小説探偵

夕凪ヨウ

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Case11.狙撃者の行方

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「警視長に面会?」

 龍から協力を申し込まれた翌日、現場に向かっていた海里は、彼の言葉に驚いた。

「ああ。お前のことは以前から報告していたんだが、遂に会ってみたいと言われたんだ。日程は明後日の午後。予定は空いてるか?」
「ええ。でも、どうして急に?」
「会えば分かる。」

 2日後、海里は警視庁へ足を運んだ。事後報告などで行くことはあったが、龍以外の警察官に会うために行くことなど、初めてで、彼はがらにもなく緊張していた。

「来たか。行くぞ。」

 龍は海里の緊張を無視し、中に入った。海里は慌てて追いかけ、中に入る。多くの警察官が海里を不審な目で見たが、龍の顔を見ると、軽く会釈をした。

「東堂さんって、捜査一課のボスか何か・・・・」
「そんなわけないだろ。一種の社交辞令だよ。」

 海里は納得したような表情を見せたが、警察官の中には、龍を尊敬以外の、羨望と嫉妬の眼差しで見つめる者もいた。その視線を見て、彼はただ優秀なだけではないと直感した。しかし口に出したところで、何も話してくれないと分かっていたため、それ以上は何も言わなかった。

 階段を上がると、何の変哲もない扉の前で、龍は足を止めた。部屋は大きいので、捜査本部として使われることがあるのだろうと海里は理解する。
 龍は2度扉をノックし、言った。

「東堂です。」
「入れ。」

 短い答えの後、龍は扉を開けた。広い部屋には、1人の男が立っていた。視線も体も、窓の外の景色に向いている。
 漆黒のスーツを着て、両手を後ろに回し、右手で左手首を掴んでいた。立派な体躯で、身長は龍より高い。灰色がかかった黒の短髪は、しっかり整えられていた。

「君が、江本君か。龍から話は聞いているよ。」

 男は、ゆっくりと振り返った。厳粛げんしゅくに見えた顔には、笑みが浮かんでいる。40代後半くらいで、顔には年齢相応のしわと、落ち着きがある。顔立ちが整っているので、余計にそう感じた。
 海里は深く頭を下げ、挨拶をする。

「初めまして。江本海里です。本日はお呼びだて頂き、ありがとうございます。」
「堅苦しい礼は不要だよ。呼び出したのはこちらだ。
 私は警視長の九重浩史ここのえひろふみ。数年前までは、久米浩史と名乗っていた。」
「久米・・・⁉︎」

 海里の言葉に、浩史は満足そうな笑みを浮かべた。

「理解が早いね。そう、君が白百合高等学校で出会った久米美希子は、私の実の娘だ。私は結婚後、職場でも妻の姓を名乗っていたから、本名に戻ったのは割と最近だな。今でも呼び間違えられることがあるよ。」

 浩史はふっと笑った。穏やかな口調に、海里への不信感は微塵も感じない。

「私をここに呼んだのは・・・・」
「ああ。その事実を知らせると共に、2年前、今回と同様の事件で命を落とした、1人の刑事の話をするためさ。」

 龍が2人から目を背けていた。浩史は彼を一瞥した後、ゆっくりと話を始めた。

「2年前の事件で亡くなったのは、1人の刑事だけだった。その刑事の名前は、杉並亮すぎなみりょう。捜査一課の新人刑事で、龍の直属の部下だったんだよ。」

 海里は息を呑んだ。浩史は落ち着いた口調で続ける。

「彼は明るく、優しく、努力を怠らない刑事だった。人を思い、人に思われる・・・・。
 捜査一課の誰もが、彼を可愛がっていたよ。私も、彼の人となりを素晴らしいと思っていた。いつか、刑事でいることに悩み、苦しむ時が来たとしても、そのままでいて欲しいと願った。彼は、将来必ず、警察の希望になってくれると信じて・・・・ね。」

 海里は聞くことが心苦しいと思いながらも、ゆっくりと口を開いた。

「・・・・なぜ、杉並さんは命を落としたのですか? 犯人は、虚仮威こけおどしのつもりでやっていたのでしょう。」
「他の事件はな。しかし杉並が殺害されたのは、偶然ではなく意図的だったと思っている。」
「なぜです?」

 海里の質問に、浩史は顔色を変えることなく答えた。

「だっておかしいだろう? それまで1人としてかすり傷さえ負わせなかったのに、その時だけヘッドショットだなんて。」

 重い言葉だった。海里は、今まで感じたことのない苦しさに、息が荒くなるのを感じた。すると、龍が言葉を引き継いだ。

「事件現場から引き上げるその時に、杉並は撃たれた・・・・即死だった。最期の言葉も残せなかった・・・・守れなかった。」

 後悔一色の言葉に、海里は俯いた。龍は続ける。

「正直、未だに犯人の意図は分からない。あいつが俺たちの目の前で撃たれて、呆気なく命を落としたこと、それだけが事実として残った。俺は“部下を死なせた男”、として、しばらく上から色々言われたよ。」

 龍は苦笑した。浩史は長い溜息をつく。

「少し感情的になってしまったが、私たちが君に望むのは、事件解決に力を貸して欲しいということだけだ。思うところはあるだろうが、よろしく頼むよ。」
                    
            ※

「湿っぽい話になって悪かったな。まあいつも通り、手伝ってくれ。」

 龍は普段の声音で言った。先ほど見せた後悔や悲しみは、微塵も感じられない。そんな態度を取られては、海里は頷くことしかできなかった。

「・・・・はい。あの・・・・」
「ん?」
「九重さんが苗字を戻したってことは、離婚された、ってことですよね。さっきお話ししただけでも、優しい方だと分かります。それなのに、どうして九重さんは・・・・」
「個人情報は漏らしたくねえな。」

 重なるように言った声は、明らかな拒絶だった。海里は少し考えた後、いつもの笑みを見せる。

「東堂さん。今から、先日の犯人がいたと思わしき場所に行きませんか? 犯人の足跡を辿らない限り、事件は進みませんので。」
「そうだな。」

 2人は龍の車に乗り、犯人がいたであろう高層ビルに行った。管理人に事情を話して鍵を借り、屋上へ入った。

「高いですね・・・・。ここから、犯人が発砲を・・・・」

 海里は、街を一望しながら呟いた。龍はフェンスも何もない屋上を見渡し、笑う。

「なるほどな。確かにこれは狙撃にぴったりだ。ただ、ここまでの距離となると、スコープ付きのスナイパーライフルじゃないと当たらない。拳銃じゃ長さが圧倒的に足りないし、狙いが定まらないだろう。」
「ええ。そして恐らく、犯人は2、3人います。」
「なぜそう思う?」
「あの時撃たれた銃弾の数も1つの根拠ですが・・・・もう1つはこれです。」

 そう言って、海里は側の泥汚れを示した。そこには、2つの靴跡がある。

「1人の男性が足を広げて座ったと考えても良いですが、靴の大きさと幅が違う。管理人の方が入ったということも可能性として当然ありますが、先ほど話をした際、事件現場当日からここには入っていないと仰っていましたから。」

 あまりにも早い問題解決に、龍はなぜか笑ってしまった。海里は別段、気にする様子もなく、言葉を続ける。

「ここで1つ問題があります。犯人は、一体どうやって屋上に入ったのか、ということです。」
「ああ。鍵の場所は管理人しか知らないし、警察を装っても鍵は必要だ。事件が起きた時だけここに立ち入った人物がいれば、間違いなく怪しまれるからな。」
「ええ。ですから、警察官を装って、とう線は消しましょう。ついでに、犯人が鍵を開けて屋上に入ったという可能性も消します。場所が分からないなら、合鍵も作れませんからね。」
「じゃあ何だ? この高層ビルを登ったってことか?」
「恐らく。」

 海里は突然きびすを返し、屋上の扉の奥へ足を運んだ。龍が後を追うと、海里は満足げな笑みを浮かべていた。

「当たりですね。ほら、見てください。ここ。」

 海里は側にあったフェンスを掴みながら屈み、屋上の床を指し示した。そこには、2つの穴が開いていた。海里は楽しそうに言葉を続ける。

「まるで忍者ですね。犯人は命綱として作ったロープに、自分の体を支えられるほどのフックを取り付けた。そして、下からそれを投げ、ここに嵌めた。穴は深いですから、念入りに登れるか確かめたということでしょう。」
「そして、問題がないと確かめた後、壁とロープを伝って登り、狙撃した。」  

 海里は深く頷いた。

「ただ、常識的に考えて地面から屋上までの距離のロープを用意するのは難しいでしょう。長すぎると、上手く引っかからない可能性も高い。
 では、人目に着くかもしれない場所で、なぜそんな危険を犯せたのか? 理由は簡単、犯人がこのビルの住人だからです。それも、ありったけの度胸と狙撃の腕を持った・・・ね。」

 冷たい風が吹いた。一息で話し終えた海里は息を吐き、扉の方へ戻った。

「この間の事件と似たような状況ですね。一先ず、容疑者はこのビルの住人全員。一応、管理人の方も含みましょう。ただ、1人1人調べるのには時間がかかりますから、ある程度の高さに住む住人から調べた方が早いと思います。」
「そうだな。始めるか。」
「はい。」

 2人は頷き合い、鍵を返してビルを出た。警視庁へ行き、捜査一課に再捜査を行うことを伝えるためだ。過去の事件を聞いた海里は、必ず解決しなければならないと、強く思っていた。


 だが、2人は知らなかった。この時、“第2の事件”の幕が、既に上がっていたことに。
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