小説探偵

夕凪ヨウ

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Case12.第二幕

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 終わりの始まり、という言葉を知っているだろうか。私は、この事件で、それを痛いほど実感した。
 謎を解き、犯人に近づき、全てが終わりだと思ったその時、悲劇は始まったのだ。


 背後で凄まじい爆発が起こった。鼓膜が破れたのかと勘違いするほどの轟音が警視庁を揺らした。漆黒の煙と、真っ赤な炎が、建物を包んでた。逃げ惑う人々の悲鳴が、聞こえるはずがないのに聞こえ、おびただしい血の臭いが、私の鼻を刺激している気がした。


 その時、私は理解したのだ。
 第二幕が始まったーーと。

        ーカイリ『炎の復讐』第3章ー

                    
            ※


「捜査は順調そうですね」
「誰かさんのお陰でな」
 警視庁に訪れた海里は、机に広げられた資料を見て、微笑を浮かべた。龍は資料の整理をしながら話を続ける。
「例のタワマンを調べた。あそこは50階建てで、1つの階に4つずつ部屋がある。全員が1人暮らしと考えると、200人が住める計算だ。ただ、お前が言っていた通り屋上から離れ過ぎていると人目につく可能性が高くなるから、半数以上は除外できる。
 で、人が伝っていける強度及び屋上まで届く長さのロープを念頭において、住人であることから居住階以外にいることは不自然だと考えた結果、犯人が住んでいるのは30階から40階の間という結論になった」
「かなり広いですね。空き部屋は?」
「あった。そこを抜いて、住んでいる住人と話した」
「どうでした?」
「怪しい人物が数人」
 そう言いながら、龍は海里に取り調べの結果を記した資料を渡した。海里は礼を言いながら受け取り、紙を見た。そこには、以下のように記されていた。




 皇幸二郎すめらぎこうじろう(30)
・3101号室
→31階1号室
 1号室はエレベーターに最も近い
・サラリーマン
・事件当日は体調不良で会社欠席
→欠席連絡あり
 昼頃薬局へ向かう姿を住人が目撃
・事件のことはニュースを見るまで知らなかった
→深夜に目覚めて知った

 甘味穂花あまみほのか(22)
・4004号室
→40階の4号室
 屋上へ最も近い
・書店員
・事件当日は現場近くの書店で勤務
→昼頃から仕事へ
・寝坊し、仕事に遅刻
→慌てる姿を管理人が目撃

 杉浦佑樹すぎうらゆうき(29)
・3902号室
→39階の2号室
 廊下の中心部分にある部屋
 甘味穂花とは友人
・看護師
・事件当日は朝から勤務先の病院へ
・事件発生の9時30分頃に姿見えず

 古海理恵子ふるうみりえこ(30)
・3803号室
→38階の3号室
 籠りがちで住民との関わりは薄い
・在宅ワーク(職名不明)
・事件当日は朝から夜まで部屋の中で過ごす
・銃声が聞こえ、目を覚ました




「確かに、遅刻や病気など、事件発生の際に動けた可能性が高いですね」
「だろ? 明らかに怪しいから、その4人だけ重点的に記録されてる。何だったら、本人に会いに行くか?」
「できればそうしたいです。ただ、皆さん成人されていますし、仕事の事情もおありでしょうから、無理弄りはしません」
「やけに大人しいな。以前までなら、相手の事情が何であろうと、真っ先に話を聞きに行っただろうに」
 龍の言葉に、海里は苦笑した。以前の事件以来、彼にも思うことがあったのだ。
「ただ、犯人は少なくとも2人います。関係性や話の内容を見ると、甘味さんと杉浦さんが怪しく見えますが・・・・」
「体調不良、家に篭りきりも怪しい?」
「ええ」
「結局は全員か」
 2人が笑っていると、龍の部下が部屋に入って来た。
「どうした? 何か分かったか?」
「こっ・・これが、本庁宛に‼︎」
 部下が見せたのは箱だった。随分と古く、小さな箱である。龍は事情を察し、怪訝な顔をする。部下は不安げな表情を浮かべて尋ねた。
「爆弾でしょうか?」
「かもな。爆発物処理班に連絡しろ。本当に爆弾なら、いつ爆発するか分からない。急げ」
「はい!」
 一斉に捜査本部が動いた。海里は龍と共に調査を続け、龍は部下に一定の指示を出した後、犯人の情報を集め続けた。
「あれが爆弾だとすると、やはり犯人ですか?」
「可能性は高い。しかし、ここに直接送りつけてくるなんて、随分大胆だよ。余程、自分の犯行を邪魔されたくないらしいな」
「ええ。爆発物処理班の方のお話だと、時限爆弾の可能性が高く、これから慎重に箱を開けると言っていました。振動やスイッチで爆発するものではないそうですよ」
「そりゃ良かった。振動で爆発するなら、持って来た時点でおじゃんだったな」
「本当に」
 同じ頃、爆発物処理班では送られてきた箱の開封が行われようとしていた。全員がシールドを持ち、ヘルメットを装着して、息を呑みながら近づいていく。
「開けるぞ・・・・気を付けろ!」
 箱がゆっくりと開いた。全員が固唾を飲んで見守るが、数秒経っても何も起こらない。やがて安堵の息が漏れた。


 凄まじい爆発音が警視庁を揺らした。
「何だ?」
「外です!」
 海里は窓を開け放ち、視界に飛び込んできた光景に愕然とした。
「東堂・・さん・・・・」
 震える海里の声で、龍は彼に視線を移した。
「あれって・・・・」
 海里が何を示しているのか、龍はすぐに理解し、驚愕の声を上げた。
「なっ・・・・⁉︎」
 2人の視線の先には、狙撃場所として犯人が選んだ、あのタワーマンションがあった。しかし、陽光に照らされて銀色の光を放っていたはずのそれは今、黒い煙と真っ赤な炎を放っていた。微かだが地面へ落ちていく人の姿も見え、耳をつんざくような悲鳴も聞こえる。
「冗談だろ? こんなこと・・・・」
 流石の龍も言葉を失った。あまりにも残忍で、大胆なやり方は、彼の予想を遥かに凌駕していた。
「・・・・罠だったんです」
 しばらくして、海里がポツリと呟いた。龍は窓の外から海里に視線を移す。
「あの爆弾は罠だった! あくまで私たちを直接殺そうとしているかのように見せつけ、爆発しないと安心したところで、別の場所で爆発させる! !」
 海里は、そう叫んで愕然とした。
 犯人の巧妙な罠、人の命を何とも思わない行動、警察と探偵すらも欺く悪知恵ーーいや、悪知恵などという言葉に収まるものではない。明確な悪意と殺意が、彼の目の前に示されていた。
「馬鹿げてる! こんな、こんなことが許されるはずがありません‼︎ 過去に1人を殺したに飽き足らず、今度は無差別! 己の証拠を消すためだけに、よくもこんなことを‼︎」
 龍は、激昂する海里を見て驚いた。彼と出会って2年ほど経つが、ここまで感情を表に出しているところを、見たことがなかったのだ。海里は側にあった自分の鞄を手に取り、大股で歩き始めた。
 その瞬間、龍は我に返る。
「どこに行く気だ?」
「あのタワマンに決まっています! 先に卑怯な手を使ったのはあちらです‼︎ 私も手段など選ばない!」
 優しげな笑みも、口調も、海里からは消えていた。感情のままに叫ぶ彼の姿は、小説家でも探偵でもない、他人の命を理不尽に奪う者に対して激怒する、子供のように純粋な青年だった。
 海里は更に叫ぶ。
「今までは人の“情”が働いていたんですよ! 怒り、悲しみ、憎しみ・・・・多くの人の“情”が!
 だから私は、殺人を犯そうが、人を傷つけようが、少なからず犯人に同情し、激怒することはなかったんです! でも、今回は違う‼︎ 己の欲を満たすためだけに行われる殺人を、私は決して許さない‼︎」
 なぜ、ここまで怒るのか。海里は言葉にしつつも、不思議に思っていた。理不尽に奪われる命と、日常。龍と出会ってから何度も目にしたはずの光景が、全く違うものに見えた理由を、彼自身も理解できなかった。
 龍は海里の怒りに驚きながら、彼の後を追った。気持ちは同じだった。消防車のサイレンを聞きつつ、2人はパトカーに飛び乗った。




 始まる第二幕。激昂する探偵。事件はまだ、終わらない。
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