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エピローグ③/月明かりの下で

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 イザヴェルの町はずれに、大きな牧場があった。
 もふもふした羊が牧場内でのんびり昼寝をし、羊飼いの老人が汗を流しながら柵の修理をしていた。
 老人ことウォーケンは、汗を拭う。

「ふぅ……」

 引退。
 町の住人は、皆が口をそろえて言う。
 だが、ここの羊毛は質がいいと町で評判だし、アースガルズ王国でも人気となっている。さらに、羊だけでなくヤギも飼い始め、その乳から造ったミルクやバター、チーズなどの乳製品も流行していた。
 商売の幅を広げたおかげで金はある。だが、人手が足りなかった。
 ぶっきらぼう、悪人顔ということもあり、人を雇ってもすぐにやめてしまう。人気商品ばかりなのに常に品薄という現状だった。
 それに、ウォーケンはもう七十を超えている。
 息子はアースガルズ王国で働き、娘は嫁いでしまった。ここ十年以上、顔も見ていない。というか……息子とは喧嘩別れのような形で別れたのだ。孫の顔すら見ていない。
 ウォーケンは汗を拭い、壊れた柵へ向かう───すると。

「ヘタクソ」
「なぬ!?……おぉ!? お前か!!」
「生きてたか。てっきりくたばったのかと思ったぜ」

 テンガロンハットをかぶり、嫌味を言いつつもどこか楽しそうな少年……いや、青年がいた。
 名前はキッド。ウォーケンを恐れることなく、こうまでズケズケと物を言える青年はいない。
 まるで、息子の帰還のようにウォーケンは喜んでいた。

「はっはっは!! なんだ、デカい仕事は終わったのか?」
「まぁな。休暇なんで来てやったぜ……ったく、柵も満足に直せねぇのかよ。よこせ」
「む、老いぼれ扱いするな。わしはまだ若いぞ!!」
「干したゴボウみてぇな腕で何言ってやがる。それより、気になるところあったら言え。さっさと終わらせるぞ」
「お、おう。っと……それより」

 ウォーケンは、キッドの後ろにいた集団を見た。
 女子が六名、男子が一名、そして小さなトラとナマケモノという、よくわからない集団だった。
 キッドは適当に視線を投げ、言う。

「男はオレの手伝い。女は雑用にでも使ってくれ。ジジィの一人暮らしだ。洗いモンとかあるだろ」
「「「「「適当すぎ!!」」」」」

 集団が同時に吠えた。
 すると、集団の一人ことアルベロが言う。

「キッドが『世話になったジジィのところに行く』なんて言うから全員で来たのに……あ、遅れて申し訳ありません。自分、アルベロと申します。キッドとはその、同級生で」
「同級生……おお、そういやお前さん、学生だったの。友達連れで来たのか」
「ダチねぇ……そんなんじゃっぶへ!?」

 すると、キッドはリデルに頭をブッ叩かれた。
 いきなりのことでウォーケンは驚き、キッドも頭を押さえ苦痛に耐える。

「まったく失礼なヤツでごめんなさい!! あの、ここは牧場ですよね? キッドが卒業したらここで働くそうなので、みんなでご挨拶をと」
「おい、なんで全員で挨拶なんだよ。つーか勝手に付いてきただけだろうが」
「うるさい!! あの、ウォーケンさんですよね? アタシたちに何かできることがあれば」
「お、おお……お嬢ちゃん、すごいのぉ」

 ウォーケンは、頭を下げるリデルにただ恐縮した。
 そんな様子を見ていたシン・アースガルズ・・・・・・・・・が、アルベロの袖を引っ張る。

「リデルのやつ、すっかりキッドの嫁になってるねー」
「ま、みんなそう思ってるよ」
「ふふ。あたしも早く結婚したいな。アルベロ」
「……まぁ、卒業してからな」

 シンは、アルベロの腕に抱き着き、いたずらっぽく微笑んだ。

 ◇◇◇◇◇◇

 シンは、アルベロに敗北した後、秘密裏にイザヴェル領地に運ばれた。
 運んだのはバーソロミューとユイシス。ヨルハを説得し、公式では『アルベロが討伐、死体すら残らなかった』と発表。死んだことになっている。

 今は、全ての力を失った少女でしかない。『クイーン・オブ・ハート』は力そのものが消滅したため、『我儘な女王ローズハート』はおろか、左腕を変身させることもできない。 
 しばらくは大人しくしていたが、今はバーソロミューの補佐としてイザヴェル領地運営に関わっている。さらに、『アルベロに責任を取ってもらう』ことをどう解釈したのか、アルベロと結婚する気満々だった。
 アルベロも、クイーンに『よろしくね』なんて言われた以上、無下にはできない。
 ラピスとアーシェと婚約、ヨルハと子を設ける約束をしていることを知ると『じゃあ四人目でいい。あたしも子供欲しい』なんて言うのだ。
 アルベロは、キッドと一緒に牧場の柵を修理しながら言う。

「はぁ~……シンのやつ、昨日は裸でベッドにもぐりこんでくるし、アーシェがいなかったらいろいろヤバかったぞ」
「で、手ぇ出したのか?」
「やってないし。アーシェがシンをブッ叩いて連れてった。まぁ、いろいろあったけど、アーシェたちとも仲良くやってるのはいいことだと思う」

 カンカンと、金づちで釘を刺していく。
 遠くを見ると、ウォーケンが羊たちを放牧していた。

「お前、羊飼いになるのか?」
「ああ」
「リデルは?」
「……さーな」
「さっさと告白すればいいのにってぉぉ!?」

 金槌が飛んで来たので、慌てて巨大化させた右手で防御する。
 アルベロの右手は問題なく使用できるし、能力も残っている。だが、温かく感じていたモグのぬくもりだけはすっかり消えていた。

「オレよりお前だろ。三人の嫁に愛人一人囲うお前に言われたくねぇ」
「あ、愛人って、ヨルハはそんなんじゃ」
「ま、好きにしな」

 キッドは、ウォーケンが住む本宅とは別の、離れを見た。
 今頃、女性陣が徹底的に掃除をしているだろう。
 キッドの眼は、洗濯ものを干すリデルに向けられていた。

「…………チッ」

 いつの間にか、欲しくなっていた。

 ◇◇◇◇◇◇

 その日の夜。
 ウォーケンの本宅で豪華な夕食を食べた。
 このまま帰るつもりだったが、ウォーケンが離れを使えと言うのでお泊りすることに。女性陣は離れに泊まり、キッドとアルベロはウォーケンの家に泊まることにした。
 ウォーケンの秘蔵酒で盛り上がると、アルベロは酔い潰れウォーケンもグースカ寝てしまった。
 キッドは、二人に毛布をかけて外へ。

「……ふぅ」

 空は、満天の星空。
 冷たい空気が心地よく、深呼吸すると身体中に空気が染みこんでいく。
 少し、散歩をしようと牧場内を歩くと……。

「あ、キッド」
「お前か……」

 リデルがいた。
 薄手のワンピースだけ着ている。
 少しだけ震えたのを見たキッドは、自分の上着をかけてやる。

「お、優しいね」
「フン……で、何してんだ?」
「んー……星を見に。みんなは酔い潰れちゃってさ」
「こっちもだ。あの馬鹿、度数の高いスコッチを一気飲みしやがった」
「ふふ、こっちも同じ。アーシェがワイン一気飲みしてさ」

 自然な会話だった。
 それがとても心地よい。
 キッドは、リデルの顔を見る。

「……な、なに?」
「いや。ところでお前、これからどうすんだ?」
「え?」
「デザイナー、なるんだろ? 学園はあと一年で卒業だ。その後、どうするんだ?」
「……いちおう、このイザヴェルのデザイナーさんのところに弟子入りするつもり」
「そうかい。ま、金はあるし楽にやれそうだ」
「あー……お金、ない」
「……は? 報奨金もらったじゃねぇか」

 魔帝大戦の功労者には、多額の報奨金が支払われた。
 それこそ、一生遊んでくらせるような。

「寄付しちゃった。アースガルズ王国中の施設とか教会に……その、アタシが持ってても使い道ないしね」
「……はっ」
「だ、だから! イチからやるの。卒業したら、イザヴェルに来て、住むところ探して、お仕事して……」
「…………だろ」
「え?」

 キッドはそっぽ向き、小声で何かを呟く。
 聞こえなかったのか、リデルは確認するように聞く。
 だが……キッドは帽子をかぶり直し、さらに小さく呟いた。

「…………住むところなら、あるだろ」

 小声だったが、リデルは確かに聞いた。
 それから三十秒ほど沈黙───……その『意味』が、なんとなくわかってしまった。そして、リデルは赤面し……キッドを見る。
 キッドは、小さく呼吸を整えた。

「卒業したら、ここに住め」
「そ、それって……」
「この離れ、オレが住むことになってる……オレは卒業したら、羊飼いとしてウォーケンの後を継ぐ。離れ、お前が使いやすいように改築してもいい。ここで店を出すのもいいかもな」
「…………な、なにそれ。あ、あはは、そ、それじゃあまるで、プロ」
「リデル」
「は、はいっ」

 キッドは、リデルと正面から向き合った。

「あまり真面目なのはオレらしくねぇから、一度だけ……オレの傍にいろ」
「……は、はぃ」
「───……」
「ぁ……」

 月明かりの下、二人の姿が重なった。

 ◇◇◇◇◇◇

「ま、マジかよ……」

 トイレに起きたアルベロは、見てしまった。
 かなり離れていたし、月明かりしかなかった。でも、圧倒的な視力を持つアルベロは見た。
 キッドとリデル……どうやら、想いが通じ合ったようだ。

「…………おめでとう、二人とも」

 何も見なかったことにして、アルベロは家に戻った。
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