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第5章
第62話 お茶会のお誘い
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四日後、スペード夜王国・王都に到着した。
まだ日も傾いていないというのに、夜の帳を降ろしたかのような空は、なんとも不思議な光景だった。太陽の光を遮断する術式だとかで、これらが王都一帯に張り巡らされている。
実際に見るとなんとも不思議な感覚だった。ダイヤ王国の北で見えるオーロラに似て、美しくもある光景に、改めて遠くまで来たのだと実感する。この帳は吸血王の時代、日の光を疎んじたため作ったものだそうだ。現在、吸血行為を失った子孫たちは、太陽の日差しを浴びても問題ないのだが、それでも太陽よりもこの宵闇の世界を好んでいるらしい。
「フェイ様はダイヤ王国で普通に暮らしていましたけれど、夜の方が好きなのですか?」
「いいや。私にとってこの国は、閉ざされた檻のような窮屈感があった。息が詰まるピリピリした空気、向けられる敵意、値踏みするような視線。そんな連想をさせる夜は、好きじゃない。太陽の日差しがあるダイヤ王国が、ソフィの隣が好きだ」
「……!」
最終的に愛の告白になり、私は頬が熱くなるのを感じて言葉に窮する。自分もその想いに応えたいのだが、フェイ様のように上手く言葉が出てこない。けれど嬉しい気持ちを口にしたいと勇気を振り絞る。
「わ、私もフェイ様の隣が良いです」
「ああ。それは嬉しいな」
蕩けたような笑みを浮かべるフェイ様に、私は口元が緩んでしまう。本当は「好き」と言いたかったのに、口に出ると別の言葉にすり替えてしまうのだ。なんとも情けない。
「好きって、いっぱい口にすれば、言い慣れるかしら」
「ソフィは本当に可愛くて、愛らしくて、愛おしいな」
(え? 私の心を読んだようなセリフを……。口に出してなかったはず?)
「口に出ていたよ」
「!?」
「ほら、そろそろ城に着く」
(──そうだった。気合を入れないと)
水の都と謳われた王都では水路が多く、建築物もダイヤ王国とは趣が異なっており、湖の上に浮かぶ城は絵本で見るような幻想的な光景だった。城を囲む霧と湖に浮かぶ蓮の花がより際立っていたからなのかもしれない。
城内に入ると廊下にまで水路があり、通るたびに様々な花々が咲き誇っている。玉座の間は天井も高く、広々とした風通しの良い場所だった。
警備兵やこの国の重鎮、王族たちが一堂に集まり私たちに視線を向ける。
悪意、嫌悪、奇異、関心、敵意──様々な思惑が内包された空間は、恐ろしいほど静寂だった。数十人という人がいる中で、私たちの靴音以外呼吸一つも気を配るような緊張感がこの場を支配している。
王族の面々は側室の王妃、王子を含めて玉座の傍で佇んでいた。フェイ様と血の繋がりがあるとは思えない。
グエン国王は几帳と呼ばれる屏障具と御簾の奥に座していた。ハッキリとした顔は見えないが、時間跳躍の時間軸で出会ったフェイ様と雰囲気が似ているのかもしれない。
「よくぞ参られた。ダイヤ王国王妃と王子、次期女王よ。我が息子、飛が留学で世話になっている」
「とんでもございません。スペード夜王国国王に再び謁見が出来たこと、大変うれしく思っております」
グエン国王との対話は母様が引き受けてくれたおかげで、私は傍観するだけですんでいた。ちなみに私はフェイ様とジェラルド兄様に挟まれて守られている。主に嫉妬や殺意や敵意から。
もし私とフェイ様だけだったら、こうはならなかっただろう。
母様とジェラルド兄様が同行してくださって本当に良かった。そして予想していた通り、嘆願書の件には一切触れることはなかった。王子たちからの視線を感じるに、事前に情報または「他国の王族との交流を深めるように」云々の伝達はあったのかもしれない。
初めての旅行と他国の訪問に緊張していた私だが、思いのほか長丁場とはならなかった。国王との謁見は何事もなく、あっさりと終わった──はずだった。
「お茶会?」
「はい。第一王子の母君であられる正妃からの申し出のようです。ソフィーリア様一人だけで参加してほしいと」
ローズは淡々と説明した。無表情だが、機嫌が悪そうだ。
その理由は、この部屋にあるのだろう。
案内されたのは客人用の部屋なのだが、なんとも質素というか調度品など最低限で、部屋もさほど大きくはない。少し硬めのベッドにソファ、テーブルがある程度だ。それを見てローズは眉間に皺が寄る。どうやら『客人のもてなしがなっていない』と憤慨しているようだ。
(確かに最高級のおもてなしって感じには思えないけれど)
「ちなみにこの部屋で既に四つ程毒を感知したので、解毒しております。ベッドのマットに関しては寝る前にはダイヤ王国で扱っているものと取り換えておきます」
「うん。ローズ、ありがとう」
毒とか恐ろしい単語が出ていたのだが、珍しく早口で言い切るローズの勢いに、感謝の言葉を答えるのでいっぱいだった。
話を聞くと一泊ごとに部屋が変わるらしく、それぞれの王子たちが『おもてなし』をする趣だそうだ。今日は一日目で第一王子とその母、奏家の担当となる。つまり奏家ならではの歓迎らしい。すでに第一王子からあまり良い印象は得られなかったが、正妃や後ろ盾の奏家の印象も同じだ。
(フェイ様の情報通りね。それなら希望通り、お茶会を受けてもいいかもしれないわ)
向こうは無知で世間知らずな次期女王と思っているだろう。もっともそう思われていた方がやりやすいので助かる。
「お茶会ぐらいならいいわ」
「かしこまりました。ではそのようにお伝えします」
「それと母様、ジェラルド兄様、フェイ様に、プランAで行くというのも伝えてちょうだい」
「はい」
ローズは一緒に付いてきた家事妖精シスターズの一人、ツインテールの髪をしているリリィに指示を出した。リリィはすぐさま部屋を出て行く。本当に優秀である。
「ソフィーリア様、ご安心ください。今回旅行に出る際、樹木の精霊様より毒無効化の指輪と、水の精霊様から水の加護のネックレスを預かっております」
「そういうのは、私だけではなく母様やジェラルド兄様、フェイ様にも渡してほしいわ」
「もちろんでございます。皆様にも劣化版をお渡ししています」
「劣化版!?」
「貴女様は次期女王なのですから、みなよりも最高級の装備を整えるのは当然です」
ムスッとするローズが可愛くて、私は思わず抱き着いた。
「心配してくれてありがとう」
「むう、ソフィーリア様、苦しい」
そうだったと、私は気持ちを引き締める。今回は八歳からのやり直しだったので余裕もあるからだろうか、女王としての自覚がやや欠けていた。けれども意識すればすぐに私は女王の顔を引き出せる。
伊達に十三回目もやり直しをしていないのだ。
(他国の王族というか客人に対してどの程度の対応をするのか。お手並み拝見と行きましょう)
すでに面倒ごとを引き受けた以上、どのように出てくるのか。あまりいい期待はしていなかったが、これで王位継承権の評価に響くというのなら全力で挑むまでだ。
ちなみにこの時の私は、私に何かあったら理性が吹き飛び、何をしでかすかわからない危険人物が身近にいることをすっかりと失念していた。
まだ日も傾いていないというのに、夜の帳を降ろしたかのような空は、なんとも不思議な光景だった。太陽の光を遮断する術式だとかで、これらが王都一帯に張り巡らされている。
実際に見るとなんとも不思議な感覚だった。ダイヤ王国の北で見えるオーロラに似て、美しくもある光景に、改めて遠くまで来たのだと実感する。この帳は吸血王の時代、日の光を疎んじたため作ったものだそうだ。現在、吸血行為を失った子孫たちは、太陽の日差しを浴びても問題ないのだが、それでも太陽よりもこの宵闇の世界を好んでいるらしい。
「フェイ様はダイヤ王国で普通に暮らしていましたけれど、夜の方が好きなのですか?」
「いいや。私にとってこの国は、閉ざされた檻のような窮屈感があった。息が詰まるピリピリした空気、向けられる敵意、値踏みするような視線。そんな連想をさせる夜は、好きじゃない。太陽の日差しがあるダイヤ王国が、ソフィの隣が好きだ」
「……!」
最終的に愛の告白になり、私は頬が熱くなるのを感じて言葉に窮する。自分もその想いに応えたいのだが、フェイ様のように上手く言葉が出てこない。けれど嬉しい気持ちを口にしたいと勇気を振り絞る。
「わ、私もフェイ様の隣が良いです」
「ああ。それは嬉しいな」
蕩けたような笑みを浮かべるフェイ様に、私は口元が緩んでしまう。本当は「好き」と言いたかったのに、口に出ると別の言葉にすり替えてしまうのだ。なんとも情けない。
「好きって、いっぱい口にすれば、言い慣れるかしら」
「ソフィは本当に可愛くて、愛らしくて、愛おしいな」
(え? 私の心を読んだようなセリフを……。口に出してなかったはず?)
「口に出ていたよ」
「!?」
「ほら、そろそろ城に着く」
(──そうだった。気合を入れないと)
水の都と謳われた王都では水路が多く、建築物もダイヤ王国とは趣が異なっており、湖の上に浮かぶ城は絵本で見るような幻想的な光景だった。城を囲む霧と湖に浮かぶ蓮の花がより際立っていたからなのかもしれない。
城内に入ると廊下にまで水路があり、通るたびに様々な花々が咲き誇っている。玉座の間は天井も高く、広々とした風通しの良い場所だった。
警備兵やこの国の重鎮、王族たちが一堂に集まり私たちに視線を向ける。
悪意、嫌悪、奇異、関心、敵意──様々な思惑が内包された空間は、恐ろしいほど静寂だった。数十人という人がいる中で、私たちの靴音以外呼吸一つも気を配るような緊張感がこの場を支配している。
王族の面々は側室の王妃、王子を含めて玉座の傍で佇んでいた。フェイ様と血の繋がりがあるとは思えない。
グエン国王は几帳と呼ばれる屏障具と御簾の奥に座していた。ハッキリとした顔は見えないが、時間跳躍の時間軸で出会ったフェイ様と雰囲気が似ているのかもしれない。
「よくぞ参られた。ダイヤ王国王妃と王子、次期女王よ。我が息子、飛が留学で世話になっている」
「とんでもございません。スペード夜王国国王に再び謁見が出来たこと、大変うれしく思っております」
グエン国王との対話は母様が引き受けてくれたおかげで、私は傍観するだけですんでいた。ちなみに私はフェイ様とジェラルド兄様に挟まれて守られている。主に嫉妬や殺意や敵意から。
もし私とフェイ様だけだったら、こうはならなかっただろう。
母様とジェラルド兄様が同行してくださって本当に良かった。そして予想していた通り、嘆願書の件には一切触れることはなかった。王子たちからの視線を感じるに、事前に情報または「他国の王族との交流を深めるように」云々の伝達はあったのかもしれない。
初めての旅行と他国の訪問に緊張していた私だが、思いのほか長丁場とはならなかった。国王との謁見は何事もなく、あっさりと終わった──はずだった。
「お茶会?」
「はい。第一王子の母君であられる正妃からの申し出のようです。ソフィーリア様一人だけで参加してほしいと」
ローズは淡々と説明した。無表情だが、機嫌が悪そうだ。
その理由は、この部屋にあるのだろう。
案内されたのは客人用の部屋なのだが、なんとも質素というか調度品など最低限で、部屋もさほど大きくはない。少し硬めのベッドにソファ、テーブルがある程度だ。それを見てローズは眉間に皺が寄る。どうやら『客人のもてなしがなっていない』と憤慨しているようだ。
(確かに最高級のおもてなしって感じには思えないけれど)
「ちなみにこの部屋で既に四つ程毒を感知したので、解毒しております。ベッドのマットに関しては寝る前にはダイヤ王国で扱っているものと取り換えておきます」
「うん。ローズ、ありがとう」
毒とか恐ろしい単語が出ていたのだが、珍しく早口で言い切るローズの勢いに、感謝の言葉を答えるのでいっぱいだった。
話を聞くと一泊ごとに部屋が変わるらしく、それぞれの王子たちが『おもてなし』をする趣だそうだ。今日は一日目で第一王子とその母、奏家の担当となる。つまり奏家ならではの歓迎らしい。すでに第一王子からあまり良い印象は得られなかったが、正妃や後ろ盾の奏家の印象も同じだ。
(フェイ様の情報通りね。それなら希望通り、お茶会を受けてもいいかもしれないわ)
向こうは無知で世間知らずな次期女王と思っているだろう。もっともそう思われていた方がやりやすいので助かる。
「お茶会ぐらいならいいわ」
「かしこまりました。ではそのようにお伝えします」
「それと母様、ジェラルド兄様、フェイ様に、プランAで行くというのも伝えてちょうだい」
「はい」
ローズは一緒に付いてきた家事妖精シスターズの一人、ツインテールの髪をしているリリィに指示を出した。リリィはすぐさま部屋を出て行く。本当に優秀である。
「ソフィーリア様、ご安心ください。今回旅行に出る際、樹木の精霊様より毒無効化の指輪と、水の精霊様から水の加護のネックレスを預かっております」
「そういうのは、私だけではなく母様やジェラルド兄様、フェイ様にも渡してほしいわ」
「もちろんでございます。皆様にも劣化版をお渡ししています」
「劣化版!?」
「貴女様は次期女王なのですから、みなよりも最高級の装備を整えるのは当然です」
ムスッとするローズが可愛くて、私は思わず抱き着いた。
「心配してくれてありがとう」
「むう、ソフィーリア様、苦しい」
そうだったと、私は気持ちを引き締める。今回は八歳からのやり直しだったので余裕もあるからだろうか、女王としての自覚がやや欠けていた。けれども意識すればすぐに私は女王の顔を引き出せる。
伊達に十三回目もやり直しをしていないのだ。
(他国の王族というか客人に対してどの程度の対応をするのか。お手並み拝見と行きましょう)
すでに面倒ごとを引き受けた以上、どのように出てくるのか。あまりいい期待はしていなかったが、これで王位継承権の評価に響くというのなら全力で挑むまでだ。
ちなみにこの時の私は、私に何かあったら理性が吹き飛び、何をしでかすかわからない危険人物が身近にいることをすっかりと失念していた。
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