正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

文字の大きさ
上 下
35 / 127
第二章 秘められた悪意

過去の栄光

しおりを挟む
「……残魔ざんまがあるな」

 幕壁カーテンウォールに挟まれるように立つ側防塔そくぼうとうの入口部分。
 その入口に足を踏み入れたレオンは、そう言って辺りを見渡した。

 こう見えても、彼はこの国で最も力のある魔術師である。
 ほんの小さな魔力の残片ざんぺんや空間のゆがみでさえ、彼には手に取るように見えるのだろう。

「あ、確かに……微かにですが、感じます」

 大学を首席で卒業した経歴を持つルイーズも、そう言って辺りをきょろきょろ見回す。

「…………」

 悲しいかな、魔力が格段に落ちているエフェルローンには残魔ざんまの気配はほとんど察知さっちできない。
 こんなとき、昔の自分の事が脳裏をよぎる。

 魔力と自信に満ち溢れていたあの時――栄光と誉れを一身に浴びていたあの頃。
 自分が失敗することなど無いと、信じて疑わなかった過去の自分。

「先輩?」

 ルイーズが不思議そうな顔をしながら、エフェルローンの顔の前で手を握ったり、開いたりを繰り返している。

―—戻りたい、でも、戻れない。

 過去に想いを馳せ、過去の栄光に縋ろうと未だに藻掻く自分自身に、エフェルローンは苦々しく舌打ちした。

「チッ」

 エフェルローンは目障りなルイーズの手を不機嫌そうに払いけた。
 払われた手を擦りながら、ルイーズが不服そうにほおふくらませる。
 そんなルイーズを横目に、エフェルローンは側防塔そくぼうとうの中に足を踏み入れた。

 ひんやりとした空気を肌に感じながら、光の届かない奥へと足を進めていく。
 と、そこにはいつの間に奥まで入ったのだろう、レオンが顎に手をやり[何か]をじっと眺めている。
 その横には、灰黒色アッシュ・グレーの髪の壮年の男性が、どこから手に入れたのか、ランタンを頭上にかかげながら同じように何かをじっと見つめていた。
 彼は、レオンの側近で名をヨハン・ヘイムと言った。
 かなりの剣の使い手であるらしいのだが、しょっちゅう胃をわずらっていることから、[胃炎のヨハン]としてその名が知れ渡っている。

 まあ、主が主である。
 それもある意味、仕方のないことなのかもしれない。
 
(ったく、ここは俺の持ち場だってのに)

 エフェルローンは面白くなさそうに、二人の背後の隙間から[何か]をうかがう。

 すると、そこには――。

「死体だな、しかもまだ若い」
「残念ですね」

 被害者が若い事に心を痛めている様子のレオンに、側近ヨハンは額に片手を当て、数秒黙祷する。

「これが、残魔ざんま大元おおもとか」

 そんな二人の間を強引にすり抜けると、エフェルローンは死体の前に片膝をついた。

「まったく、強引だねぇ」

 レオンが呆れたようにそう言って苦笑う。
 そんなレオンの言葉など気にも留めず、エフェルローンは黙々と目の前のするべき事をこなしていった。

 たるたるの間に、はさまるように死体がひとつ。
 投げ出されている訳でも、傷つけられている訳でもない。
 それは、まるで、大切なものでも扱うかのように丁寧ていねいに布に包まれ、すわらされている。
 首筋に絞められたような跡や目の充血はないことから、窒息死は除外できる。
 それに、目立った外傷も無い事から、失血死しっけつしも除外できる。

 あと、気になる点とすれば。

「……残魔ざんま、か」

 魔力の劣るエフェルローンにも分かるぐらいの強烈な残魔痕ざんまこん

生命力ゾイ精神ヌスも、根こそぎ搾り取られているな。悪意というか執念というか、そんなものを感じるな」

 レオンが不愉快そうに、そう率直な感想を述べる。

「悪意、執念。犯人が抱いている感情なんて、皆そんなもんですよ。まともな感情なんかありゃしない」

 エフェルローンは吐き捨てるようにそう言うと、他に何か手がかりはないかと死体の周辺を捜し始める。
 死体の下には死体を包んでいたのだろうか、膝掛けのようなものが敷かれている。

「それにしても……膝掛けで死体を包む、か。犯人は知り合いか? ということは、顔見知りの犯行……」

 と、そのとき――。

「先輩、これ……」

 そう言ってルイーズが指差したその先には、細いひもで編み込まれた細い折紐おりひもが一本。

「腕輪、ですか?」

 側近のヨハンがそう言って首を傾げる。
 死体の片腕には、何色かの色で幾何学的きかがくてきに編み込まれた腕輪があった。
 ルイーズが、思い出したようにこう言う。

「先輩! それ……フィタですよ、きっと! 昨日の夜、先輩のお友達がみせてくれた……」
「フィタか。確かに、似ているな」

 昨日、ディーンとギルがしていたあの腕輪フィタ
 モチーフは違えど、編み方は全く同じである。

「ルイーズ、前の案件の遺留品の中に、フィタってのはあったか覚えているか?」
「すみません、先輩。そこまでは」
「…………」

(大体の事は暗記してるんだが……くそっ、自惚うぬぼれたな)

 エフェルローンは下唇を噛んだ。
 そんなエフェルローンを横目に、突然レオンはこんな事を言ってきた。

「そうだ、知っているかい? フィタってさ、ベトフォードっていう都市の民芸品だったんだよ。なんでも、ひもが切れると願いが叶うってそりゃもう、馬鹿売れでね」
 
 エフェルローンは死体の腕を見た。
 フィタは、引きちぎられたように切れている。

「彼の願い、叶ったのかねぇ」

 しみじみとそう呟くレオンの言葉に、エフェルローンは思う。
 この男の願いは一体、どんな願いだったのだろうか、と。

 と、そのとき――。

 一人の憲兵が、息を切らしながら側防塔そくぼうとうの中に飛び込んできた。

「何事だ?」

 エフェルローンは鋭い眼光を憲兵に飛ばす。
 続けて、レオンやレオンの側近の男、そしてルイーズも緊張した面持ちで憲兵を見つめる。
 憲兵は、エフェルローンに敬礼をすると、早口にこう言った。

「死体が、また死体が出ました!」
「被害者は?」

 畳み掛けるようにそう尋ねるエフェルローンに、なぜか憲兵は動揺したようにこう言った。

「そ、それが」
「それが、なんだ?」

 イライラと、言葉少なに問い詰めるエフェルローン。
 そんなエフェルローンに恐れをなしたのだろう、憲兵はしどろもどろになりながらこう言った。

「その、それが我々の同僚でして……」
「憲兵が狙われたのか?」

 おどおどする憲兵に、レオンが驚いたようにそう言った。

「はい。その、被害者というのが憲兵魔術師のノーランド捜査官でして」
「えっ」

 エフェルローンの心臓が一瞬、凍り付く。

「ノーランド、捜査官?」

 ルイーズはそう言うと、「誰?」というような顔をして首を傾げる。
 憲兵は、気を取り直したように背筋を正すと、今度はハキハキとこう言った。

「はい。残念ながら我々の同僚、ギル・ノーランド捜査官が何者かによって、殺害されました」
「そんな、ギルさん……!」

 を見開き、ルイーズが両手で口元を押さえる。

「知り合いかい?」

 レオンの問いに、ルイーズは頷きながら答える。

「はい。昨日の夜、夕食をご一緒して、それで別れて……」

 ルイーズの動揺する声を背に、エフェルローンは両手をグッと握り締める。

 度胸と愛嬌のある、気遣いの男――ギル。
 魔術の腕も、戦闘の勘も悪くない、そんな男が一体どうして――。

「ギル……嘘だろ、おい」

 エフェルローンは頭を殴られたかのような衝撃に、思わず頭を抱えるのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜

みおな
ファンタジー
 私の名前は、瀬尾あかり。 37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。  そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。  今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。  それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。  そして、目覚めた時ー

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

目覚めれば異世界!ところ変われば!

秋吉美寿
ファンタジー
体育会系、武闘派女子高生の美羽は空手、柔道、弓道の有段者!女子からは頼られ男子たちからは男扱い!そんなたくましくもちょっぴり残念な彼女もじつはキラキラふわふわなお姫様に憧れる隠れ乙女だった。 ある日体調不良から歩道橋の階段を上から下までまっさかさま! 目覚めると自分はふわふわキラキラな憧れのお姫様…なにこれ!なんて素敵な夢かしら!と思っていたが何やらどうも夢ではないようで…。 公爵家の一人娘ルミアーナそれが目覚めた異なる世界でのもう一人の自分。 命を狙われてたり鬼将軍に恋をしたり、王太子に襲われそうになったり、この世界でもやっぱり大人しくなんてしてられそうにありません。 身体を鍛えて自分の身は自分で守ります!

アラヒフおばさんのゆるゆる異世界生活

ゼウママ
ファンタジー
50歳目前、突然異世界生活が始まる事に。原因は良く聞く神様のミス。私の身にこんな事が起こるなんて…。 「ごめんなさい!もう戻る事も出来ないから、この世界で楽しく過ごして下さい。」と、言われたのでゆっくり生活をする事にした。 現役看護婦の私のゆっくりとしたどたばた異世界生活が始まった。 ゆっくり更新です。はじめての投稿です。 誤字、脱字等有りましたらご指摘下さい。

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

透明の「扉」を開けて

美黎
ライト文芸
先祖が作った家の人形神が改築によりうっかり放置されたままで、気付いた時には家は没落寸前。 ピンチを救うべく普通の中学2年生、依る(ヨル)が不思議な扉の中へ人形神の相方、姫様を探しに旅立つ。 自分の家を救う為に旅立った筈なのに、古の予言に巻き込まれ翻弄されていく依る。旅の相方、家猫の朝(アサ)と不思議な喋る石の付いた腕輪と共に扉を巡り旅をするうちに沢山の人と出会っていく。 知ったからには許せない、しかし価値観が違う世界で、正解などあるのだろうか。 特別な能力なんて、持ってない。持っているのは「強い想い」と「想像力」のみ。 悩みながらも「本当のこと」を探し前に進む、ヨルの恋と冒険、目醒めの成長物語。 この物語を見つけ、読んでくれる全ての人に、愛と感謝を。 ありがとう 今日も矛盾の中で生きる 全ての人々に。 光を。 石達と、自然界に 最大限の感謝を。

処理中です...