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第二章
52. 想いを綴る
しおりを挟む二通目の手紙は、妹からだった。
三枚の便箋で綴られたそれは、彼女らしい力強く美しい文字で近況が書かれていた。
母や叔母と同じようにレオンスを気遣うことも書いてあったが、主な内容は彼女が担っている教育に関する熱心な想いと、教え子たちへの心配する気持ちと葛藤だ。
妹のジョゼットは、帝都にある大学校で教師をしている。
戦争状態に入った帝国は、若い男性の多くを徴兵してしまった。そのため今、彼女が大学校で教えている学生のほとんどは女性だ。大学校では優秀な者であれば、アルファでもベータでもオメガでも通うことができる。そこで学んだ者は、将来文官や大手の商会、あるいはジョゼットのように教師等になって社会に貢献することが多い。
しかし戦争が始まって、一年以上が経った。
劣勢が続く我が国に、果たして明るい未来はあるのか——。
そう考えると、自分が担っている教育というものに対する不安や、教え子の未来を憂う気持ちになると、妹の手紙には綴られていた。そして、徴兵された教え子たちの心配も。
ジョゼットは、徴兵されて大学校に通えなくなった教え子たちにもこまめに手紙を書いているようだった。
そして、兵役中に命を落とした子や、安否不明となった子もいるらしい。それに対しての悲しみが滲む手紙を、レオンスはいつも沈痛な表情で読んでいく。
——戦争なんて、早く終わればいいのに。
そう思うのは、妹のジョゼットも同じだった。
「知り合いが死ぬのは、つらいよな」
レオンスも、この要塞に来て一年も経っていないが、同じ釜の飯を食う仲間ができた。そのうち何人かは命を落とした者もいる。つい数日前まで笑い合っていた顔がもう見られなくなるというのは、ひどくつらいものだった。
(最後の手紙は……っと)
今まで見たことのない、薄水色の封筒。
それをひっくり返して、レオンスは目を大きく見開いた。
「セレス……!」
その封筒の裏には、セレスタン・リデックの文字。
ずっと気にかけていた弟の名前が、そこに綴られていた。
レオンスは溢れ出そうな涙をこらえて、封を切る。中には二枚の便箋が入っていた。
彼は今、サブルデトワール川付近の駐屯地にいるらしい。
サブルデトワール川といえば、先日開戦したと報告があった場所だ。
「……そんな危険な場所にいるのか」
徴兵されたときに技術兵の一人として配属されたセレスタンは、現在はその技術の腕で兵器や拠点の整備を行っているという。セレスタンはアルファであり、父の血を色濃く引いているためか、しっかりした体つきをしている。上背もあるし、技術職とはいえ重機をいくつも運ぶ必要があったので、兄のレオンスから見ても羨ましい体をしていた。
だが、だからこそ……弟のセレスタンはいつか前線に行かされるのではないか、とレオンスはずっと不安に思っていた。
手紙によれば、セレスタンが歩兵として戦地へ行く予定はまだないという。
しかし、南の地は激戦地と化しているとも書いてあった。いつ自分が武器を手にして戦地を駆けるかは読めないのだ、と僅かに震える文字で書かれていた。
レオンスがセレスタンへずっと手紙を送れなかったのは、互いの場所を知らなかったからだ。
弟が徴兵されたときは、開戦して二ヶ月ほどだった。そのときから、すでに劣勢だった国はとっくに混乱していたのだろう。呼び出された宿舎へと向かった弟は、そのまま家族と会うことなく赴任先へと行ってしまった。
それでも、レオンスが徴兵されるまでの四ヶ月は、弟と手紙のやりとりができていた。しかし手紙の回数は徐々に減った。
そうしているうちに、オメガ男性の徴兵が囁かれ、程なくしてレオンスも徴兵されることになる。
混乱を極めるなかで手紙の回数は減り、そしてレオンスも帝都を離れることになった。もちろん、その際に弟へ手紙を送った。しかし返事は返ってこなかった。おそらく混乱の中で手紙は紛失したのだろう。手紙の紛失はよくある話だった。
それから、早九ヶ月。
弟は帝都にいる母や叔母、妹と連絡が取れていたようで、時間はかかったがレオンスの居場所を掴んでくれた。だからこうして、手紙を送っているのだと手紙に書かれていた。
「セレス……よかった。ちゃんと、無事で……生きてくれてた」
レオンスは弟のことが好きだ。無論、恋情ではなく家族として。
母のことも妹のことも、そして叔母やほかの親族のことも大切に思っている。しかし、特に弟に対しては愛が深いと自負していた。それがなぜかは、レオンス自身うまく説明できない。
ただ、父と一緒に生まれたばかりの弟に会いに行ったとき。
弟の可愛さや素晴らしさを、父と手を繋ぎながら語り合ったあの日。
レオンスは、愛する者を護るのは自分なのだと心に刻んだ。そのきっかけを与えてくれたのが、弟なのだろう。だからセレスタンにはひときわの愛情を感じているのかもしれない。
その後、自分の二次性がオメガであり、弟がアルファであると判明しても、その気持ちは変わらなかった。
護ってもらう必要があるほど、セレスタンは弱くない。それは理解していても、レオンスにとってはセレスタンも、ジュゼットも、母や叔母も、護りたい家族だ。
「俺も手紙を書こう」
母や叔母、ジュゼットに。そして、セレスタンにも。
激化する南の戦地で、どうか無事でいてほしいこと。無理はしないでほしいこと。
できれば、サブルデトワール川から離れてほしいとも綴りたい。しかし検閲の可能性がある手紙に、それを書くことはできない。その代わりに、自分も無事であることを言葉を尽くして綴ろう。
そして——この戦いが終わったら必ず、二人一緒に帝都へ帰ろうとも。
レオンスは支給されている便箋を、机替わりにサイドチェストの上に広げた。
夜がふけて月がすっかり高く昇っても、レオンスの部屋には小さな灯りが灯っていた。
果てへと続くこの地は、なおも燃え続けている。
その戦火が愛する者のもとへ届く前に、この戦いが終わることをどうか願って——。
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