小説探偵

夕凪ヨウ

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Case87.悲哀①

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「どうして話してくれないんですか?九重警視長もご存知なんでしょう?」
「・・・・私たちに過去を話す権利はない。あるのは泉龍寺君だけだ。彼女が首を縦に振った時、私たちは初めて真実を共有できる。」

 早乙女佑月の逃亡後、警視庁に戻った海里たちは、資料室で言い争いになった。過去について玲央は頑なに口を開かず、浩史は話す権利がないの一点張り。   
 拒否する彼らを無視して、海里と龍は何度も2人を問い詰めた。

「・・・・うるさいな。そんなに知りたいんだったら小夜に直接聞いてくれ。答えは得られないと思うけどね。」
「それが分かってるから兄貴に聞いてんだろ!とにかく答えろよ!そうじゃなきゃ何も納得できない‼︎」

 怒鳴る龍だったが、玲央は冷静に答えた。

「大体予想が付くんじゃないのか?第一、彼女には深い傷だ。これ以上詮索しないでくれ。当時何も知らなかった君たちは無関係なんだから。」

 最終的に激しい口喧嘩になり、玲央は一方的に話を終わらせた。浩史も玲央と同様、半ば呆れたような様子で2人の話を打ち切り、颯爽と仕事に戻って行った。

「荒れてるわね。まっ、無理もないか。」
「アサヒ・・・?お前、何か知ってるのか?」

 突然仕事場から出て来たアサヒに不信感を覚えた龍は、すぐに尋ねた。アサヒは躊躇うことなく頷く。

「事情くらいなら知ってるわよ。昔、小夜さんを交えて私に色々話してきたもの。何度もあなたに話せって忠告したのに・・・頑なに受け入れなかった。まあ私も8年間黙ってるし、同罪か。」

 アサヒは苦笑した。龍は思わず彼女の肩を掴む。

「何で・・・!」
「仕方ないじゃない。あなたは当時仕事に勤しんでいて、家族との時間を大切にしていた。・・・他人の過去なんて、言えるわけないでしょ?彼の気持ちも、少しは分かってあげて。」

 アサヒは海里に視線を移した。ゆっくりと龍の腕をほどき、海里に近づく。

「あなたがこれ以上関わるかどうかは、私が決めることじゃない。でも、これだけは言っておくわ。早乙女佑月は、あなたが今まで出会ったどんな人間よりも残酷な男よ。大切な存在を奪われたくないのなら、関わらないことをお勧めするわ。」

 アサヒは本気で心配していた。しかし、海里はそれを分かっていても、頷くことはなかった。

「・・・それでも・・私はお2人の力になりたいんです。小夜さんにとって苦しい過去であっても、最も信頼している人に何も話さないことが正しいとは思えない。」
「・・・・変わった人ね。私、面倒ごとが嫌いだから理解できないわ。」

 海里の言葉にアサヒは笑った。彼女は去り際、龍に向かって、奢りの件忘れないでねと言った。
                    
            ※

「あれで良かったんだな?」
「・・・・はい。」

 浩史は、廊下を歩きながら小声で尋ねた。玲央も小声で返事をすると、それ以上何も言いはしなかった。

「だが玲央。隠し通せないこともある。今後の事件でも泉龍寺君と関わる可能性があるのに、黙っているのか?」
「“約束”ですから。“自分のことを何も語らず、ただ小夜を守る”・・・・私も彼女も、その約束を反故にしたくない。」

 浩史は何かを考えるように黙り、ゆっくりと頷いた。

「そうか。お前たちがそう決めたなら、私も口を噤もう。」
「ありがとうございます。では。」

 玲央が出て行くと、浩史は椅子に腰掛け、長い溜息をついた。机にある1人の女性の写真を見ながら、呟く。

「何で・・・こうなったんだろうな。君がいたら、もっと別の形の幸せがあったのか・・・?教えてくれ・・怜。」

 不思議な呟きを口にした直後、浩史は透き通った声で自分の名前を呼ばれた。

「九重さん。」
「江本君・・・ノックくらいしてくれないか?」
「しましたよ。」

 浩史は呆れた笑みを浮かべた。机にある写真立てを倒し、海里に向き直る。

「どうした?何か話があるのか?」
「・・・・本当に、何もご存知ないんですか?」

 海里の言葉に浩史はまたか、と言わんばかりに笑った。

「どういう意味だ?私と玲央、泉龍寺君が過去を共有していることは知っていよう。」
「そのことではありません。3年前のことです。」

 刹那、浩史が笑みを消した。海里は続ける。

「何か・・・知ってることがありますよね?私は今、ある“仮説”が頭の中にあるんです。もしそれが正しくて、あなたもご存知ならーーーー」
「何の話かさっぱりだな。」

 海里の言葉を遮り、浩史は強い口調で言い切った。だが、海里は引かない。謎を解く時の、堂々とした探偵らしい態度で言葉を続ける。

「ご自分が1番分かっているでしょう。あなたは、ずっと嘘をつき、隠している。知らせなければならない真実を、何1つ知らせていない。」
「・・・人を不幸にする真実もあると、泉龍寺君から学ばなかったかな?学んだのなら、やめておくといい。それ以上何か言われると、“私の”歯止めが効かなくなる。」

 海里は思わずたじろいだ。浩史は笑っているものの、その言葉はゾッとするほど恐ろしく、その目は獲物を狩る獣のように鋭かったからだ。

「江本君。君たちがそう焦らずとも、いずれ泉龍寺君は真実を話す。それまで待ってやってくれないか?」
「なぜ分かるのですか?小夜さんが真実を話すと。」
「敵がそう動く可能性が高いからさ。とにかくだ、君は目の前の謎を解くことに集中すればいい。その他のことは、我々警察で何とかできるのだから。」

 皮肉めいた言葉に海里は愕然とした。

「・・・・な・・・」
「そのくらいにしとけ。江本。」
「東堂さん・・・!」

 龍は体の半分だけを部屋に入れ、浩史を見た。

「あんまりからかわないでくださいよ。こいつ、意外に単純なんですから。」
「そのようだな。さあ、龍も仕事に戻れ。この件は一時お預けだ。」
「はい。行くぞ。」

 部屋を出ると、海里は思わず息を吐いた。龍がすかさず海里の頭を叩く。

「痛!何するんですか⁉︎」
「本当は殴りたいぐらいなんだから我慢しろ。全く・・・1人であの人とやり合うとか何考えてんだ。正直に言って、怒らせたら1番ヤバイのは九重警視長。下手に踏み込んだらどうなるか分からないんだぞ?」
「脅さないでくださいよ・・・・。」
「事実を言ってるだけだ。それにしても、さっきの仮説って何のことだ?」

 龍の言葉に海里は動きを止めた。彼は何かを言おうと口を開いたが、すぐにいいえ、と言いながら言った。

「大した話ではありませんよ。」
                     
            ※

 それから1ヶ月も経たない頃、海里の耳に衝撃的なニュースが飛び込んできた。


『昨夜、Y区の家で殺人事件がありました。被害者は泉龍寺治さん、藍さん夫婦と3人の子供たちです。長女の小夜さんは仕事で不在だったため無事でありーーーー・・・・』


 気づいた時には、海里は家を飛び出していた。ニュースで聞いた住所へ走り、快晴の中、汗を流しながら走った。

「東堂さん!」
「・・・・来たのか。意外に早かったな。」

 泉龍寺家は、3階建ての1軒家だった。周囲には多数のパトカーが止まっており、救急車の姿もあった。

「泉龍寺小夜以外の全員が殺された。強盗だというが、犯人は目に見えている。」
「・・・小夜さんは・・どこに?」
「兄貴が事情聴取をしてる。しばらく家には入るな。」

 家の中では、小夜が玲央と話をしていた。ごく一般的な事情聴取だが、玲央は彼女を気遣い、部下たち全員に現場の検分を指示した。

「昨日は何時に帰ってきたの?遺体発見から通報まで時間が空いてるけど。」
「・・・確か・・20時ぐらいよ。昨日家に着いた時・・血の臭いがして・・・まさかと思って中に入ったら・・・・」
「・・・・そっか。・・・ごめんね。こんな時にこんな話・・・」
「いいわ。仕事でしょ?続けて。」

 小夜は弱々しい笑みを浮かべた。玲央はその後、2つ3つの問答を終え、家の外に出た。

「葬儀は明後日執り行うらしい。彼女の希望で、俺たち3人にも来て欲しいそうだ。」
「断る理由はないな。」
「ええ・・・本人が望んでいますからね。」

 玲央は、鋭い瞳で泉龍寺家の人間の遺体を見ていた。拳を握りしめ、彼は言う。

「こんなこと・・・許されていいはずがない。何の罪のない人間が・・こんなの・・・」
「ああ。今回ではっきりと分かった。早乙女佑月・・・あの男に手加減する理由も理屈も存在しないってな。」
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