正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第二章 秘められた悪意

ギルの秘密

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「許せない、ですか」

 その言葉に、ルイーズの顔色が少し青ざめる。
 そんな他人の様子など気に留める風もなく、女は棺を見つめながら自嘲気味にこう言葉を続けた。

「あたしの仕事、なんだと思う? 売春婦よ。街が破壊されるまでは、普通の町娘だったのにね。でも、あの焼け野原の中で生きてく為にはこの仕事しかなかった。それもこれも、皆あの[爆弾娘リズ・ボマー]のせい。あの女のせいで、人生めちゃくちゃ……でもね、人生を破壊されたのは何も、あたしだけじゃない。ギルもその内の一人」

 苦々しくそう言い放つ女に、ダニーが不審そうにこう尋ねた。

「失礼ですが、貴方とギル先輩のご関係は?」

 女は目を閉じ、鼻で笑うとダニーの顎を上向かせてこう言った。

「あたし? そうね……何かしら。ギルはね、あたしのお客だったの。でも、あたしたちの間には奇妙な絆があって……友人? 恋人? まあ、そんなようなものかしら。だからかしらね、ギルが亡くなったって聞いて、あたし……いても立ってもいられなくて、ね」

 しんみりと、女はそう言って、ダニーの顎を指で弾いて一瞥した。

「つまり、お知り合い……と、そういう訳ですね」

 顎を擦るダニー。

「さあ、どうかしら」

 女は伏し目がちにそう笑うと更に続けてこう言った。

「あとギルはね、こんなことも言っていたわ。『やっと、[爆弾娘リズ・ボマー]に罪を償わせる道具が揃う』ってね」
「道具が揃う、ですか。それって、どんな道具なんでしょう?」

 ルイーズがおずおずとそう尋ねる。

「さあ。分からないわ。ただ、そう言っていたのは確かよ」

 女の言葉に、ルイーズは何かを考えるように下を向く。

「『罪を償わせる道具』、か」

 そう言うと、エフェルローンは顎に手を当て思考の世界に沈む。

(ということは、ギルは自らの手で[爆弾娘リズ・ボマー]を私刑にするつもりだったということなのだろうか。ならば、犯人はそれを良しとしない人物……)

 エフェルローンはレオンを見る。

爆弾娘リズ・ボマー]を殺されたくない人物―—その筆頭は、[爆弾娘リズ・ボマー]の実の兄、大陸で最も力あるとされる大魔術師レオンだろう。
 だが、彼が本気で動けば、こんな小さな事件など事件にすらならないで闇に葬られていただろう。
 ならば、あと考えられるとすれば。

([爆弾娘リズ・ボマー]本人か)

 だが彼女は今、レオンの監視下の元、彼の館に幽閉されていると聞く。
 ただ、本当に幽閉されているのか否かは全く定かではない。

(やっぱり、彼女がギルを殺した犯人なのか)

 エフェルローンは更に自分に問いかける。

爆弾娘リズ・ボマー]の魔力は確かに甚大だが、それを自在に操れるかと問われれば、否だろう。
 ギルと対峙し魔法を発動させたところで、魔力が暴発し、また街がひとつ消し飛ぶだけだとエフェルローンは推測する。
 そうなれば、[爆弾娘リズ・ボマー]にもう未来は無い。
 待つのは、死のみである。

(そんなリスク、犯すはずが無い、か)

 エフェルローンがそんな思考の世界に沈んでいると、娼婦の女はエフェルローンに視線を落としてこう言った。

「あなたがエフェルね?」

 その問いに、エフェルローンは返事をする代わりに頷いて見せた。
 女は口元に微笑を湛えながらこう言った。

「ギルが言ってたわ、『あいつは唯の魔術の天才じゃない、物事に懸ける執念が半端無い。だから、何かあったときはあいつに頼むのが正解だ』ってね」
「そう。あいつ、そんな事……」

 エフェルローンはそう言葉を濁した。

(そこまで俺のことを信頼していたのか。あいつ、そんなこと一言も……)

 悔しさがじわじわと込み上げ、エフェルローンは口元を片手で覆うと、瞳を涙で滲ませた。
 そんなエフェルローンの様子に、娼婦の女は切ない笑みを浮かべると、人目を憚ることなく涙ながらにこう言った。

「お願い。ギルのかたきを討って、エフェル。ベトフォードにいた家族も友人も仲間もみんな失って。人並みの幸せも知らない内に、自分の命までも失ったのよ、あいつは! あんまりよ、ほんと……あんまりだわ! だから、あなただけが頼りなの。犯人を捕まえて! そして、受けるべき罰を与えて! お願いよ……」

 エフェルローンの肩を両の手で揺すると、女は流れる涙もそのままに、声を震わせながらそう言った。 
 女の涙が、エフェルローンの肩を濡らす。

(そうか、この人はギルのこと)

 そう認識すると、エフェルローンは栗色の髪の女をまっすぐに見つめ、力強くこう言った。

「分かった、俺の出来る限りの事はしてみるよ」

 エフェルローンはそう言うと、肩に乗せられた女の手を片手で軽く叩いた。

 その言葉に安心したのだろう。
 女は目頭を片手で拭うと口元に儚く笑みを浮かべてこう言った。

「ありがとう、エフェル……」

 そして女は、その後、一度も振り返ることなくそのまま去って行くのだった――。 
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