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第三章 生きることの罪
連隊長エディー・ガスリー
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「失礼します」
そう言って、病室に足を踏み入れたエフェルローンを待っていた人物。
それは、焦げ茶色の短髪と澄んだ青い瞳、そして、ダニーとは似ても似つかない精悍な顔立ちと、がっしりとした体格を持つ、威厳に満ちた壮年の男性であった。
(これが、アルカサール王国・王立騎士団・第二師団・第三連隊、連隊長エディー・ガスリー。騎士五百人余りを統率するエリート中のエリート――)
医療用の、剥き出しの鉄でできたベッドの淵に、王者の風格を漂わせながら悠然と腰かけるダニーの父。
その只ならぬ存在感に、エフエルローンの背筋は思わず伸びる。
「貴方が、クェンビー伯爵ですかな」
ダニーの父は、そう言って緊張に顔を強張らせるエフェルローンを正面に見る。
探るような眼で、エフェルローンの灰青色の両眼をじっと見つめるダニーの父。
そんな、人間性を値踏みしようとするかのようなダニーの父の厳しい視線に曝され。
エフェルローンは、日頃のダニーの扱いを無言で咎められているような気がして、思わず逃げだしたい衝動に駆られる。
(ダニーの奴、きっと俺のする事やる事……家族に色々話したりしてたんだろうな)
そう考えると。
エフェルローンは恥ずかしさと申し訳なさとでいっぱいになり、穴があったら入りたい気分になる。
と、そんな事を鬱々と考えながらも。
エフェルローンは、ダニーへの不当な扱いについて全てを認めた上で、その視線を真っ向から受け止めつつこう言った。
「はい」
逃げも隠れもしない、そうはっきりと短い返事の一言に込めるエフェルローンに。
ダニーの父は、その気概に惚れたとでも言わんばかりに鷹揚に笑うとこう言った。
「はは、そうでしたか。不肖の息子が……ダニーが世話になっております」
傷口を庇いながらではあったが、ダニーの父はそう言って深く頭を下げた。
軍の中でもエリートの部類に属するであろう連隊の長であるダニーの父。
それが、たかだかダニーの大学時代の先輩というだけで、実際、憲兵の中では最弱の部類に属するエフェルローンに対して、深々と頭を下げるのである。
そんな廉直で高潔なダニーの父の姿に。
エフェルローンは不覚にも感銘を受け、思わずかぶりを振るとこう言った。
「いえ、そんな……私の方こそ、ダニーには公私ともにいつも助けられてばかりです。本当に……」
驚くほど不思議なくらい、素直な言葉がするすると口から出てくる。
そんな自分に、エフェルローンは何だかむず痒い気持ちになった。
――人を緊張させず、全てを受け止める寛容さ。
もし自分の父親が生きていたらなら、こんな感じなのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えながら、エフェルローンは気恥ずかしさを紛らわすため、神妙な顔で恐縮した。
と、そんなエフェルローンの視界に、ダニーの父の右肩に巻かれた包帯が目に飛び込んで来る。
それは、幾重にもわたって頑丈に巻かれてはいたが、それでも傷口から染み出してきたのだろう。
白い包帯に、薄っすらと赤いものが滲み始めている。
もしかしたら、魔術医師の処置が甘かったのかもしれない。
エフェルローンはダニーの父の顔を見ると、気遣うようにこう言った。
「それより、ガスリー連隊長。お怪我の方は大丈夫なのですか。包帯に血が……」
血の気の薄い青白い顔を見るにつけ、どうにも軽傷という訳ではなさそうである。
エフェルローンは、ダニーの父の傷を心配しつつそう尋ねた。
だが、ダニーの父はというと。
その血の跡も見ても大して気にする様子もなく、それどころか、軽く鼻で笑い飛ばすと左手で頭を掻き搔きこう言った。
「いや……騎士として恥ずかしい話なのですが、傷が思いのほか深くて出血が酷かったのですよ。これは……この出血は、そのせいかもしれませんな。まあ、一時は本当に死ぬのではないかと内心焦りましたが、魔術医師の方々の尽力もあり、傷口は大方塞がりました。出血量が多かったので多少ふらつきはしますが、問題はありません。いやはや、一連隊を預かる長ともあろう者が、全く……情けない話です」
そう言って、ダニーの父は眉を顰めると苦笑した。
それから、話題を変える様に表情を引き締めると。
ダニーの父は、至極真面目な顔をエフェルローンに向け、改まった口調でこう言った。
「ところで伯爵。ひとつお聞きしたいのですが、よろしいですかな」
「……何でしょう」
ダニーの父の、その真剣な面差しに。
エフェルローンは、それが決して触れずには終われないであろう話題であることを悟る。
(ダニーに、危険な仕事の手伝いをさせている事への苦言か、それとも――)
もう関わらせないでくれと、釘を刺しに来たか。
そう、内心身構えるエフェルローンに。
ダニーの父は、眼光鋭く厳しい顔で尋ねて言った。
「伯爵と息子が追っている敵、それは一体誰なのですか」
「…………」
親としては、当然の質問なのだろう。
だが、ダニーを危険な案件に巻き込んでしまった引け目もあり、エフェルローンはさすがにその標的の名を口にすることが出来ず、思わず黙ってしまう。
と、そんな煮え切らないエフェルローンをじっと見つめると。
ダニーの父は、胸のポケットから一枚のハンカチぐらいの大きさの布を取り出し、それを広げて見せてこう言った。
「伯爵は、この紋章を知っておられますかな」
一枚の布に描かれた、二本の鉄槌が中央で交差している血の付いた紋章――。
「そ、れは……」
そう言い淀むエフェルローンに。
ダニーの父は、「やはり……」というように頷くとこう言った。
「これは、[正義の鉄槌]の紋章。もしや、伯爵が追われているのはバックランド候なのではありませんか」
その鋭い指摘に。
エフェルローンは心の中で戦々恐々と舌を巻くと、事実を悟られないよう表情を懸命に殺すのであった。
そう言って、病室に足を踏み入れたエフェルローンを待っていた人物。
それは、焦げ茶色の短髪と澄んだ青い瞳、そして、ダニーとは似ても似つかない精悍な顔立ちと、がっしりとした体格を持つ、威厳に満ちた壮年の男性であった。
(これが、アルカサール王国・王立騎士団・第二師団・第三連隊、連隊長エディー・ガスリー。騎士五百人余りを統率するエリート中のエリート――)
医療用の、剥き出しの鉄でできたベッドの淵に、王者の風格を漂わせながら悠然と腰かけるダニーの父。
その只ならぬ存在感に、エフエルローンの背筋は思わず伸びる。
「貴方が、クェンビー伯爵ですかな」
ダニーの父は、そう言って緊張に顔を強張らせるエフェルローンを正面に見る。
探るような眼で、エフェルローンの灰青色の両眼をじっと見つめるダニーの父。
そんな、人間性を値踏みしようとするかのようなダニーの父の厳しい視線に曝され。
エフェルローンは、日頃のダニーの扱いを無言で咎められているような気がして、思わず逃げだしたい衝動に駆られる。
(ダニーの奴、きっと俺のする事やる事……家族に色々話したりしてたんだろうな)
そう考えると。
エフェルローンは恥ずかしさと申し訳なさとでいっぱいになり、穴があったら入りたい気分になる。
と、そんな事を鬱々と考えながらも。
エフェルローンは、ダニーへの不当な扱いについて全てを認めた上で、その視線を真っ向から受け止めつつこう言った。
「はい」
逃げも隠れもしない、そうはっきりと短い返事の一言に込めるエフェルローンに。
ダニーの父は、その気概に惚れたとでも言わんばかりに鷹揚に笑うとこう言った。
「はは、そうでしたか。不肖の息子が……ダニーが世話になっております」
傷口を庇いながらではあったが、ダニーの父はそう言って深く頭を下げた。
軍の中でもエリートの部類に属するであろう連隊の長であるダニーの父。
それが、たかだかダニーの大学時代の先輩というだけで、実際、憲兵の中では最弱の部類に属するエフェルローンに対して、深々と頭を下げるのである。
そんな廉直で高潔なダニーの父の姿に。
エフェルローンは不覚にも感銘を受け、思わずかぶりを振るとこう言った。
「いえ、そんな……私の方こそ、ダニーには公私ともにいつも助けられてばかりです。本当に……」
驚くほど不思議なくらい、素直な言葉がするすると口から出てくる。
そんな自分に、エフェルローンは何だかむず痒い気持ちになった。
――人を緊張させず、全てを受け止める寛容さ。
もし自分の父親が生きていたらなら、こんな感じなのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えながら、エフェルローンは気恥ずかしさを紛らわすため、神妙な顔で恐縮した。
と、そんなエフェルローンの視界に、ダニーの父の右肩に巻かれた包帯が目に飛び込んで来る。
それは、幾重にもわたって頑丈に巻かれてはいたが、それでも傷口から染み出してきたのだろう。
白い包帯に、薄っすらと赤いものが滲み始めている。
もしかしたら、魔術医師の処置が甘かったのかもしれない。
エフェルローンはダニーの父の顔を見ると、気遣うようにこう言った。
「それより、ガスリー連隊長。お怪我の方は大丈夫なのですか。包帯に血が……」
血の気の薄い青白い顔を見るにつけ、どうにも軽傷という訳ではなさそうである。
エフェルローンは、ダニーの父の傷を心配しつつそう尋ねた。
だが、ダニーの父はというと。
その血の跡も見ても大して気にする様子もなく、それどころか、軽く鼻で笑い飛ばすと左手で頭を掻き搔きこう言った。
「いや……騎士として恥ずかしい話なのですが、傷が思いのほか深くて出血が酷かったのですよ。これは……この出血は、そのせいかもしれませんな。まあ、一時は本当に死ぬのではないかと内心焦りましたが、魔術医師の方々の尽力もあり、傷口は大方塞がりました。出血量が多かったので多少ふらつきはしますが、問題はありません。いやはや、一連隊を預かる長ともあろう者が、全く……情けない話です」
そう言って、ダニーの父は眉を顰めると苦笑した。
それから、話題を変える様に表情を引き締めると。
ダニーの父は、至極真面目な顔をエフェルローンに向け、改まった口調でこう言った。
「ところで伯爵。ひとつお聞きしたいのですが、よろしいですかな」
「……何でしょう」
ダニーの父の、その真剣な面差しに。
エフェルローンは、それが決して触れずには終われないであろう話題であることを悟る。
(ダニーに、危険な仕事の手伝いをさせている事への苦言か、それとも――)
もう関わらせないでくれと、釘を刺しに来たか。
そう、内心身構えるエフェルローンに。
ダニーの父は、眼光鋭く厳しい顔で尋ねて言った。
「伯爵と息子が追っている敵、それは一体誰なのですか」
「…………」
親としては、当然の質問なのだろう。
だが、ダニーを危険な案件に巻き込んでしまった引け目もあり、エフェルローンはさすがにその標的の名を口にすることが出来ず、思わず黙ってしまう。
と、そんな煮え切らないエフェルローンをじっと見つめると。
ダニーの父は、胸のポケットから一枚のハンカチぐらいの大きさの布を取り出し、それを広げて見せてこう言った。
「伯爵は、この紋章を知っておられますかな」
一枚の布に描かれた、二本の鉄槌が中央で交差している血の付いた紋章――。
「そ、れは……」
そう言い淀むエフェルローンに。
ダニーの父は、「やはり……」というように頷くとこう言った。
「これは、[正義の鉄槌]の紋章。もしや、伯爵が追われているのはバックランド候なのではありませんか」
その鋭い指摘に。
エフェルローンは心の中で戦々恐々と舌を巻くと、事実を悟られないよう表情を懸命に殺すのであった。
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