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第二章
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涙を流す月子が可憐で、源治はたまらなくなった。
「許してください」
手と唇で触れていた月子に、憤るように猛々しくなった己を擬す。引き寄せて、華奢な身体を貫いた。
「……っ!」
喉を詰まらせたような月子の声が湧く。苦悶を滲ませる顔を抱え込んで、源治は月子の身体を覆う。愉悦が、月子に包まれている部分から湧き上がってくる。頬が緩んだ。嘆息が濡れた。
身体を引く。その源治を逃すまいとするように月子がきつく纏いつく。吸い込まれるように、再び彼女の中に没する。熱く抱きしめられたような心地がした。
堪えきれずに源治は喘ぐ。
気持ちが良い、と感じることが罪深いように思えてならない。それでもかつて知らぬほどに身体が酔う。
切れ切れな月子の吐息に細い音色が混じる。忙しない拍動は、月子を穿つ源治の動作に同調していた。
月子が源治の眼下で身を捩り、肩を浮かせて背を反らす。
身悶える体の脇に手を置いて、それを支柱にして源治は月子を往来している。薄い褥を蹴りつけて足掻き、熱い坩堝に己を叩き込む。浅く、時に深く。
慎みも遠慮も労わりも、いつしか源治の脳裏から消えうせた。
退くときの抵抗と、奥深く吸い付くような感触と、その動作のたびに身体の下で沸き上がる音色。それを追い求めることに酔いしれた。
忘我の中で呼気を荒げた源治の腕を、すすり泣きながら月子が掴む。
華奢な肢体を弾き飛ばすように強く突き上げられて、月子は覚えず握った彼の腕をその爪で傷つけた。
月子は、源治の動作に、眉をひそめて首筋を左右に反らす。とうに髷が解けて崩れた髪が褥の上でのたうった。
痛みを堪えるように、端正な顔を歪ませる表情が、艶かしい。愛おしい。狂おしく恋しい。
「月子……!」
辛いはずだ、と微かな理性が源治に告げる。
女としてまだ未熟なか細い身体は、交わることにまだ苦痛が有るだろう。哀れだと心は感じる。
しかし源治の男は心を裏切る。愛しいと感じた月子の女を苛烈に求めてしまう。
華奢な肢体を労わる余裕もなく、粗暴に開いて己を杭のように打ち込んだ。
更なる深みを追い、腕を絡めて引き起こし、月子を腿の上に乗せ、彼女自身の重みで深く含ませた。
眉を苦悩に染めて弓なりに背を反らせた月子を捕らえ、引き寄せながらその青白い胸の膨らみを唇の中に収める。白桃のような月子の臀部に源治の浅黒い指が食い込んだ。掴んで、縦横に揺さぶった。
身体の中を巡り、暴れながら満ち引きを繰り返す源治に月子は翻弄された。
引き出された感官への過剰すぎる刺激が、苦悩なのか悦楽なのかわからないまま、ただ彼が触れているところから沸き上がる波浪に冒されて、絶え間なく小刻みな声で啼いた。
胸が痛いほどに呼吸が速い。源治の肩を掴んで二度ほど顎を跳ね上げた。瞬時、白い闇が月子の意識を弾けるように支配した。
「……許してくれ」
求めてしまうことを。そんな源治の言葉に、月子は首を横に振る。
「謝らないで……」
頼りなく震える手が、源治に伸びる。
月子から伸ばされるその手を、わずかな逡巡の後にまた源治は引き寄せる。月子、と呼びながら引き寄せては後悔し、後悔しながら月子の中に己を沈めて溺れこんだ。
夜半に強まった風の音が、嘲笑に聞こえてくる。
哀れだと、愚かだと、山の上を過ぎ、町の隙間を通り過ぎて、障子を軋ませながら暗い部屋まで入り込んで、夜着の中、月子を抱えてまどろむ源治の耳に滑り込んだ。
行かなければならない。
夜が明けて、朝が来た。
源治は、この日はもう江戸に発たねばならない日であった。
左腕の上に月子の頭がある。目を閉じて、まだ眠っている。
山奥の村からそのために出てきた女たちは、数日、城下に留まって身を売るのだと聴いた。月子は、あと何日、留まらなければならないのか。
(もし……)
もし、ではない。月子が自ら城下を去らない限りは、ほとんど確実に、この夜には源治ではない誰かが、月子の可憐な肢体を汚すだろう。腹の底が煮えるように熱い。源治は、苛立ちと、憤りで火を噴きそうな気分になっている。
月子は城下に来たのは初めてだ。一人で、家まで帰ることは普通に考えれば難しいだろう。恐らく、一連の仲間達が買える時にならなければ月子はこのまま此処に留まることだろう。
つまりは、そういうことになる。その推測が源治の胸を噛む。
月子を連れて去りたい。江戸でなくても良い。何もかも捨てて、連れ去ってしまいたい。此処ではないどこかに月子を連れて去りたい。
だが源治は、月子と共に寄り添い暮らすことなど考えない。
源治の胸の奥には、かつて妻と呼んだ女が、彼からの離縁状を喜んで受け取って別の男と去った出来事が、消えることなく刻み付けられている。
一回りよりも若く美しく気立ても良い月子に、そんな自分が相応しい男だなどとは、源治には到底考えられない。
どこでもいい。誰でもいい。
どこか別の場所で、月子が、身を売ることなど考えず、いつか年頃も同じような気の良い青年と連れ添って幸せになればいい。寄り添って何十年かを過ごし、共に子供を育てて共に年齢を重ねて、孫を愛でるような当たり前の幸せを、月子には手に入れて欲しい。
誰も、月子を傷つけず、汚すことも無く、彼女が安楽に幸せを求めて居られる土地に連れて行きたい。
源治は、それがいいと思った。
まだ十六歳ではないか。夢を見ていていい年頃ではないか。
どうして自らの幸せを掴もうとするより先に、身体を傷つけてまで家族を守らなければならないようなことになってしまったのか。
逃げて良い。そんな辛い目にあうなら、一人でどこかへ行ってしまえば良い。それを誰が許さないといえるだろう。
馬鹿なことを考えていると、源治はもうわかっている。
月子は逃げない。
そういう娘だろう。
いずれ誰かに身体をそうされるなら、初めては貴方が良い。
教えて、男の人のすることを……。
月子はそう言った。
まだ、甘えて頼りない態度をとっても許される年頃であるのに、月子は果敢に困難に立ち向かおうとしている。闇雲に助けを求めて手を伸ばすのではなく、まず自らの力で出来ることを為そうとしている。
自らを嘆いてはいない。逃げてはいない。汚れ、傷つくことへの恐れに沈んではいない。
月子の閉じた目蓋の上に、眦の上がった、凛とした眼差しを思い出す。繊細な輪郭で、美しく整って愛らしい目鼻立ちの中で、水を張ったような瞳が挑むように強い。
連れて逃げたいと源治が言っても、月子は頷かないだろう。二夜のあいだ、あの月子の瞳を何度も見つめた源治には、そんなことがわかる。
だからこそ……。
目は覚めているが、源治は動かない。月子が枕にしている左の上膊が少し痺れている。明るくなる暁光の中で、月子の静かな寝息を乱すまいと身じろぎを控えた。
障子が少し裂けているのか、強い光が細く月子の額を照らす。白皙の額がまばゆい輝きを帯びているように見える。
そんな寝顔を、源治はただ見つめている。
目覚めなくて良い。
まだ、眠っていれば良い。
まだ月子に朝は来ない。立ち上がって戦わなければならない朝は、まだ来ない。
あの朝のことを、忘れえませぬ。幾年(いくとせ)、過ぎましても……。
秋の虫の声。やかましいほどに鳴る。
渡し場に近い宿場である。
大きな川からのひんやりした風を開けた窓から受けながら、淡い月の光で褥の女が身を起こす。
忘れえぬのは、こちらもおなじことだ。
男は静かに、未だうす雲のかかる月を見上げる。
川口の宿の、駒屋という宿のその窓辺。
「雲が多いな……」
そんな呟きがもれた。
あの夜にも似た、おぼろ月がその周辺の薄い雲を白く淡淡と照らす。
相変わらず、地上の者達の小さな営みの痛みを知らぬげな、美しい空の光景だった。
「許してください」
手と唇で触れていた月子に、憤るように猛々しくなった己を擬す。引き寄せて、華奢な身体を貫いた。
「……っ!」
喉を詰まらせたような月子の声が湧く。苦悶を滲ませる顔を抱え込んで、源治は月子の身体を覆う。愉悦が、月子に包まれている部分から湧き上がってくる。頬が緩んだ。嘆息が濡れた。
身体を引く。その源治を逃すまいとするように月子がきつく纏いつく。吸い込まれるように、再び彼女の中に没する。熱く抱きしめられたような心地がした。
堪えきれずに源治は喘ぐ。
気持ちが良い、と感じることが罪深いように思えてならない。それでもかつて知らぬほどに身体が酔う。
切れ切れな月子の吐息に細い音色が混じる。忙しない拍動は、月子を穿つ源治の動作に同調していた。
月子が源治の眼下で身を捩り、肩を浮かせて背を反らす。
身悶える体の脇に手を置いて、それを支柱にして源治は月子を往来している。薄い褥を蹴りつけて足掻き、熱い坩堝に己を叩き込む。浅く、時に深く。
慎みも遠慮も労わりも、いつしか源治の脳裏から消えうせた。
退くときの抵抗と、奥深く吸い付くような感触と、その動作のたびに身体の下で沸き上がる音色。それを追い求めることに酔いしれた。
忘我の中で呼気を荒げた源治の腕を、すすり泣きながら月子が掴む。
華奢な肢体を弾き飛ばすように強く突き上げられて、月子は覚えず握った彼の腕をその爪で傷つけた。
月子は、源治の動作に、眉をひそめて首筋を左右に反らす。とうに髷が解けて崩れた髪が褥の上でのたうった。
痛みを堪えるように、端正な顔を歪ませる表情が、艶かしい。愛おしい。狂おしく恋しい。
「月子……!」
辛いはずだ、と微かな理性が源治に告げる。
女としてまだ未熟なか細い身体は、交わることにまだ苦痛が有るだろう。哀れだと心は感じる。
しかし源治の男は心を裏切る。愛しいと感じた月子の女を苛烈に求めてしまう。
華奢な肢体を労わる余裕もなく、粗暴に開いて己を杭のように打ち込んだ。
更なる深みを追い、腕を絡めて引き起こし、月子を腿の上に乗せ、彼女自身の重みで深く含ませた。
眉を苦悩に染めて弓なりに背を反らせた月子を捕らえ、引き寄せながらその青白い胸の膨らみを唇の中に収める。白桃のような月子の臀部に源治の浅黒い指が食い込んだ。掴んで、縦横に揺さぶった。
身体の中を巡り、暴れながら満ち引きを繰り返す源治に月子は翻弄された。
引き出された感官への過剰すぎる刺激が、苦悩なのか悦楽なのかわからないまま、ただ彼が触れているところから沸き上がる波浪に冒されて、絶え間なく小刻みな声で啼いた。
胸が痛いほどに呼吸が速い。源治の肩を掴んで二度ほど顎を跳ね上げた。瞬時、白い闇が月子の意識を弾けるように支配した。
「……許してくれ」
求めてしまうことを。そんな源治の言葉に、月子は首を横に振る。
「謝らないで……」
頼りなく震える手が、源治に伸びる。
月子から伸ばされるその手を、わずかな逡巡の後にまた源治は引き寄せる。月子、と呼びながら引き寄せては後悔し、後悔しながら月子の中に己を沈めて溺れこんだ。
夜半に強まった風の音が、嘲笑に聞こえてくる。
哀れだと、愚かだと、山の上を過ぎ、町の隙間を通り過ぎて、障子を軋ませながら暗い部屋まで入り込んで、夜着の中、月子を抱えてまどろむ源治の耳に滑り込んだ。
行かなければならない。
夜が明けて、朝が来た。
源治は、この日はもう江戸に発たねばならない日であった。
左腕の上に月子の頭がある。目を閉じて、まだ眠っている。
山奥の村からそのために出てきた女たちは、数日、城下に留まって身を売るのだと聴いた。月子は、あと何日、留まらなければならないのか。
(もし……)
もし、ではない。月子が自ら城下を去らない限りは、ほとんど確実に、この夜には源治ではない誰かが、月子の可憐な肢体を汚すだろう。腹の底が煮えるように熱い。源治は、苛立ちと、憤りで火を噴きそうな気分になっている。
月子は城下に来たのは初めてだ。一人で、家まで帰ることは普通に考えれば難しいだろう。恐らく、一連の仲間達が買える時にならなければ月子はこのまま此処に留まることだろう。
つまりは、そういうことになる。その推測が源治の胸を噛む。
月子を連れて去りたい。江戸でなくても良い。何もかも捨てて、連れ去ってしまいたい。此処ではないどこかに月子を連れて去りたい。
だが源治は、月子と共に寄り添い暮らすことなど考えない。
源治の胸の奥には、かつて妻と呼んだ女が、彼からの離縁状を喜んで受け取って別の男と去った出来事が、消えることなく刻み付けられている。
一回りよりも若く美しく気立ても良い月子に、そんな自分が相応しい男だなどとは、源治には到底考えられない。
どこでもいい。誰でもいい。
どこか別の場所で、月子が、身を売ることなど考えず、いつか年頃も同じような気の良い青年と連れ添って幸せになればいい。寄り添って何十年かを過ごし、共に子供を育てて共に年齢を重ねて、孫を愛でるような当たり前の幸せを、月子には手に入れて欲しい。
誰も、月子を傷つけず、汚すことも無く、彼女が安楽に幸せを求めて居られる土地に連れて行きたい。
源治は、それがいいと思った。
まだ十六歳ではないか。夢を見ていていい年頃ではないか。
どうして自らの幸せを掴もうとするより先に、身体を傷つけてまで家族を守らなければならないようなことになってしまったのか。
逃げて良い。そんな辛い目にあうなら、一人でどこかへ行ってしまえば良い。それを誰が許さないといえるだろう。
馬鹿なことを考えていると、源治はもうわかっている。
月子は逃げない。
そういう娘だろう。
いずれ誰かに身体をそうされるなら、初めては貴方が良い。
教えて、男の人のすることを……。
月子はそう言った。
まだ、甘えて頼りない態度をとっても許される年頃であるのに、月子は果敢に困難に立ち向かおうとしている。闇雲に助けを求めて手を伸ばすのではなく、まず自らの力で出来ることを為そうとしている。
自らを嘆いてはいない。逃げてはいない。汚れ、傷つくことへの恐れに沈んではいない。
月子の閉じた目蓋の上に、眦の上がった、凛とした眼差しを思い出す。繊細な輪郭で、美しく整って愛らしい目鼻立ちの中で、水を張ったような瞳が挑むように強い。
連れて逃げたいと源治が言っても、月子は頷かないだろう。二夜のあいだ、あの月子の瞳を何度も見つめた源治には、そんなことがわかる。
だからこそ……。
目は覚めているが、源治は動かない。月子が枕にしている左の上膊が少し痺れている。明るくなる暁光の中で、月子の静かな寝息を乱すまいと身じろぎを控えた。
障子が少し裂けているのか、強い光が細く月子の額を照らす。白皙の額がまばゆい輝きを帯びているように見える。
そんな寝顔を、源治はただ見つめている。
目覚めなくて良い。
まだ、眠っていれば良い。
まだ月子に朝は来ない。立ち上がって戦わなければならない朝は、まだ来ない。
あの朝のことを、忘れえませぬ。幾年(いくとせ)、過ぎましても……。
秋の虫の声。やかましいほどに鳴る。
渡し場に近い宿場である。
大きな川からのひんやりした風を開けた窓から受けながら、淡い月の光で褥の女が身を起こす。
忘れえぬのは、こちらもおなじことだ。
男は静かに、未だうす雲のかかる月を見上げる。
川口の宿の、駒屋という宿のその窓辺。
「雲が多いな……」
そんな呟きがもれた。
あの夜にも似た、おぼろ月がその周辺の薄い雲を白く淡淡と照らす。
相変わらず、地上の者達の小さな営みの痛みを知らぬげな、美しい空の光景だった。
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