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第五章 天は我に味方せり

強制力と山田の思い

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 そして、場所は体育館。
 チケットのない未希は入り口で待機中。
 すでに中は薄暗くって、舞台裏からスモークがかれてる。さすが貴族の通う学園って感じだよね。無駄にお金がかかってるし。

 座席はぜんぶ自由席で、前の方はほとんど埋まってた。
 あ、後ろのあの席空いてるみたい。あそこなら目立たないし、出口にも近くてなかなかいいポジションそう。

「こちらのお席は空いていまして?」
「空いておりますゆえ、どうぞおかけくだされ。おや? あなたはいつぞやのお嬢さん」

 げっ、何気なく声かけたら保健医のヨボじいだった!
 存在自体忘れかけてたけど、ヨボじいも攻略対象なんだよね。聞いた手前、他に移動するのも失礼かな。

「まぁ、先生もいらしてたのですね」
「滅多にない機会ですからな。立場を使ってチケットを押さえましたのじゃ。なんとか譲ってくれないかと生徒たちにしつこく頼まれましてのぅ」

 かっかっか、と笑うヨボじい。
 こんなことになるならわたしも自分で取っとけばよかったな。山田からのチケットじゃなければ、土壇場で誰かに譲るって手も取れたのに。

「抽選に当たったお嬢さんは運がいいようですな」
「ハナコ・モッリですわ、先生。わたくしは招待されて観に来た口ですので」
「なんと、お嬢さんがかの有名なハナコ嬢でしたか。だとすればもっと前の席で見てはいかがかな? その方が招待ぬしもよろこぶじゃろうて」

 有名って、一体どんなふうに?
 まぁ、聞かなくってもだいたい予想はつくけどさ。ヨボじいの口ぶりだと、招待したのは山田だって気づいてそうだし。

「いえ、わたくしはここで十分ですわ。もう始まりそうですし、あまり目立ちたくはありませんの」
「かっかっか、それでは仕方がありませんな」

 王子も前途多難じゃのう、なんてつぶやきが聞こえてきたけど。前途多難なのはこっちだっつーの。
 学園でも外堀埋められてきてるみたいでオソロシすぎる。
 今日もみんなの前で山田にロックオンされたら面倒だし。終わったら見つかる前にソッコーで帰ろうっと。感想は後日ケンタ通じて伝えるってことで。

 開始のブザーが鳴って、照明が落とされた。ゆっくりと舞台の幕が開いていく。
 よかった、何事もなく始まって! これで代役なんて悪夢が起こることもなくなった。
 あとはキスイベントを見守るだけだし、もう楽勝って感じだよね。せっかくだから気楽に劇をたのしんじゃおうっと。

『むかしむかし、さむい真冬のことでした……』

 冒頭部分はナレーションに影絵って感じで始まった。
 この声はダンジュウロウだな。クソ真面目に童話を朗読してる絵面えづらを想像すると、なかなかシュールで笑えるんですけど。

 白雪姫を生んだお妃様が亡くなって、後妻のお妃様を迎えたところで影絵は終了。
 一度暗転した舞台に、スポットライトが当てられた。背中を向けたお妃様が大きな鏡の前に立っている。
 アレもダンジュウロウなんだよね。残念。女装をたのしみにしてたのに、背を向けたまま顔を見せないで乗り切るつもりみたい。

「鏡よ鏡、この国でいちばん美しいのは誰かをお言い」
『この国でいちばん美しいのは、お妃様、あなたです』

 両腕を大きく広げて、鏡に問うダンジュウロウお妃様。声はユイナの吹き替えっぽい。
 鏡の精は我らが健太。演出で鏡が魔力で輝くけど、ここは声だけの出演の模様。

 嘘をつかない鏡に同じ質問ことをたずねては、返って来る答えに満足してたお妃様。それが白雪姫が成長するにつれて……。

「鏡よ鏡、この国でいちばん美しいのは誰かをお言い」
『この国でいちばん美しいのは、白雪姫です、お妃様』

 舞台のはしに別のスポットライトがぱっと当たった。そこには白雪姫のユイナがいて。
 指にとまった小鳥と無邪気にたわむれる白雪姫。さすが腐ってもヒロインだな。観客席から感嘆のため息が漏れてるし。

 白雪姫の美しさに嫉妬したお妃様。背中だけでねたそねみを表現してるダンジュウロウ、まさに迫真の演技って感じ。

 そんな継母ママハハに命を狙われて、森の奥へと逃げた白雪姫は無事に小人の住処すみかへ。
 だいぶ端折はしょってるみたいだけど、人数限られてるからこんなもんか。

 ここで小人に扮した三角帽子の健太が登場。コミカルな動きに会場が笑いに包まれて。
 でも残りの小人六人を魔法で動かす様子に、みんな驚きで舞台にくぎ付けになってる。我が弟ながらスゴイって思っちゃう。

 健太の百分の一でもいいから、わたしにも魔力があったらなぁ。そしたら箱ごとティッシュを引き寄せることだって、余裕でできたかもしれないのに。

 それはさておき。
 小人たちと面白おかしく暮らす白雪姫と、白雪姫がまだ生きていることを知るお妃様。
 そんな場面が交互にライトアップされていく。舞台を半分に区切って、暗転した方の小道具を魔法で瞬時に移動させてるみたい。

 照明の演出とか、森の動物たちだとか。これ全部山田が魔法で担当してるって話。
 劇って言うより、もはやイリュージョンの世界だな。国内随一の優秀な魔力を、贅沢に無駄遣いしてるって言えなくもないけれど。

 あの手この手で白雪姫の命を狙うお妃様。毒入りリンゴを渡すシーンは、フード付きマントを目深まぶかにかぶってて。
 ダンジュウロウめ、どうあっても女装は拒否したんだな。なんだよ、もっとファンサービスしろって感じ。

 そして毒リンゴをかじった白雪姫は仮死状態に。それを死んでしまったと勘違いした小人たち。白雪姫はガラスのひつぎに大切に寝かされて。

 さて、いよいよ王子の登場だな。
 通りがかった王子が白雪姫の美しさに目を奪われて、キスしたら白雪姫が目覚めるんだっけか?

 ホントはグリム童話では棺を担いだ家来のひとりがけつまずいて、ノドからリンゴのかけらが飛び出すんだよね。

 でも観客はやっぱりキスシーンを期待してるみたい。
 お客さん、これからホンマモンのあっついラブちゅうがおがめまっせ。
 って、頭ん中でエセ関西弁を披露してるうちに舞台そでからマサトが登場。

「こちらです、王子」
「うむ、案内ご苦労」

 それだけでマサトは退場していった。
 やだ、セリフ本当にそんだけなの!?
 っていうか、村人A、別にいなくてもよかったんじゃ。

「おお、これはなんと美しい姫だろうか」

 山田は山田でセリフが棒読みだし。ダンジュウロウたちの迫真の演技がいっぺんで台無しになっちゃったよ。
 普段から王子してるから、衣装すら山田の普段着って感じでさ。
 相変わらずの瓶底眼鏡には、みんな疑問を持ったりしないのかな? 言ってもあの人相の悪さを舞台で披露はできないだろうけど。

 わたしの胸中をガン無視で、舞台はついにクライマックスへ。

「愛しい白雪姫。どうか目を覚まし、その瞳にわたしを映しておくれ」

 ユイナが眠る棺をのぞき込む山田。その瓶底眼鏡がどんどんユイナの顔に近づいて。

 観衆が固唾かたずを飲んで見守る中、山田の動きがガキンッって感じで不自然に止まった。
 なんだか見えない力にあらがっているふうなんですけど。

 お、いいぞ。キスのフリで済ますところを、ユイナが可愛すぎてマジキスしたくなってるんだな。
 ビバ、ゲームの強制力!
 そのままイベント通りにコトが運んでくれ!

 ん? なんだか山田、思いっきり歯を食いしばってるぞ? しかも棺のわくを掴んでる腕が、ブルブル震えて青筋まで立ててるし。
 キスしたいけど理性と戦ってるのかな?
 変に無理したりしないで、遠慮なくユイナにキスしちゃえばいいのに。ほら、観客席もおかしな空気になってるよ? 

「ハナコっ!!」
「は、ハイぃっ!」

 突然山田に叫ばれて、思わず返事をしちゃってた。
 ってか、なにが起きたのっ。いきなりわたしの席にスポットライトが当てられたんですけどっ。

「わたしはっ、ハナコ以外、認めない……っ!」

 意味不明なセリフとともに、山田はガバっと身を起こした。その勢いで舞台を飛び降りて、迷いなくこっちに歩み寄って来る。

(ななななにっ、なんなの、やまだっ)

 劇そっちのけの山田に、みんな唖然としてて。
 わたしも驚きすぎて、椅子が倒れんばかりに立ち上がる。そのときにはもう目の前に山田がいた。

「ハナコ、わたしにはお前だけだ」
「え……?」

 真剣な山田に戸惑うしかない。
 どうしていいか分からなくて目を泳がせたとき。
 山田に唇を奪われた。

 一瞬何が起きたのかが分からなくって。
 近すぎてぼやけて見える山田の顔。頬に当たる冷たいレンズ。
 逃げられないよう、山田の手が後頭部を強く押さえこんでくる。

 それだけじゃない。腰に回された腕も、押し付けられた唇も。
 何もかもが乱暴で、こんな山田、わたし知らない。

「いや……っ!」

 バチンと乾いた音が天井高い体育館に響いた。
 山田は王子でわたしは公爵令嬢で。そんな置かれた立場とかぜんぶ真っ白になって、気づけばこの手で山田の顔を叩いてた。

「ハナコ……」

 頬を押さえ呆然とたたずむ山田を置いて、わたしは外へ飛び出した。
 山田が呼ぶ声とか観客のざわつきだとか。後ろから聞こえたけど、みんな無視して闇雲に走り続けた。

 なんなの、なんなの、なんなの。

 何も考えられない。どうしてあんな。そんな言葉と一緒に、山田にキスされた場面が何度も何度も頭ん中で繰り返される。

 人のいない廊下の先、目の前にいきなり山田が転移魔法で現れた。
 止まりたくっても急には無理で。ぶつかるようにその胸に飛び込んだ。

「違うんだ、ハナコ! これには訳があって……!」
「いやっやめて、離してっ!」

 つかまれた腕を全力で振りほどく。山田から離れたくて、対峙たいじしたままあとずさった。

「これはいけませんのぅ」

 誰かの手が肩に乗せられて、やさしく後ろに引き寄せられた。
 振り向くとそこにいたのはヨボじいで。

「先生……」
「ここはわしにお任せなされ」

 茶目っけたっぷりにウィンクされる。
 上手く返事もできないまま、涙が頬を滑り落ちた。
 わたしを後ろ手にかばうと、ヨボじいは山田に冷たい視線を向ける。

「シュン王子よ。王子はおのれの正義のためならば、他者を傷つけることをも良しとなさるのか」

 厳しい声音に、山田が言葉を詰まらせてる。
 青ざめてわたしの顔を見てきたけど、ヨボじいの後ろに隠れるようにしてさっと視線をそらしてしまった。

「王子は少し頭を冷やしなされ」

 それだけ言い残し、ヨボじいは転移魔法でこの場からわたしを連れ去った。
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