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第2章

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ヒルデン公国の関所はノワール国の城のような建物とは違い、検問の為のゲートと、詰所のような小さな建物があるだけの簡素なものであった。

公国という位だからと、もっとゴテゴテしたものを想像していたシンだったが呆気に取られてしまう。

「何だか意外だな…」
「そうか? ま、ノワールと違って豊かな国じゃねぇしな」

たしかに地理学を学んだ時、今のノワール国と違い他国は発展していない印象を受けていたが実際来てみて、まだ関所だというのにもかかわらず実感したシンはウィキの言葉に素直に頷いた。

「この馬車とも街に入ったらお別れなんだから、俺から離れるなよ。お前ら旅慣れしてないし危ねぇから。特にシン」

ウィキにそう言われてムッとしたが、確かに旅慣れどころか家の外にすらあまり出た事のないシンだ。
前世の記憶があるとはいえ、ここは異世界。何が起こるか分からないのもまた事実である。

「…分かった」
「シン、街に入ったら私と手を繋ぎましょう」

男のシンにも不安があるのに箱入りお嬢様のチュウが不安でないはずがないのだ。
チュウに手を繋ごうと言われてシンはすぐに頷いた。
知らない街ではぐれない為である。しかしそれに納得しない男がいた。

「はぁ!? 何で手を繋ぐとか言ってんのぉ!? それなら俺だってシンと手ぇ繋ぐしぃ!!」

ウィキだ。
いくらチュウといえども自分以外が愛するシンと手を繋ぐなど許される事ではない。けれどウィキも鬼ではない。女性のチュウの不安も分かるので、それならとどさくさに紛れて自分もシンと手を繋ぐと言い出したのだ。

「何でだよ」

三人で手を繋ぎ街を歩く様を思い浮かべたシンはおかしいだろうと拒否した。
それが気に食わなかったらしいウィキは何でチュウは良くて俺はダメなわけ!? とギャンギャン喚くが、何で良い年した男が3人で手を繋いで街を歩かないといけないんだと言い返すと、それを想像したのか黙り込んだ。

そんな事をしていると、シン達を乗せた馬車は検問所で停車したのだ。

「身分証明書を出し、入国目的を言え」

検問所に立つ兵が淡々と話す中、商人兼御者である男は証明書を懐から出し提示すると、行商の為に来たとその目的を伝える。
身分証明書を確認した兵士はカーン家の商人だと知ると居ずまいを正して失礼しました! と悲鳴のような声を上げた。
馬車の中を確認させていただいても宜しいでしょうか! 等とシン達の乗る場所を確認しようとしている。
勿論検問所を通る時の荷物や馬車の中の点検は当然の事なので御者は断る事をしない。
ウィキは懐から3人分の身分証明書を取り出しそれを待った。

「おい、何でお前が俺達の証明書を持ってんだ」

証明書なんぞ持ってねぇぞと実は心の中で焦っていたシンは、ウィキの行動にツッコまずにはいられなかった。
チュウなどは目を丸くしてウィキを見ているではないか。きっと心境はシンと同じなのだうとウィキを睨む。

「え? だって親父に渡されたから?」

何故か疑問系なウィキだが、旅慣れしていない2人に渡して無くしても大変だとでも思われたのだろうかと考える。
どちらかといえばウィキの方が無くしそうだが、意外な事に彼は大切な事に関してはしっかりしていた。リマインの教えと今までの旅のお陰だろう。

「おいっ人が乗ってるぞ!」

窓から中を覗き込んだ兵士が声を上げるが、御者と話していた兵士は話は聞いていると言って扉を開け証明書を確認しろと指示を出す。
兵士はそれに頷くと馬車の扉を開けたのだ。

「ほい。これ3人分の証明書ね」

軽い感じに兵士へと証明書を提示するウィキ。それに呆気に取られたのか、兵士は証明書を確認すると「兄ちゃん達、よくカーン商会の馬車に乗せてもらえたなぁ」と気軽に話しかけてきたのだ。
よく乗せてもらえたも何も、カーン家の姫が乗っているのだから当たり前だろうとシンは思ったが、それにしては兵士もなれなれしい。

「あ~まぁな。ノワールでの依頼がカーン商会の護衛だったからな。ヒルデンに移動するっつったら丁度こっちに行く馬車があってよ~。ラッキーだったぜ」

シンはウィキの話にぎょっとしたが兵士はその話に、カーン商会の護衛依頼受けれるならあんた達相当腕が立つ冒険者なんだなぁと納得している。
どうやら自分たちの身分証明書は家名を変更され冒険者という事になっているようだと知ったのだ。

「おい、何か問題でもあったのか?」

馬車を停めていた兵士が訝しげに声をかけてきたのをきっかけに話を切り上げた兵士は問題ないと伝えると、「ヒルデン国でもギルドで依頼受けていってくれよ」と言いながら扉を閉めた。
少しして馬車は動き出し、検問所を通り抜けたのである。
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