小説探偵

夕凪ヨウ

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Case88.悲哀②

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 事件の2日後、都内の葬儀場で葬儀が執り行われた。参列者は数多く、秋平たちの友人や、義両親の同僚などが参列した。
 海里はほとんど着用した記憶のないスーツを取り出し、ネクタイに少しもたつきながらも着替えて足を運んだ。龍と玲央は物珍しそうに海里のスーツ姿を見た後、参列者の多さに感嘆の息を漏らす。
「天宮家としての人脈が残っているとは聞いていたが、どうやら想像以上だな。本庁の上役と人間が、ちらほらいる。泉龍寺夫妻も教師人生が長いらしいし、顔が広いんだろう」
「そうだね。代々教師をやっていたって話だったから」
 2人の言葉に相槌を打ちつつ、海里は喪主として葬儀場の中を歩き回っている小夜を見つける。彼女の喪服は、天宮家の事件の際と同じものだった。真珠のネックレスは、曇天のせいか鈍く光っている。
 小夜は参列者1人1人と挨拶を交わし、家族の生前の様子などを語っていた。秋平たちとの友人ともぎこちない笑みを浮かべながら話をしており、弟妹の友人でいてくれたことに頭を下げていた。
 海里たちは敢えて少し離れた位置で小夜を見守りつつ、龍が尋ねる。
「泉龍寺はこれからどうするつもりなんだ? 仕事はともかく、住まいとか」
「昨日聞いた話では、今の家を売り払って1人暮らしをするらしいよ。伝手を頼れば部屋を借りることはできるって言ってた。両親と叔父が刑務所にいる以上、頼れる親戚はいないからね」
「立石家はダメなんですか? 血の繋がりはなくても、戸籍上は親戚なんでしょう?」
 海里は以前の事件を思い出しつつ尋ねた。小夜自身はともかく、立石家の人々は邪険に扱うことはないと踏んだからだ。しかし、玲央は首を横に振った。
「彼女が望んでいない。そもそも、これ以上誰かの世話になる気はないと言っていた」
「気持ちはわかるが、それだと・・・・」
 言い淀む龍に対して、玲央はすかさず頷いた。
「今まで以上に危険だ。でも、俺たちだって彼女を匿い続けることはできない。彼女のやり方が最善だよ」
 30分ほどで一通りの挨拶を終えた小夜は、ゆっくりと3人の方に歩いて来た。深く頭を下げ、彼女は口を開く。
「我儘を言ってごめんなさい。仕事もあるのに」
 海里は今執筆は落ち着いている、龍と玲央は捜査を部下に頼んでいると言い、参列することに問題のないことを告げた。小夜は改めて礼を述べ、ようやく人が少なくなってきた棺を指し示す。
 3人は重い足取りで棺の前へ立ち、焼香をした。その間、小夜はぼんやりと彼らを見つめており、一礼に対して、ほぼ無意識的に返した。
 3人の焼香が終わると、小夜は虚ろな視線を玲央に向ける。
「話がしたいんだけど・・・・いい?」
「ああ」
 2人が葬儀場の奥に姿を消すと、海里と龍は入口付近に横並びで立った。揃って壁に体を預けた後、海里は尋ねる。
「この事件、どうなるんですか? 天宮家関連の怨恨はいち早く動機に挙げられるでしょうが、候補が多いのは考えずともわかります。
 それに、早乙女佑月が手を下した可能性も否定できない。ただ、警視庁内でも指名手配はかけられておらず、元暴力団員という情報に留まっているのでしょう?」
「ああ。顔自体は見たから似顔絵を描いてもらったが、似ているのかどうかわからない上、この間の顔が素顔という確信もない。手っ取り早いのは本人を捕まえることで、少なくとも先日の殺人事件の犯人として捜査はできる。ただ、今回の事件は不明だ。現時点では、犯人に繋がる証拠が見つかっていないからな」
 龍の言葉に相槌を打ちつつ、海里はでも、と声を上げる。
「因果関係はありますよね。今すぐ動くことは?」
 期待を込めた声音だったが、龍は首を横に振った。
「無理だ。俺たちはお前みたいな立場にいないし、上から目をつけられてる。
 おまけに、泉龍寺は両親と叔父が刑務所にいるんだ。どこまで正式な捜査ができるか・・・・」
「そんな・・・犯罪者の子が犯罪者とは限らないじゃないですか」
 海里の言葉に龍は苦笑した。
「わかってるさ。だが、そんな理屈が通用しない輩もいる。時間がかかるだろうが、九重警視長か、もしくはーー・・・・とにかく、信頼できる上の人間に話して捜査する方がいいかもしれないな」
                   

 玲央と小夜は休憩スペースとして用意された空間に移動した。小夜はソファーに腰掛け、玲央は座らず、久々に再会した時より明らかに痩せた小夜の動きを目で追った。
「話って?」
 そんなことは聞くまでもないと知りつつ、玲央は尋ねた。小夜はおもむろに口を開く。
「・・・・これからのことよ。電話では引越しだとか、伝手だとか、そんなことを言ったけど、正直・・・・何もやる気が起きない。仕事どころか食事も睡眠も、何もかも面倒だと感じるわ」
 面倒ではなく、投げ出してしまいたいと思っていることを玲央は理解していた。しかし、口に出せば本当にそうしてしまうのではないかと不安になり、違う言葉を口にする。
「しばらく休んだ方がいいよ。こんな状況で仕事行くなんて無茶だ。休職して、少し落ち着いてから復職したらいいんじゃないかな。その方が負担も少ないはずだよ」
「そうね。それはわかってるんだけど」
 小夜はゆったりと周囲を見渡し、誰もいないことを確かめると言葉を続けた。
「春から職場が変わったって言ったでしょ? 実は、あまり大きな学校じゃなくて、人手が少ないから・・・・だから、1人休んだらその分、迷惑をかけるの」
「だからって無茶して行くな。体より先に心が限界を迎えたらどうするんだ」
 玲央は思わず強い口調になった。しかし、なぜか小夜は折れない。彼は何か他に理由があるのかと思い、訝しげな視線を向ける。視線に気がついた小夜は、小さくため息をついて俯く。
「後輩ができたの。私より1つ年下で、学長の親戚。一応、同じような仕事をした上で職場が変わったっていう理由で、私が教育係なのよ。悪い子じゃないんだけど、少し自分中心なところがあって、教えるのに難儀しているから、まだまだ付いていないといけなくて。ーーどう? これで納得してくれた?」
 小夜は顔を上げて尋ねた。玲央は頷く。
「一応ね。でも、今は他人に気を遣ってる場合じゃないよ。君は、もう少し我儘になってもいいんじゃないかな」
「相変わらず優しいのね。まあ学長に相談はするけど、どうなるかはわからないわ」
 玲央は納得しきれないような顔を浮かべつつ、そうかと言いながら小夜の横に腰掛けた。
 しばらく何も言わずに並んでいた2人だったが、やがてサイレンを鳴らしていない警視庁のパトカーが2台、葬儀場の前に停車する。参列者の騒めきで、2人も到着に気がついた。
「呼んだの?」
「いや、龍の車で来たし、終わり次第戻るって伝えてるからーー・・・・え?」


 パトカーから降りて来た2人の男を見て、龍は思わず壁に預けていた体を起こした。海里は不思議そうに首を傾げる。
 龍は葬儀場に向かって歩いてくる男たちに歩み寄り、口を開く。彼は一言も発さずになぜか閉口したが、すぐに再び口を開き、今度こそ声を上げた。
「お2人とも、なぜここに?」
「仕事だよ」
 ぶっきらぼうに返したのは、龍よりも身長がいくらか高く、がっしりとした体躯の壮年の男だった。
 男は短い黒髪をオールバックにし、黒いスーツ姿は捜査一課のバッチが無ければ暴力団の幹部と思い違いをしただろう。整えられた顎鬚や皺一つない服からは性格が滲み出ており、狼のように鋭い光を宿した瞳、太くはないがしっかりとした眉、筋が通った高い鼻、真一文字に結んだ唇と、近寄りがたさがあらゆるところから滲み出ていた。少し日焼けした肌が白いシャツから覗いてよく目立ち、長年前線に立っていたことの証明のように思われた。
 もう1人の男も同じく黒いスーツ姿で、こちらは左手の薬指に結婚指輪をしていた。年齢は龍や玲央と同年代だろう。細身だが、一目で強いと感じさせ、筋張った手と硬い拳が威圧感を放っている。七三に分けられた黒髪は風に靡いて軽やかさを見せているものの、不機嫌と勘違いしそうな表情で打ち消されていた。細く高い鼻と垂れ目がちな横長の瞳、細い眉と薄い唇は、女性らしさを醸し出してはいたが、その瞳に光は見当たらなかった。
 海里が混乱した瞳を2人の男へ向け続けていると、龍は今ようやく彼の姿に気が付いたというような様子で振り返り、口を開く。
「会うのは初めてだったな。警視庁刑事部の井上洋治いのうえようじ捜査一課長と、同じく松坂伊吹まつざかいぶき理事官だ。
 お2人とも、彼が江本海里ーー小説探偵です」
 がっしりとした体躯の男、井上洋治が課長、細身の男、松坂伊吹が理事官だった。2人は龍の紹介に興味深げに頷き、海里をじっと見据える。瞳に写る感情を読み取ることはできなかった。
「課長、理事官。どうされたんですか」
 玲央が駆けつけると、2人は海里から視線を外した。そして、彼の質問には答えず、伊吹が尋ねる。
「泉龍寺小夜はどこにいますか?」
「どこって、もちろんこの葬儀場にいますが・・・・なぜ?」
「一々聞くな。任意同行だ」
 呆れたような洋治の言葉に、2人よりも海里が驚き、思わず口を挟んだ。
「任意同行って、どういうことですか? 彼女が一体何をしたと・・・・」
 海里の言葉を遮り、洋治が続けた。
「江本と言ったか。お前、任意同行が被疑者だと決めつけていると勘違いしているじゃないだろうな? 一昨日の強盗殺人の被害者は泉龍寺小夜の身内だ。話を聞くのは当然のことだろう」
「でも、今は葬儀中ですよ? 流石に失礼すぎませんか?」
 臆することなく反論する海里をどう思ったのか、洋治は呆れを滲ませたため息をついた。龍と玲央は、何も言わずに成り行きを見守っている。
 その時、騒ぎになっていると気が付いた小夜が姿を見せた。
「何か御用ですか?」
 小夜は団子から落ちてきた髪を耳にかけながら尋ねた。表情も瞳の色も、突然現れた2人の男を真っ向から怪しんでおり、隠す気すらない。捜査一課のバッチを見て少しは表情を緩めたが、それでも険しい表情は変わらなかった。
 伊吹は洋治と目を合わせた後、小夜の前に立って口を開く。
「泉龍寺小夜さん、ですね。今回発生した泉龍寺一家強盗殺人事件に関して話を伺いたいんです。御同行願えますか?」
 淡々とした口調には、相手の思いやりも何も感じられなかった。すると、洋治が隣から口を挟む。
「松坂、伝える必要のあることは一言で伝えろ。任意同行であろうとも、容疑者の可能性を念頭に置いている、ってこと」
「・・・・え? 私が、容疑者?」
 途端に小夜の顔に動揺が広がった。同時に、玲央が「ちょっと待ってください」と声を上げる。
「任意同行はまだわかりますが、容疑者呼ばわりは乱暴すぎる。彼女が犯人である証拠はあるんですか? あるからそう言っているんですよね? あるなら話すか、出してください。そうでないと納得できません」
 玲央は早口に捲し立てたが、洋治は冷静さを崩さず続ける。
「可能性だと言っただろう。それに、話も物証も本庁で差し出すものだ。過保護で捜査に私情を挟むな」
「そうだとしても、江本君の言う通り、今は葬儀中です。すぐの同行は横暴すぎる」
 2人は睨み合っていたが、龍は変わらず何も言わなかった。彼は小夜を一瞥し、何かを求めるように軽く頷く。その動作を見た小夜は、長い息を吐いて頷いた。
「わかりました」
「小夜さん!」
「落ち着いて江本さん。どの道、話す必要のあることだもの。
 ただし、葬儀が終わってからにしてください。事情聴取には顔見知りがいた方がいいので、東堂さんか、玲央か、江本さん、3人のいずれか、もしくは全員を同席させるか近くに待機させてください。それを守ってくださるなら、同行します」
 伊吹が許可を求めるように洋治を見た。彼は黙って頷き、パトカーの中で待っていると言った。
 2人が乗車したパトカーを見つめ、海里は憤慨した声を上げる。
「小夜さんが頷いたから丸く治りましたけど、強引すぎませんか?」
「上のお気に入りに掴みかかるのにも限度があるんだ。堪えろ。
 それより泉龍寺、本当に事情聴取に応じるんだな? 捜査一課のトップ2人が出てくる以上、面倒な思惑が絡んでるぞ」
「それは何となくわかります。だけど、そうである以上、私の言葉だけじゃ乗り切れない可能性がある」
 そう言って小夜は額を抑えた。深く長いため息をついて、玲央を見る。
「九重さんに連絡して」
 その一言に海里は眉を動かした。玲央は目を丸くして驚きを示す。
「九重警視長に? いいけど・・・・2人には?」
「絶対に言わないで。こっちも多少卑怯な手は使わせてもらうわ。そうじゃないと・・・・」
「・・・・わかった。それで、九重警視長に何か伝えることはある? あるなら聞くけど」
 玲央の問いに小夜はしばし考えた後、口を開いた。
「“ノートを持って、取調室に来て欲しい”、とだけ」
「ノート? 一体どういう・・・・」
「細かいことはいいの。とにかく、連絡お願いね」
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