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第5章

第71話 ジェラルド兄様にお任せ

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 お風呂に入り身支度を整えて、ローズと共に向かったのは、来客用の食事部屋だ。長テーブルには真っ白なテーブルクロスがかけられており、椅子は全部で四つ。

 すでに二つの席は埋まっており、お母様とジェラルド兄様が優雅にお茶を飲んでいた。二人とも王族らしい品のある佇まいなのだが、私に気づいた瞬間、大輪の花が咲き誇ったような笑顔を浮かべた。

「おはようございます。お母様、ジェラルド兄様」
「ソフィ、今日も花の妖精のように可憐で可愛いわ」
「私の愛しの天使。一日ぶりだというのに久しぶりな気がするよ。ぐっすり眠れたかな?」
「はい」

 二人とも席を立つと私を抱きしめる。
 朝からお母様と兄様のテンションは高く、スキンシップも過剰だ。本来ならいきなり席を立って抱擁など、王族としてマナー違反である。王族の気品は、この時ばかりは、行方不明だ。

「お母様、兄様。私もう十八になりますわよ?」
「年なんて関係ないわ」
「妹はいつまでも可愛い──で、少し目が赤いのは誰のせいか教えて欲しいな?」
「瞼はそこまで酷くはないけれど、肌も少し荒れているわね」
(ひいぃ!)

 ローズに頼んでメイクをしてもらったが、秒で気づかれた。昨日の一件は妖精たちから聞いているはずだが、泣いたことに関しては伝わってないはずだ。

「これは緊張が解けて泣いてしまっただけですわ」

 私の言葉では信用が出来ないのか二人はローズに視線を向ける。

「ソフィーリア様の言葉通り、緊張が解けて泣いたのは事実でございます。その場にいた婚約者様は、ソフィーリア様が泣き止むまで、ずっと付き添っていただきました」

 ガチャ、とドアが開き身支度を整えたフェイ様が姿を現す。

「すまない。遅くなっ…………た、な?」
(なんてすばらしいタイミング!)
「フェイ様、昨日は本当に傍に居てくださって、ありがとうございます」
「いいや。ソフィの役に立てたなら嬉しい限りだ」

 フェイ様のおかげで、お母様とジェラルド兄様の熱烈的な抱擁と質問攻めから解放された。
 改めて席に座り、私とフェイ様は食事、母様とジェラルド兄様は紅茶を淹れ直してもらうことに。椅子は四つだが、執事とローズを含めた侍女、護衛役は気配を消して控えている。

(お母様やジェラルド兄様も一緒に来てくださって心強い)

 暢気にそんなことを思いながら私はハニートーストを頬張っていたのだが、ローズが昨日のことについて詳細を語り始めると、その場の空気が凍った。
 凍りましたとも。絶対零度レベルです。

ソフィにグエン国王から嘆願書が届いた段階で、こうなることは予想していたけれど、思っていたよりも無能で、どうしようもない王子が多いのね。半分は環境と母親の影響だろうけど」
(お母様、ズバッと言い過ぎなのでは……?)
「我が国ながらお恥ずかしい限りです」
「フェイが謝ることはないわ」
「ありがとうございます」

 頭を下げるフェイ様に、お母様は優しく微笑んだ。その声は彼を非難するような響きはない。そのことが自分のように嬉しくて、ホッとした。

「母上、無能などご承知の筈でしょう。ダイヤ王国で行われる国家間の宴で、スペード夜王国の王族の大半は強制退去させられているのですから」
「そうね~。我が国に入国できたのはフェイと、あとは──」
「兵部の将軍を務める第四王子深鍛、魔法の研究にしか興味のない第五王子黄狗、病弱で滅多に顔を見せない第六王子雨露。それから郭家が輩出した第七王子星焔、第八王子奏波、第九王子来波でしたか」
(相変わらず兄様の記憶力が凄いですわね)
「で、フェイ殿。この中で後継者候補に残っているのは、どなただったか」
「その中で言えば第七王子たちでしょうね。郭家は代々工部、国の道路や水路、橋などの公共工事の役職に就くので民衆からの支持が大きい。また国内での商会もいくつかあり貿易面でも有能な交渉人たちがいる」
(第七王子……? んー、確か女装していた方としか記憶がないような……)

 すでに第一王子、第二王子の王位継承権剥奪は確定なので、そうなると繰り上げて第三王子が玉座に最も近くなるのだが、彼は他の王子とは異なり表立っては目立たない。

 裏では陰湿で残忍。狡猾で悪巧みが好きだという──厄介そうな人種のようだ。
 食事を終えた後に私とフェイ様は、スペード夜王国特産の白茶を口にする。さっぱりとして癖もなく、食後にもってこいのお茶だった。ホッとしつつも、次に何らかの行動を起こしてくるのは第三王子だ。
 また昨日のように敵意と殺意、値踏みするような視線に晒されるのかと思うと怖くなった。

「今日のお誘いはそうなると、第三王子でしょうか?」

 不安が顔に出ていたのか、声が僅かに掠れてしまった。

「それは──」
「心配しなくて大丈夫ですよ、私の愛しい天使。第三王子は私に個人的な商談があると言ってきたのですから」

 心なしか眼鏡が怪しく光ったのだが、気のせいだろう。

「え、ジェラルド兄様に?」
「そうですよ。今日の午後にでも話をつけてきますから、ソフィはのんびりしていてくださいね」

 さらりと言ってのけたジェラルド兄様は、紅茶を飲み干すと立ち上がった。兄様に声をかけようとするが、何を言えばいいのか思い浮かばず「気を付けて」などと月並みのセリフしか言えなかった。けれどもそんなダメな妹に対してジェラルド兄様は、踵を返して私の元まで戻ってきた。

「忘れものをしてしまった。ソフィ、行ってきます」
「はい。いってらっしゃい、ジェラルド兄様」

 ジェラルド兄様は私の頭を撫でまわした後、満足して退室していった。

 この六年で兄様が逞しくなったのは、フェイ様が留学してきていたのが大きい。何かと張り合っていた二人は、いつの間にか良き友人という関係を築いていた。微笑ましい。

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