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第5章

第75話 王の資質

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 露店を一通り見回ると、喉が渇いた。
 何か座って飲み物を飲もうかという話になったタイミングで、第七王子の従者から声がかかる。先ほど「お茶でもしよう」と言っていたのは本気だったようだ。せっかくのお誘いなので、私とフェイ様は受けることにした。

 通された部屋はイグサという草を使用したタタミが敷かれた独特な空間だった。若草色の香りに、紙で作られた窓は開かれており、窓辺からは湖が一望できた。
 ここでは靴を脱いで、タタミに座るらしい。
 クッションと背もたれのある座椅子があり、その下に座る。黒塗りのテーブルは座椅子の高さに合わせて低い。ダイヤ王国では見たことない物ばかりだ。

 用意された茶菓子はスペード夜王国で作られた餡子を使ったものをメインにしており、白玉にひんやりしたフルーツに、餡子、抹茶アイス、寒天に黒蜜がたっぷりかかっている。

「ん、甘くて美味しい」
「こうやってソフィーリア様と、お茶が出来る席を設けられて嬉しいよ」
「そう言って頂けて嬉しいですわ」
「……!」

 普通のお茶会。ちゃんとしたもてなしに私は思わず口元が緩んだ。
 あまりにもニヤけてしまったのか、セイエン様は目を見開いて驚いていた。

(へ、変な顔だって思われたのかしら?)
「なぜ、お茶会に私たちを誘ったのか伺っても?」
(フェイ様?)
「第七王子なんて序列的にも低いでしょう。第一、第二、第三王子が出張ってきたら、私なんて木の葉のように吹き飛ばされてしまうもの」
「塵となる」
「灰となる」
「ちょっと二人ともそれは言いすぎでしょう!? 私だって泣くわよ」

 なんとも仲の良い兄弟だ。しかしセイエン様は第八、第九王子とは似ていない。どちらかというとフェイ様に似ている。雰囲気というか顔立ちだろうか。

「どうかした? ソフィーリア様」
「いえ。ソウハ様とライハ様はセイエン様のことを本当に慕っていて、三人とも仲良しですわね」
「ええ、そうですよ。でも私はこれを機にとも、もっと仲良くなりたいと思っています」
(ええっと? どういう意味かしら……)

 セイエン様の意図が分からず私は小首をかしげた。フェイ様は今ので、何か察したのか顔が険しくなった。いやセイエン様を睨んでいる。

(どうして急に!?)
「僕もソフィーリア様と仲良くなりたい」
「ボクも」
「え? あ、ありがとうございます」
「最初に会った時から奏波と来波の見分けが出来るのだもの。ソフィ様は特別なのよね」
「と、特別……ですか」
「うん」
「トクベツ」

 急に愛称呼びになっていることに驚いたが、指摘すべきか悩む。さほど親しくないのに呼ばれると、どうにも困惑してしまう。しかし雰囲気を壊してしまうかもしれないと思うと決断しにくい。

「ソフィ様はどうやって、奏波と来波を見分けているの?」
「二人とも似ているけれど、雰囲気や性格は全然違うと思っただけですよ」
「すごい」
「うん、スゴイ」

 ソウハ様も、ライハ様も最初に会ったのは私が八歳の誕生日パーティーの時だっただろうか。その時から外見はあまり変わっていない気がする。いつ見ても少年少女で、背丈も今では私の方が高い。年齢は二十代で私よりも大人なはずなのに。

「そうそう。初めて会った時も、毒でつらかった私の介抱を良くしてくれたでしょう」
「は、はい。あの時は解毒薬を押し付けてしまってすみません」
「…………」
「あの時から、私にとってソフィ様は特別なのですよ」
「そういっていただけて、嬉しいです」

 紫色の瞳がジッと私を見つめる。感謝、好意のようなものとは別の感情が向けられた。
 敵意や悪意とも違うが、言葉にするのは難しい。

(あれ? そういえばフェイ様が先ほどから静かなような……)

 傍に居るフェイ様に視線を向けようとした直後。

「ねえ、ソフィ様」
「はい?」
「貴女から見て次期国王にふさわしいって思う王子は誰だと思う?」
「え?」

 唐突な話題転換に戸惑いながらも、考えるが答えは出ない。
 ひとまず何か返事をすべきかと唇を開いた。

「……そうですね。私は全員の王子とお会いしたことはないので、何とも言えませんが──」
「私はね、第十王子清飛こそが次期国王にふさわしいんじゃないかって思っているのよ」
「!?」
「は?」

 フェイ様の怒気に思わずビックリしてしまった。彼は眉を吊り上げ、刺すような視線をセイエン様に向ける。

「冗談にしては、あまりにもくだらない」
「生まれた順位なんてさして変わらないでしょう。大事なのは器。それでいうとアナタは王の資質があるもの」
「私よりも貴公の方が、よっぽど玉座に近いではないか」

 セイエン様はフェイ様を一瞥したのち私を真っ直ぐに見つめる。その紫色の双眸は獲物を狙う獣のようで、思わずゾッとしてしまった。

「ね、ソフィ様もそう思わない? 政略結婚なのだから、別にあの国に入れる王族なら誰だっていいでしょう。スペード夜王国のためにもフェイ王子が王位を継いで、ダイヤ王国に婿入りするってどうかしら」
「!?」
「なっ」
「兄様が行くなら僕も」
「ボクも付いていく」
「ね? アナタだって最初はフェイ王子との婚約に反対だったって聞いたわ。だから婚約に条件を付けたのでしょう」
「──っ」

 言葉を飲み込んだ。
 悲鳴を出さなかったのは、自分でも僥倖だったと思う。
 初めて私はセイエン様が怖いと思った。天気の話をするような他愛のない話のように、フェイ様との婚約破棄を軽々と言ったのだから。

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