小説探偵

夕凪ヨウ

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Case31.焼け跡の宝石③

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「奪われた、か。まあ、事件の概要は把握しているよ。俺が聞きたいのは、事件に至るまでの経緯だ。君の家族が、何をして、誰に、なぜ殺されたのか。それが聞きたい」
 黒崎はゆっくりと頷いた。
「僕の家族は・・・どこにでもいる普通の家族だった。父がいて、母がいて、1つ年上の兄がいた。少し変わったことと言えば、祖父母が宝石店を営んでいたことだった。
 ある日、母親が祖父母から真珠のアクセサリーをもらったんだ。宝石なんて店以外で見たことなかったうちは、自然とそれが宝物になっていた」
 玲央は頷きながら聞いていた。龍はその様子を見ながら、眉を顰めている。
「でも、そんな母親のアクセサリーに、目をつけた奴がいた」
 黒崎の言葉に玲央は目を細めて尋ねた。
「・・・・誰? 君が病院に来たってことは、今回の事件の負傷者だね?」
「ああ。そいつの名前は若村充わかむらみつる。祖父母と敵対している宝石店の店主で、うちとは昔から仲が悪かったんだ」
「なるほど。盗んでしてやったりってことか。でも何で放火?」
 黒崎は唇を噛み締めた。微かに血が滲み、唇が赤く染まる。
「あいつは殺すつもりはなかったと言った! ただ痛めつけるだけだと!」
「ふうん。でも、それは嘘だろ? 痛めつけるだけだと言うなら、睡眠薬なんて盛らなかった。彼は、初めから全員を殺すつもりだった。違うかい?」
 黒崎は頷いた。玲央は続ける。
「君はあの日、偶々家を出ていて難を逃れた。幸か不幸か・・・・それは分からないけどね。
 何はともあれ、君には若村充に復讐したいという願いだけが残ったわけだ」
「ああ。そして、家族の遺体を見て泣いていた時・・・あの真珠のアクセサリーが無いことに気がついたんだ。すぐに分かったよ・・・あいつが持っていたんだって」
「どうして分かったの?」
「どうしても何も! 祖父母と敵対していたから見せしめに盗んだんだよ‼︎   自分の手柄にしてやろうと思って・・・!」
 その言葉を聞いて、突如玲央は笑い出した。お腹を抱え、肩まで震わせている。物陰から見ている龍と海里も、彼が笑う理由を理解していた。
「なっ・・・何がおかしい⁉︎」
 怒鳴る黒崎に対して玲央はなおも笑いながら言った。
「ごめん、ごめん。耐えてたんだけど、無理だったよ。これで笑わないとか不可能だ。君の話は滅茶苦茶すぎる」
 玲央は笑いすぎて出た涙を拭き、言葉を続けた。
「手柄? そんなもの、立てられるわけないじゃないか。敵対している店なのに、商品が同じなわけがないだろう?
 そもそも事件が起きた日、どうして君は家を出たの? 部下の調べで分かったけど、君は当時部活動にも所属しておらず、友人もあの日は用事があった。何の理由もなかったのに、なぜ君1人だけ家を出たんだろうね?」
 黒崎は息を呑んだ。玲央はゆっくりと彼との距離を縮めた。彼を追い詰めるかのように、どこか怪しげな笑みを浮かべながら。
「君の話は嘘だらけだ」
「ふざけるな! どこが!」
「そう怒らないで。一から説明してあげるよ。
 一先ず事実の確認といこう。君に家族がいたことは事実だ。家族構成も間違っていない。4年前の事件で死んだ彼らは、紛れもなく君の家族。
 でも、君は被害者なんかじゃない。君は加害者だ。双方の事件においてね」
 黒崎は目を見開いた。玲央はにやりと笑う。
「今1つ嘘を暴いたね。じゃあ次だ。
 君は、母親が祖父母から貰ったアクセサリーを自分の物にしたかった。どうにかして奪いたいが、家族内で下手な揉め事を起こしたくない。1度母親に頼んだものの、女々しいだの何だの言って断られたんじゃない? 君も、流石に家族の前で金目的とは言わなかっただろうし」
「・・・・どこに・・・証拠がある?」
 黒崎は消え入るような声で尋ねた。
「部下の調べと言っただろう? 何より君の動揺は、その最たる証拠になるはずだよ」
 玲央は断言した。黒崎の眉が微かに動く。
「そこで君は、祖父母と敵対している若村充と組んで犯行を行うことにした。彼は当時、店の経営が上手くいかず悩んでいたそうだね。
 そこで、2人でアクセサリーを奪って金を作ろうと考えたんだ。そして若村充は犯行を実行。君は、家族を亡くした可哀想な子供になり、世間を騙すことに成功した」
 玲央の推理に海里は驚いていた。2人はーーーー龍と玲央は、つい先ほどまで、犯人の正体も、何も分からなかったはずのだ。それなのに、呟きだけで人物を特定しただけでなく、わずかな資料から彼の本性まで暴いた。              
 わずかな捜査と犯人の反応だけで真実を見抜く様子は探偵のようでもあり、警察官を体現しているようにも見えた。
「続けるね。
 君は、4年前に宝石を若村充に預け、ほとぼりが冷めたら取りに行くと約束した。だが、彼はこともあろうに宝石を売って得る金を、全て自分の物にしようと画策した。自分が考えた作戦を邪魔されたくなかった君は、彼を殺して宝石を奪うことにした。4年前、家族を殺した時と同じように」
 玲央は少し間を開け、「最後に」と続けた。
「君は計画通り宝石を取り戻した。しかし、若村充を殺すことはできなかった。だからここに乗り込み、こんな面倒なことをしたんだ。彼が生きていれば、全ての犯行が警察に知られてしまうからね。
 本当・・・大した男だよ、君は。とても20歳とは思えない」
 そう言いながら、玲央は手錠を出した。
「さて、謎解きの時間は、もうお終い。大人しく逮捕されてね。黒崎稔君」
 玲央はゆっくりと近づいた。黒崎は震えながら叫ぶ。
「・・・・う・・うわぁぁぁぁぁぁ・・・・!」
 黒崎は銃を構え、玲央に向かって発砲した。しかし、それと同時に別の方向から発砲音が2発聞こえ、黒崎の銃が転がり、もう1つの銃も床に落ちた。
 呆然とする黒崎を他所に、玲央は彼の腕を掴んで一瞬で床にねじ伏せた。
「ありがとう龍」
 笑う玲央に対し、裏口から姿を現した龍は溜息をついた。
「本当・・・性格悪いな、お前」
「褒め言葉として受け取っておくよ。
 じゃあ、黒崎稔君。放火、器物損壊、銃刀法違反、殺人、殺人未遂、諸々の容疑で逮捕ね」
 ゆっくりと手錠がかけられた直後、すぐに警察が病院に乗り込み、病院関係者の無事を確認し、病室で治療を受けていた若村充を逮捕した。
 こうして、多くの死人を出した放火殺人事件は、4年越しに幕を下ろしたのであった。
                    
            ※

「はあー疲れた。探偵気取りで謎解きなんてやるものじゃないね。いつ撃たれるかとハラハラして、寿命が縮んだよ」
 警視庁で報告書を作成しながら玲央が言った。龍は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに眉を顰める。
「本心じゃないだろ。お前は、何かあったら俺が発砲することを分かっていた。だからあそこまで強引なことをして、大勢を危険に晒すような真似をしたんだ。
 銃を抜かず、怒りもせず、あくまで敵意は無いと主張して、寄り添って話を聞く振りをして犯行を明るみにして、挙げ句の果てに捕まれと頼んで・・・・本当にタチが悪い」
 吐き出すような龍の言葉に、玲央は嫌な顔をせず笑った。
「俺がそういう人間だってこと、君が1番知ってるだろ? 
 だから一緒に行ったんだよ。君なら、絶好のタイミングで犯人の銃を撃ってくれる。信頼した上での行動じゃないか」
「もし俺が撃たなかったら?」
「君は目の前でみすみす人を死なせたりしない。過去に教訓を得ただろう?」
 龍は舌打ちをして、椅子から立ち上がった。
「今回は偶々協力したが、次からはもうしない。お前の実力が昔と変わっていないことが分かれば、行動を共にしなくて良いと上から言われている」
「そっか。
 でも、残念。もう少し君と仕事をしていたかったな。ーーーー昔みたいに」
 その言葉が聞こえた瞬間、龍は立ち上がりかけた玲央の胸倉を掴み、壁に叩きつけた。自分たち以外誰もいないからこその、強引な行動だった。
「過去のことを言わないって約束したのはお前だろうが」
 怒りに満ちた龍に対し、玲央は申し訳なさそうに笑った。
「・・・・そうだったね。ごめん」
「それは・・・何に対しての謝罪だ?」
 玲央は答えなかった。十数秒ほど経った後、扉を叩く音がしたので、龍は玲央の胸倉から手を離す。
「兄弟喧嘩か?」
 入って来たのは浩史だった。龍はわずかに顔を歪めて応える。
「九重警視長・・・・。まあ、そのようなものです。失礼します」
 龍は足早に出て行った。玲央は苦笑しながら浩史を見る。
「まだ怒っていますか?」
 玲央の質問に、今度は浩史が苦笑した。
「・・・・さあ・・どうだろうな。怒っているのか、悲しんでいるのか、憎んでいるのか、よく分からんよ。だが、私たちにお前を責める資格はないだろう。私たちは、誰1人として何も守れなかったのだから」
 玲央の頭を過去がよぎった。彼は動揺を隠すため、目を閉じて口を開く。
「・・・・そうですね。全くもって、その通りです」



 深まる兄弟の溝。過去を共有する上司。探偵は1人、闇を知らない。
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