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第4章
第53話 離れたくない
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***
最初の感じたのは浮遊感で、次にゆっくりと自分の体が落ちていくのを感じた。ゆっくりと重力に沿って、下へ、下へ。
私を呼ぶ声は天上と下から。でも引っ張られるには下のほうが強い。
下は真っ暗で、更地で、血の匂いと、破壊の限りを尽くした跡が目についた。
私を呼んだのは、真っ黒な長い髪の黒づくめの青年だった。整った彫刻のように美しいその人は淡く微笑んだ。
彼は吸血鬼の王だという。
「女神よ。我が命を捧げる代わりに、この世界にもう一度、祝福と緑あふれる場所にできないだろうか」
悲痛な声に胸が痛んだ。
「私は女神ではなけれど、祝福と緑あふれる場所にはできるかもしれないわ」
最初はそんな約束だった。約束を果たしたら、天上に戻ろう。そう考えていた。
でも、この世界に祝福を与えることが何を意味するのか、私は理解していなかった。
全ては自業自得。
この世界に囚われたのではなく、執着してしまった。
ああ、それをあの子に伝えても、もう私の声が届いていない。
***
「──あ」
ふと目を覚ますと、見慣れた天井が見えた。
現実味のある夢だったが、目を覚ました瞬間から記憶が霧散してしまう。
黒い髪の人がほんの少しシン様に似ていることに、ドキドキしてしまった。視界に映る黒髪を見て「そうそうこんな感じ」と、思った瞬間、思い切り見返す。
「…………」
(シン様……! ハッ! そうだわシン様! 顔色は……うんよくなっている)
昨日は色々ありすぎて、大変だった。途中で私もシン様の傍で眠ったのだ。
聖女様は予定通り(?)収監したらしい。魔女の器になりつつあったとか。私も三カ月前から記憶がぼんやりしていて、両親と兄様にヒシッと抱きしめられた。
実感があまりなかったけれど、結構危ない状態だったらしい。だからこそシン様が無茶を重ねた結果、出血多量で死にかけるという状態だった。
(私が心細くて寂しいと思うことも、魔女の計画だったなんて……。シン様の血を浴びたことで私とシン様の影から出ていった……。待って、ということは私もシン様も常に行動を監視されて、すれ違いように……ってもしかして心の声も、私の感情を揺らすため!?)
ぐるぐるいろんなことがありすぎて、考えをまとめるのに処理能力が低下しつつあった。
(シン様がギリギリで助けてくれた……。シン様)
疑ってごめんなさい。
信じられなくて、ごめんなさい。怖くて勇気が出せなくて、逃げようとしてごめんなさい。
「シン様、……嫌いにならないで」
「……どうしてそんな結論になるのか分からないが、私こそ……ソフィに嫌われたくない」
「シン様!!」
目覚めたシン様にギュッと抱きつく。シン様は嬉しそうに──というか固まっていた。
「シン様、まだどこか痛みが? 立ち眩みですか? それともドライフルーツ? あ、飲み物が先です?」
「…………ソフィが甲斐甲斐しくて、可愛い」
両手で顔を覆う仕草のほうが、可愛いです。そんなことを思いながらレモン水が入ったグラスを差し出す。
「自分で飲めますか?」
「……え。飲めないと言ったら?」
「え、えっと。口移し?」
「それは……是非ともと思うけれど、私の理性が持ちそうにないから、このままいただく」
「はい(……? まだやっぱり体が辛いのかも……うーん、こういう時って、えっと……)シン様、体を拭きましょうか?」
「ぶぐっ!?」
シン様は思い切りむせてしまったので、背中を摩った。やっぱりもう少し飲みやすいものが良かったのかもしれない。
しかしシン様は一気に飲み干したので、空いたグラスを受け取って棚の上に戻した。
「ソフィ……ええっと」
「汗をたくさんかいたら、家事妖精たちが手伝ってくれたので! 私がシン様のお世話をしたいのです」
「ソフィ、急にそんな可愛いことばかりされたら、私の心臓が持たないかもしれない」
「心臓が! ではどうすれば良くなりますか? シン様が良くなるまで、ずっとお傍にいたいです。私にできることはありますか?」
家事妖精シスターズのようにはできないかもしれないけれど、シン様の役にたちたい。
そう意気込んだのだが、始める前からシン様は顔を真っ赤にしている。
「え、死にかけた対価のご褒美が豪華すぎる。……ソフィ、そのなんでも頼んでいいのかい?」
「はい。私にできることなら!」
「じゃあ、……朝は『おはよう』と声をかけてキスをしてほしい。食事はできる限り一緒に。時々……食べさせてくれると……グッとくる」
「グッと?」
「とっても嬉しいってことだよ。スペード夜王国の風趣で婚約者なら、みんなしているよ(嘘)」
「そうなのですね!」
「それから、時々、ソフィの歌声を聴かせてほしいな。最初はそうだな、週に一度……いやニ、三回……」
「わかりました。シン様が完全回復するまでは一緒のベッドでまた添い寝してもいいでしょね」
「ソフィからの添い寝! ……手を繋いだりギュッとするのは」
「シン様がお望みなら」
「是非、頼む」
「はい!」
シン様が喜んでくれて嬉しい。ずっと寂しくてモヤモヤして、不安で、怖かった気持ちがスッと消えた気がする。
将来のことはまだ分からないけれど、怖いだけじゃない。
ギュッと抱きしめ返してくれるシン様が傍にいるのだから。
(そういえば今までは、婚約破棄されるのが怖くて、好きな気持ちを抑え込んでばかりいた気がする……。これからはもっと好きだって、口にしてもいいのかな? ううん、口にしたい。好きだって、伝えたい)
不思議なほど前向きで、自分の気持ちに正直になれた。時間軸を繰り返して、酷い目に遭ってきたけれど、でもそれは今とは違う。
状況も、シン様との関係も全然違うのだと実感する。だって、今、手を伸ばせばシン様に触れることができるのだ。
「シン様……」
「ソフィ?」
甘い声で私の愛称を呼ぶ。過去に一度もなかった。
「……………………フェイ様、大好きです」
そう勇気を出して、自分からシン様の唇に触れた。
最初の感じたのは浮遊感で、次にゆっくりと自分の体が落ちていくのを感じた。ゆっくりと重力に沿って、下へ、下へ。
私を呼ぶ声は天上と下から。でも引っ張られるには下のほうが強い。
下は真っ暗で、更地で、血の匂いと、破壊の限りを尽くした跡が目についた。
私を呼んだのは、真っ黒な長い髪の黒づくめの青年だった。整った彫刻のように美しいその人は淡く微笑んだ。
彼は吸血鬼の王だという。
「女神よ。我が命を捧げる代わりに、この世界にもう一度、祝福と緑あふれる場所にできないだろうか」
悲痛な声に胸が痛んだ。
「私は女神ではなけれど、祝福と緑あふれる場所にはできるかもしれないわ」
最初はそんな約束だった。約束を果たしたら、天上に戻ろう。そう考えていた。
でも、この世界に祝福を与えることが何を意味するのか、私は理解していなかった。
全ては自業自得。
この世界に囚われたのではなく、執着してしまった。
ああ、それをあの子に伝えても、もう私の声が届いていない。
***
「──あ」
ふと目を覚ますと、見慣れた天井が見えた。
現実味のある夢だったが、目を覚ました瞬間から記憶が霧散してしまう。
黒い髪の人がほんの少しシン様に似ていることに、ドキドキしてしまった。視界に映る黒髪を見て「そうそうこんな感じ」と、思った瞬間、思い切り見返す。
「…………」
(シン様……! ハッ! そうだわシン様! 顔色は……うんよくなっている)
昨日は色々ありすぎて、大変だった。途中で私もシン様の傍で眠ったのだ。
聖女様は予定通り(?)収監したらしい。魔女の器になりつつあったとか。私も三カ月前から記憶がぼんやりしていて、両親と兄様にヒシッと抱きしめられた。
実感があまりなかったけれど、結構危ない状態だったらしい。だからこそシン様が無茶を重ねた結果、出血多量で死にかけるという状態だった。
(私が心細くて寂しいと思うことも、魔女の計画だったなんて……。シン様の血を浴びたことで私とシン様の影から出ていった……。待って、ということは私もシン様も常に行動を監視されて、すれ違いように……ってもしかして心の声も、私の感情を揺らすため!?)
ぐるぐるいろんなことがありすぎて、考えをまとめるのに処理能力が低下しつつあった。
(シン様がギリギリで助けてくれた……。シン様)
疑ってごめんなさい。
信じられなくて、ごめんなさい。怖くて勇気が出せなくて、逃げようとしてごめんなさい。
「シン様、……嫌いにならないで」
「……どうしてそんな結論になるのか分からないが、私こそ……ソフィに嫌われたくない」
「シン様!!」
目覚めたシン様にギュッと抱きつく。シン様は嬉しそうに──というか固まっていた。
「シン様、まだどこか痛みが? 立ち眩みですか? それともドライフルーツ? あ、飲み物が先です?」
「…………ソフィが甲斐甲斐しくて、可愛い」
両手で顔を覆う仕草のほうが、可愛いです。そんなことを思いながらレモン水が入ったグラスを差し出す。
「自分で飲めますか?」
「……え。飲めないと言ったら?」
「え、えっと。口移し?」
「それは……是非ともと思うけれど、私の理性が持ちそうにないから、このままいただく」
「はい(……? まだやっぱり体が辛いのかも……うーん、こういう時って、えっと……)シン様、体を拭きましょうか?」
「ぶぐっ!?」
シン様は思い切りむせてしまったので、背中を摩った。やっぱりもう少し飲みやすいものが良かったのかもしれない。
しかしシン様は一気に飲み干したので、空いたグラスを受け取って棚の上に戻した。
「ソフィ……ええっと」
「汗をたくさんかいたら、家事妖精たちが手伝ってくれたので! 私がシン様のお世話をしたいのです」
「ソフィ、急にそんな可愛いことばかりされたら、私の心臓が持たないかもしれない」
「心臓が! ではどうすれば良くなりますか? シン様が良くなるまで、ずっとお傍にいたいです。私にできることはありますか?」
家事妖精シスターズのようにはできないかもしれないけれど、シン様の役にたちたい。
そう意気込んだのだが、始める前からシン様は顔を真っ赤にしている。
「え、死にかけた対価のご褒美が豪華すぎる。……ソフィ、そのなんでも頼んでいいのかい?」
「はい。私にできることなら!」
「じゃあ、……朝は『おはよう』と声をかけてキスをしてほしい。食事はできる限り一緒に。時々……食べさせてくれると……グッとくる」
「グッと?」
「とっても嬉しいってことだよ。スペード夜王国の風趣で婚約者なら、みんなしているよ(嘘)」
「そうなのですね!」
「それから、時々、ソフィの歌声を聴かせてほしいな。最初はそうだな、週に一度……いやニ、三回……」
「わかりました。シン様が完全回復するまでは一緒のベッドでまた添い寝してもいいでしょね」
「ソフィからの添い寝! ……手を繋いだりギュッとするのは」
「シン様がお望みなら」
「是非、頼む」
「はい!」
シン様が喜んでくれて嬉しい。ずっと寂しくてモヤモヤして、不安で、怖かった気持ちがスッと消えた気がする。
将来のことはまだ分からないけれど、怖いだけじゃない。
ギュッと抱きしめ返してくれるシン様が傍にいるのだから。
(そういえば今までは、婚約破棄されるのが怖くて、好きな気持ちを抑え込んでばかりいた気がする……。これからはもっと好きだって、口にしてもいいのかな? ううん、口にしたい。好きだって、伝えたい)
不思議なほど前向きで、自分の気持ちに正直になれた。時間軸を繰り返して、酷い目に遭ってきたけれど、でもそれは今とは違う。
状況も、シン様との関係も全然違うのだと実感する。だって、今、手を伸ばせばシン様に触れることができるのだ。
「シン様……」
「ソフィ?」
甘い声で私の愛称を呼ぶ。過去に一度もなかった。
「……………………フェイ様、大好きです」
そう勇気を出して、自分からシン様の唇に触れた。
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