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第七章 晩餐会
5 後ほど
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5 後ほど
城壁内の礼拝堂へ出かける。美しい中庭を回廊の白い柱が取り囲む。
ジュンは王子の乳兄弟なので席が上席と決まっている。僕は昨日お世話になった小姓たちと一緒の末席でミサを守った。
礼拝堂に、領主様が現れる。僕は思わず目で追ってしまう。
司教様に跪いて祈りを捧げる横顔は、御伽話から抜け出してきたナイトみたいだ。たくさんの護衛や貴族たちに囲まれていて、僕からは本当に遠い人なんだと実感する。
程なくして、第二皇女様がやって来る。背がすらっと高い。侍女たちを引き連れて入って来る姿は、まさに堂々たる姫君だ。キラキラした目で礼拝堂を見回している。王家のいる方にお辞儀して、優雅に席に着いた。
本当に二人はお似合いだ。その二人の間に影のように控えているジュンが、なんだか気の毒になる。
ジュンだってこの礼拝堂の中で一番のイケメンなのに、颯爽とした領主様や第二皇女様と比べると、なんだかどよんとしたオーラが出てしまっている。
礼拝中、ふと視線を感じて目を上げる。皇女様が僕をじっと見ていた。皇女様が僕を認識しているというのは嘘ではなかったのかもしれない。咄嗟のことで会釈すらできなかったが、皇女様は気にした様子もなく、また前を向いてしまった。
ミサが終わると、僕は急いで礼拝堂を出て、馬の轡をとってジュンを出迎える。
礼拝堂を出てきたジュンの横には領主様がいた。僕は顔が急に熱くなって、声が出なくなってしまった。馬の傍にぴたりと寄って気配を消す。僕に気が付いた領主様が会釈してくださったのに、僕はドキドキして、目を逸らしてしまった。
内容は分からなかったけれど、ジュンと領主様は二人で何かの相談をしていた。こうやってみると、背が高く凛々しい二人が並んでいる姿は本当に絵になる。
ジュンを憐んでいたけれど、余計なお世話だったかもしれない。なんだかんだ言っても領主様の一番の側近で、あんな風に平然と領主様と話ができるのだから。
僕はダメだ。なんだか恐れ多くて、ここに立っているだけで恥ずかしくて、領主様と目を合わせることすらできない。
昨日のキスとか、一昨日のダンスとか、全部が僕の妄想だったのかもしれない。遠い昔の夢みたいに思える。
「では、後ほど」
ジュンとの相談が終わったらしい。領主様は、二人を待っている僕を気遣って声をかけてくださった。
僕が顔を上げると、優しいケイトの目が僕を包むように見つめていた。
この瞳に自分が映っていると思うだけで、僕の心は熱気球みたいに膨らんで、足は地面から数センチ浮いたようになる。
「後ほどって、何のことだろう」
帰り道、僕が何気なく尋ねると、ジュンはえっという顔をした。
「領主様、さっき僕に、『後ほど』って言わなかった?」
「仰いましたよ」
「どういうことだろう……」
領主様に、僕はまたお会いできるということだろうか。
「どういうって……貴方も頷いていたじゃないですか。皇女様の訪問でしょう」
今度は僕がえっという顔をする番だった。
「領主様もご一緒なの?!」
「あれ、昨日そう言いませんでしたか」
「聞いてないよ」
「貴方があまりに取り乱していたから言いそびれたかな」
とジュンは言った。領主と皇女に囲まれると知ったら絶対に嫌がるだろうと思って説明を後回しにしてしまったらしい。
「もうお約束してしまった以上、勤めは果たさないといけませんね」
動揺はしたものの、僕は大人しく覚悟を決めた。皇女様と一対一より、ケイトがいてくれた方がなんだか安心できる気がした。
「そうだね」
***************
部屋に帰ると、ジュンは最低限のマナーについて手ほどきをしてくれた。昨日小姓たちの動きを見ていたのが幸いして、大体のことは出来そうだった。特訓というほどのものにはならずに済んだ。
軽い朝食の後、ジュンは近衛隊の稽古を付けに出かけて行った。僕はここに残る。
貴賓館に向かう途中で領主さまがこの館に立ち寄り、僕を迎えにきてくださることになっているらしい。
「小姓が迎えに行くのが筋じゃないの?」
「いや、どうしてもケイトが迎えに来たいらしいです。私にはもう、ケイトという人がわかりません。まあ、付き合ってやって……」
ジュンは半ば諦めたような目でそう言っていた。
僕はドキドキしながら2階のバルコニーに出て、早春の風に吹かれながら領主様の到着を待っていた。
城壁内の礼拝堂へ出かける。美しい中庭を回廊の白い柱が取り囲む。
ジュンは王子の乳兄弟なので席が上席と決まっている。僕は昨日お世話になった小姓たちと一緒の末席でミサを守った。
礼拝堂に、領主様が現れる。僕は思わず目で追ってしまう。
司教様に跪いて祈りを捧げる横顔は、御伽話から抜け出してきたナイトみたいだ。たくさんの護衛や貴族たちに囲まれていて、僕からは本当に遠い人なんだと実感する。
程なくして、第二皇女様がやって来る。背がすらっと高い。侍女たちを引き連れて入って来る姿は、まさに堂々たる姫君だ。キラキラした目で礼拝堂を見回している。王家のいる方にお辞儀して、優雅に席に着いた。
本当に二人はお似合いだ。その二人の間に影のように控えているジュンが、なんだか気の毒になる。
ジュンだってこの礼拝堂の中で一番のイケメンなのに、颯爽とした領主様や第二皇女様と比べると、なんだかどよんとしたオーラが出てしまっている。
礼拝中、ふと視線を感じて目を上げる。皇女様が僕をじっと見ていた。皇女様が僕を認識しているというのは嘘ではなかったのかもしれない。咄嗟のことで会釈すらできなかったが、皇女様は気にした様子もなく、また前を向いてしまった。
ミサが終わると、僕は急いで礼拝堂を出て、馬の轡をとってジュンを出迎える。
礼拝堂を出てきたジュンの横には領主様がいた。僕は顔が急に熱くなって、声が出なくなってしまった。馬の傍にぴたりと寄って気配を消す。僕に気が付いた領主様が会釈してくださったのに、僕はドキドキして、目を逸らしてしまった。
内容は分からなかったけれど、ジュンと領主様は二人で何かの相談をしていた。こうやってみると、背が高く凛々しい二人が並んでいる姿は本当に絵になる。
ジュンを憐んでいたけれど、余計なお世話だったかもしれない。なんだかんだ言っても領主様の一番の側近で、あんな風に平然と領主様と話ができるのだから。
僕はダメだ。なんだか恐れ多くて、ここに立っているだけで恥ずかしくて、領主様と目を合わせることすらできない。
昨日のキスとか、一昨日のダンスとか、全部が僕の妄想だったのかもしれない。遠い昔の夢みたいに思える。
「では、後ほど」
ジュンとの相談が終わったらしい。領主様は、二人を待っている僕を気遣って声をかけてくださった。
僕が顔を上げると、優しいケイトの目が僕を包むように見つめていた。
この瞳に自分が映っていると思うだけで、僕の心は熱気球みたいに膨らんで、足は地面から数センチ浮いたようになる。
「後ほどって、何のことだろう」
帰り道、僕が何気なく尋ねると、ジュンはえっという顔をした。
「領主様、さっき僕に、『後ほど』って言わなかった?」
「仰いましたよ」
「どういうことだろう……」
領主様に、僕はまたお会いできるということだろうか。
「どういうって……貴方も頷いていたじゃないですか。皇女様の訪問でしょう」
今度は僕がえっという顔をする番だった。
「領主様もご一緒なの?!」
「あれ、昨日そう言いませんでしたか」
「聞いてないよ」
「貴方があまりに取り乱していたから言いそびれたかな」
とジュンは言った。領主と皇女に囲まれると知ったら絶対に嫌がるだろうと思って説明を後回しにしてしまったらしい。
「もうお約束してしまった以上、勤めは果たさないといけませんね」
動揺はしたものの、僕は大人しく覚悟を決めた。皇女様と一対一より、ケイトがいてくれた方がなんだか安心できる気がした。
「そうだね」
***************
部屋に帰ると、ジュンは最低限のマナーについて手ほどきをしてくれた。昨日小姓たちの動きを見ていたのが幸いして、大体のことは出来そうだった。特訓というほどのものにはならずに済んだ。
軽い朝食の後、ジュンは近衛隊の稽古を付けに出かけて行った。僕はここに残る。
貴賓館に向かう途中で領主さまがこの館に立ち寄り、僕を迎えにきてくださることになっているらしい。
「小姓が迎えに行くのが筋じゃないの?」
「いや、どうしてもケイトが迎えに来たいらしいです。私にはもう、ケイトという人がわかりません。まあ、付き合ってやって……」
ジュンは半ば諦めたような目でそう言っていた。
僕はドキドキしながら2階のバルコニーに出て、早春の風に吹かれながら領主様の到着を待っていた。
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