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#83 愛莉のケジメ

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「はぁ…… 緊張します……」

「愛莉…… 大丈夫、僕もいるから……」

「……そうですね、わざわざ真人様も来てくれたんですから、頑張らないとっ」


 今日は土曜日。

 真人と愛莉はエマの運転で、とある音楽スタジオに向かっていた。

 というのも、初めて愛莉とデートした時に言っていた過去に愛莉が所属していたバンドメンバーと会って話す事になったのだ。

 4月の段階ではメジャーデビューを果たしてイベントやら仕事やらで多忙だったようだが、ようやくそれもひと段落ついたらしく、本日会える形となった。

 その時約束したということもあり、真人もついてきてはいるのだが、基本真人は口を出さずにいるつもりではある。


「着きましたよ」

「ありがとうございます、エマさん」

「いえいえ、私も同じ部屋にはいますが口は出さないようにしますね」


 音楽スタジオはどうやら貸切にしてくれたらしく、無人のスタジオに入り奥のレコーディングルームへと進んでいく。

 そして、いざその部屋の扉の前に立った愛莉は、一度大きく深呼吸して部屋の扉を開けていった。


「お! 愛莉! 久しぶり!」

「えー、全然変わってないねー! いや、服とか雰囲気は変わったかな?」

「わぁっ、果穂っ、里穂っ」


 扉を開けてすぐ、中にいた顔も背丈もそっくりで小柄な2人組が愛莉に抱きついていった。


「元気だった? あれから全く連絡無くてずっと気にしてたんだよー?」

「そうそうー、もっと早く連絡くれれば良かったのにー」

「えっと、ごめんなさい?」

「しかもなんか余所余所しくない? 口調も全然違うし」

「んね、前はもっとはっちゃけた感じの……」

「わぁーっ!? む、昔のことはいいですからっ!」

「って、だ、誰この美少年っ!?」

「婚約者連れてくるって言ってたけど、まさか……」

「あ、どうも…… 愛莉の婚約者の大野真人って言います……」

「えーっ! めっちゃかっこいいじゃん!」

「いや、可愛い系でもある……!」

「も、もうっ、2人とも一旦落ち着いてくださいっ! というか、リーダーは……?」

「あー、リーダーはねぇ、何か奥に隠れてるよ?」

「普段は強気なのにこういう時はなんか気まずいんだってー」

『お、おいっ、お前ら聞こえてるからな!? 勝手にバラすな!』


 レコーディングルームの奥にある小部屋から、マイクを通してそんな声が聞こえてきた。


「だってリーダー、そんな感じで逃げていつまで経っても愛莉と連絡取ろうとしないしー」

「いざ会うってなってもそうやってウジウジと隠れちゃってー」

『いや、だが……』

「リーダー…… いや歌音(かのん)、えっと、久しぶり。 私、歌音に話したいことがあるんだ」

『あ、あぁ、俺もだよ。 すぅっ、はぁっ…… い、今から行くから……』


 そう言いながら奥の部屋から出てきたのは細身の青髪の女性で、いかにも音楽をやっていそうなパンク系のファッションをしていた。


「あ、愛莉……」

「歌音、変わってないね」

「そういうお前はなんか雰囲気柔らかくなったな……」


 歌音と愛莉が呼ぶ女性はかなり気まずそうにしていた。


「ほらほら、リーダー? 会ったら言いたい事があるんでしょ?」

「さっさと言いな? 渋ってるのカッコ悪いよ?」

「お、お前ら人事のように…… まぁ、そうだな…… 愛莉っ!」

「は、はい?」

「すまなかった!!」


 そう言って歌音は勢いよく頭を下げた。


「か、歌音?」

「あの時、私は余裕がなくてさ…… 将来不安でどうしようも無かった時に自分と違う道を行こうとした愛莉に酷い言葉をかけちまった……」

「それは…… 私も皆んなの夢を壊してしまいましたし……」

「確かにデビューの話は無くなったかもしれないが、それよりもダチ1人の夢を応援すらできないくらい、余裕の無かったあの時の私にはどの道過ぎた話だったんだよ。 ……本当にずっと後悔してたんだ、なんてダサい事したんだって」

「歌音……」

「愛莉、お前は夢を叶えられたのか?」

「……はいっ、あの時の決断のおかげで私は今、夢を叶えて素敵な婚約者にも巡り合う事ができました。 でも、私もずっと心残りだったんです。 歌音、里穂、果穂、あなた達の夢を一度途絶えさせてしまった事が……」

「愛莉……」

「だから、私もすみませんでした」


 愛莉も歌音と同じように頭を下げ、謝罪の意を示した。


「2人とも、謝罪は済んだ?」

「もうっ、昔から2人とも変なところで頑固なんだから」


 すると、横にいた果穂は歌音の腕に抱きつき、里穂は愛莉の腕に抱きついた。


「果穂……」

「里穂……」

「私は結局この選択が正しかったと思うよ?」

「そうそう、私達はあれから腕を磨いてちゃんとした形でデビューできたし、愛莉はたくさん勉強して夢を叶えたんだしね?」

「それで、別れ方についての謝罪も済ませたんだしもうこれでお相子だね!」

「はい、2人ともこっちきて!」


 そう言って果穂と里穂は愛莉と歌音を引き合わせていく。


「ちょっ、お前らっ」

「はいっ、こういう揉めたりした時の仲直りはウチのバンドではどうするんだっけ?」

「愛莉も忘れてないでしょ?」

「えっと、はい、こうでいいですか?」


 愛莉は右手を握ると真っ直ぐ歌音の方へと突き出した。


「……っ。 懐かしいな、お前とこうするの」

「ふふ、そうですね」


 歌音も同じように右手を前に突き出し、2人はそれをコツンと合わせていった。


「メジャーデビューおめでとう、歌音」

「夢、叶えられてよかったな、愛莉」


 2人は目の端に涙を溜めながらお互いの事を祝福していった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「はぁー…… それで、婚約するに至ったってわけか。 なんか、夢みたいな話だな?」

「愛莉すごーい!」

「ねぇねぇ、真人君のどこが好きなのー?」

「そ、それは…… 私の事をちゃんと見てくれて、優しくてカッコよくて、最近はとっても頼もしくもなってきてますし……」

「おぉー、つまり全部好きってこと!?」

「そうなりますね……♡」


 愛莉とメンバーとの和解も済み、今はお互いが知らなかった時の事を沢山語り合っていた。


 ガチャッ!


「失礼します! 愛莉先輩がいるって本当ですか!?」


 すると突然ガチャリとレコーディングルームの扉が開き、1人の女性が入ってきた。


「あぁっ!? ほ、本当にいるっ! 愛莉せんぱーい!」

「わぁっ! 柚乃(ゆの)っ!」


 柚乃と呼ばれた元気な女性は愛莉の姿を見つけると、凄い勢いで突撃していった。


「うぅ~っ、約3年振りの愛莉先輩っ。 元気そうで良かった~っ」

「ひ、久しぶりですね柚乃」

「本当ですよ! すごい心配してたんですからね!」

「ごめんなさい、柚乃…… でも、もう仲直りしましたから」

「おい、柚乃? ウチらには何もないのかよ?」

「歌音先輩達はしょっちゅう会ってるじゃないですか!」


 テンションの高いこの女性、柚乃は愛莉の一個下の後輩で、愛莉に憧れて音楽を始めたらしく、今は正式なバンドメンバーでは無いが、レコーディングをする際のキーボード役として呼ばれる事が多いそうだ。

 初めは過去のメンバー同士での会話がしたかったので、歌音達は少し時間をずらして柚乃に来るように言っていたらしい。


「そういえば、なんで柚乃を正式なメンバーにしてないんですか?」

「柚乃はねー、『愛莉先輩より良い音を出せて愛莉先輩よりバンドに貢献出来るくらいにならないと入れない!』って言って今は音楽の専門学校で歌とか色々勉強してるんだよー」

「アタシらとしてはもう入ってくれていいと思ってるんだがな」

「あの頃の愛莉先輩を越えてからじゃないと入る意味がないんです! 私が入ってパフォーマンスの質が落ちるなんて事にさせたくありませんから!」

「柚乃…… ふふ、あなたは変わりませんね。 あの頃からずっと真っ直ぐでとても眩しいです」

「愛莉先輩…… って、あ、あれ? そちらの男の子は?」

「あ、私の婚約者の真人様ですよ」

「こんにちは、柚乃さん…… 大野真人っていいます……」

「え、えーっ!? 愛莉先輩の婚約者さんっ!? は、初めましてっ!」


 柚乃にもさっきまで歌音達にしていたような馴れ初めを軽く説明していく。


「はぁーっ…… すごい素敵ですね…… 愛莉先輩おめでとうございます!」

「ありがとうございます、柚乃」

「ねーねー、愛莉? 折角なら一曲演奏しない?」

「えぇっ? いや、あれから私、一度もキーボードに触れてないですし……」

「それでもいいからさ? 仲直りの証としてやろーよ!」

「えっと、歌音はいいんですか?」

「俺もちょっとやってみたいな? まぁ、ミスとか気にせずに愛莉も楽しんでやってみようぜ」

「そういう事なら……」


 という訳で、急遽愛莉達の演奏が始まる事になったので、真人達は隣の部屋へ移動しその演奏を聴く事になった。


「あ、愛莉先輩がまたああしてキーボードの前に立ってるなんて夢みたいです……!」

「僕も楽しみです……」


 マイクなどのセットも終わり、いよいよ演奏が始まっていった。

 演奏するのはロックなアップテンポな感じの曲であり、歌音達のメジャーデビューアルバムの内の一曲で、愛莉がいた頃に作り上げた曲だという。

 とても力強い演奏で真人から見たら愛莉のキーボードも違和感なくとても綺麗に聞こえてきていた。

 歌音達もそれぞれとても良い笑顔で演奏しており、そこには長年の確執など微塵も感じなかった。

 そして、長いようで短かった演奏が終わると、真人の横にいた柚乃が真っ先に愛莉達の方へ駆けて行った。


「愛莉先輩ぃーっ……! 感動しましたーっ!」

「流石に何回かミスしちゃいましたけどね」

「それでもやっぱり愛莉先輩の音はとっても綺麗でした! 淀みがないというか、曲にガッチリ合ってる感じがすごいです!」

「確かに、あの頃から音の綺麗さは変わってないな? やるじゃないか」

「ふふ、この曲は沢山演奏しましたから意外と体が覚えてましたね」

「愛莉、とっても楽しかった!」

「すごい懐かしい気持ちになったよー!」

「私も、すごく楽しかったです」

「愛莉、お疲れ様…… 皆さんの演奏もとってもカッコよかったです……」

「お、おう…… そうかっ」

「あ、リーダー照れてるー」

「男の子にこうやって褒められることなんて無いもんねー」

「う、うるさいっ」

「果穂さん里穂さんもカッコよかったですよ……」

「えっ、そ、そうっ?」

「う、嬉しいなっ」

「お前らも照れてるじゃねぇか……」


 その後も和気あいあいとした時間を過ごし、気づけば真人達が帰る時間になっていた。


「歌音、果穂、里穂、柚乃…… 今日は会えて良かったです」

「俺達もだよ。 今度は飯でも食いに行こうぜ?」

「あ、それいいね!」

「暇な時は連絡するねー!」

「愛莉先輩にまたキーボード教えて欲しいです!」

「ふふ、そうですね。 また会いましょう」


 今日のところはこれでお別れだが、またすぐに会おうと愛莉達は約束し合った。

 そして、愛莉と真人はエマの車に乗り込み、その場を後にした。


「真人様、今日はありがとうございました」

「いえいえ…… 仲直りできてよかったね……?」

「はい、本当に良かったです。 真人様と出会ってから、本当にいいことしかないです♡」

「僕も毎日みんなのおかげで幸せだよ……」

「真人様もなにかお悩みがあったらいつでも頼ってくださいね♡ 全力で力になりますから♡」

「うん、これからもよろしくね……」

「はいっ♡」
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