔母が死んだ。家族内で唯一の味方だった叔母が死んだことで、両親と叔父は本当に自由を許さなくなった。その後の2年間をどう過ごしたのか、よく覚えていないわ」
玲央は当時のことを知っているのか、曖昧に頷いて尋ねた。
「真人と出会ったのは、大学生の頃だったよね?」
「ええ。同じ学部の同じ授業で偶々出会って、仲良くなったの。もちろん、由花のことは忘れていなかったから、必要最低限の会話や関わりで済まそうと思っていた。だけど、家の事情を話しても受け入れてくれた彼のことを、私は・・・・。
真人の提案で家を出ることになって、作戦も立てた。だけどーー」
ーー真人も死んだ。その言葉を、小夜は口にすることができなかった。
「彼がいなくなって、私たちは立ち止まることを考えた。でも、あの機を逃したら逃げられなかった。家を出さえすれば、自由になれるはずだから。
そして、ようやく家を出て、自由になれたって、そう・・・・思ってたのに」
小夜は己を嘲笑するような歪んだ笑みを浮かべた。
「親友、婚約者、弟妹ーー全て失った。私の選択は、全部間違っていたのよ。
本当・・・・嫌になる。自分が存在することで、こんなに大切な人を失うくらいなら、9年前に死にたかった」
「小夜!」
すかさず玲央が怒鳴ったが、小夜はほとんど重ねるように返した。
「言わないで。わかってるの。私が死んでも、由花が悲しんだってことくらい。あの子たちも納得しなかったってことくらい。
でも、でも、それでも! こんな結末、見たくなかった! 全てを失う結末より、自分の命を失う結末の方が、よっぽど楽だった!」
悲痛な叫びだった。浩史は遠い目で個室の壁を見つめ、玲央は視線を逸らし、龍は眉を顰めていた。
「違う」
これまで一言も発さなかった海里が、突如として不思議な言葉を口にした。龍が驚いて視線を移すと、彼は俯き、肩を振るわせながら歯軋りをしている。泣いているのかと思ったが、すぐにその考えを否定した。
江本は感情を隠さない。涙を流す時は、感情の赴くままに流す。俯いたりはしない。だから江本は、泣いていない。もちろん、1人の少女の命が理不尽に奪われたことに悲しみは感じているだろう。江本はそういう人間だ。だが、今の江本はーー怒っている。
結論に達した瞬間、何に怒っているのかと龍は疑問に思った。尋ねようと口を開くと、先に海里が顔を上げた。
途端に、龍と玲央はギョッとする。海里は、鋭い瞳で小夜を睨みつけていたからだ。
「違います。私が求めていた答えは、それじゃない」
「江本君? 何言ってるの? 求めていた答えって・・・・」
玲央の言葉を無視して、海里は浩史にも同じ視線を投げかけた。
「九重さんはわかっているはずです。その上で、わからないふりをし続けている」
「おい江本・・・・一体何の話をしているんだ? 兄貴と天宮が出会った経緯や庇う経緯は、今の話でわかるだろ」
海里は龍の声にも答えず、再び小夜を睨みつけた。
「失った身でありながら、彼らの大切な人を失わせるなんて、何を考えているんですか? その苦しみを知っているのは自分なのに、同じ苦しみを彼らに与えるなんてーー許されない」
海里の言葉に小夜は怪しげな笑みを浮かべた。海里は今にも飛び出しそうな気持ちを抑えるのに必死であり、思わず言葉を飲み込む。
「やっぱり気付いていたんですね。本当に、察しのいい人。九重さんが知った上で協力していることは百も承知ですけど、彼らに言わなかったのは、己の利益のためでしょう?」
小夜の問いに浩史は失笑して答えた。
「否定はしないな。私も君も、己の利益のためにお互いを利用しているのだから。お互い様だよ」
「ふざけないでください!」
海里は怒鳴り、机を叩いて立ち上がった。龍と玲央は事態が飲み込めないまま、混乱した視線を彼に向けている。
海里は荒い息を吐き、肩を振るわせながら、静かに口を開いた。
「小夜さん、九重さん。私が今から話すことは、あなた方の関係性や私の疑問点から導き出した“推測”です。確固たる証拠はない・・・・。ですが、東堂さんと玲央さんには、伝えておかなければならない」
「どうしてそう思うのかな? 不幸にする真実もあるんじゃなかったか?」
浩史がいつものように笑って尋ねた。海里は頷く。
「それは小夜さんとぶつかって理解しました。ただ、何も知らずに不幸にするより、共に知って不幸にする方がいい」
その言葉を聞いた瞬間、浩史は額を押さえてふっと笑い、やがてそれは高笑いに変わった。
「くっ・・・・ははは! それが君の意見か。なるほど・・・・いかにも探偵らしい意見だ」
浩史の皮肉に海里は眉を顰めた。小夜は小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「どうぞお好きになさってください。これ以上隠す意味はない。今さら何を言われても、気にすることなんて何もないもの」
海里は、全くたじろがない2人に感動すら覚えた。だが、彼も引けなかった。
「わかりました。私の“推測”を、お話しします」
海里は自身を落ち着かせるように深呼吸をした。ゆったりとと椅子に腰掛け直し、全員を順番に見つめる。強い意志を宿した晴天のような瞳は、謎を解明する時の、“探偵”の瞳になっていた。
「3年前に発生した警察官連続殺人事件。あの事件では、数多くの警察官が命を落としました。そして昨年、同じ事件が起こり、私は犯人たちに拉致された。幸い何もありませんでしたが、3年前の事件と同一犯であることは明確です」
「そうだね。それは間違い無いと思う」
玲央の言葉に龍も頷いた。海里は「では」と前置きして続ける。
「どうして東堂さんと九重さんの奥さんが殺害されたんですか?」
「「え?」」
龍と玲央が同時に声を上げた。海里は冷静に続ける。
「犯人が目標としていたのは警察官の殺害のはず。もし3年前の悲劇を同一犯と考えた場合、突然警察官以外の人間を殺害したことになります。わざわざ数年を経て同じ事件を起こしている状況を鑑みても、犯人は相当警察官に恨みを持っている。それなのに、なぜお2人の奥さんを殺したんでしょう」
龍が息を呑んだ。彼は何度か口を開いたり閉じたりしていたが、やがて「同一犯じゃないのかもしれない」と掠れた声でつぶやく。
「そうですね。確かに、それなら疑問は生じず、別の事件として処理できる。
でも、本気でそんなことを考えられているわけではないでしょう? だって、本当に2つの事件が別の犯人であるなら、3年前の悲劇の後、警察官連続殺人事件が進展を見せないわけがない。3年間も沈黙している必要なんてない。むしろ、好機とばかりにさらに警察官を殺害すれば良かったんです。でも、犯人はそうしなかった。つまり犯人は、お2人の奥さんを殺すつもりなどなかった。そんなことをしたところで、警察官は減らないんですから。お2人に心の傷を負わせることはできても、犯人の目的は達成できないんですから。
だから、私はこう考えたんです。3年前の悲劇は、第三者の介入があったのではないかーーと」
第三者、と玲央が復唱した。海里は頷き、小夜を正面から見据える。それは、もう答えだった。
「今の捜査一課を見ていれば、考えざるをえない。もし3年前、東堂さんと玲央さん、九重さんの3人が殺害されていたらーーと。そうなった場合、生き残った雫さんやアサヒさんは、どうしていたのかーーと。
そこで先ほどの話に繋がります。3年前の悲劇は、犯人にとっても想定外のことだった。それは、こう言い換えることができる。ーー3年前の悲劇は、標的が入れ替わっていた、と。入れ替えたのは犯人ではなくーー」
「待ってくれ!」
玲央が悲痛な声で叫んだ。隣にいる龍も全てを理解し、苦々しい表情を浮かべている。
「その先を聞かなきゃ行けないのか? 俺たちは、君が言いたいことは、もうわかっている。それを改めて伝えるの?」
「私はそれが正しいと思っています。ここまで来て黙っているのが正しいとは思えない。
東堂さん、あなたはどうですか?」
「俺に振るなよ・・・・。第一そんな話、信じていいかもわからない!」
龍の悲痛な叫びを聞くのは初めてのような気がした。海里は思わず目を伏せ、しばし瞑目する。しかし、すぐに目を開けた。“真実”を語るために。
痛いほど真っ直ぐな視線は、目の前の人物を射抜いていた。
「小夜さん。あなたですよね? あなたが全てを壊した・・・・違いますか?」
その言葉はあまりに残酷だった。過去を知っていようが、知ったばかりであろうが、等しく残酷な言葉だった。
玲央は震えながら隣にいる小夜を見た。表情の変わらない横顔を見つめながら、おもむろに口を開く。
「・・・・小夜・・嘘だと・・言ってくれないか? だって君は・・・・雫を知っている。長女の君にとって、姉のような存在だった。彼女や俺から、龍と九重警視長の家族のことも聞いていたじゃないか。会うのが楽しみだって笑っていたじゃないか。俺は、そう言った君の顔を今でも覚えてる。その君が、こんな・・・・」
小夜はやはり表情を変えず、玲首を横に振った。
「嘘じゃないわ。私が犯人の計画をひっくり返して、あなたたち3人の大切な存在を奪った。凪さんや美希子ちゃんを始めとした、大勢の人たちにとっても、大切な存在をね」
驚くほど端的に、小夜はそう告げた。直後、玲央は勢いよく椅子から立ち上がり、怒鳴ろうと口を開く。しかし、彼は何も言わなかった。言えなかった。しばしの間、荒い息遣いだけが部屋を包む。
やがて、小夜は独り言のように言葉を並べる。
「あなたたちを殺されるわけにはいかなかったのよ。だから、犯人の計画を乗っ取った。その結果、あなたたちは死ななかったわ」
小夜の言葉に玲央は苦笑した。今にも泣きそうになっているのが、一目でわかった。彼はふらつきながら椅子に腰掛け、苦い笑みを崩さぬまま言った。
「そうだね。俺たちは死ななかった。でもその代わりに、何にも変えられない大切な存在を、失ったんだよ」
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