14 / 98
第2幕
第13話 婚約者候補と会わないとだめですか・前編
しおりを挟む
時は過ぎて四年後。
一四九九年の六月、私は十二歳になっていた。
ダイヤ王国には万年春のようなものなので、ハート皇国のような四季はない。一年中様々な花が咲き乱れており、作物も常に実っている。十三回目のスタート地点となる時間軸が早かったおかげで、私は四か国同盟解除を阻止するための味方を増やすべく日々邁進していた。
クローバー魔法国の重要人物となるエルヴィン様とも早々に出会った。十二回の時間跳躍の中でも友人として仲が良かったのだが、彼がなぜ裏切ったのか最期まで分からなかった。
これは推測だがエルヴィン様だけの問題ではなく、クローバー魔法国特有の複雑な事情故なのかもしれない。あの国は、人間、エルフ、ドワーフ、魔女などの多種多様民族の集合という国自体が他国と比べて異色だったりする。
(同盟の本質は先払い。やっぱり三カ国共に食いつく交渉材料を先払いすることで、自国の有用性を見せつけて同盟維持をするのが現実的なはず。……ハート皇国は食料不足と援助、クローバー魔法国は魔石の提供、スペード夜王国は……鉄分を補填する飲食物、カネレの品質改善とかかしら……。んー、商談というなら何かダイヤ王国にも利益がないとジェラルド兄様が許可を出さないわよね)
『おおよそ十二歳の子が悩む悩みとは思えないな~』
「数か月とはいえ、十二回も繰り返しているんだもの。体と心の年齢は違うわ」
『かもしれないけれど、悩みすぎるのは良くないよ~』
「むう」
白猫は私の肩にぶら下がりながら呟いた。妖精たちやオーレ・ルゲイエとの意思疎通が出来ているおかげで心強い。
オーレ・ルゲイエは私が数か月間の時間軸を繰り返しているのを知っており、今回が十三回目だというのも把握しているようだ。
(でも何も教えてくれないのよね)
『ソフィ。ドレスの用意した?』
『着替えの準備♪』
『ソフィの服装はやっぱり可愛い感じが良いよね』
部屋に入ってきた妖精たちが私に声をかける。その質問に私は小首を傾げた。
「え? 今日って何かあった?」
『『『ソフィの婚約者が挨拶に来る』』』
「ぶっ!?」
妖精たちは声を揃えて楽しそうに告げているが、私からすれば最後通牒に近い。できればもっと早く教えて欲しかった。昨日とか!
(き、聞いてないわ! 父様や母様に婚約者なんて不要だっていったのに!)
八歳の頃、両親とジェラルド兄様に懇願したことで婚約を回避したと思い込んでいた。もっとも時間跳躍の話をしていないのだから、子供が駄々をこねている程度にしか思われなかったのかもしれない。
王族として幼いころから他国との友好関係を築くためにも婚約は必要だ。周囲の味方づくりに没頭していたせいで、一番気を付ける事案を頭から排除していた私が悪い。
(今までの時間跳躍は、十八歳から再スタートだったから婚約者との顔合わせの時期なんて、うろ覚えだったし……)
『うろ覚え』そう思いながら自分の言葉を否定する。
違う。その部分だけは、覚えていた──思い出したというのが正しいかもしれないが。
シン様と初めて会った時、眉目秀麗でアメジスト色の瞳と目が合った瞬間、恋に落ちたのだ。所謂一目惚れたっだ。
シン様は表情が硬く、言葉数も少なかったけれど、好きになってもらえたらと彼が笑ってくれれば、きっと素敵だろうと思って努力してきた。
それが十二回とも無駄だったのだが。
(まあ、シン様が笑ったところなんて、殆ど見たことがなかったけれど)
薄く口元を綻ばせて笑う。
せいぜいそのぐらいだ。
心から笑った顔を私は見たことがない。婚約者なのに。
婚約者。
聞こえは良いけれど、私との婚約も国同士の結びつきを強めるための政略結婚だった。それにシン様は第十王子。国に残っても有能な姉弟がいては出世の道は厳しいのかもしれない
『ダイヤ王国女王ソフィーリア・ラウンドルフ・フランシス。貴女との婚約およびダイヤ国とスペード夜王国との同盟を白紙に戻させてもらう』
思い出すだけでズキズキと胸が痛んだ。時間跳躍を繰り返し、そのたびに、婚約破棄をこちらから申し出ても、シン様が受け入れることはなかった。それなのにあの会合で彼から一方的に婚約破棄を言い渡される。
あまりにも理不尽だ。
(私からの婚約破棄は駄目で、自分の――ううん、スペード夜王国の都合で一方的に破棄してきた。どこまでも利己的な国。でもそれなら、婚約そのものを受け入れなければ筋道は大きく変わるはず)
十二歳で子供のように駄々をこねて婚約を拒む次期王女。
想像しただけで悪手だとわかる。私は必死に脳をフル回転させた。
(……そもそも十八歳の時に婚約破棄されるのだから、今日会った時に婚約そのものを無かったことにすればいいのだわ。代わりに向こうにとっていい条件、スペード夜王国だったらカネレの品種改良や食料加工の権利等を与えるで、手を打ってもらうように交渉する)
閃きとしては悪くないだろう。
婚約解消がトリガーになる可能性があるのなら、そもそも婚約しなければいいのだ。なによりシン様の傍に居たら、好きになってしまうかもしれない。馬鹿だと思われるかもしれないが、たぶん一緒に居たら好きになる。
婚約破棄が出るまでの彼は表情こそ乏しいものの、私を大切にしてくれていた。積み重ねてきた時間と想いは確かにあったのに、女王即位と共に彼は距離を置くようになっていった。
(もうあんな惨めな思いはしないわ。……今度こそ未練を断ち切るのよ)
恋慕の情は生き残るために捨てたのだ、政略結婚としてならクローバー魔法国のエルヴィン様、あるいは自国で気の合う人を探したほうが良いだろう。何も他国の人間を婿に迎える必要は無いのだ。
(スペード夜王国の婚約は破棄して、クローバー魔法国に打診をしてみるのは妙案かも。それと自国でちょうど良さそうな人を兄様やお父様たちに相談してみましょう!)
そんなことを考えている間に、家事妖精たちは私のドレスアップを済ませ、髪型も編み込みでまとめてティアラが映えるように整えられていた。
鏡を見るとお人形さんのように愛らしい。家事妖精の完璧なコーディネートに拍手を惜しみなく贈った。
「姫様、素敵」
「姫様、姫様、可愛い」
「今日も可愛い」
「あ、ありがとう……」
家事妖精は家事全般を手伝う妖精で、ダイヤ王国の家々に代々住み着いている。小人の妖精たちとは異なり、私よりも少し大人のお姉さんの姿が多い。家事妖精は城内に多く暮らしているので、家事妖精シスターズという総称で呼ばれている。
外見はお人形さんのような白い肌、灰色の髪に、目鼻立ちが整った美女ばかり。紺色の動きやすいドレスで、裾はひざ下が隠れる程度だ。表情の機微は薄いが、とても愛らしい。最近は私と同じぐらいの少女で、クッキーや焼き菓子系が好きな無口な子もいる。
家事妖精シスターズは当番制で私に会いにやってくることが多い。みな顔立ちはそっくりだが、髪型が違う。ローズは灰色の髪を三つ編みにしており、双子のリリィとリズは左右片方ずつの髪を結っている。
(うん、素敵だわ。……って着替えが済んでしまったけれど、シン様に会いたくない。会うのが怖い)
一四九九年の六月、私は十二歳になっていた。
ダイヤ王国には万年春のようなものなので、ハート皇国のような四季はない。一年中様々な花が咲き乱れており、作物も常に実っている。十三回目のスタート地点となる時間軸が早かったおかげで、私は四か国同盟解除を阻止するための味方を増やすべく日々邁進していた。
クローバー魔法国の重要人物となるエルヴィン様とも早々に出会った。十二回の時間跳躍の中でも友人として仲が良かったのだが、彼がなぜ裏切ったのか最期まで分からなかった。
これは推測だがエルヴィン様だけの問題ではなく、クローバー魔法国特有の複雑な事情故なのかもしれない。あの国は、人間、エルフ、ドワーフ、魔女などの多種多様民族の集合という国自体が他国と比べて異色だったりする。
(同盟の本質は先払い。やっぱり三カ国共に食いつく交渉材料を先払いすることで、自国の有用性を見せつけて同盟維持をするのが現実的なはず。……ハート皇国は食料不足と援助、クローバー魔法国は魔石の提供、スペード夜王国は……鉄分を補填する飲食物、カネレの品質改善とかかしら……。んー、商談というなら何かダイヤ王国にも利益がないとジェラルド兄様が許可を出さないわよね)
『おおよそ十二歳の子が悩む悩みとは思えないな~』
「数か月とはいえ、十二回も繰り返しているんだもの。体と心の年齢は違うわ」
『かもしれないけれど、悩みすぎるのは良くないよ~』
「むう」
白猫は私の肩にぶら下がりながら呟いた。妖精たちやオーレ・ルゲイエとの意思疎通が出来ているおかげで心強い。
オーレ・ルゲイエは私が数か月間の時間軸を繰り返しているのを知っており、今回が十三回目だというのも把握しているようだ。
(でも何も教えてくれないのよね)
『ソフィ。ドレスの用意した?』
『着替えの準備♪』
『ソフィの服装はやっぱり可愛い感じが良いよね』
部屋に入ってきた妖精たちが私に声をかける。その質問に私は小首を傾げた。
「え? 今日って何かあった?」
『『『ソフィの婚約者が挨拶に来る』』』
「ぶっ!?」
妖精たちは声を揃えて楽しそうに告げているが、私からすれば最後通牒に近い。できればもっと早く教えて欲しかった。昨日とか!
(き、聞いてないわ! 父様や母様に婚約者なんて不要だっていったのに!)
八歳の頃、両親とジェラルド兄様に懇願したことで婚約を回避したと思い込んでいた。もっとも時間跳躍の話をしていないのだから、子供が駄々をこねている程度にしか思われなかったのかもしれない。
王族として幼いころから他国との友好関係を築くためにも婚約は必要だ。周囲の味方づくりに没頭していたせいで、一番気を付ける事案を頭から排除していた私が悪い。
(今までの時間跳躍は、十八歳から再スタートだったから婚約者との顔合わせの時期なんて、うろ覚えだったし……)
『うろ覚え』そう思いながら自分の言葉を否定する。
違う。その部分だけは、覚えていた──思い出したというのが正しいかもしれないが。
シン様と初めて会った時、眉目秀麗でアメジスト色の瞳と目が合った瞬間、恋に落ちたのだ。所謂一目惚れたっだ。
シン様は表情が硬く、言葉数も少なかったけれど、好きになってもらえたらと彼が笑ってくれれば、きっと素敵だろうと思って努力してきた。
それが十二回とも無駄だったのだが。
(まあ、シン様が笑ったところなんて、殆ど見たことがなかったけれど)
薄く口元を綻ばせて笑う。
せいぜいそのぐらいだ。
心から笑った顔を私は見たことがない。婚約者なのに。
婚約者。
聞こえは良いけれど、私との婚約も国同士の結びつきを強めるための政略結婚だった。それにシン様は第十王子。国に残っても有能な姉弟がいては出世の道は厳しいのかもしれない
『ダイヤ王国女王ソフィーリア・ラウンドルフ・フランシス。貴女との婚約およびダイヤ国とスペード夜王国との同盟を白紙に戻させてもらう』
思い出すだけでズキズキと胸が痛んだ。時間跳躍を繰り返し、そのたびに、婚約破棄をこちらから申し出ても、シン様が受け入れることはなかった。それなのにあの会合で彼から一方的に婚約破棄を言い渡される。
あまりにも理不尽だ。
(私からの婚約破棄は駄目で、自分の――ううん、スペード夜王国の都合で一方的に破棄してきた。どこまでも利己的な国。でもそれなら、婚約そのものを受け入れなければ筋道は大きく変わるはず)
十二歳で子供のように駄々をこねて婚約を拒む次期王女。
想像しただけで悪手だとわかる。私は必死に脳をフル回転させた。
(……そもそも十八歳の時に婚約破棄されるのだから、今日会った時に婚約そのものを無かったことにすればいいのだわ。代わりに向こうにとっていい条件、スペード夜王国だったらカネレの品種改良や食料加工の権利等を与えるで、手を打ってもらうように交渉する)
閃きとしては悪くないだろう。
婚約解消がトリガーになる可能性があるのなら、そもそも婚約しなければいいのだ。なによりシン様の傍に居たら、好きになってしまうかもしれない。馬鹿だと思われるかもしれないが、たぶん一緒に居たら好きになる。
婚約破棄が出るまでの彼は表情こそ乏しいものの、私を大切にしてくれていた。積み重ねてきた時間と想いは確かにあったのに、女王即位と共に彼は距離を置くようになっていった。
(もうあんな惨めな思いはしないわ。……今度こそ未練を断ち切るのよ)
恋慕の情は生き残るために捨てたのだ、政略結婚としてならクローバー魔法国のエルヴィン様、あるいは自国で気の合う人を探したほうが良いだろう。何も他国の人間を婿に迎える必要は無いのだ。
(スペード夜王国の婚約は破棄して、クローバー魔法国に打診をしてみるのは妙案かも。それと自国でちょうど良さそうな人を兄様やお父様たちに相談してみましょう!)
そんなことを考えている間に、家事妖精たちは私のドレスアップを済ませ、髪型も編み込みでまとめてティアラが映えるように整えられていた。
鏡を見るとお人形さんのように愛らしい。家事妖精の完璧なコーディネートに拍手を惜しみなく贈った。
「姫様、素敵」
「姫様、姫様、可愛い」
「今日も可愛い」
「あ、ありがとう……」
家事妖精は家事全般を手伝う妖精で、ダイヤ王国の家々に代々住み着いている。小人の妖精たちとは異なり、私よりも少し大人のお姉さんの姿が多い。家事妖精は城内に多く暮らしているので、家事妖精シスターズという総称で呼ばれている。
外見はお人形さんのような白い肌、灰色の髪に、目鼻立ちが整った美女ばかり。紺色の動きやすいドレスで、裾はひざ下が隠れる程度だ。表情の機微は薄いが、とても愛らしい。最近は私と同じぐらいの少女で、クッキーや焼き菓子系が好きな無口な子もいる。
家事妖精シスターズは当番制で私に会いにやってくることが多い。みな顔立ちはそっくりだが、髪型が違う。ローズは灰色の髪を三つ編みにしており、双子のリリィとリズは左右片方ずつの髪を結っている。
(うん、素敵だわ。……って着替えが済んでしまったけれど、シン様に会いたくない。会うのが怖い)
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
80
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる