正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第二章 秘められた悪意

過去の栄光

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「……残魔ざんまがあるな」

 幕壁カーテンウォールに挟まれるように立つ側防塔そくぼうとうの入口部分。
 その入口に足を踏み入れたレオンは、そう言って辺りを見渡した。

 こう見えても、彼はこの国で最も力のある魔術師である。
 ほんの小さな魔力の残片ざんぺんや空間のゆがみでさえ、彼には手に取るように見えるのだろう。

「あ、確かに……微かにですが、感じます」

 大学を首席で卒業した経歴を持つルイーズも、そう言って辺りをきょろきょろ見回す。

「…………」

 悲しいかな、魔力が格段に落ちているエフェルローンには残魔ざんまの気配はほとんど察知さっちできない。
 こんなとき、昔の自分の事が脳裏をよぎる。

 魔力と自信に満ち溢れていたあの時――栄光と誉れを一身に浴びていたあの頃。
 自分が失敗することなど無いと、信じて疑わなかった過去の自分。

「先輩?」

 ルイーズが不思議そうな顔をしながら、エフェルローンの顔の前で手を握ったり、開いたりを繰り返している。

―—戻りたい、でも、戻れない。

 過去に想いを馳せ、過去の栄光に縋ろうと未だに藻掻く自分自身に、エフェルローンは苦々しく舌打ちした。

「チッ」

 エフェルローンは目障りなルイーズの手を不機嫌そうに払いけた。
 払われた手を擦りながら、ルイーズが不服そうにほおふくらませる。
 そんなルイーズを横目に、エフェルローンは側防塔そくぼうとうの中に足を踏み入れた。

 ひんやりとした空気を肌に感じながら、光の届かない奥へと足を進めていく。
 と、そこにはいつの間に奥まで入ったのだろう、レオンが顎に手をやり[何か]をじっと眺めている。
 その横には、灰黒色アッシュ・グレーの髪の壮年の男性が、どこから手に入れたのか、ランタンを頭上にかかげながら同じように何かをじっと見つめていた。
 彼は、レオンの側近で名をヨハン・ヘイムと言った。
 かなりの剣の使い手であるらしいのだが、しょっちゅう胃をわずらっていることから、[胃炎のヨハン]としてその名が知れ渡っている。

 まあ、主が主である。
 それもある意味、仕方のないことなのかもしれない。
 
(ったく、ここは俺の持ち場だってのに)

 エフェルローンは面白くなさそうに、二人の背後の隙間から[何か]をうかがう。

 すると、そこには――。

「死体だな、しかもまだ若い」
「残念ですね」

 被害者が若い事に心を痛めている様子のレオンに、側近ヨハンは額に片手を当て、数秒黙祷する。

「これが、残魔ざんま大元おおもとか」

 そんな二人の間を強引にすり抜けると、エフェルローンは死体の前に片膝をついた。

「まったく、強引だねぇ」

 レオンが呆れたようにそう言って苦笑う。
 そんなレオンの言葉など気にも留めず、エフェルローンは黙々と目の前のするべき事をこなしていった。

 たるたるの間に、はさまるように死体がひとつ。
 投げ出されている訳でも、傷つけられている訳でもない。
 それは、まるで、大切なものでも扱うかのように丁寧ていねいに布に包まれ、すわらされている。
 首筋に絞められたような跡や目の充血はないことから、窒息死は除外できる。
 それに、目立った外傷も無い事から、失血死しっけつしも除外できる。

 あと、気になる点とすれば。

「……残魔ざんま、か」

 魔力の劣るエフェルローンにも分かるぐらいの強烈な残魔痕ざんまこん

生命力ゾイ精神ヌスも、根こそぎ搾り取られているな。悪意というか執念というか、そんなものを感じるな」

 レオンが不愉快そうに、そう率直な感想を述べる。

「悪意、執念。犯人が抱いている感情なんて、皆そんなもんですよ。まともな感情なんかありゃしない」

 エフェルローンは吐き捨てるようにそう言うと、他に何か手がかりはないかと死体の周辺を捜し始める。
 死体の下には死体を包んでいたのだろうか、膝掛けのようなものが敷かれている。

「それにしても……膝掛けで死体を包む、か。犯人は知り合いか? ということは、顔見知りの犯行……」

 と、そのとき――。

「先輩、これ……」

 そう言ってルイーズが指差したその先には、細いひもで編み込まれた細い折紐おりひもが一本。

「腕輪、ですか?」

 側近のヨハンがそう言って首を傾げる。
 死体の片腕には、何色かの色で幾何学的きかがくてきに編み込まれた腕輪があった。
 ルイーズが、思い出したようにこう言う。

「先輩! それ……フィタですよ、きっと! 昨日の夜、先輩のお友達がみせてくれた……」
「フィタか。確かに、似ているな」

 昨日、ディーンとギルがしていたあの腕輪フィタ
 モチーフは違えど、編み方は全く同じである。

「ルイーズ、前の案件の遺留品の中に、フィタってのはあったか覚えているか?」
「すみません、先輩。そこまでは」
「…………」

(大体の事は暗記してるんだが……くそっ、自惚うぬぼれたな)

 エフェルローンは下唇を噛んだ。
 そんなエフェルローンを横目に、突然レオンはこんな事を言ってきた。

「そうだ、知っているかい? フィタってさ、ベトフォードっていう都市の民芸品だったんだよ。なんでも、ひもが切れると願いが叶うってそりゃもう、馬鹿売れでね」
 
 エフェルローンは死体の腕を見た。
 フィタは、引きちぎられたように切れている。

「彼の願い、叶ったのかねぇ」

 しみじみとそう呟くレオンの言葉に、エフェルローンは思う。
 この男の願いは一体、どんな願いだったのだろうか、と。

 と、そのとき――。

 一人の憲兵が、息を切らしながら側防塔そくぼうとうの中に飛び込んできた。

「何事だ?」

 エフェルローンは鋭い眼光を憲兵に飛ばす。
 続けて、レオンやレオンの側近の男、そしてルイーズも緊張した面持ちで憲兵を見つめる。
 憲兵は、エフェルローンに敬礼をすると、早口にこう言った。

「死体が、また死体が出ました!」
「被害者は?」

 畳み掛けるようにそう尋ねるエフェルローンに、なぜか憲兵は動揺したようにこう言った。

「そ、それが」
「それが、なんだ?」

 イライラと、言葉少なに問い詰めるエフェルローン。
 そんなエフェルローンに恐れをなしたのだろう、憲兵はしどろもどろになりながらこう言った。

「その、それが我々の同僚でして……」
「憲兵が狙われたのか?」

 おどおどする憲兵に、レオンが驚いたようにそう言った。

「はい。その、被害者というのが憲兵魔術師のノーランド捜査官でして」
「えっ」

 エフェルローンの心臓が一瞬、凍り付く。

「ノーランド、捜査官?」

 ルイーズはそう言うと、「誰?」というような顔をして首を傾げる。
 憲兵は、気を取り直したように背筋を正すと、今度はハキハキとこう言った。

「はい。残念ながら我々の同僚、ギル・ノーランド捜査官が何者かによって、殺害されました」
「そんな、ギルさん……!」

 を見開き、ルイーズが両手で口元を押さえる。

「知り合いかい?」

 レオンの問いに、ルイーズは頷きながら答える。

「はい。昨日の夜、夕食をご一緒して、それで別れて……」

 ルイーズの動揺する声を背に、エフェルローンは両手をグッと握り締める。

 度胸と愛嬌のある、気遣いの男――ギル。
 魔術の腕も、戦闘の勘も悪くない、そんな男が一体どうして――。

「ギル……嘘だろ、おい」

 エフェルローンは頭を殴られたかのような衝撃に、思わず頭を抱えるのであった。
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