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第5章
第69話 第十王子シン・フェイの視点13
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昔から自分の国が嫌いだった。
スペード夜王国の女性は、男性がいなければ生きていけない女性ばかりだ。女性として自立した職業に就いているのも全体の約一割、それほどこの国の体制は男性に寄生する女性を作り上げる構造をしている。
もっともそうしたのは二百年前、当時の国王が見惚れた娘は、商業や人との関わりが広く、自立心が高かった。それ故「王宮での暮らしに馴染めない」と国王の求婚を断り、他国に移り住んだという。
次に求婚した者は政治に明るい女官僚で、彼女の優秀さを国王は信頼していた。だが時を経て彼女が政治に口を挟むたびに、その才能に苛立つようになる。そして国王は、自立した女性ではなく男性がいなければ生きていけない女を囲うようになった。男に媚びを売り寄生するのが当たり前という悪女ができあがる。
それが結果的に今の男性優位の政治体制を基盤としており、女性官僚も一割を切る。それでも全く廃れたわけでないのは、四大名家の影響力があったからだろう。女性でも有能な者を多く輩出してきた伯家と郭家の二大名家は、男性より女性の方が当主になることもしばしばあった。
第一王子藤陽は、ソフィに襲い掛かったことで王位継承権の剥奪。
正妃はソフィを毒殺未遂で極刑または国外追放。
第二王子飛翔は、ソフィに身分を偽り接触し既成事実を作ろうとして失敗。その腹いせに暗殺者を差し向けたことで王位継承権を剥奪。
(しかし第一、第二王子は自尊心が高く、傲慢だったがそこまで愚かではなかった──はずだ。今回の行動はあまりにも短絡的すぎる。まるでそう指示された、いやそうすれば玉座が手に入ると甘言に乗ったのだろう。となると狡猾かつ合理的な手法。ソフィを手駒に使う大胆さ──黒幕は誰だ?)
第三王子歴崇の母親は庶民の出だが、地下街では名が知られている。強かで利己的だが謀略を巡らせるタイプではない。ただ聖女アリサと繋がりがあるのは確認している。
第四、第五王子は王位に興味がないので継承権を放棄。
第六王子雨露は病弱を理由に継承権を放棄。しかし彼の母は継承権放棄を否定している。
第七王子星焔、第八王子奏波、第九王子来波は郭家の出自で、民衆にも人気がある。継承順位はあまり高くないが──今回の第一、第二王子の陥落で可能性の目は出てきた。
(第七王子の情報があまりに少ない。だがアレが一番危険な気がする)
今後の王子たちの動き諸々を考えながら理性を動かす。こういう時程小難しいことを考えていたほうがいい。なぜなら、目の前に私の愛らしくて可愛らしいソフィが無防備状態で眠っているからだ。
(超絶可愛い。これはこれで網膜に焼き付けよう)
夜這いに来たからというのではない。断じて違う。すでに何度も肌を重ねているので、わざわざ夜這いする必要も──とにかく違う。
***
数時間前。
泣きつかれてしまったソフィをベッドに運んで手を放そうとしたのだが、離れなかった──なので、「しょうがない」と一緒のベッドで眠ることにした。
ソフィが手を離さなかったのだから、ともっともらしい理由を付ける。
ローズに頼んで冷たいタオルを用意してもらい、彼女の瞼において冷やす。それを何度か繰り返していると瞼の腫れもだいぶ収まってきたようだ。
「フェイさぁま、……………ぎゅう」
「!?」
いつも抱きしめると照れて恥ずかしがり屋で、奥手で、つれないソフィが「ぎゅう」を求めているのだ。ここで理性が振り切れなかっただけ偉いと思う。私は良く頑張った!
もっともベッドの上で抱きしめたソフィの体は、華奢でどこもかしこも柔らかい。私を枕と思っているのかくっ付いてくる姿はもう、筆舌に尽くしがたい。
(可愛い。可愛すぎてつらい)
──ということが数時間前にあったからだ。
この六年でソフィとの絆は深まったと言える。だが、それでも、それだからこそ彼女は運命が変わるその瞬間までけっして私を心から信用しないだろう。
信用したい。寄り添い合おうとしてくれる、「好きだ」と何度も聞いた。
けれども一抹の不安がソフィの中に残っている。
しょうがないことだ。十二回信じた結果、裏切られ続けたのだから。違うと、否定することはできる。口で言うのは容易い。
以前ジェラルドが『シュレディンガーの猫』の話を持ち出してきたことがある。異世界の書物で、「箱の中に猫を入れて、有毒ガスを箱の中に少しずつ入れていく。その有毒ガスは適量で死に至るとし、一時間後に箱を開ける。しかしながら箱を開けるまでは、見えていない物事は確定しない。つまりは箱を開ける瞬間まで猫が生きているか死んでいるかは不明──わからないという定義があるのだが」と生き生きと語っていた。
結局未来も、その箱と同じで、その時がこなければ確定とはなりえない。
(その結果はあと数か月後には出る。何があってもソフィの傍を離れないし、守り切る)
スペード夜王国の女性は、男性がいなければ生きていけない女性ばかりだ。女性として自立した職業に就いているのも全体の約一割、それほどこの国の体制は男性に寄生する女性を作り上げる構造をしている。
もっともそうしたのは二百年前、当時の国王が見惚れた娘は、商業や人との関わりが広く、自立心が高かった。それ故「王宮での暮らしに馴染めない」と国王の求婚を断り、他国に移り住んだという。
次に求婚した者は政治に明るい女官僚で、彼女の優秀さを国王は信頼していた。だが時を経て彼女が政治に口を挟むたびに、その才能に苛立つようになる。そして国王は、自立した女性ではなく男性がいなければ生きていけない女を囲うようになった。男に媚びを売り寄生するのが当たり前という悪女ができあがる。
それが結果的に今の男性優位の政治体制を基盤としており、女性官僚も一割を切る。それでも全く廃れたわけでないのは、四大名家の影響力があったからだろう。女性でも有能な者を多く輩出してきた伯家と郭家の二大名家は、男性より女性の方が当主になることもしばしばあった。
第一王子藤陽は、ソフィに襲い掛かったことで王位継承権の剥奪。
正妃はソフィを毒殺未遂で極刑または国外追放。
第二王子飛翔は、ソフィに身分を偽り接触し既成事実を作ろうとして失敗。その腹いせに暗殺者を差し向けたことで王位継承権を剥奪。
(しかし第一、第二王子は自尊心が高く、傲慢だったがそこまで愚かではなかった──はずだ。今回の行動はあまりにも短絡的すぎる。まるでそう指示された、いやそうすれば玉座が手に入ると甘言に乗ったのだろう。となると狡猾かつ合理的な手法。ソフィを手駒に使う大胆さ──黒幕は誰だ?)
第三王子歴崇の母親は庶民の出だが、地下街では名が知られている。強かで利己的だが謀略を巡らせるタイプではない。ただ聖女アリサと繋がりがあるのは確認している。
第四、第五王子は王位に興味がないので継承権を放棄。
第六王子雨露は病弱を理由に継承権を放棄。しかし彼の母は継承権放棄を否定している。
第七王子星焔、第八王子奏波、第九王子来波は郭家の出自で、民衆にも人気がある。継承順位はあまり高くないが──今回の第一、第二王子の陥落で可能性の目は出てきた。
(第七王子の情報があまりに少ない。だがアレが一番危険な気がする)
今後の王子たちの動き諸々を考えながら理性を動かす。こういう時程小難しいことを考えていたほうがいい。なぜなら、目の前に私の愛らしくて可愛らしいソフィが無防備状態で眠っているからだ。
(超絶可愛い。これはこれで網膜に焼き付けよう)
夜這いに来たからというのではない。断じて違う。すでに何度も肌を重ねているので、わざわざ夜這いする必要も──とにかく違う。
***
数時間前。
泣きつかれてしまったソフィをベッドに運んで手を放そうとしたのだが、離れなかった──なので、「しょうがない」と一緒のベッドで眠ることにした。
ソフィが手を離さなかったのだから、ともっともらしい理由を付ける。
ローズに頼んで冷たいタオルを用意してもらい、彼女の瞼において冷やす。それを何度か繰り返していると瞼の腫れもだいぶ収まってきたようだ。
「フェイさぁま、……………ぎゅう」
「!?」
いつも抱きしめると照れて恥ずかしがり屋で、奥手で、つれないソフィが「ぎゅう」を求めているのだ。ここで理性が振り切れなかっただけ偉いと思う。私は良く頑張った!
もっともベッドの上で抱きしめたソフィの体は、華奢でどこもかしこも柔らかい。私を枕と思っているのかくっ付いてくる姿はもう、筆舌に尽くしがたい。
(可愛い。可愛すぎてつらい)
──ということが数時間前にあったからだ。
この六年でソフィとの絆は深まったと言える。だが、それでも、それだからこそ彼女は運命が変わるその瞬間までけっして私を心から信用しないだろう。
信用したい。寄り添い合おうとしてくれる、「好きだ」と何度も聞いた。
けれども一抹の不安がソフィの中に残っている。
しょうがないことだ。十二回信じた結果、裏切られ続けたのだから。違うと、否定することはできる。口で言うのは容易い。
以前ジェラルドが『シュレディンガーの猫』の話を持ち出してきたことがある。異世界の書物で、「箱の中に猫を入れて、有毒ガスを箱の中に少しずつ入れていく。その有毒ガスは適量で死に至るとし、一時間後に箱を開ける。しかしながら箱を開けるまでは、見えていない物事は確定しない。つまりは箱を開ける瞬間まで猫が生きているか死んでいるかは不明──わからないという定義があるのだが」と生き生きと語っていた。
結局未来も、その箱と同じで、その時がこなければ確定とはなりえない。
(その結果はあと数か月後には出る。何があってもソフィの傍を離れないし、守り切る)
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