氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第七章 晩餐会

4 困惑

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4 困惑 


「な、なんで」

 僕はそれしか言えなかった。

「ですから……おもてなしの一環だそうです」
「皇女様のおもてなしなんて無理だよー!!」

 僕はジュンに縋り付いて激しく揺さぶった。ジュンはただ揺さぶられながら天を仰いでいる。

「あらあら、またケンカですか?」

 年老いたメイドのマーサさんが笑いながら部屋に入ってきた。お盆にはシナモンの香りのするホットワインが載っている。

 僕はジュンから手を離す。思わず取り乱してしまった。

 晩餐会での初めての給仕を終えて部屋につくなり、僕はジュンから衝撃の事実を告げられたのだ。曰く、僕は明日貴賓館で皇女様のお話し相手を務めることになったとか。

「旅行のたびにご当地の小姓を愛でるのがお好きなのだそうですよ」

 何だよそれ……。マスコットじゃあるまいし。そもそも僕はご当地ものじゃないぞ。氷の森の奥の、ど田舎育ちなんですけど。

「宮廷には他にもたくさんお小姓がいるじゃないか。僕じゃなくても……」

 初めての晩餐会に、勝手のわからぬ宮廷でのいきなりの給仕。戸惑う僕に、他の小姓たちが色々と仕事を教えてくれたおかげで、今日はなんとかなったのだ。僕一人では、たぶん使い物にならない。

「皇女様自らのご指名なのだとか。わがままを言ってご機嫌を損ねてはいけません」
「ご指名? 面識もないのに?」
「広間で、貴方の美貌を見初められたそうですよ」
「びっ……」

 僕は困惑して言葉を失う。全く、何を言ってるんだ。僕よりよっぽど綺麗で洗練された宮廷小姓たちが沢山いたのに。絶対何かの間違いだ。

「見初めるってなに。いつ僕を見たって? 何時何分何秒? 地球が何回まわった時?」
「その言い回し懐かしいですね……」
「だって、変だろ。皇女様は始まりから終わりまで、ずうっとケイトといちゃいちゃしてたのに……」

 僕がそう言った途端、ジュンの顔がぴしりと固まった。

 僕ははっとして口をつぐむ。理不尽な要求に戸惑うあまりに、つい無神経なことを口走ったかもしれない。

「ご、ごめんジュン……」
「なんで謝るんですか。事実じゃないですか。喜ばしいことです。知的で美しく上品で身分も申し分ないくらいに釣り合っておられる。しかも女性。じつに睦まじいご様子でした。初対面から打ち解けられるなんて余程お気が合ったのでしょう。あんなに女性と楽しげに会話なさる領主様なんて、なかなか見られるものではありません。王様も王妃様も家臣もそれはそれは嬉しそうなご様子で……」

 無表情のまま早口で語り続けるジュンが怖い。

「えっと、でも、やっぱり乳兄弟のジュンといる時の方が楽しそうだよ」
「え? 領主様が僕に声をかけてくれたことなどありましたっけ。ああ、帰り際のこと言ってます? 僕がケイトと話したのって結局、あの一瞬だけじゃないですか。しかも皇女様をお喜ばせになるために僕の最愛の小姓を召し上げようという残酷かつ身勝手極まりないお願いを一方的にされただけで……」

 なんだかもう、わがままを言った僕が全部悪かったという気になった。ジュンだって好きこのんで僕を皇女様の元に行かせるわけじゃないんだ。

「わかったよ、ジュン。もういい。行けばいいんだろ。行くよ……」
「貴方もご覧になったでしょう」
「な、何を?」

 僕はとぼけているが、言わんとしていることはわかっていた。皇女様と領主様のイチャイチャ……もとい、意気投合ぶりについてだろう。

「あの方の心は氷なんです。不毛な恋に苦しむようなタマじゃない」
「うん……大丈夫そうだったね」

 そうだ。領主様の恋を僕たちが終わらせてやる必要なんてなかったのだ。

 領主様は昨日アリスに夢中になったのと同じくらいの熱量で、皇女様と楽しげに見つめ合い、顔を寄せ合って終始おしゃべりを楽しんでいた。

 僕だって少なからずヤキモチを焼きかけた……。でも、ケイトが皇女様とあんなふうに楽しそうに過ごせるのだとわかって、よかった。これで僕の心配事が一つ消えた。

 氷の森の魔法がケイトを苦しめるのではないかと心配してたのだけど、アリスが消えたところで、ケイトにとっては大したダメージではなかったんだと分かった。それは、喜ぶべきことだった。

 晩餐会に乗り込んだ時、僕はジュンとのラブラブな主従関係をケイトに見せて、アリスへの想いを断ち切らせるつもりでいた。

 それなのに、領主様はそもそも僕らの方を見もしないのだ。皇女様に夢中。ラブラブぶりを見せつけられたのは僕の方。恋を断ち切らせてもらったのも僕の方。



***************



 晩餐会の間、ジュンは始終仏頂面だった。隣の人が怖がって、宴の後半ではどこか別の席へ行ってしまっていた。

 声をかけると、ジュンは僕に隣に座れと言った。ようやく領主様がこちらに気が付いたらしいのだ。

 僕はジュンの膝に乗ってやろうとしたが、それはやりすぎだと止められてしまった。あっちの席で騎士の膝に乗っている小姓を見たからやってみようと僕は提案したが、ジュンは笑って首を振った。

 何か食べるかと聞くので、僕が果物を指さすと、ジュンはまるで恋人みたいに僕の口元まで運んでくれた。

 口を開けた瞬間、領主様が見てると囁かれて、僕はドキッとした。緊張して、目が潤んでいく。僕は果物を口に入れるついでに、ジュンの指先を甘噛みしてやった。いやらしい奴隷っぽくなるかなと思って。

 これだけ見せつければ十分だろう。僕とジュンは目配せしあって、そっと領主様の方を盗み見たのだが……。

 結果は撃沈。

 広げた扇の陰で、領主様と皇女様は顔を寄せ合っていたのだ……。



***************



「あ、マーサさんの淹れてくれたホットワイン美味しいよ、ジュン! 飲みなよ……」

 話を変えようと、僕は温かなカップをジュンの手に握らせた。ジュンは両手でカップを包み込みながら、ぽつりと言った。

「僕は……どうしてあんな人が好きなんだろう」

 ジュンの黒い瞳が潤んでいく。僕はつられて泣きそうになった。可哀想なジュン。可哀想な僕。

「本当にね」

 招かれるまま、僕はジュンの膝の間にすっぽりと収まるようにして座った。暖炉の火がパチパチとはぜている。

 ジュンは背後から僕を抱きしめて、温かいと言った。

「少しだけこうしていてもいいですか」

 暖炉の熱とジュンの体温で、僕もトロトロと眠くなる。えっちな手つきで触られるのでなければ、ジュンとこうやっているのは嫌じゃなかった。むしろ気持ちが良かった。

「うん、いいよ」

 僕はうなずいて目を閉じた。呼吸が深くなっていく。


***********


 気が付いたら、朝だった。僕たちはソファの上で二人、子犬のように重なり合って眠っていた。

「……ジュン……朝だよ……」

 マーサさんが掛けてくれたのだろうか、柔らかな毛布が僕を首元まですっぽりと包んでくれている。それでもちょっと寒くてモゾモゾしていると、ジュンが目を覚ました。

「おはよう……」

 いつもの敬語じゃなくて、ちょっと寝ぼけたジュンが面白い。

「皇女様の所へは何時に行くの?」

 僕が尋ねると、ジュンはがばと起き上がった。僕はバランスを崩してソファから落っこちた。

「いけない、今何時です?!」

 僕は逆さまになったまま、さっき礼拝堂の未明の鐘がなった気がすると答えた。ジュンはほっと息をついて、僕を助け起こしてくれた。

「訪問は午後です。まずはミサに出かける支度をしましょう。ミサから戻ったら、特訓です」
「とっくん?」
「昨日は寝てしまいましたからね。皇女様に粗相のないよう、最低限のマナーとしきたりをお教えします」

 僕はげろぉって顔をしたけれど、ジュンは取り合ってくれない。問答無用で風呂場に連れて行かれて身支度がはじまった。

 





  
 
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