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第4章

第56話 婚約者様の溺愛は過激・後編

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 そんなに親しくなった相手もいないので首をひねって、考え込む。外交相手では何人も浮かぶものの、シン様がいうような相手は一人もいない。私がわからないままでいると、業を煮やしたのか「第七王子、清星セイエンだ」と不機嫌そうに答えた。

「セイエン様? ……私が会ったのは随分前だと思いますよ? シン様と婚約関係になってからはパーティーにも参加してはいなかったような?」
「だとしても、ソフィの婚約者候補に上がっていた人物だし、気をつけて欲しい」
「わ、わかりました」

 真剣な眼差しに何度も頷いた。あの女装姿のセイエン様が危険なのだろうか。どちらかというと第一王子たちのほうが危険というか注意すべきだと思っていたので、意外だった。

「いや、それだけじゃない。ハート皇国のあいつ、アレクシス殿下も」

 またまた意外な人物に「?」が頭の上に浮かぶ。

「アレクシス殿下? 確かに王族としての付き合いはそれなりにありますが、シン様が心配するようなことは──」
「あるだろう。四、五年前も、あの男とダンスを踊っていたではないか」
「そんなことを仰ったらシン様だって、たくさんのご令嬢にダンスをせがまれていたではないですか。社交界では人脈が大事ですから、致し方ないのでは?」
「文通もしているのだろう」
「ハート皇国の現状報告ですよ。ある一件で、我が国が食料支援を行っていますから」

 アレクシス殿下には婚約者もおり、私と踊ったのも社交辞令のようなものだ。その上、踊ったのは十三、四歳の二回だけ。それ以降、アレクシス殿下は魔物討伐のため前線で戦っていると聞く。
 外交関係で会うとしてもジェラルド兄様との回数の方が多い。それに最初のダンスは婚約者であるシン様と踊ったのだから、なんらマナー違反ではないはず。

 シン様は「それでも嫌なものは嫌だ」と子供のように駄々をこねる。
 しょうがない人だ。けれど、そういって不貞腐れるのも私のことを独占したいと思う表れだとしたら、少し嬉しい。

(シン様が嫉妬してくれるなんて、今までなら考えられなかったわ)
「アレクシス殿下は年を重ねるごとにソフィへの想いを膨らませている。絶対に二人きりにする状況など作るものか」
「心配し過ぎなのでは……? アレクシス殿下は、そのような事考えていないかと思います。単に食料不足で援助している我が国に対して誠実であろうとしているだけかと」
「……はあ」

 シン様は「何もわかってない」と言わんばかりの顔でため息を吐いた。もしかしたらジェラルド兄様の過保護がシン様に移ったのかもしれない。
 時間跳躍タイムリープの時間軸で何度もアレクシス殿下に殺されているので、私が彼を好きになることはない。最近になってやっと「友人として信頼できるかもしれない」と思えるようになったと言うのに。

 まあ、あくまで手紙上での場合の話に限るが。実際に会うとなると、大人になったアレクシス殿下に対して苦手意識は残る。アレクシス殿下に殺されたことは伏せている。誰にも言っていないし、言ったら最後恐ろしいことが起こるのだけは確定しているので、墓まで持っていくつもりだ。

「ソフィはもう少し男心を学んだ方が──いや、それはそれでなんだか収拾がつかなくなりそうだから、やめておこう」
「そうですか?」

 矛盾したシン様の言葉に私は小首をかしげた。男心とはどういうものなのだろうか。シン様が喜ぶのなら、覚えてみるのもやぶさかではないのだが。

「ほら、そうやって愛らしい顔を見せる。いいか私以外にそんな顔をさせたら期待させてしまうのだから、気を付けるように」
「はい……。ええっと、シン様が喜んでくれるのなら、私は男心? というものを学ぼうと思います!」
「私のために……? ソフィが」
「はい!」
「ちょっと、今のだけで胸がいっぱいに。これ以上はちょっと心臓が保たない……」
「え!?」

 頬を赤らめて幸せそうに微笑むシン様を見ると、胸がキュンと苦しくなる。少し前までは自分の気持ちにブレーキをかけることが多かったけれど、今は自然と口にできている。それが嬉しくてしょうがない。

「シン様が笑っていると私も嬉しいのです。だから、お名前を呼ぶのと同じように、ちょっとずつ男心? というものを教えてくださいませ」
「ふふっ、ソフィは本当にずるい」
「まあ、ずるいのはシン様のほうです。そんな風に笑うことが増えて……。他の令嬢にも同じように微笑んだら……きっと私は、何だか気持ちがモヤモヤしそうです」
「大丈夫だ。私の笑顔はソフィにしか見せない」
「またそんな冗談を」
「冗談だと思うのか」

 ここぞとばかりにシン様は強気に出る。
 そうやって返答に困っている隙に、シン様は私を抱き上げて膝の上に乗せるのだ。気付いた時には体が浮いており、腕の中である。慌てて逃げようとするが、少年の頃よりもがっちりとした腕に捕まっては、逃げ出すことは不可能だろう。
 しばらく抵抗するものの私はすぐに白旗を上げる。

「妖精王からの許可もあるし、不本意だがエルヴィン殿からも身を守る魔導具も用意済みだ」
「エル様まで……。そういえば旅行先にクローバー魔法国はないのですね」
「まあ打診はしたが、今回許可は下りなかった。元々鎖国をしていた多民族国家だからな。公的な理由がなければ難しい」
「クローバー魔法国も見てみたかったですが、それなら仕方がないですね」

 ひとまずクローバー魔法国については、エル様に任せた方が良いのかもしれない。少なくとも今の私にできることはないのだから。

「それで、ハート皇国とスペード夜王国の現状ですが……」
「ああ。同盟解除となりえる原因として、ハート皇国は食料問題、スペード夜王国は《クドラク病》の打開策だったが、今のところ改善していると考えていい」

 私もその意見に首肯する。
 《クドラク病》は発病こそ止められないものの、症状を緩和するための茶葉を考案した。それはシン様が六年前に作り出した薔薇と七種類のブレンド茶、カネレの加工食品である。生産量も十分にあり、貧血症状を改善した結果、《クドラク病》で苦しんでいたスペード夜王国の民衆はシン様を評価し、現在ではダイヤ王国専属の特命全権大使と特許権を獲得。六年で功績を上げたのだ。

「ソフィから聞いていた話の流れだと、スペード夜王国は1505年7月以降、グエン国王の容態が急変し王太子を定めないまま後継者争いが激化したことで、国が傾きつつあった。さらに《クドラク病》の症状の悪化、それを立て直したのが第七王子清星焔だったと」
「はい。……自分に味方した王子を除いて粛清を行った『鮮血王』とも呼ばれていました」

 国の立て直しもありダイヤ王国とは友好関係を築くものだと思っていたが、突如として婚約破棄と同盟白紙を行う。この原因は私にはまったくわからなかった。
 トリガーとなるのは『国王の死』、『クドラク病の悪化』、そして『王位継承争い』。この三つだと絞った。それを六年前にシン様に話したところ、「スペード夜王国の問題は私の方で処理する、心配しなくていい」と眩しいぐらいの笑顔で押し切られてしまった。

 お手伝いできればと思ったのだが、シン様は本当に秘密事や隠し事をする。それは私を心配させないためだとわかっているのだが、むず痒い。

第七王子あの男がまだ諦めていなかったとしたら、なるほど」
「シン様?」
「いや、なんでもない」
「今回の旅行で、グエン国王の病気などがありましたら樹木の精霊ドライアードに頼んでみるのはいかがでしょうか」
「ああ、それは頼もしいな。ついでにの報告もしに行こうか」
「へ!?」

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