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第2章

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検問所からこっち、牧歌的な景色が続く中でシンはうとうとしているチュウに肩を貸してやっていた。
シンの肩に凭れて暫く、すやすやと微かな寝息をたて始めたチュウに優しい笑みを向け、ガーガーとイビキをかくウィキに目を向けた。
一番近くの街までは後半日馬車で走らなくてはならないらしい。

しかし、馬車とはこのように乗り心地の悪いものなのかと痛む尻と腰にうんざりする。
いくら豪商カーン家とはいえ、さすがに馬車にサスペンションは搭載されていないのだ。
勿論タイヤが木ではなくゴムになった事は素晴らしいが、それだけでは中の衝撃は緩和出来ないのも事実。この世界にゴムの木があっただけでも僥倖ではあるが、それ以上を求めてしまうのは、シンが“知っている”からだろう。

例えば、この馬車のタイヤは白色だ。
分かるだろうか。白色のタイヤはゴムそのものの色。このままでは耐久性に劣り何度もタイヤを取り替えなくてはならなくなる。現にここまでの道程で2度タイヤを交換している。
シンの前世は車のタイヤは黒であった。あれはゴムに炭の成分を混ぜ耐久性を上げているのだ。

しかしこの知識を伝えるには、カーン家の人々はあまりにも勘が鋭かった。
前世の記憶がある事を気取られるわけにはいかないのだ。
せっかく死亡フラグを無くす事に成功したのに、今度は監禁フラグが立ってしまうではないか。
カーンの人々ならすぐ炭を混ぜる位思い付きそうだと口をつぐんだシンは悪くないだろう。

治療魔法を自身とチュウ達にかけてあげながら窓の外に目をやるが、やはり景色は一向に代わり映えしない。その事にため息を吐きこれからの事に思いを馳せた。

ウィキとチュウを巻き込んでしまったが、これで良かったのだろうか、と。
まだ年若い二人を見つめ考えていれば、ウィキのイビキがいつの間にか止んでいた事に気付く。

「…俺もチュウもお前に付いてきたこと、後悔してねぇからな」

突然の事に虚をつかれたシンは瞳を瞬きウィキを見た。

「何だいきなり」
「別に…あ、尻が痛くねぇ。回復魔法かけてくれたの? あんがとよ」

ぶっきらぼうにお礼を言うウィキにやけに素直じゃないかとおかしくなる。

「フフッ 素直なお前は何だか可愛いな」

バッカ! 可愛いのはお前だよ!! と言えず悶えるウィキを不思議そうに見ながら、また窓の外に目を遣った。

「…俺は本当に、ノワール国を出られたんだな…」
「お前さ、ノワール国に居たくなかったの? そりゃ王太子だとけ、け、け…っこん……傍に、居られねぇから国を出るのは賛成だけどよぉ」

チラチラとうかがってくるウィキにシンはまた瞳を瞬いた。

「俺は…ノワールが嫌だったわけじゃねぇ。ただ…」

死亡フラグの回収の為にノワール国を出たかったとは言えないシンはそこで逡巡してしまった。
ウィキはその姿に、何か深い理由があり自分には言えないのだと悲しくなる。しかしいつかは教えてくれるような男になるのだと決意したのだ。

「なぁシン。俺はお前が頼りにしてくれるような男になるから、その時は…」
「? お前は今でも十分頼りになってるよ」

シンの言葉にウィキの頭の中は一気に花畑化した。

「シンっ俺、お前を…「ふぁ~よく寝たぁー。あ、身体が楽になってる。シンが回復魔法かけてくれたのね!」」

良い雰囲気の時に目を覚ましたチュウは、ウィキの話を遮ってシンに抱き付いた。ありがとうシン! 大好きよ、と。
さすがのウィキもこれには殺意が沸いたわけで、お前いい加減にしろよ!? と大騒ぎし出す始末であった。
シンはそれにいつもの事だと苦笑いし、ウィキがチュウに口で負かされるまで放置したのである。



さて、そんな賑やかな馬車でやって来た初の街は“スマックコール”といった。
ノワール国の王都から離れた小さな街と比べてもさらに小さい街で、活気はあまりないように思えた。
道は舗装されておらず馬車が通れば土埃が舞い、皆それが当然のように歩いている。
ノワール国は国政ですでに街と名が付く所はどんなに小さな所でも石畳やコンクリートに似たようなもので舗装されている。相当田舎の村に行かない限りは土が剥き出しというような事はないだろう。
勿論公園や各家の庭等は植物を植える為に土の地面ではあるので緑溢れる街並みなのだが。

「ケホッコホッ…すごい土煙ね…」

馬車を降りると、丁度その横を馬が通り過ぎて行き土埃を巻き上げた。
チュウはそれを吸い込んでしまい咳き込んだのだ。

「チュウ、顔に布をあててろ」

気管が弱ってはいけないので、シンはマスクの要領でチュウの顔に布を被せてやる。ウィキはそれを見て唇を尖らせた。

「ここで馬車ともお別れだし、さっさと宿を探そうぜ」

ウィキの言葉に頷き、御者にお礼を行って別れると早速3人は今日泊まる為の宿を探しに街へと繰り出したのだ。
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