36 / 127
第二章 秘められた悪意
娼婦の涙
しおりを挟む
それから数日後――。
日の光の届かない、今にも雨が降り出しそうなどんよりとした日の午後。
ギル・ノーランド捜査官の葬儀が行われようとしていた。
ギルの死因は、生命力と精神力を極度に抜かれた事によるショック死。
鑑識によると[魔魂石]にされた可能性は高い、という事であった。
葬儀の参列者は、十数人。
その中には、エフェルローンの直属の上司であるキースリーや魔術師団の顧問を務めるレオン、そして、ギルの相棒ディーンの姿もある。
皆、黒い服に身を包み、神妙な顔をして目の前の光景をじっと見つめていた。
芝の敷き詰められた小奇麗な墓地の、深く掘られた縦長の穴の底に、ギルの眠る棺がひっそりと置かれている。
神父の祈りの言葉が終わると同時に、ディーンが赤い薔薇の花を一輪投げ入れた。
それに続いて参列者がひとり、またひとりと、一輪の花を投げ入れていく。
それでも、棺を覆うにはあまりに少な過ぎる花たちに、エフェルローンは心に痛みを覚えた。
(ギル……俺は、お前が苦しい時や辛い時、何か役に立てていただろうか)
過ぎ去った時間を思い返し、エフェルローンは唇を強く噛む。
何か出来たかもしれない、そう思うと、本当に悔やんでも悔やみきれない。
神妙な顔で下を向くエフェルローンに、ふとルイーズが小声でこう尋ねてきた。
「あの、先輩? ギルさんて、ご家族やお友達の方はいらっしゃらないんですか?」
あまりの人の少なさに、ルイーズが不思議そうにエフェルローンに尋ねる。
しかし、その質問に答えたのはエフェルローンではなく、監察所属のダニーであった。
彼もエフェルローンやディーンと同様、ギルとは大学時代からの知り合いであり、数少ない友人の一人である。
ギルの死を知って、さぞ動揺したことだろう。
現に、その顔色はいつにも増して青白い。
「家族は全員、六年前の[爆弾娘]事件の大爆発で亡くしたそうです。友人は……同僚とか仲間内とかで騒がしい付き合いは結構あったみたいですけれど、腹を割って打ち解けた話が出来る友人らしい友人は、あんまりいなかったみたいですね」
ギルは、元々面倒見の良い社交的な男である。
だが、[大爆発]事件――[爆弾娘]事件があって以来、人との間に少し距離を置くようになった気がしないでもない。
昔なじみのエフェルローンやディーン以外には。
いや、もしかしたら……エフェルローンやディーンにさえ、密かに距離を置いていたのかもしれない。
(まさか、な)
若干の不安も覚えながらそう心の中で呟くエフェルローン。
と、そのとき――。
突然、見知らぬ女がエフェルローンの隣で立ち止まった。
(誰だ?)
そう鋭い眼光を飛ばすエフェルローンを、全く意に介することなく。
栗色の波打つ長い髪をそのままに、女はじっと棺を見つめながらこう言った。
「彼、事あるごとに言っていたわ」
そう言うと、見知らぬ女はウェーブの掛かった長い髪の毛を気だるそうに掻き揚げる。
そして、花がまばらに散っている棺を悲しそうに眺めると、言葉に憤りを滲ませながらこう言った。
「[大爆発]事件の犯人――[爆弾娘]が許せない……って。それは、私も同じ」
そう言って、栗色の髪の女は涙も流すことなく棺を感情の灯らぬ瞳でじっと見つめるのであった。
日の光の届かない、今にも雨が降り出しそうなどんよりとした日の午後。
ギル・ノーランド捜査官の葬儀が行われようとしていた。
ギルの死因は、生命力と精神力を極度に抜かれた事によるショック死。
鑑識によると[魔魂石]にされた可能性は高い、という事であった。
葬儀の参列者は、十数人。
その中には、エフェルローンの直属の上司であるキースリーや魔術師団の顧問を務めるレオン、そして、ギルの相棒ディーンの姿もある。
皆、黒い服に身を包み、神妙な顔をして目の前の光景をじっと見つめていた。
芝の敷き詰められた小奇麗な墓地の、深く掘られた縦長の穴の底に、ギルの眠る棺がひっそりと置かれている。
神父の祈りの言葉が終わると同時に、ディーンが赤い薔薇の花を一輪投げ入れた。
それに続いて参列者がひとり、またひとりと、一輪の花を投げ入れていく。
それでも、棺を覆うにはあまりに少な過ぎる花たちに、エフェルローンは心に痛みを覚えた。
(ギル……俺は、お前が苦しい時や辛い時、何か役に立てていただろうか)
過ぎ去った時間を思い返し、エフェルローンは唇を強く噛む。
何か出来たかもしれない、そう思うと、本当に悔やんでも悔やみきれない。
神妙な顔で下を向くエフェルローンに、ふとルイーズが小声でこう尋ねてきた。
「あの、先輩? ギルさんて、ご家族やお友達の方はいらっしゃらないんですか?」
あまりの人の少なさに、ルイーズが不思議そうにエフェルローンに尋ねる。
しかし、その質問に答えたのはエフェルローンではなく、監察所属のダニーであった。
彼もエフェルローンやディーンと同様、ギルとは大学時代からの知り合いであり、数少ない友人の一人である。
ギルの死を知って、さぞ動揺したことだろう。
現に、その顔色はいつにも増して青白い。
「家族は全員、六年前の[爆弾娘]事件の大爆発で亡くしたそうです。友人は……同僚とか仲間内とかで騒がしい付き合いは結構あったみたいですけれど、腹を割って打ち解けた話が出来る友人らしい友人は、あんまりいなかったみたいですね」
ギルは、元々面倒見の良い社交的な男である。
だが、[大爆発]事件――[爆弾娘]事件があって以来、人との間に少し距離を置くようになった気がしないでもない。
昔なじみのエフェルローンやディーン以外には。
いや、もしかしたら……エフェルローンやディーンにさえ、密かに距離を置いていたのかもしれない。
(まさか、な)
若干の不安も覚えながらそう心の中で呟くエフェルローン。
と、そのとき――。
突然、見知らぬ女がエフェルローンの隣で立ち止まった。
(誰だ?)
そう鋭い眼光を飛ばすエフェルローンを、全く意に介することなく。
栗色の波打つ長い髪をそのままに、女はじっと棺を見つめながらこう言った。
「彼、事あるごとに言っていたわ」
そう言うと、見知らぬ女はウェーブの掛かった長い髪の毛を気だるそうに掻き揚げる。
そして、花がまばらに散っている棺を悲しそうに眺めると、言葉に憤りを滲ませながらこう言った。
「[大爆発]事件の犯人――[爆弾娘]が許せない……って。それは、私も同じ」
そう言って、栗色の髪の女は涙も流すことなく棺を感情の灯らぬ瞳でじっと見つめるのであった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
地方ダンジョンは破綻しています~職業選択ミスって商人になったけど、異世界と交流できる優秀職だったのでファンタジー化した現代も楽勝です~
すー
ファンタジー
突如現れたモンスターやダンジョンによって人々は窮地に立たされた。一人一つだけ選択できる職業によって、今後の未来が決まる。 慎重な決断をしなければならないはずが、主人公蟹男《かにお》は寝惚けた頭で【商人】を選んでしまう。
戦えない商人でどうやって生きるのかと、絶望した蟹男だったが商人のスキルによって世界の壁を越えて商売できることを知る。 生きるため蟹男は異世界へと飛び込むのだった。
小説家になろう、カクヨムにも掲載中。
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。

公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。
僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

はぁ?とりあえず寝てていい?
夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。
※第二章は全体的に説明回が多いです。
<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
転生令嬢は庶民の味に飢えている
柚木原みやこ(みやこ)
ファンタジー
ある日、自分が異世界に転生した元日本人だと気付いた公爵令嬢のクリステア・エリスフィード。転生…?公爵令嬢…?魔法のある世界…?ラノベか!?!?混乱しつつも現実を受け入れた私。けれど…これには不満です!どこか物足りないゴッテゴテのフルコース!甘いだけのスイーツ!!
もう飽き飽きですわ!!庶民の味、プリーズ!
ファンタジーな異世界に転生した、前世は元OLの公爵令嬢が、周りを巻き込んで庶民の味を楽しむお話。
まったりのんびり、行き当たりばったり更新の予定です。ゆるりとお付き合いいただければ幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる