小説探偵

夕凪ヨウ

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Case92.叶わぬ願い②

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「お姉さん?」
 由花と“友達”になった1週間後、彼女は母親違いの姉がいると明かした。
「姉の両親、姉が幼稚園の時に離婚したんだ。お父さんは、あたしのお母さんと再婚したんだけど、つい最近、お父さんと姉のお母さんの間で会わせてあげようって話になったみたい。お母さんも賛成してくれて、会うことになったんだ」
「へえ・・・・ご両親がわざわざ」
「うん。どうやらひと回り違うらしくて、あたしが事情を理解できる年になるまで待ったんだってさ」
 由花は姉に会える喜びを浮かべながら、言葉を続けた。
「そこで、だよ。小夜も一緒に来ない?」
「えっ? 私が? 2人で会った方がいいんじゃないの?」
「あたしもそう思ってたんだけど、姉さんの方から会わせたい人がいるって連絡があったんだ。姉さん幼馴染みがいるらしくて、そのうちの1人とまず会わせたいって。だから、あたしも同じことしようかと思うんだよね」
「私でいいの?」
「友達なんだから、当たり前じゃん」
 その一言が、小夜の迷いを一瞬で吹き飛ばした。由花は会う日時や場所を嬉しそうに伝え、どんな話をしようかと話し合いを始めた。
                   

「妹がいたの?」
 玲央は、ひとりっ子だと思っていた雫に母親違いの妹の存在を明かされ、目を丸くした。
「ああ。父さんが再婚して生まれた子なんだ。ひと回り年下だから、会わせてあげるのに時間がかかったんだって言ってたかな。向こうのお母さんも賛成してくれたらしくて」
「それなら気兼ねなく会えるね。楽しんで来なよ。仕事は大丈夫だから」
 玲央の言葉に、雫は間髪入れずに言った。
「あ、玲央も一緒に行くことになってるからな」
「えっ? 聞いてないけど?」
「今言ったからな」
「いやいやいや、ちょっと待って。急なのは仕方ないけど、何で?」
 玲央は本気で困惑しながら尋ねた。雫は「本当なら龍も風子も一緒かいいんだけどな」と答えにならない答えを言う。
「単純な理由さ。幼馴染みのお前を紹介したいんだよ。楽しくやってるんだよってことを示したいんだ。妹からも友人を同席させるって連絡が来たから、一緒に来てくれないか?」
 玲央は驚いたが、雫の真剣さが伝わってきたのか、わかったよ、と頷く。
「せっかくの機会だから、一緒に行こう。仕事はできる限り終わらせてね」


 翌週の日曜日、4人は都内のレストランに集合した。
「二階堂雫だ。初めまして。手紙に書いた通り、警視庁捜査一課の刑事をやっているよ」
「は、初めまして。月城由花です。よろしくお願いします」
 由花は恭しく頭を下げた。姉に会える喜びはもちろんあったものの、年が離れた姉は高校生とは違う“大人”を感じさせ、緊張したのだ。
 雫は、元の活発な性格を見透かしたかのように優しげに微笑む。
「そんなに緊張しなくていい。長い間離れていたとはいえ、姉妹なんだから」
 姉妹は挨拶を終えた後、互いに同伴者を紹介した。
「天宮小夜。何でもできる自慢の友達!」
「もう、由花ったら・・・・初めまして。天宮小夜です」
 小夜は洗練された動きで頭を下げた。玲央も子供を理由にすることなく頭を下げ返し、口を開く。
「初めまして。俺は東堂玲央。雫と同じ警視庁捜査一課の刑事で、彼女の幼馴染みだ」
 軽い自己紹介を終えた4人は席につき、注文をとってから談笑を始めた。
 姉妹の顔立ちは似ていなかったが、性格は似ているのか、初対面でも物怖じしなかった。由花も初めて会う姉や玲央に緊張を見せたのは自己紹介の時だけで、2人の穏やかな雰囲気も相まって、すぐに打ち解けていた。
「そっか、姉さんには、あと2人幼馴染みがいて、1人は玲央さんの弟なんだ」
「ああ。龍って言うんだが、彼も優秀な捜査一課の刑事でな。特に射撃なんてすごいんだぞ?」
 雫は右手を銃の形にして笑った。玲央は同意するように頷き、あれは天賦の才だね、と口にする。
「へえ、そのうち会ってみたいな! 玲央さんと似てる?」
「いや、全然。他人って言われても信じるくらい似てないよ。並んだら違いがよくわかると思う」
 由花は興味深そうに目を輝かせた。そうしているうちに料理が運ばれ、4人は食事をしながら話を続ける。
「姉さんはどうして刑事になったの? 身内にいるわけじゃないでしょ?」
 首を傾げながら尋ねる由花に対し、雫はいたずらな笑みを浮かべた。
「子供の頃は、漠然と人を助ける仕事がしたいって思ってただけなんだ。でも、色々あってーーな」
 そう言って、雫は横目で玲央を見た。彼は肩をすくめて笑っている。小夜と由花は顔を見合わせて首を傾げたが、そのうち聞けると思ったのか、由花は言った。
「じゃあ、あたしも刑事になる! 姉さんたちが見ている景色を、あたしも見たいから!」
 由花の明るい声に、雫は苦笑いを浮かべながら言った。
「そんなに早く将来を決めなくてもいいんだぞ? 高校はもちろん、大学は沢山の出会いがある場所だ。やりたいことができるかもしれない」
「そうかもしれないけど、多分変わらないよ。元々、人を助ける仕事がしたいとは思ってたから、警察官は視野に入れたんだ。姉さんたちと会って、その気持ちが一層強くなった。
 だから、あたしは将来刑事になる。そして、姉さんたちみたいに沢山の人を助けるんだ」
 由花は満面の笑みでそう言った。雫と玲央は嬉しそうに笑ったが、小夜は心なしか引き攣った笑みを浮かべていた。
「小夜?」
 異変にいち早く気がついた玲央が名前を呼んだ。小夜は我に返り、取り繕うように言葉を連ねる。
「あ・・・・ごめんなさい。由花が夢を語っているのが嬉しくて・・・・同時に、とても眩しくて。・・・・私には、語る夢もないから」
 これまで口にすることのなかった言葉を、小夜は自然と口にしていた。玲央の全てを受け止めるような不思議な雰囲気が、そうさせていた。
「・・・・それは、天宮家の跡取りと決められているから?」
 玲央の質問に小夜は頷いた。玲央はなるほどね、とつぶやき、なぜか笑みを浮かべて言葉を続ける。
「確かに、家柄とか生まれとかって、どうしたって付き纏うよね。でも、初めから諦めてしまうのは、もったいないんじゃないかな」
「・・・・もったいない?」
「うん。だって、まだ高校生でしょ? これからもやりたいことはできるはずだし、出会う人だって増えていく。将来はこうだって、悪い方向に決めるのは早すぎるよ。
 それに、例え家を継ぐことになったとしても、大切な誰かがいたら、乗り越えられることもあるんじゃないかな。妹さんや弟さんはもちろんーー」
 玲央は言いながら由花を見つめた。小夜が目を瞬かせていると、今度は玲央が我に返る。
「ごめん、ごめん。初対面の人間にこんなこと言われてもしんどいだけだね。大したことも知らないのに、偉そうなこと言っちゃった」
 玲央は体の前で両手を振って謝罪したが、小夜はいいえ、と言って首を横に振った。
「ありがとうございます。将来のことで、そんな風に前向きな言葉をかけて頂いたのは初めてで・・・・嬉しいです」
「そう? それなら良かった」
 4人は他愛のない会話を続け、レストランを出た後は近くの公園に移動し、長い間話し込んだ。そろそろお開きにとなったのは、夕日が西に隠れ始めた頃だった。
「姉さん。また会える?」
「仕事で休みが取れたら、いつでも」
「やった! 小夜も一緒に行こうよ。あたし、もっと4人で仲良くなりたい」
 由花の言葉に小夜は深く頷いた。
「迷惑でなければ、是非」
「迷惑なんかじゃないさ。なあ?」
 雫に同意を求められ、玲央は思わず苦笑いを浮かべた。
「俺が行くことは決定事項なんだね。まあ、肩の力を抜く時間や場所は必要だし、今日はとっても楽しかったからーーまた話がしたいかな」
 玲央の言葉に姉妹は顔を明るくし、同時に「やった!」と叫んだ。全く同じタイミングに、小夜と玲央は思わず笑い合った。


 その後、4人は頻繁に会うようになり、遊園地に出かけたり、映画鑑賞をしたり、多くの場所へ共に行き、何でもないような話を交わし続け、“友人”という言葉だけでは足りない、不思議な間柄になっていった。
 出会ってひと月も経たない頃、6月が終わり差し掛かったある日、小夜はぽつりとつぶやく。
「ありがとう、由花」
 突然のお礼に、由花は目を瞬かせた。円らな瞳が可愛らしく、小首をかしげる姿は子供らしい。
「私、あなたと出会えて本当に良かった。だって、あなたと出会わなければ、私は雫さんや玲央さんに出会うこともなかった。こんな風に、心からの笑顔で誰かと話すこともなかった。
 あなたとの出会いが、真っ直ぐな人柄が、私の世界を変えてくれた。そのことに、本当に感謝しているの」
「そんな。礼を言われることじゃないよ」
 由花は笑い飛ばしたが、小夜は真剣だった。彼女は首を横に振り、言葉を続ける。
「そんなことないわ。あなたは、私の人生を照らしてくれた。闇の中、ひとりぼっちだった私を導いてくれた、満月のような人。何度お礼を言っても足りないくらいよ」
 由花は照れ臭そうに笑い、頬を掻いた。
「ありがとう。あたしも、小夜に出会えて良かった。小夜のおかげで、あたしは前を向けた」
「私のおかげ?でも由花は、昔から明るかったんでしょう?」
「うん。そう言われてたし、そうだと思う。でも、人間関係ってそれだけじゃダメなんだなって、小夜と出会ってわかったんだ。
 あたしは初対面でも緊張しないし、誰であろうと仲良くなりたいと思う。でも、小夜みたいに物静かだったり、1人で過ごす時間を大事にしたりしている人もいる。そんな人たちには、あたしのこれまでは迷惑になる。一人一人を思いやって、人に応じて接することが大切だって、小夜が教えてくれたんだ。
 だから、あたしも、何度だってお礼を言うよ」
 今度は小夜も照れ臭そうに笑った。2人は、視線を交わし、しばらく談笑を続ける。その際、小夜はふとスマートフォンの日付を確認し、つぶやいた。
「そういえば、もうすぐ七夕ね。小さかった頃は願いごとを短冊に書いて笹に吊るしてって、楽しんでいた気がするけど」
「あたしは今でも楽しいよ。願いごとを書くなんてロマンチックだもん」
「そうね。それに、天の川が見えたらさらに楽しめるわ。何度か見たことがあるけど、本当に綺麗だった。由花は見たことある?」
 由花は腕を組み、少し考えた後、口を開いた。
「小さい頃にーー幼稚園児くらいだったかなーー1度だけ。でもあれは、お祭りで迷子になって、泣きながら1人で見たんだよね。綺麗とは思ったけど、悲しい気持ちの方が大きかったから・・・・」
 なぜか、由花はそこで言葉を止めた。小夜が不思議そうに首を傾げると、由花は花が咲くような笑顔を向けた。
「そうだ! 七夕の日までにさ、短冊に願いごと書こうよ! で、で交換するんだ。待ち合わせは夕方くらいにして、短冊を見せ合って、一緒に天の川を見よう! 
 あそこはビルも少ないし、きっと見えるよ! それに、1人で見るより、2人で見る方が綺麗に決まってる!」
 由花は目を輝かせて言った。小夜は彼女の一言一言に自分に対する感情を読み取り、思わず涙が溢れそうになる。
「とっても素敵だわ、そうしましょう」
「うん!」


 その日、帰宅した小夜は、七夕の日は用事があるから遅くなると両親に告げた。両親は最近遅い日が多すぎると苦言を呈したが、彼女は年齢を考えたら早い方だと返した。
「天の川を見て帰ってくるだけです。迎えの連絡はしますから」
 この時、小夜は知らなかった。
 約束を交わした七夕に、自分の運命が変わってしまうことなど。ーー愛する友が、死んでしまうなど。
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