正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

文字の大きさ
上 下
51 / 127
第二章 秘められた悪意

裏取引

しおりを挟む
「まったく。何を考えているんですか、あなたたちは」

 眼鏡の中心を几帳面そうに押し上げる短髪黒髪の男は、そう言って二人を交互に見遣る。
 その黒く鋭い瞳は、明らかに二人の血気盛んな大人に「憲兵としての自覚」を問うていた。
 と、そんなエリート然とした眼鏡男を渋い顔で見遣ると、四角い顔のごつい男は面倒くさそうにチッと舌を鳴らす。

 どうやらこの男、この眼鏡男が苦手のようである。

 眼鏡男は、まず呆れたようにエフェルローンを見ると、ため息交じりにこう言った。

「憲兵の制服を着ているということは、小さくても、あなたは憲兵ですよね? 暴力沙汰は身内であっても検挙の対象です。知らない訳ではないでしょう? 自重じちょうして下さい」

 淡々とそう言うと、眼鏡男は呆れた表情かおのまま、今度は四角い顔の男を見る。
 そして、大きなため息を一つ吐くと「情けない」というようにこう言った。

「それに、バリィ。貴方も貴方ですよ。こんな幼い子供相手に暴力沙汰を起こそうとは……まったく、憲兵の風上にも置けません」

 エフェルローンを横目に、眼鏡の男は眉間に縦皺たてじわを刻むとそう言った。
 四角い顔の男――バリィと呼ばれた男は、ふて腐れたようにこう言う。

「そのガキ、只のガキじゃないぜ? 憲兵隊のお荷物――[戦う魔術師]クェンビー伯爵様さ」

 バリィの言葉に、眼鏡男は驚いたように目を見開く。
 そして、エフェルローンを物珍しそうに眺めやると、納得したようにこう言った。

「貴方があの、[呪われた天才魔術師]クェンビー伯爵ですか。お噂はかねがね……」

 銀縁眼鏡ぎんぶちめがねの男はそう言うと、襟元えりもとを正しながらこう言った。

「私は、アーロン。アーロン・ソーヤーと言います。あなたの魔術の精度は、あなたが下級魔術師クラスに転落した今も、我がアルカサール魔術師団の中ではトップクラスのもの。それを理解できるのは、魔術師の中でも最上級クラスの者だけでしょう。その貧弱ひんじゃくな魔力をもってして最高レベルに近い検挙率を叩き出せる貴方は、やはり天才です、伯爵。この度は連れが失礼致しました」

 そう深々と礼をする眼鏡男、アーロン。
 それを面白くなさそうに見つめる四角い顔の男、バリィ。

 何はともあれ、傷害沙汰を回避できたことに、エフェルローンは取り合えず礼を述べる。

「いや、こちらこそ済まなかった。このまま殴り合っていれば、危うく牢獄行きだった。ついカッとなって、本当に悪かった」

 所々にイラッとする感はあったものの、エフェルローンは一応謝罪の言葉を述べる。
 そのエフェルローンの言葉に、ソーヤーと名乗った男は片手でエフェルローンの言葉を制すると、首を横に振ってこう言った。

「いえ、お気になさらず。ここはお互い水に流しましょう。で、ところで伯爵」

 そう言うと、眼鏡男ソーヤーは不思議そうにこう尋ねた。

「今日は、どうしてこんなところに?」

 アーロンの質問に、エフェルローンは正直にこう言った。

「友人が……憲兵を辞めた友人を訪ねてここへ」

 その言葉に、アーロンは少し考える素振りを見せるものの、すぐに思い当たる節があったのだろう。
「なるほど」というように、大きく頷くとこう言った。

「ああ、ディーン・コールリッジ元捜査官のことですね。それにしても、残念な話です。正義感に溢れるとても良い捜査官だったのに、まさかアデラと裏取引をしていたかもしれないなんて」

「え……」

 エフェルローンとルイーズは同時にそう声を上げると、目を丸くした。

(ディーンが、アデラと取引?)
 
 エフェルローンは耳を疑った。
 
 あのディーンが?
 正義感の塊のあの男が?
 
 ――嘘だろ。

 エフェルローンはディーンの家の扉を見つめる。

「どうして……どうして俺に一言も、何も相談してくれなかったんだ……」

(俺ごときじゃ、役に立てないって……そういう事なのか、ディーン)
 
 互いに何でも打ち明けられる、そんな親友だと思っていたディーンとギル。
 だが、ディーンにとってもギルにとっても、エフェルローンは実際、友ですらなかったということなのだろうか。

 ディーンの家の扉を見つめながら。
 
 エフェルローンはその事実に、頭を殴られたような強い衝撃を覚えるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

嫌われ者のお姫様、今日も嫌われていることに気付かず突っ込んでいく

下菊みこと
ファンタジー
家族の愛をひたすら待つのではなく、家族への愛をひたすら捧ぐ少女がみんなから愛されるまでのお話。 小説家になろう様でも投稿しています。 ごめんなさいどのジャンルに含まれるのかわからないのでとりあえずファンタジーで。違ってたらご指摘ください。

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

魔術師セナリアンの憂いごと

野村にれ
ファンタジー
エメラルダ王国。優秀な魔術師が多く、大陸から少し離れた場所にある島国である。 偉大なる魔術師であったシャーロット・マクレガーが災い、争いを防ぎ、魔力による弊害を律し、国の礎を作ったとされている。 シャーロットは王家に忠誠を、王家はシャーロットに忠誠を誓い、この国は栄えていった。 現在は魔力が無い者でも、生活や移動するのに便利な魔道具もあり、移住したい国でも挙げられるほどになった。 ルージエ侯爵家の次女・セナリアンは恵まれた人生だと多くの人は言うだろう。 公爵家に嫁ぎ、あまり表舞台に出る質では無かったが、経営や商品開発にも尽力した。 魔術師としても優秀であったようだが、それはただの一端でしかなかったことは、没後に判明することになる。 厄介ごとに溜息を付き、憂鬱だと文句を言いながら、日々生きていたことをほとんど知ることのないままである。

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺わかば🌱
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

元邪神って本当ですか!? 万能ギルド職員の業務日誌

紫南
ファンタジー
十二才の少年コウヤは、前世では病弱な少年だった。 それは、その更に前の生で邪神として倒されたからだ。 今世、その世界に再転生した彼は、元家族である神々に可愛がられ高い能力を持って人として生活している。 コウヤの現職は冒険者ギルドの職員。 日々仕事を押し付けられ、それらをこなしていくが……? ◆◆◆ 「だって武器がペーパーナイフってなに!? あれは普通切れないよ!? 何切るものかわかってるよね!?」 「紙でしょ? ペーパーって言うし」 「そうだね。正解!」 ◆◆◆ 神としての力は健在。 ちょっと天然でお人好し。 自重知らずの少年が今日も元気にお仕事中! ◆気まぐれ投稿になります。 お暇潰しにどうぞ♪

転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜

みおな
ファンタジー
 私の名前は、瀬尾あかり。 37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。  そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。  今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。  それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。  そして、目覚めた時ー

骸骨殿下の婚約者

白乃いちじく
ファンタジー
私が彼に会ったのは、九才の時。雨の降る町中だった。 魔術師の家系に生まれて、魔力を持たない私はいらない子として、家族として扱われたことは一度もない。  ――ね、君、僕の助手になる気ある? 彼はそう言って、私に家と食事を与えてくれた。 この時の私はまだ知らない。 骸骨の姿をしたこの魔術師が、この国の王太子、稀代の魔術師と言われるその人だったとは。 ***各章ごとに話は完結しています。お気軽にどうぞ♪***

処理中です...