小説探偵

夕凪ヨウ

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Case30.焼け跡の宝石②

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「宝石泥棒?」

 龍の質問に、居酒屋の店主は目を丸くした。

「はい。ここら辺でそのような話を聞いたことはありませんか?」
「う~ん・・・ないねえ。ひったくりなら聞いたことがあるけど、宝石を盗まれたなんて話は聞かないなあ。第一、ここらに宝石店や裕福な家なんてそうないさ。」
「・・・・そうですか。ありがとうございました。」

 龍は礼を言い、車に戻った。助手席には玲央が座っている。

「ダメ?」
「ああ。単純な宝石泥棒の話は無しだ。犯人は明確な殺意を持って放火し、宝石を盗んだ。部下の事情聴取も聞いたが、宝石を持っていたなんて誰1人として言わなかった。亡くなった住人が持っていたのかもしれないな。」
「う~ん・・・もしそうなら難しいね。亡くなった人に話は聞けないし、未だ身元が割れていない遺体もある。解決までには時間がかかるかも。」
「だがこのまま放置しておくことはできない。連続して放火される可能性も捨てきれていないし、犯人の目的が見えて来ないからな。」

 そう言って、龍はアクセルを踏んだ。

「どこ行くの?」
「警視庁に戻る。過去に同じような事件が無いか、一から調べる。お前は手伝うなり何なりして、感覚戻せ。」
「心配? そもそも、何で俺と一緒に行動してくれるわけ? 俺のこと、嫌いじゃなかったの?」

 玲央の言葉に、龍は軽く溜息をついて答えた。

「・・・・九重警視長から言われてるんだよ。しばらくの間は、お前と一緒に行動しろってな。階級も同じだし、現場の指揮を一緒に執れっていう上官命令だ。」
「なるほど。じゃあ従うしかないね。」

 警視庁に到着すると、2人はすぐに資料室へ向かった。盗難事件と放火事件の資料を引っ張り出し、2つの事件が合わさった今回のような事件を探した。
 しばらくして、玲央が資料を捲る手を止める。

「あった。4年前の8月25日・・・ん? これって、今回の事件と同じ日付じゃない? 今日、26日でしょ?」
「ああ。概要は?」
「今回と同じ感じだね。違うのは、住人が1人しか生き残らなかったということ。」

 玲央の言葉に龍は怪訝な顔をした。

「1人だけ? 同じようなアパートが事件現場なのに、なぜ逃げられなかった? 炎の周りが早かったとしても、逃げる時間がないわけじゃない。消防隊が来たり、近隣住民が手助けしたりしたんじゃないのか?」
「あったはずだよ。でも、きっと意味をなさなかった。
 資料によると、生き残った住民以外は、“火事の前に全員眠らされている”。犯人が意図的に睡眠薬を投与したのかもしれない。」
「そんなに宝石が欲しかったのか? 生き残った住民が怪しいように見えるが、犯人は?」
「捕まっていない。簡潔に言うと、この事件、未解決だよ。割と新しい事件だと思うけど、耳に入らず?」
「聞いた事がないな。」

 龍の言葉に、玲央は顎に手を当て、考え始めた。資料室をゆっくりと歩きながら、ぶつぶつと呟き始める。

「未解決事件・・犯人は車で逃げているのに、目撃者はいなかった・・・。盗まれた宝石は今回と同じ真珠・・・・生き残った住民は行方不明・・・。
 そもそも、なぜアパートに盗みに入る? 宝石店で強盗をする方が確実じゃないか。第一、犯人はいつアパートにある宝石を知って、なぜ盗んだんだ・・・? 金銭目的? いや、それならやっぱり宝石店へーーーー」
「逆転の発想。」

 龍の言葉に、玲央は驚いて顔を上げた。

「今回の犯人は加害者だ。だが、もし過去に被害者になっていたら?」

 玲央は黙って続きを促した。龍は続ける。

「“真珠は盗まれたのではなく、取り返されたのだとしたら”・・・・同じ犯行で“仕返し”をしたと言う説明は成り立つんじゃないか? 普通に考えておかしいだろ。過去の事件と今回の事件で、同じような現場で、同じ大きさ、同じ種類の宝石が盗まれるなんて。」

 玲央は過去と昨日の新聞を引っ張り出し、死者と生存者の名簿を見た。過去の名簿を指でなぞり、途中で手を止める。

「黒崎稔・・・・当時16歳。火災で親兄弟を失い、頼れる親戚もおらず、1人孤独に暮らした模様。当時、警察の事情聴取を受けず、行方不明者となった。」
「・・・・その黒崎稔が今回の犯人なら、犯行の理由が仕返しだけじゃ緩いな。殺すだけに飽き足らず、宝石を盗んだとなると、理由はそうシンプルじゃない。何かあるはずだ。」

 2人が話し終え、資料を片付けていると、龍のスマートフォンが鳴った。海里からである。

「どうした?」
『今、お時間ありますか? 少々立て込んでいると言うか・・・問題が発生しまして。』
「問題?」
『はい。今、いつものように妹のお見舞いに来ているのですが、不審な男が病院に侵入しまして、病院内の人間を人質に取っているのです。』
「はあ?」

 龍は顔を歪めた。海里は小声で続ける。

『幸い、患者さんやお医者さんには手を出していませんが、お見舞いに来た人は皆、1階のロビーに集められて軟禁状態です。銃を2つ所持していて、警察を呼べば1人ずつ殺すと言っています。』
「お前・・・どうやってその状況で電話してるんだ。」
『私が帰ろうとした時に男が来たので、死角に隠れることができたんです。男も私には気づいていません。スピーカーにしておくので、早めに出動して頂けると助かります。』

 龍がスマートフォンを下ろそうとすると、玲央がその手を止め、海里に尋ねた。

「玲央だよ。江本君、犯人の特徴を教えてくれない? こちらで大方絞り込みたい。」

 無茶な要求だったが、探偵を名乗る海里から問題ないだろうという判断の末だった。海里は少しだけ壁から顔を出し、男を凝視する。

『性別は男性、覆面で顔は見えませんが、声は若々しいので、10代後半から20代でしょう。服装は白い半袖のシャツに、紺色の短パン、ボロボロになったサンダルと、シンプルですね。銃は現在右手で所持していますが、左側のズボンのポケットにもう1つ入っています。』
「銃2丁か・・・他に武器は?」
『見たところ、ありませんね。』
「分かった。ありがとう。」

 2人は頷き合い、資料室を飛び出した。すぐに他の捜査一課に連絡を回し、慎重に行動するよう伝達する。

「東堂警部はどちらへ?」
「現場に向かう。犯人の写真を後で送るから調べてくれ。」

 2人は車に乗らず、走って現場に向かった。裏口を使って病院に入り、ロビーの様子を見た。

「江本君の話は間違っていないようだね。取り敢えず・・・・」

 玲央はスマートフォンを出し、犯人に気がつかれないよう写真を撮った。すぐに警視庁へ送り、犯人を見る。

「でもどうしてこんな病院に? 恨みでもあるのかな?」
「今考えたって分かるかよ。だが、確かに理由が分からないな・・・・」

 2人は犯人を凝視していた。その時、2人は同時に犯人が何かを呟いていることに気がついた。

「・・るんだ・・・ここにいることは・・分かってるんだ。僕の仇・・・家族を殺して、何もかも奪っていた・・・あれは・・僕らの宝石なんだ・・・!」
「・・・・なるほど・・・そういうことか。」

 玲央はにやりと笑った。同時に彼のスマートフォンか光り、部下からのメールに犯人の名前が記されていた。満足そうに笑った彼は、龍の方を向いて小声で言った。

「少し試したいことがある。ここで待ってて。」
「はあ? おい、犯人刺激したら、何が起こるか分からないんだぞ? 本当に患者や医師が撃たれたらどうするんだ。」
「大丈夫、大丈夫。俺が簡単に死なないの知ってるでしょ。上手くやるから、頃合い見計らって逮捕してね。」

 玲央はそれだけ言い残し、ゆっくりと男の前に歩いて行った。男はギョッとして叫ぶ。

「やあ。」
「お前、警察か⁉︎ 下がれ! こいつらを殺しても良いのか⁉︎」
「それは御免被りたいね。・・・・黒崎稔君。」

 犯人ーーーー黒崎稔の動きが止まった。玲央は静かに続ける。

「これ以上、君は罪を重ねるべきじゃない。無関係な人を巻き込み、殺してまで奪った宝石は輝きを失う。君は家族の仇を取ったつもりかもしれないが、君の行いで、また新たに絶望に落ちる人間が現れるんだ。君は、それを考えた?」

 玲央は冷静だった。物陰から見ている海里は、その毅然とした態度に感動すら覚えた。

「警察は出動させない・・・・君の要求だからね。俺がここに来たのは、病院関係者の安全確保だ。銃を下ろして、冷静になろうよ。話したいことがあるなら、聞いてあげられる。時間はたっぷりあるからね。」

 玲央はただ笑っていた。何の変哲もない、優しい笑顔だった。黒崎は、ゆっくりと銃を下ろし、覆面を取った。まだ幼さが残る顔立ちである。彼はしばらく躊躇った後々、ぽつりと呟いた。

「全部・・・奪われたんだ。僕は・・あの日・・・・死んだ。」
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