正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第二章 秘められた悪意

共犯

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「……んぱい、先輩?」

 目の前を何かがちらつく。
 水仕事などしたことのないような綺麗な指が、目の前でで閉じたり開いたりしている。

「大丈夫ですか?」

 ぬっと、ルイーズの顔が眼前に現れた。

「うわっ」

 エフェルローンは、恐怖で思わず一歩後ずさる。

「あー!、失礼ですよ先輩!」

 ルイーズが抗議の声を上げるが、エフェルローンはそんなルイーズを完全に無視した。

 ――ディーンの住んでいた家の前。

 エフェルローンは、不服そうに唇を突き出すルイーズの一言で現実に引き戻された。

 目の前には、ソーヤーとバリィ。
 ディーンの家宅捜査の件でだろうか。
 二人は、顔を見合わせながら「ああでもない」「こうでもない」と意見を戦わせている。

 エフェルローンはすぐに意識を現実に擦り合わせると、バリィと話をするソーヤーに向かい、非礼の無いよう誠意を込めてこう質問した。

「話の途中失礼、ソーヤー捜査官。コールリッジ元捜査官が、なぜ[アデラ]と繋がっていると確信するに至ったのか、出来たら、その理由を教えて欲しいんだが」

 その質問に、ソーヤーは少し言い難そうに頬を掻くと。
 エフェルローンの反応を気にするようにこう言った。

「[フリソス魔魂石まこんせき]を作るための[魔術書の写しスクロール]の写しですよ、伯爵」
「[フリソス魔魂石まこんせき]の[魔術書の写しスクロール]?」

 そう首を傾げるエフェルローンに、ソーヤーは隠す様子もなくこう言った。

「ええ、[禁書]扱いのその[魔術書の写しスクロール]の写しが、彼の部屋に無造作に置かれていました」
「…………」

 エフェルローンは思わず言葉を飲み込んだ。

フリソスの魔魂石の魔術書の写しスクロール]――それは、ソーヤーの言う通り、紛れもない[禁書]である。

 それに手を出したということは――。

「もう、憲兵ではいられない、か……」

 ディーンが憲兵を辞した理由に府が落ちる。

 だが――。

(いや、待てよ)

 エフェルローンは、自分自身に問いかける。

([魔魂石まこんせき]って、魔術師にしか作れないんじゃないか?)

「ちょっと待ってくれ! ディーンは騎士だろ? あいつに魔術は使えない。どうやって[フリソス魔魂石まこんせき]を作るっていうんだ?」

 エフェルローンの、そのもっともな質問に、ソーヤーは口元に人差し指を当てるとこう言った。

「それです。私たちも、それが分からず今こうして調べているという訳です。まあ、資料を読んで現場を捜索してみれば分かると思いますが、たぶん、相棒のギル・ノーランド捜査官が関わっていた可能性が高いですね」
「つまり、二人は共犯者……」

 想像もしたくない現実に、エフェルローンは唇をぎゅっと噛む。
 そんなエフェルローンの心情などお構いなく、ソーヤーは淡々と言葉を続ける。

「そうです。そしてその二人の犯罪者は、どういう経緯か[アデラ]と繋がっている。理由は、まったく分かりませんがね」

 そう言って、お手上げというように両手を軽く上げるソーヤーに、ルイーズが不思議そうな顔でこう言った。

「でもソーヤーさん。[フリソス魔魂石まこんせき]の[魔術書の写しスクロール]があっただけで、どうしてディーンさんやギルさんが、[アデラ]と繋がっているって断言できるんですか?」

 その質問に答えたのは、なぜか魔法にうとそうなバリィだった。

「コールリッジの家から[銀《アスィミ》の魔魂石まこんせき]が出たからな。誰か[アスィミ魔魂石まこんせき]の作り方を知っている人間から[アスィミ魔術書の写しスクロール]を手に入れたんだろう。で、その誰かってのが、奴らが追っていた[アデラ]だったんじゃないかと俺たちは睨んでいるって、そういうわけだ」

 得意げにそう言うバリィに、ルイーズは腑に落ちないといった顔で更にこう尋ねる。

「なんで[アデラ]が[アスィミ魔魂石まこんせき]の[魔術書の写しスクロール]を持っているって分かるんですか?」

 スイーズの、新人らしいその質問に。
 ソーヤーが、「待ってました」とばかりにこう説明する。

「[アスィミ魔魂石まこんせき]を作るには許可証が必要なんです、大陸共通のね。そしてそれを作るための[魔術書の写しスクロール]は、許可証を持っている人にしか与えられない。もちろん、与えられた人間はその[魔術書の写しスクロール]の中身を勝手に誰かに教えたり、それ自体を売ったりすることは許されていない。見つかれば極刑です。許可証無しで、不正に手に入れた[魔術書の写しスクロール]を使って[アスィミ魔魂石まこんせき]を作るもの然り。[フリソス魔魂石まこんせき]に至っては[禁忌]扱いですから、やはり極刑は免れませんね。つまり、何が言いたいのかというと」

 そう締めにかかろうというソーヤーの言葉の後を、エフェルローンが続ける。

「[アデラ]は、銀の[魔魂石]を作る許可証を元々持っていたんだ。それに、禁忌魔法を実践に移した時点で、[アデラ]は他の禁忌魔法にも手を染めていたとそう考えるべきだろう。もちろん、[フリソス魔魂石まこんせき]を作る禁忌魔法の技術にもね。そう考えると、ディーンとギルがアデラと繋がっていた可能性は十分考えられる」
「そんな、そんなことって……」

 ルイーズは肩を落とすと、しゅんとした顔で俯いた。

「それにしても、ディーン・コールリッジ捜査官もギル・ノーランド捜査官も、アデラと組み、[フリソス魔魂石まこんせき]を使って、一体何をするつもりだったんでしょうね?」

 ソーヤーはそう言うと、両腕を組んでディーンの家を見上げた。

「クェンビー伯爵、何か聞いていませんか? 伯爵は彼らと親しい仲だと伺っていますが?」

 ソーヤーにそう尋ねられ、エフェルローンは言葉に詰まる。
 実際、そう尋ねられると、あの二人のことについてあまり知らない自分がいることに愕然とする。
 この四年間、友人との交友さえも犠牲にし、全身全霊をかけて[呪いの解呪]の研究をしてきたことがひどく虚しく思えてくる。

 もっと、他にするべきことが……聞くべきことがいっぱいあったのではないか。

(それなのに、俺は――)

 地面を見つめながら。
 エフェルローンは、自嘲気味にこう言った。

「残念ながら……俺は、奴らにとっては親友ではなくてね。俺は唯の遊び仲間。奴らが何を思っていたのか、何を考えていたのか……残念ながらさっぱり分からない」
「そうですか。残念です」

 ソーヤーはそう言うと、気の毒そうに眉を顰め、続けざまにこう言った。

「でも、貴方がこうしてここに[捜査官]として立っている事に、私は感謝していますよ。貴方のような天才を、敵に回したくはないですから」
「そりゃ、どうも」

 皮肉めいた口調でそう返すエフェルローンにソーヤーは、「とんでもない」というようにこう言った。

「ほんとに。貴方が彼らの味方ではなく我々の同志で良かった。お世辞じゃありませんよ、伯爵。貴方に[アスィミ魔魂石まこんせき]を持たせたら、私たちなど、ものの一秒も持ちこたえることは出来ないでしょうから」
「そうなんですか!」

 ソーヤーのその言葉に、ルイーズが目を大きく見開き、素っ頓狂な声を上げた。

「先輩って、そんなに凄い魔術師なんですか?」

 驚きを隠せないでいるルイーズに、ソーヤーが得意げにこう言った。

「凄いも何も……標的に対する精度、威力の調節、魔力の自在度……それらを操るスピード、どれを取ってもうちの魔術師団の中で一、二を争う実力の持ち主だ。まあ、カーレンリース伯爵は別としてですが」
「ははぁ」

 ルイーズが乾いた笑みを漏らす。

「さてと、おしゃべりはこの辺にして」

 そう仕切りなおすと、ソーヤーはこう言った。

「そろそろ、私たちは捜査に戻ります。伯爵、もし何か思い出したら、連絡、お願いしますね」

 その言葉に、エフェルローンは咄嗟にこう言った。

「いや、タダでは教えられないな。お前たちも、何か見つけたら俺に教えろ。そうしたら、俺も知っている事を教える」

 捜査権限が取り上げられていると表沙汰になるまでは、何かしら情報が引き出せるかもしれない。
 そう考え、出来る限りの手を打つ事にする。

「いいでしょう、分かりました。有力な情報を期待しますよ」

 あまり期待していないという風に、ソーヤーはそう言ってきびすを返す。
 それにならい、バリイも後ろを向き、ディーンの家に入っていく。

 このとき、エフェルローンの脳裏を一つの可能性が駆け巡った。

 娼婦が、ギルを愛していた女が言っていた言葉。

 ――『やっと、[爆弾娘リズ・ボマー]に罪を償わせる道具が揃う』

 ディーンとギルの共通点――[ベトフォード][爆殺による家族の喪失][フィタ]。
 そして、[爆弾娘《リズ・ボマー》への恨み]。

 それらを鑑み、ある一つの可能性にたどり着いたとき。
 エフェルローンは、その可能性に、奇妙なほど事件のピースが合わさっていくことに戦慄を覚えた。
 
 ディーンの部屋から見つかった[フリソスの魔魂石]の[魔術書の写しスクロール]が意味するもの。
 それは、彼らが何かしらの理由で[フリソス魔魂石まこんせき]を欲していた証。

 もしかしたら、彼らは[フリソス魔魂石まこんせき]を使って、[爆弾娘《リズ・ボマー》への復讐]するつもりだったのではないか?

 でも、分からないことがひとつだけ残っている。

 それは――。

 ――[フリソス魔魂石まこんせき]を使い、どうやって[爆弾娘《リズ・ボマー》]へ復讐するつもりだったのか。

(わからない……)

 ただ、今わかることがあるとすれば。

 それは、ギルとディーンの[爆弾娘《リズ・ボマー》]に対する深い恨みの感情。
 そして、他人の命を犠牲にしてでも[爆弾娘《リズ・ボマー》]に復讐を果たそうとする強い執念、深い心の傷。

(ギル、ディーン……そこまでしてお前たちは―—)

[爆弾娘《リズ・ボマー》]に悪意はなかったにしろ、彼女がディーンたちの家族を殺した事実は消えはしない。
 そして、彼女に家族や愛する人たちを殺された者たちの無念もまた、決して消えはしないのだろう。

 もしあの時、[爆弾娘《リズ・ボマー》]の量刑を決める会議のあの席で。
[爆弾娘《リズ・ボマー》]の罪を激しく糾弾していたなら。

 もしそうしていたならば、こんな痛ましい未来は訪れていなかったのかもしれない。

 そう思えば思うほど、エフェルローンは自分の選んだ未来に、深い憎しみを覚えるのであった。
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