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第2章 仕事の仕方
14 都会猫の背負うもの
しおりを挟む「ここは、半角スペース。そして、ここは上と合わせて」
「はい」
「お手紙ではない。こういった文言は削除。あくまで企画書だ」
「そっか。確かに」
それから十五分。企画書の書き方を指導されて、なんとなく先が見えてくる。
「直してみます」
「あと、内容も再考すること」
「不十分ですか?」
「そうではない。考えることを止めたら終わりだ。提出するギリギリまで再考は重ねること」
「了解です」
大きく頷く田口を見て保住も満足したように笑顔を見せた。
——だけど……。
「係長。顔色悪いですよ」
「そうか? あんまり寝ていない」
「そうなんですか?」
「二日酔いってやつだな」
「局長と飲みにいかれたんですか?」
余計なことを言うタイプではないのに、聞かずにはいられない。ずっと気にしていたことだからだ。田口の言葉に保住は目を瞬かせた。
「よくわかったな」
「渡辺さんたちに聞きました」
「そうか。また悪いことでも吹き込まれたのか?」
「悪いことって……」
「澤井の秘蔵っ子とか」
そういう言い方ならまだいい。職場内不倫とかって言われていたけど。田口は黙り込む。
「澤井には、昔からちょっかいをかけられていた。それが気に食わないし、一言文句を言いたくて誘いに乗ったが。最悪だ。酒は弱いほうではないが、悪い酒は後々尾を引く」
「悪い酒……」
彼は手を止めて田口を見る。
「おれの父は、同じ市役所職員だった」
「え?」
——突然の話題転換? しかも、過去形?
保住の意図がわからないので、田口は黙った。
「父は死んだんだ。病気で」
「そうだったんですね」
「別に、父の跡を追うつもりはなかったんだが。あの人は、家庭を全く顧みない人だった。仕事、仕事、仕事。休みの日も仕事。しまいには、自宅にまで後輩や同僚が集まってきて、父を囲んでいた。一体なにがこの人を魅了しているのか。父の仕事とはなんなのだ。そんな思いを抱いていた。
見てみたかったと言ったらそうなのだろう。
おれが就職をする頃に、父が死んだ。妹は、高校に入るころで、母一人では生活も大変そうだった。おれの母は、全くの専業主婦で、奥様付き合いはお得意な人だったが、なにせ社会に出て稼ぐってことをしたことがない人だ。頼りないものだったな」
「それで」
「そうだ。広範囲な転勤もなくて安定している仕事。結局は、そういう理由もあってこの仕事に就いた」
「あの」
「なんだ」
「係長は東大卒業だと聞きましたが」
「そうだけど」
保住は、あっさりと答える。
——噂だって言っていたのに。聞いたら答えるじゃない。
田口はなんだか笑ってしまった。
「なぜ笑う」
「いえ。みなさんが噂だって言っていましたから、聞きにくいことなのかなって思っていたんですけど」
「別に。逆に恥ずかしくて言えないな。地方公務員が悪いとは言わないが、周囲に猛烈に反対されたのは、言うまでもない」
「本当です。係長の経歴だったら国への道も普通にあり得ますよ」
「そうでもない。そんなにできた人間ではないのだ。落ちこぼれだ」
「そうでしょうか」
東大で落ちこぼれだって、この辺ではトップクラスだ。保住よりできる人間は確かにいるのかもしれないが、田口からしたら、すごい能力の人だと思うのだ。
「ここに入庁してきた時から、父の影響はおれに大きくあった」
「そんな事あるんですか?」
「田口は、まだ理解していないかもしれないが、役所内には派閥があるようだ。おれも知らなかったが、父は父なりに必死に仕事をしてきた結果、支持してくれている人がたくさんいたようだ。父を支持していた派閥は、頭を失って衰退していたようだ。そこにおれが入ってきた」
「好機ですよね。係長を祭り上げれば派閥が息を吹き返す」
「そう言うことだな」
「いい迷惑ですね。係長。そう言うの嫌いじゃないですか?」
「よくわかるな。その通り」
「でも、派閥があるってことは相反する勢力もあるってことですよね」
保住は苦笑する。
「昨日、澤井からその話を聞かされた」
「局長から? ……あ」
澤井の年齢は確か保住の父親世代だろう。
「澤井は、父と同期だった。そして、父とは対立する派閥のトップだ」
「それで……」
それで。保住が嫌いなのか? ——いや。嫌いなのだろうか?
——あの人。
保住を見る目は、見たこともないくらい優しい感じだと思うが。
「目をつけられていたのはそういう理由かと思ったら不愉快だ。おれは、おれなのに。父とは関係ないのだ。おれは、あの人が嫌いだ」
「お父さんですか?」
「そうだ」
保住は、じっとしている。彼の中には、彼にしか理解できない様々な思いがあるのだろう。田口には理解できない。だが保住が、とても辛そうにしているのはよくわかった。
「すみません。おれ。気の利いた言葉をかけることができません」
田口の戸惑いを感じ取ったのか、保住は笑った。
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