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第三章 生きることの罪
母の愛
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時刻は夜の八刻半を当に回った頃。
エフェルローンとダニー、そしてダニーの弟ジミーは、ダニーの父が入院しているというアルカサール王立総合病院に、ダニーの[瞬間移動]で移動していた。
消毒液のにおいが充満し、しんと静まり返った院内には、酒を飲んでの乱闘でなのだろうか。
顔や手に怪我を負った者が数名、白い壁際に何個か設置された背もたれの無い黒い長椅子に、頭をもたげながら腰を下ろしていた。
乱闘は、何処で騒ぎを起こそうとも刑罰の対象である。
後日、彼らには何かしらの罰が下されるであろう。
その証拠に、彼らの側には二人の憲兵が目を光らせつつ同伴していた。
と、そんな中――。
「母さん!」
ダニーがそう言って駆け寄ったのは、院内の廊下の奥の奥。
その廊下の端に佇む、黒髪濃茶の瞳の女性の側だった。
そんなダニーの鬼気迫る呼びかけに。
長い髪を横から綺麗に編み込んだ壮年の女性は、ゆっくり後ろを振り返る。
そして、元々白い顔を更に青白くしたその女性は、ダニーを見るとホッとしたようにこう言った。
「ダニー……」
そう言って息子の肩を抱き寄せる母に、ダニーは緊張に強張った顔でこう尋ねる。
「父さんの容体は?」
「今さっき、落ち着いたところよ」
心配そうな顔で、落ち着かな気に辺りを見回す息子に。
ダニーの母は、そう言って微かに微笑んだ。
「会いに行っても?」
掌の汗を臙脂色の制服に擦り付《つ》けながら、ダニーはそう言って父のいるであろう病室を指さす。
「ええ、まだ眠っているかもしれないけれど」
母のその言葉を聞き終えるか否かの内に、ダニーは直ぐに病室へ飛び込んでいく。
そんなダニーの背中をそっと目で追うと。
ダニーの母は、徐に視線をエフェルローンに合わせつつ、ゆっくりとした口調でこう言った。
「貴方が、クェンビー伯爵?」
「はい。この度は、何と言ったらいいか……」
そう言って視線を落とし、胸に片手を当てるエフェルローンに。
ダニーの母は首を横に振ると、儚さを漂わせながらも凛とした口調でこう言った。
「あの人が騎士である限り、いつかは起きることです。気になさらないで」
そう言って、エフェルローンを気遣うように微笑むダニーの母。
気を使うべき人に反対に気を使われ、エフェルローンはバツが悪そうに頭をかいた。
そんなエフェルローンに優しく微笑すると。
ダニーの母はふと表情を改め、至極真面目な顔でこう言った。
「息子が……ダニーが、お世話になっています。あの子は、よくやっているでしょうか」
母としては、当然の感情なのだろう。
エフェルローンは慎重に、ひとつひとつ言葉を選びながらこう言った。
「ええ。彼の知識量と知恵の深さにはいつも助けられています。それに、彼は優秀な魔術師です。遺留品管理室で働いているのが勿体無いぐらいに」
そう真摯に語るエフェルローンに。
ダニーの母は顔を悲痛に歪ませると、俯き、震える声でこう言った。
「本当は、騎士を目指していたんです、あの子は」
その衝撃的な発言に。
エフェルローンは思わず上ずった声を上げた。
「え」
(ダニーが、あの細くて骨ばってひょろ長いダニーが、騎士?)
そんな、笑うに笑えない話に。
エフェルローンは思わず口元を片手で覆い隠すと、悩まし気に下を向いた。
そんなエフェルローンに、ダニーの母は自ら笑うとこう言った。
「可笑しいでしょう? でも、夫の家系は騎士の家系で……あの子の二人の兄も騎士として国に仕えています。だから、あの子もあの子なりに考えて、複雑ながらも騎士の道を志していたんだと思います」
父からの期待、兄たちの存在の圧力――。
目に見えないとはいえ、それはきっと、体質的に騎士には向かないと分かっていたダニーにとって、とてもつらい状況だったに違いない。
「そう、でしたか……」
積極的な物の見方に長けたダニーが、思いのほか消極的に成らざるを得ない環境で育っていたことに驚きを覚え、エフェルローンは思わず黙り込んでしまう。
そんなエフェルローンに、ダニーの母は更に話を続けてこう言った。
「父や、騎士である兄たちをダニーは尊敬していました。でも、どんなに鍛えて頑張ってもあの体形。伯爵も見ての通り、あれでは騎士にはなれません」
はっきりとそう言い切るダニーの母に、エフェルローンは思わず閉口する。
でも、それが母親と云うものかもしれない、ともエフェルローンは思った。
母親代わりと云っても過言ではないエフェルローンの姉リアも、もしエフェルローンがダニーと同じような状況だったなら、きっと同じことを言ったに違いない。
と、そんなことをぼんやり考えているエフェルローンに。
ダニーの母は、「もう少しだけ、話に付き合って下さいね」と言い、話を続ける。
「ダニーは、虚弱体質の私に似てしまったんでしょうね。かわいそうなダニー。それであの子は、私と同じ憲兵魔術師に転向したのです。父や、兄たちの面目を保ちたい、少しでも力になりたいという一心で」
ダニーの母のその告白に。
エフェルローンは首を傾げてこう尋ねる。
「それなら、憲兵ではなく王立魔術師団に入団すればよかったのでは?」
それなのに、なぜ憲兵に?
エフェルローンの中で疑問が渦巻く。
その問いに、ダニーの母は遣り切れないような表情をすると、悲し気にこう言った。
「王立魔術師団の入団試験には落ちたのです。厳密には試験ではなく、健康診断の段階でですが。本人曰く、『虚弱体質では長期の激戦を耐えきれない』と。そう言われたそうです」
その答えに。
エフェルローンの心の中は、苛立ちと悔しさとで渦巻いた。
確かに、長期の戦闘は体力や精神力を奪い、衛生面でも疫病の蔓延という問題が必ず付き纏う。
いくら体の強い人間でも、それらに屈してしまうことがあるのなら、ましてや体の弱い人間なら尚更であろう。
それを、軍内部の危険要素と位置付けるのは、ある意味、致し方ない事なのかもしれない。
だが――。
それが、ダニーのような境遇に置かれた者たちを苦しめているとするならば、それはそれで、とても悲しい事だとエフェルローンは思った。
「そんな、ことが……」
そう言葉を詰まらせ、神妙な顔で俯くエフェルローンに。
ダニーの母はふっと微笑むと、過去に思いをはせる様な遠い目をしてこう言った。
「それでも。父や兄たちを喜ばせ、彼らと何かしらの繋がりがある仕事をしたかったのでしょうね。あの子が最終的に選んだのは一般職ではなく、憲兵でした。兄たちに負けないぐらい活躍するのだと、当初は息巻いていました」
かつて、憲兵庁の期待の新人、未来の憲兵庁長官とまで言われていたダニー。
そんなダニーが新人一発目に引き当てたのが、[アデラ捕縛任務]だった。
(俺も、お前も……引きが悪かったよな、ほんと)
この事件で、エフェルローンは子供化の呪いを受け魔術師としての力をほぼ失い、ダニーは憲兵としての自信を根こそぎ喪失、憲兵の第一線を去ることになったのである。
「…………」
と、そんな過去に沈むエフェルローンを前に。
ダニーの母は目を閉じ、大きく一呼吸すると、ゆっくり目を開きながらエフェルローンを神妙な顔で見つめながらこう言った。
「四年前、何があったのかは分かりませんが、今の貴方を見れば只事ではなかったのだと分かります。最近、あの子は明るくなりました。仕事の合間に、伯爵の仕事の手伝いをさせて貰っていると、とても嬉しそうに話していました」
不満を言いながらも、危険な仕事をきっちりこなしてくるダニー。
そんなダニーに、今はもう感謝の言葉しかない。
「そう、でしたか」
やっとのことで、そう絞り出したエフェルローンの、少し掠れた言葉に。
ダニーの母は、深々と頭を下げるとこう言った。
「息子を、ダニーを……これからも、よろしくお願いします」
「そんな、私の方こそ……」
(……本当に、すみませんでした)
申し訳ない思いが心の奥底から湧き上がり、エフェルローンは、自分のしてきた事への恥ずかしさに思わず頭が下がる。
(俺は、ダニーの母親に頭を下げられる程、出来た人間じゃない……それどころか、殴られて当然の人間だ)
エフェルローンは、頭を下げたまま唇を噛む。
エフェルローンがダニーに対してしてきた事、それは――。
ダニーを上手いこと利用するだけ利用し、ダニーのキャリアを台無しにしてしまうような危険なことに、ほぼ有無を言わせず巻き込む、ただそれだけである。
(ダニーが懸命に掴み取った[憲兵]という立場を、俺は身勝手にも台無しにしようとしていたのか……)
そんなどうしようもない自分自身の現実に、エフェルローンは心の中で頭を抱える。
と、その時――。
「先輩、ちょっといいですか」
ダニーが、病室の扉の影から顔を出した。
「ダニー、どうした」
重たい思考の深みからゆっくりと顔を上げ、エフェルローンはそう言ってダニーを見る。
「父が、どうしても先輩と話がしたいって。良いですか、先輩?」
「俺と?」
(ダニーの父親が俺に話――?)
日頃ダニーを世話してることへの礼か、それとも危険な仕事の手伝いをさせている事への苦言か――。
どちらにしろ、合わす顔の無い状況であることに変わりはなく、エフェルローンは心の中で重苦しいため息をひとつ吐く。
と、そんな、後ろめたさに苛まれ、複雑な表情を浮かべているエフェルローンに。
ダニーは、それでも、有無を言わせず深く頷いて見せた。
そんな、いつにもまして強気に出るダニーに。
エフェルローンは、ダニーの父の強い意志というものをひしひしと感じ、緊張した面持ちで頷き返す。
「分かった」
そう短く答えると。
エフェルローンは外していた詰襟のフックを徐に正し、着崩した制服を手早く整える。
そして、背筋をピンと張りつつ表情を引き締めると。
エフェルローンは気合を入れるような深呼吸をひとつし、ダニーの父の居る病室へとゆっくり歩を進めるのであった。
エフェルローンとダニー、そしてダニーの弟ジミーは、ダニーの父が入院しているというアルカサール王立総合病院に、ダニーの[瞬間移動]で移動していた。
消毒液のにおいが充満し、しんと静まり返った院内には、酒を飲んでの乱闘でなのだろうか。
顔や手に怪我を負った者が数名、白い壁際に何個か設置された背もたれの無い黒い長椅子に、頭をもたげながら腰を下ろしていた。
乱闘は、何処で騒ぎを起こそうとも刑罰の対象である。
後日、彼らには何かしらの罰が下されるであろう。
その証拠に、彼らの側には二人の憲兵が目を光らせつつ同伴していた。
と、そんな中――。
「母さん!」
ダニーがそう言って駆け寄ったのは、院内の廊下の奥の奥。
その廊下の端に佇む、黒髪濃茶の瞳の女性の側だった。
そんなダニーの鬼気迫る呼びかけに。
長い髪を横から綺麗に編み込んだ壮年の女性は、ゆっくり後ろを振り返る。
そして、元々白い顔を更に青白くしたその女性は、ダニーを見るとホッとしたようにこう言った。
「ダニー……」
そう言って息子の肩を抱き寄せる母に、ダニーは緊張に強張った顔でこう尋ねる。
「父さんの容体は?」
「今さっき、落ち着いたところよ」
心配そうな顔で、落ち着かな気に辺りを見回す息子に。
ダニーの母は、そう言って微かに微笑んだ。
「会いに行っても?」
掌の汗を臙脂色の制服に擦り付《つ》けながら、ダニーはそう言って父のいるであろう病室を指さす。
「ええ、まだ眠っているかもしれないけれど」
母のその言葉を聞き終えるか否かの内に、ダニーは直ぐに病室へ飛び込んでいく。
そんなダニーの背中をそっと目で追うと。
ダニーの母は、徐に視線をエフェルローンに合わせつつ、ゆっくりとした口調でこう言った。
「貴方が、クェンビー伯爵?」
「はい。この度は、何と言ったらいいか……」
そう言って視線を落とし、胸に片手を当てるエフェルローンに。
ダニーの母は首を横に振ると、儚さを漂わせながらも凛とした口調でこう言った。
「あの人が騎士である限り、いつかは起きることです。気になさらないで」
そう言って、エフェルローンを気遣うように微笑むダニーの母。
気を使うべき人に反対に気を使われ、エフェルローンはバツが悪そうに頭をかいた。
そんなエフェルローンに優しく微笑すると。
ダニーの母はふと表情を改め、至極真面目な顔でこう言った。
「息子が……ダニーが、お世話になっています。あの子は、よくやっているでしょうか」
母としては、当然の感情なのだろう。
エフェルローンは慎重に、ひとつひとつ言葉を選びながらこう言った。
「ええ。彼の知識量と知恵の深さにはいつも助けられています。それに、彼は優秀な魔術師です。遺留品管理室で働いているのが勿体無いぐらいに」
そう真摯に語るエフェルローンに。
ダニーの母は顔を悲痛に歪ませると、俯き、震える声でこう言った。
「本当は、騎士を目指していたんです、あの子は」
その衝撃的な発言に。
エフェルローンは思わず上ずった声を上げた。
「え」
(ダニーが、あの細くて骨ばってひょろ長いダニーが、騎士?)
そんな、笑うに笑えない話に。
エフェルローンは思わず口元を片手で覆い隠すと、悩まし気に下を向いた。
そんなエフェルローンに、ダニーの母は自ら笑うとこう言った。
「可笑しいでしょう? でも、夫の家系は騎士の家系で……あの子の二人の兄も騎士として国に仕えています。だから、あの子もあの子なりに考えて、複雑ながらも騎士の道を志していたんだと思います」
父からの期待、兄たちの存在の圧力――。
目に見えないとはいえ、それはきっと、体質的に騎士には向かないと分かっていたダニーにとって、とてもつらい状況だったに違いない。
「そう、でしたか……」
積極的な物の見方に長けたダニーが、思いのほか消極的に成らざるを得ない環境で育っていたことに驚きを覚え、エフェルローンは思わず黙り込んでしまう。
そんなエフェルローンに、ダニーの母は更に話を続けてこう言った。
「父や、騎士である兄たちをダニーは尊敬していました。でも、どんなに鍛えて頑張ってもあの体形。伯爵も見ての通り、あれでは騎士にはなれません」
はっきりとそう言い切るダニーの母に、エフェルローンは思わず閉口する。
でも、それが母親と云うものかもしれない、ともエフェルローンは思った。
母親代わりと云っても過言ではないエフェルローンの姉リアも、もしエフェルローンがダニーと同じような状況だったなら、きっと同じことを言ったに違いない。
と、そんなことをぼんやり考えているエフェルローンに。
ダニーの母は、「もう少しだけ、話に付き合って下さいね」と言い、話を続ける。
「ダニーは、虚弱体質の私に似てしまったんでしょうね。かわいそうなダニー。それであの子は、私と同じ憲兵魔術師に転向したのです。父や、兄たちの面目を保ちたい、少しでも力になりたいという一心で」
ダニーの母のその告白に。
エフェルローンは首を傾げてこう尋ねる。
「それなら、憲兵ではなく王立魔術師団に入団すればよかったのでは?」
それなのに、なぜ憲兵に?
エフェルローンの中で疑問が渦巻く。
その問いに、ダニーの母は遣り切れないような表情をすると、悲し気にこう言った。
「王立魔術師団の入団試験には落ちたのです。厳密には試験ではなく、健康診断の段階でですが。本人曰く、『虚弱体質では長期の激戦を耐えきれない』と。そう言われたそうです」
その答えに。
エフェルローンの心の中は、苛立ちと悔しさとで渦巻いた。
確かに、長期の戦闘は体力や精神力を奪い、衛生面でも疫病の蔓延という問題が必ず付き纏う。
いくら体の強い人間でも、それらに屈してしまうことがあるのなら、ましてや体の弱い人間なら尚更であろう。
それを、軍内部の危険要素と位置付けるのは、ある意味、致し方ない事なのかもしれない。
だが――。
それが、ダニーのような境遇に置かれた者たちを苦しめているとするならば、それはそれで、とても悲しい事だとエフェルローンは思った。
「そんな、ことが……」
そう言葉を詰まらせ、神妙な顔で俯くエフェルローンに。
ダニーの母はふっと微笑むと、過去に思いをはせる様な遠い目をしてこう言った。
「それでも。父や兄たちを喜ばせ、彼らと何かしらの繋がりがある仕事をしたかったのでしょうね。あの子が最終的に選んだのは一般職ではなく、憲兵でした。兄たちに負けないぐらい活躍するのだと、当初は息巻いていました」
かつて、憲兵庁の期待の新人、未来の憲兵庁長官とまで言われていたダニー。
そんなダニーが新人一発目に引き当てたのが、[アデラ捕縛任務]だった。
(俺も、お前も……引きが悪かったよな、ほんと)
この事件で、エフェルローンは子供化の呪いを受け魔術師としての力をほぼ失い、ダニーは憲兵としての自信を根こそぎ喪失、憲兵の第一線を去ることになったのである。
「…………」
と、そんな過去に沈むエフェルローンを前に。
ダニーの母は目を閉じ、大きく一呼吸すると、ゆっくり目を開きながらエフェルローンを神妙な顔で見つめながらこう言った。
「四年前、何があったのかは分かりませんが、今の貴方を見れば只事ではなかったのだと分かります。最近、あの子は明るくなりました。仕事の合間に、伯爵の仕事の手伝いをさせて貰っていると、とても嬉しそうに話していました」
不満を言いながらも、危険な仕事をきっちりこなしてくるダニー。
そんなダニーに、今はもう感謝の言葉しかない。
「そう、でしたか」
やっとのことで、そう絞り出したエフェルローンの、少し掠れた言葉に。
ダニーの母は、深々と頭を下げるとこう言った。
「息子を、ダニーを……これからも、よろしくお願いします」
「そんな、私の方こそ……」
(……本当に、すみませんでした)
申し訳ない思いが心の奥底から湧き上がり、エフェルローンは、自分のしてきた事への恥ずかしさに思わず頭が下がる。
(俺は、ダニーの母親に頭を下げられる程、出来た人間じゃない……それどころか、殴られて当然の人間だ)
エフェルローンは、頭を下げたまま唇を噛む。
エフェルローンがダニーに対してしてきた事、それは――。
ダニーを上手いこと利用するだけ利用し、ダニーのキャリアを台無しにしてしまうような危険なことに、ほぼ有無を言わせず巻き込む、ただそれだけである。
(ダニーが懸命に掴み取った[憲兵]という立場を、俺は身勝手にも台無しにしようとしていたのか……)
そんなどうしようもない自分自身の現実に、エフェルローンは心の中で頭を抱える。
と、その時――。
「先輩、ちょっといいですか」
ダニーが、病室の扉の影から顔を出した。
「ダニー、どうした」
重たい思考の深みからゆっくりと顔を上げ、エフェルローンはそう言ってダニーを見る。
「父が、どうしても先輩と話がしたいって。良いですか、先輩?」
「俺と?」
(ダニーの父親が俺に話――?)
日頃ダニーを世話してることへの礼か、それとも危険な仕事の手伝いをさせている事への苦言か――。
どちらにしろ、合わす顔の無い状況であることに変わりはなく、エフェルローンは心の中で重苦しいため息をひとつ吐く。
と、そんな、後ろめたさに苛まれ、複雑な表情を浮かべているエフェルローンに。
ダニーは、それでも、有無を言わせず深く頷いて見せた。
そんな、いつにもまして強気に出るダニーに。
エフェルローンは、ダニーの父の強い意志というものをひしひしと感じ、緊張した面持ちで頷き返す。
「分かった」
そう短く答えると。
エフェルローンは外していた詰襟のフックを徐に正し、着崩した制服を手早く整える。
そして、背筋をピンと張りつつ表情を引き締めると。
エフェルローンは気合を入れるような深呼吸をひとつし、ダニーの父の居る病室へとゆっくり歩を進めるのであった。
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