小説探偵

夕凪ヨウ

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Case91.叶わぬ願い①

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 8年前。東京都星彩高校。

「天宮さん。今日の放課後遊びに行かない?部活入ってないよね?」

 当時、小夜は16歳。高校1年生の梅雨を迎えていた。

「ごめんなさい。今日早く帰らないといけなくて・・・」
「えーまた?忙しいよね、天宮さんって!」

 小夜は苦笑いを浮かべた。クラスメイトからの誘いを断ったのは、これで何度目だろうか。彼女は本当の理由を言えぬまま、いつも曖昧な理由で断っていた。

「また誘うね。今度空いてる日、教えて。」
「ありがとう。じゃあ、また明日。」

 校門に行くと、いつも通り車が止まっていた。小夜は溜息をつきながら車に乗り込む。

「毎日毎日迎えに来ないでって言ってるでしょ?たまには1人で帰らせて。」

 運転手は小夜の言葉に頷くことも首を振ることもなく、淡々と告げた。

「旦那様のご命令ですから。」
「・・・・命令、ね。少しはオブラートに包む努力をしたら?本当・・・呆れるわ。」

 家に着くと、10人ほどの使用人が小夜を迎え入れた。彼女は少し迷惑そうな顔をしながら鞄を預け、自分の部屋に入った。

「はあ・・・本当、毎日つまらない。大事な用事があるわけでもないのに誘いを断って・・・何が社会勉強よ。」
「姉さん、帰ったの?」

 部屋の扉が開き、弟と妹が顔を出した。小夜はベッドに寝転がったまま視線を動かす。

「ああ・・・秋平、春菜・・母上の側にいなくていいの?もうすぐあなたたちの弟が生まれるのよ?」
「今は父さんがいるからいいんだ。それより、また“あの人”来てる。」

 秋平の言葉に小夜は眉を顰めた。

「そんな言い方しちゃダメよ。一応父上の弟・・私たちの叔父上なんだから。」
「でもお姉様!私、あの人嫌い!叔母様の方がいい‼︎」

 2人を宥めながら、小夜は参考書を開いた。と言っても、学校の勉強ではなく、次期社長としての勉強だった。幼い頃から頭が良く、家の跡取りとされていた小夜は、学校の勉強は授業だけで頭に入れ、家に帰れば経済・司法などの頭の痛い勉強が待っていた。

「小夜。」
「何?母上。今勉強中だから用なら後にして。」

 母・綾美を睨むと、彼女はあたふたしながら言った。

「あ・・ごめんなさい。その・・・次のパーティー、私の代わりに出てくれる?もう臨月に差し掛かってるから、何かあったら不安で・・・・。」
「・・・父上は承諾したの?」
「あなたの社会勉強になると喜んでおられたわ。」

 正直面倒だと思った小夜だったが、産まれて来る弟のことを思うと、断る気は起きなかった。

「・・・・そうですか。まあお腹の子に何かあったら困りますし、代わりに出席させて頂きます。」
「ありがとう。」

            ※

 小夜が“彼女”と出会ったのは、翌週の月曜日だった。

「今日は転校生を紹介するぞ。さあ、入って。」
「月城由花です。両親の仕事の都合で引っ越して来ました。よろしくお願いします。」

 綺麗な少女だった。漆黒の髪を束ね、こげ茶色の瞳が輝いている。背はあまり高くないが、セーラ服がよく似合っており、少し焼けた小麦色の肌が彼女の性格を表しているように思えた。

「名前、なんて言うんだ?」
「えっ?」

 休み時間、由花が1番に話しかけたのは小夜だった。小夜は混乱しながらも、品の良さを感じる声で答えた。

「天宮小夜よ。よろしくね、月城さん。」
「よろしく。下の名前で呼んでもいい?あたしのことも、由花って呼んでよ。」
「そんなこと言ったって・・まだ出会ったばっかりじゃない。急にそんなことできないわ。」
「出会ったからこそ仲を深めるんだよ!小夜って慎重なんだなあ。」

 由花は、小夜と正反対の少女だった。いつも笑顔で、明るく、活発。愛想笑いしかできなくなり、物静かな小夜とは、とても相性が良いとは思えなかった。
 しかし由花は自分と真逆の性格をしている小夜について回り、当の小夜が迷惑そうにしていても気にかけなかった。

「何で避けるんだよ~。あたしは、小夜と仲良くしたいだけなんだけど。」
「私と仲良くなんて無理よ。教室にいたら分かるでしょ・・・?私、こういう場所に向いてないの。」
「向いてないって何?小夜は高校生なんだから、高校にいるのは当たり前じゃん。」
「そういう意味じゃなくて・・・はあ、もういいわ。」

 小夜は呆れたように首を振り、車に乗り込んだ。由花は毎日その後ろ姿を見ながら、つまらなさそうに不貞腐れていた。

「最近溜息ばかり・・・何か悩みでもあるの?」
「叔母様。」

 この頃、和彦の妻である叔母・光はまだ生きており、小夜たちが大人たちの中で、唯一信頼していた人物だった。彼女はいつも小夜たちに寄り添い、忙しい両親の代わりに彼女たちの面倒を見て暮れていた。優しく、穏やかな光は、狭い世界で生きる子供たちの救いだった。

「転入生が言い寄ってくる・・はおかしいですね。何て言うか・・・・」
「あなたと仲良くしたいから話しかけてくるってこと?」
「多分。」

 光は察しが良かった。彼女は、小夜が不安にならないよう、優しい口調で続ける。

「だったらちゃんと向き合わないと。あなた、その子のこと嫌いじゃないんでしょ?」
「はい。いい子だとは思います。でも・・どうしても・・・信じきれない。」

 俯いた小夜を見て、光は微笑を浮かべながら言った。

「・・・・そっか。でも、大丈夫よ。まずは踏み出してみないと何も変わらないわ。勇気を出して話していらっしゃい。」
「うん。ありがとう、叔母様。」

 翌日、学校に行った小夜は、改めて由花と話すことにした。

「どうしたんだ?小夜。」
「・・・月城さんは・・」
「ゆ・い・か!」
「由花さんは、どうして私に近づくの?」
「ふえ?」

 由花は、なぜ今更そんなことを聞くんだといった顔で首を傾げた。だが、小夜は至って真剣であり、人を疑いながら生きて来た彼女にとって、重要なことだったのだ。

「教えて欲しいの。私は・・・世間一般とは違う暮らしをしている。父が社長であるということだけで、優遇され、生活すら違う。今まで、嘘に塗れた世界にしか触れて来なかった私に、どうして近づくの?私は、あなたを危険な目に遭わせてしまうかもしれないのよ?」

 小夜がそう言った後、由花は笑った。歯を見せて笑った後、肩を揺らして笑った。彼女らしい、涼やかな笑いだった。

「そんなことに悩んでたの?あたしは、小夜と仲良くなりたいから一緒にいるだけ。小夜が迷惑だって言うならやめるし、迷惑じゃないなら、友だちになって欲しい。」

 その時、迷わず彼女の手を取った理由が、今ならはっきりと理解できる。嘘に塗れ、悪意に満ちた、暗い世界。
 そんな私の世界に、希望が差したかのような彼女の言葉を、私は受け入れた。

「なーに泣いてんだよ?」
「嬉しいの・・・そんなことを言ってくれる人が、いるなんて思わなかったから。」

 由花は小夜を抱きしめた。小夜の方が背が高いので、背伸びをしている彼女は可愛らしかった。背中に手を回し、笑いながら、由花は言う。

「大丈夫だよ。小夜。あたし、小夜の側にいるから。嘘に塗れて、悪意に満ちた世界が嫌なら、絶対私が救い出す。だから、もう泣くな!」
「うん・・・ありがとう・・・。」

 その時から、小夜は両親に反抗し始めた。いや、自分のやりたいことをやり始めたと言うべきか。迎えの車を無視して由花と遊びに行き、クラスメイトとも関わり、高校生らしい生活を送っていた。

「小夜は何をしている。なぜ帰ってこない?」
「分かりません・・・迎えに行かせても、一向に出てこなくて・・・・」
「悪友でもいるのか?とにかく、どうにかしろ。あいつは将来私の跡を継ぐ。勝手な真似は許さない。」

 夫・和豊の言葉に綾美は何かを言おうとしたが、諦めるように首を振り、頷いた。

「はい・・・。」
「全く。これ以上面倒ごとが増えるのは御免だぞ。急いで対処に当たれ。」

 自分たちに伸びる魔の手を、少女たちは、まだ知らない。
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