小説探偵

夕凪ヨウ

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Case93.叶わぬ願い③

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20XX年7月7日(土)に東京都某区にて発生した殺人事件の報告書

午後18時45分、被害者の女子高校生Aさん(仮名)が何者かによって狙撃され、胸部を被弾する重傷を負った。犯人は不明。友人のBさん(仮名)によれば、犯人の狙いはBさんであったとのこと。
Bさんも犯人に殺害されそうになったものの、現場に居合わせた東堂玲央巡査部長が犯人に発砲して難を逃れた。犯人は左の瞼、東堂玲央巡査部長は左腕を負傷したが命に別状はなし。
ただ、救急隊の到着を待たずして、Aさんは心肺停止の状態でありーー

            ※

 朝早くに起床。午前中は経営等の勉強及び、弟妹のテスト勉強の付き添い。昼食を挟んで読書をし、何度も荷物の確認と服装のチェックーー気がつけば、夕方になっていた。
 小夜は夕食までには帰るとだけ告げ、自宅を出た。彼女は逸る気持ちを抑えきれずに小走りになり、由花たちと遊びに出かける時の待ち合わせ場所ーー使われていない古びたバス停に向かった。
 先に到着していたのは由花であり、白いTシャツにショートパンツ、サンダルと、夏らしい服装をしていた。ショルダーバッグはシンプルな黒で、大人びた印象を与えている。対する小夜は白地に黒のストライプが入ったワンピースとサンダル、麦わら帽子と、お嬢様と聞いて思い浮かべる服装だった。腰と帽子の青いリボンは、瞳と同じ色をしており、茶色のハンドバックは磨かれていた。
 小夜は使われていないベンチに腰掛ける由花の隣に座り、口を開く。
「早いわね。私も走ってきたのに」
 由花は無邪気な笑顔を浮かべて答えた。
「楽しみすぎてさ。気づいたら着いてた」
 小夜は自然と笑みを浮かべていた。同じ気持ちであることを確かめ合った2人は、恒例と言わんばかりに談笑に興じる。
 出会ってから今日までの時間は、決して長いとは言えなかったが、満ち足りたものであることは確かだった。2人は今日までどこに出かけたり遊びに行ったりしたかを話し、その時々の思い出を語り合った。
 やがて、由花がそういえば、とつぶやく。
「8月に龍さんが誕生日だから、その時に龍さんの奥さん・・・・もう1人の幼馴染みの風子さんとも会わせたいって、姉さんが」
「サプライズってこと? 雫さんらしいわね」
「本当に。玲央さんも乗り気だってさ」
 2人は早くもひと月後が待ち遠しくなった。
「幼馴染み同士で結婚だなんて、漫画みたいよね。それに、雫さんと玲央さんって・・・・」
「あ、小夜もそう思う? この間姉さんと電話で話しててさ、告白しないのかって聞いたら照れながら怒られたんだよね」
「そんな直球に聞いたら誰だって同じ反応するわよ?」
「いや、反省はしてるんだけど、どうしても気になったんだよ。だって明らかに両思いじゃん。告白成功率100%じゃん」
 由花の真面目な声に小夜は思わず笑った。気持ちはわかるけど、と彼女は言い、そのうちきっと上手くいくと続けた。
 談笑がひと段落すると、夕日が西の空に隠れ始めていた。
「じゃあ、そろそろ短冊見せ合おうよ」
「ええ。見せ合ったら、公民館の笹に付けに行く、よね」
 頷き合ったり2人は、互いの鞄に手を伸ばした。ほぼ同時に鞄の口に手をかけ、開き、短冊に手を伸ばす。
 次の瞬間、小夜は由花に突き飛ばされた。同時に聞き覚えのない音が響き、それが銃声だと理解するのには時間を要した。


 痛む体を起こした小夜が見たのは、夥しい血を流す由花の姿だった。
「え・・・・?」
 由花の胸の辺りに穴が空いていた。銃弾は貫通していた。内臓を損傷したのか、出血は留まるところを知らなかった。白いTシャツが赤く染まっていた。
「嘘・・・・何で、そんな・・・・由花、由花」
 小夜は無意識のうちに流れ出る言葉を口にすることしかできなかった。震えながら立ち上がって由花の側に行こうとするが、2度目の銃声が聞こえ、銃弾が足元に埋まる。
 怯えて小夜が肩を揺らすと、逃げて、という掠れた声が聞こえた。はっとして視線を動かすと、荒い息を吐きながら、由花が声を上げたことがわかった。
「嫌よ。こんな状態の由花を置いて、そんなことーー」
 混乱する小夜の前に、突如として大柄な男が歩いてきた。男は倒れている由花と震えている小夜を交互に見つめ、露骨な舌打ちを漏らす。憎々しげに由花を睨み、男は吐き捨てるように言った。
「こんなガキに気づかれるとはな。私もヤキが回ったものだ」
 気づかれる? ヤキ? どういうこと? この男は誰? 何で・・・・
「何で彼女を撃ったの?」
 小夜の問いに、男は呆れたような表情を浮かべた。
「勘違いするな。私が狙っていたのは天宮小夜、貴様だ。このガキが勘づいてお前を庇ったから、こんなことになっただけのこと」
 狙っていた? 庇った? それじゃあ由花は・・・・私の代わりに撃たれたの? そんな、そんなこと。
 そもそも、この男はどうして私を狙うの? 天宮の令嬢だから? それとも何か他の理由? いいえ、理由なんてどうでもいい。どんな理由であれ、由花が私を庇って撃たれたことは変わらない。それだけが、事実で真実なんだから。
「余計なことを考えずとも、すぐにこのガキと同じ運命を辿らせてやる。あの世で仲良くできるんだから、文句はないだろう。私にとっても、標的が1人増えることは何の問題もない」
 男は小夜の額に銃口を向けた。だが、彼女は一歩も動けなかった。それどころか、早く由花の手当てをしたいとすら思っていた。
 セーフティーを解除する音が、やけに大きく響いた。そして、引き金が引かれるか否かの、その瞬間、よく通る声が聞こえた。
「小夜!」
 その声で小夜は我に返った。弾かれたように振り返り、こちらに向かって走ってくる玲央の姿を目に捉える。その時、由花が玲央に迎えを頼んでいると話していたことを思い出した。
 玲央は走りながら拳銃を取り出し、迷うことなく小夜と男の間に1発撃った。威嚇射撃だったが、少しずれていれば男の足に当たる位置だった。
「サツか・・・・面倒だな」
 男は消え入るような声でそう言い、一歩後ずさった。
 小夜の前に立った玲央は、男と銃を向けあった。彼は改めて男の顔を見つめ、以前、暴力団絡みの事件の捜査で見た写真を思い出し、声を漏らす。
「早乙女佑月?」
 男ーー早乙女佑月は眉を動かした。それは肯定の証だった。
 玲央は、なぜ行方知れずとされている元暴力団員が小夜を狙うのかと考えたが、そんなことを考えている場合ではなかった。口を真一文字に結んだ彼は、引き金にかけた指に力を込める。
「サツに人が撃てるのか?」
 挑発的な声に対し、玲央はすぐさま返した。
「そんなこと、今は考えていられない」
 2人は同時に発砲した。互いに命を奪う気はなかったのか、玲央は左腕、早乙女は左の瞼に傷を負った。
「玲央さん!」
 玲央は小夜の呼びかけには応じず、素早く駆け出して早乙女を蹴り飛ばした。彼は受け身を取りながら後退り、地面に銃弾で切れた瞼を押さえながら言った。
「覚えていろ、東堂玲央。この借りは必ず返す。その命、いずれ貰い受けるぞ」
「やれるものならやってみなよ」


 早乙女が去った後、小夜は迷わず立ち上がり、先ほどよりも洗い呼吸を繰り返す由花を抱きしめた。彼女は口から血を吐きながら、歪んだ笑みを浮かべる。
「変な男だったね・・・・悪役みたいな捨て台詞、残しさ。」
「傷が開くから喋らないで! 今、救急車を呼ぶから!」
 落ちたハンドバックを手繰り寄せ、スマートフォンを取り出した小夜の腕を、由花は掴んだ。弱々しい力だった。
「無駄だよ。もう助からない。胸を撃たれた・・・・多分、内臓を貫通してる。出血も・・・・こんなに多い。確実に死ぬ」
「まだわからないじゃない! 何か手があるかもしれないじゃない!」
 小夜の絶叫に、由花は静かに首を横に振った。彼女はおもむろに視線を動かし、玲央を見る。
「玲央さんなら、わかるでしょ? あたしが助かるかどうかくらい」
 玲央は何も言わなかったが、沈黙は由花の言葉を肯定していた。
 小夜は音を立てて息を呑み、由花に向き直って滂沱ぼうだの涙を流す。
「どうして私を庇ったの⁉︎ 狙われていたのは私で・・・・死ぬはずだったのに!」
 小夜の問いに、由花は優しい笑みを浮かべて答えた。普段の天真爛漫さからは考えられない静かな笑みは、どこか雫と似ていた。
「理由なんて決まってる。親友だからだよ。見捨てるなんて、できない」
 この時、由花は小夜に対して、初めて“親友”という言葉を使った。小夜はいよいよ耐えられなくなり、大きな嗚咽を漏らす。
「私にとっても、あなたは親友なのよ⁉︎ 由花! あなたが私を庇っても、私は“生き残って良かった”、なんて思えない! これからも、あなたと一緒に生きたいの!」
 由花は笑みを崩さなかった。彼女の顔には、怒りも、恐怖もなく、心の底から、小夜を庇ったことを誇りに思っているのがわかった。彼女は痛みすら遠ざかり始めたことを感じつつ、何とか口を開く。
「あたしの鞄、取って。願いごと、見せっこしよう?」
 小夜は何も言うことができず、黙って由花の鞄を引き寄せた。自身のハンドバックから短冊を取り出して見せると、由花は嬉しそうに、赤く染まった箇所のある歯を見せて笑った。
「へえ・・・・すごい。こんなことってあるんだ。見て、小夜。あたしたちの願いごと・・・・同じだよ」
「え・・・・?」
 そこで、小夜はようやく由花の鞄から引き出されている短冊を見た。そこには可愛らしい丸文字で、“小夜が幸せになりますように”と書かれていた。
 小夜は震えながら自分の短冊に視線を移し、手本のような文字で書いた“由花が幸せになりますように”の文字を目で追った。
「小夜、ありがとう。あたし・・・・幸せだったよ」
 それが遺言と同じだとわかり、小夜は再び絶叫した。
「待って・・・・待って! 行かないで! あなたのいない世界で、私これからどうすればいいの⁉︎」
「そんな不安な顔しないで・・・・。大丈夫だよ。小夜には・・・・あたし以外にも、支えてくれる人がたくさんいる。弟さんや妹さん、姉さんや玲央さん・・・・たくさんね。
 それに人は、いつか“死”という形で別れるんだ。あたしと小夜は、それが今ってだけ。悲しむことなんて何もないよ」
 小夜は何も言えなかった。溢れる涙が止まらず、視界がぼやけているのが分かった。ぼやけたら由花の姿が見えなくなると思い、必死に涙を拭ったが、止まらなかった。
 そんな最中、由花は呆然と立ち尽くしている玲央を見て、声を絞り出した。
「約束・・・・してほしい」
 もう何も言わないでくれと言いたかった玲央だが、拒むことができなかった。黙って先を促すと、由花は続ける。
「いつか・・・・小夜の前に大切な人が現れた時、あたしのことは言わないでほしい。何も言わないで・・・・ただ小夜を守ってほしい」
「そんな・・・・どうして君のことを伏せる必要が? 小夜にとって、大切な存在なのに」
 由花はわずかに頷き、掠れた、しかし強い意志を込めた声で答えた。
「悩んでほしくないんだ・・・・。小夜にも、小夜を大切にする人にも。あたしのことが引っかかったりして、小夜から離れて行ったり、関係が崩れたりしてほしくない・・・・だから、言わないで」
 玲央は目を見開いた。死の間際であるにもかかわらず、友を想う言葉を口にできる由花は、間違いなく雫の妹で、本当に優しく温かい心の持ち主だと感じた。
「小夜・・・・見て、天の川だ。すっごく、綺麗・・・・1人で見る時とは、全然違うよ。こんな景色を見ながら死ねるなんて・・・・あたしは、幸せ・・・・」
 それが最期の言葉だった。
 愛おしそうに天の川を見つめていた由花の両の瞳は閉じられ、2度と開くことはなかった。笑みを浮かべた口の周りには血が付着しており、青白い顔は死人以外の何者でもなかった。
「由花・・・・。いや、嫌よ・・・・どうして、こんな・・・・どうして、あなたが死ななきゃならないの? 何の罪もない、あなたがーー」
 口に出した瞬間、再び涙が流れてきた。小夜は服が汚れるのも構わず由花を強く抱きしめ、声を上げて泣いた。
 慟哭が響く夜空には、かつて由花が星空のようだと評した、小夜の瞳を移したかのような、美しい天の川が広がっていた。
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