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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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 そのタイミングで執務室の扉が再び誰かにノックされた。マテアスが扉を開けると、エッカルトがいつになく硬い表情で立っており、エラはここにいるかと問うてきた。

「わたしに何かご用でしょうか……?」
 扉の側にいたエラがエッカルトに歩み寄る。
「先ほどエデラー男爵夫人がお倒れになったとの至急の知らせが届きました」

 エデラー男爵夫人とはエラの母親のことだ。その言葉を聞いて、エラもリーゼロッテも青い顔になる。

「馬車を出す用意はすぐにできます。エラ様も出発のご準備をなさってください」

 エッカルトがそう言うと、エラは青い顔のままリーゼロッテをみやった。その視線を受けてリーゼロッテが隣に座るジークヴァルトへと視線を送る。

「ヴァルト様……」
「ああ、すぐに出るといい」
「お嬢様、申し訳ありません……」
「いいのよ、エラ。わたくしのことは心配いらないわ」
 
 エラの見送りについていこうとリーゼロッテは立ちあがろうとして、くらりとめまいをおこしそうになった。思わず隣のジークヴァルトの膝に手をついてしまう。

「お嬢様!」

 ジークヴァルトに支えられ再びソファに腰かけたリーゼロッテは、慌ててエラに向けて言った。

「大丈夫よ、少しだけ立ち眩みがしただけだから。ヴァルト様もいらっしゃるから、わたくしのことは気にせず、エラはお母様の元にすぐに向かってさしあげて」
「ですが……」
「エラ様、リーゼロッテ様はわたしどもが誠心誠意お仕えいたしますので、どうぞご安心なさってください」

 マテアスが安心させるように微笑むと、エラは何度も振り返りながらエッカルトに連れられて部屋を出ていった。

「エマニュエル様もエラ様をお見送りに行っていただけますか? その後、エマニュエル様は今日はそのままお休みになってください。それでよろしいですよね? 旦那様」

 エマニュエルの顔色がよくなってきたことを確認したマテアスは、ジークヴァルトに向かって言った。
 ジークヴァルトは「ああ」と返事をしてからリーゼロッテの頭をひとなですると、ソファから立ち上がり執務机へと向かった。そのまま仕事を再開し始める。

「エマ様、今日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「まあ、迷惑などと。わたしの不徳の致すところですわ」

 エマニュエルにそう言われ、リーゼロッテは増々すまなそうな顔をした。立ち上がってエマニュエルを見送ろうとしたリーゼロッテは、笑顔でそれを制される。

「リーゼロッテ様はもう少し休憩なさっていてください」
「では、わたしがそこまでお見送りいたしましょう」

 マテアスはエマニュエルを促し扉を開ける。

 その時、開いた扉の脇をするりと抜けて、ジークハルトが執務室の中に入ってきた。もちろんマテアス達にはその姿は見えていない。

 マテアスはすぐに戻るつもりだったので、扉は開けたままにして廊下へ出た。あるじとリーゼロッテを密室でふたりきりになどしてはなるものか。

 エマニュエルの背中を見送ったマテアスは、すぐさま踵を返して廊下から執務室に戻ろうとした。
 とそのとき、開いていた扉がマテアスの目の前でひとりでにぱたんと閉まった。

 驚いたマテアスは、慌ててドアに手をかけた。ノブを回すが、鍵がかけられているのか扉は開かない。

「え?ちょっと、何してるんですか? 旦那様!?」

 ノブはガチャガチャと耳障りな音を立てるだけでびくともしない。マテアスはドンドンと扉を叩いてジークヴァルトを呼んだ。

「旦那様!あなた何しちゃってるんですか? 今なら怒りませんから、素直にここを開けてください!」

 乱暴にドアを叩くが返答はない。無意識にポケットの中を探るが、扉の鍵は執務机の引き出しの中だ。

「くっそ」

 舌打ちと共にドアを蹴破ろうとマテアスが足を上げた瞬間、執務室の中の空気がぱんっとはじけた。少なくともマテアスにはそう感じられた。

「なっ!?」

 はじけた瞬間、執務室全体が何か大きな力に包まれた。それはジークヴァルトの力でもなく、リーゼロッテのものでもない――強大で圧倒的な力だった。

「一体何が起きているんだ……!?」

 自分ひとりで対処できる事態ではない。瞬時にそう判断し、青ざめた顔のままマテアスは急ぎエッカルトを呼びに執務室の前を後にした。
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