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647.転売屋は旅立つ

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「忘れ物はないな?」

「大丈夫よ。」

「引き出しの中も確認しておきました。仮に何かあった場合は送っていただきます。」

「便利じゃのぅ。」

「実家ですから。」

各自準備を整え王城のエントランスに集合。

主要な荷物は一足先にミラとアニエスさんが馬車に運び込む指示を出している。

ちなみにハーシェさんは先に乗車中だ。

忘れ物はない方がいい。

下手に残すと本来の物とは別の物が大量に送られてくる可能性がある。

自慢の息子、いや娘の初産だ。

それはもうテンション爆上がりしてるからあの人。

「で、昨夜は何を話していたの?」

「美味い酒を飲ませてもらっただけだ。」

「それだけじゃないでしょ?あんなことやこんな事、聞かせてもらったんじゃない?」

「まさかお父様がこっそりと旦那様を呼び出しているとは思いませんでした。アニエスも教えてくれたらよかったのに。」

「聞かせたくない事があったんだろう。まぁ、俺にはそれが何かは分からなかったけどな。」

「男同士の秘密という奴だ。」

「「「エドワード陛下!?」」」

執務の為に見送りはないと聞いていたのだが、わざわざ見送りに来てくれたらしい。

ま、それもそうか。

娘の見送り位はするよなぁ。

大臣らしき人が大量の書類を持って早く戻って来いというオーラを発しているにもかかわらず、何も気にせずそれぞれに話しかけている。

「シロウ、気をつけて帰るのだぞ。」

「聖騎士団の馬車を襲う不届き者がいない限り大丈夫でしょう、あとは天候次第です。」

「その心配はないよ。離れていても君達の周り位は晴らせるさ。」

「ガルの力があればそれぐらい容易いじゃろう。わざわざ見送りか?」

「そんな顔しないでおくれよディネストリファ。君の邪魔をする気はないからさ。」

陛下に続いて第二の古龍ガルグリンダム様まで登場だ。

初日以降姿を見せなかったが、何かあったんだろうか。

心なしか俺を見る目が優しくなっているような気がする。

「後200年大人しくしておれば復縁も考えてやろう。ただし、私とシロウの子に手を出さすなよ。」

「わかってるさ。という事だから、彼女をくれぐれもよろしく頼むよ。」

「いや、よろしく頼むってどういうことだ?」

「そういう事じゃ。ほれ、さっさと行くぞ。」

「皆様準備が出来ました。」

待ってましたと言わんばかりのタイミングでミラとアニエスさんが戻って来る。

色々と聞きたいことがあるのだが、まぁ馬車の中でいいだろう。

陛下と古龍、そして王城の人たちに見送られながら来た時同様豪華な馬車に乗り込む。

「遅かったな。」

「リングさんが送ってくれるのか。」

「せめて港までは王家の目がある方がいいだろう。家名を汚すようなことはしないと思うが念のためにな。それに友人を見送るのは当然だろう?」

「それはありがたい、よろしく頼む。」

馬車に乗り込むと先に乗車していたハーシェさんとリングさんが談笑していた。

ドンダーク家が何かしてこないとも限らないと、気を回してくれたんだろう。

それか陛下の指示かもしれない。

どちらにせよ心強い味方がいるのはありがたい事だ。

「出発します。」

運転手の掛け声で馬車がゆっくりと動き出す。

全部で10台の車列、行きと違うのはその前後に聖騎士団が加わっている事だ。

ホリアさんの指示なんだろうけど、ぶっちゃけ目立ちまくってるんだよなぁ。

車窓から外を覗けば町中の人が何事かとこちらを見ている。

堂々としていればいいんだろうがどうも気持ちが悪い。

「そうそう、大聖堂のジャンヌ大司教から託けだ。『この度は素敵な贈り物をありがとうございました。皆様の旅に幸多きことを』だとさ。それと妊娠中の三人と未来の妊婦全員にお守りと聖水を預かっている。」

「大司教直々の聖水とかどんな効果があるんだろうな。」

「絶対にベッキーに渡しちゃだめよ。」

「悪霊じゃないんだが・・・幽霊も一緒か。」

「可能性はありますね。」

「屋敷で大事に保管するしかないな。後は各自が肌身離さず持っていれば大丈夫だろう。」

「モニカ様に渡すのはどうでしょうか。」

「やめてやれ、大聖堂の大司教からと聞けば卒倒しかねない。」

テンパってしまい落とす可能性だってある。

会ったぐらいは言ってもいいだろうが、物とかは止めておこう。

しばらくして馬車がグンと速度を上げた。

城下を抜け街道に出たようだ。

流れるような景色を横目にしばし王都での日々を語り合う。

その日は行きと同様リングさんの別荘で一泊し、翌日の昼過ぎに港へと到着した。

「遅かったですわね。」

「あれ、イザベラなんでいるんだ?」

「何でとはなんです、主人を送るのは当然の事でしょう。後は魔石の確認と新しい取引先との契約についてお伝えするために来ただけです。」

「とか言いながら心配だから見送りに行きたいと言い出したのはイザベラなんだけどね。」

「ちょっとウィフ!」

「あはは、とりあえず荷物の積み込みはこっちで見ておくから少しゆっくりしたらどうだい?生憎と本命は到着していないけど、若きデザイナーは首を長くして待っているよ。」

「ん?」

馬車から降りた俺達を待っていたのはイザベラとウィフさんだった。

王都で見送りに来なかった理由はこれだったか。

それにしても若きデザイナーってのは。

「シロウ様、この度はありがとうございました。」

「あれ、マリアルさんなんでここに?」

「契約書をお持ちしました。」

「契約書って、別にイザベラに渡すだけで良かったんだぞ?」

「あれだけ気に入っていただいた上に定期購入までしていただけるんです、直接お会いしてお渡しするべきだとした二人に言われまして。」

その為にわざわざこんな遠くまで、大変だっただろう。

「まさか王都の裏通りにあんなに素晴らしい服屋が眠っているとは思いませんでしたわ。早速秋冬物を注文させて貰いましたの。」

「イザベラの目からしても間違いないか。」

「縫製の丁寧さ、デザインの良さ、細工仕事の精巧さどれをとっても申し分ありませんわ。シロウ様の注文がなければ全て買い占めてしまいたい所でしたが、それではこの服の良さが広がりませんもの。次の夏には表通りに店を出しているのではないかしら。」

「まさかさすがにそこまでは無理ですよ。」

「無理じゃありませんわ、大通りの店が見習うべき点は沢山あります。」

あのイザベラがべた褒めじゃないか。

余程気に入ったんだろうなぁ。

照れまくったマリアルさんから契約書を受け取り中身を確認する。

ふむふむ、毎月20~30着を毎月イザベラが買い上げてこっちに流すのか。

枚数にもよるが費用はおおよそ金貨3枚程度。

まぁ予想通りって感じだな。

「いいんじゃないか?最高の品を送ってくれれば問題ない。イザベラ、良い奴だけ先に抜くなよ?」

「そんなことしませんわ。ちゃんとオーダーメイドした物をウィフに買ってもらいます。」

「え、そうなの?」

「当り前ですわ。だって私奴隷ですもの、お金なんて持っていません。」

堂々と胸を張るイザベラを前にウィフさんと二人で苦笑いを浮かべる。

その後荷物の搬入作業を経て後は出発するだけ、という所まで来たのだが。

「来ないな。」

「いや、ちょうど来たようだ。」

本命が来ないなぁと思っていると、ウィフさんが港の入り口を指さした。

不釣り合いな豪華な馬車が猛スピードでこちらにむかってくる。

土煙を上げながら俺達の前で停車し、そして開いた扉からストーン氏がゆっくりと姿を現した。

「遅くなってしまい申し訳ない。」

「ちゃんと来てくれたんだ、問題ない。」

「当然だろう。魔石はもうすぐ到着するはずだ、先にこれを確認してくれ。」

くるくると丸まった上質な紙が真っ赤な蝋封で固定されている。

何とも絵になるなぁ。

「イザベラ中身の確認を頼む。」

「畏まりましたわ。」

「リング様もご一緒とは、随分と仲がよろしいのですね。」

「シロウは私と妻とのきっかけを作ってくれた男だからな、王家に入る前からの友人でもある。今日は見送りに来ただけだ。」

「そうですか。」

何故この人がここに?という目でストーン氏がリングさんを見る。

陛下と親密なだけでなくリングさんともなれば余計に悪い事は出来ない筈。

まぁ、そんな事はしないだろうという体で来ているわけだけども。

はてさて契約書の中身はどうなっているのかな。

「確認が終わりました、今回の納品は小型が千個中型が千五百個となっています。残りは三か月後、夏までに全数を揃えて納品されるそうです。よろしいですか?」

「三か月なら問題ない。残代金を支払おう、待っていてくれ。」

船の前で待機していたミラから金貨を受け取り、元の場所に戻る。

「ここで確認するか?」

「いや、王家の前で嘘はつくまい。陛下の顔に泥を塗るような男ではないと、私は思っている。」

「そりゃどうも。とはいえ、本当に足りないのであればそこのイザベラに請求してくれ。いや、後ろにいるウィフさんか。」

「どっちでもいいよ。」

「今後の窓口もイザベラが担当する、王都からの輸送も彼女を通して行うから品だけウィフさんの所に搬入してくれれば問題ない。よろしく頼む。」

「こちらこそ感謝しているよ。」

「感謝ねぇ・・・。」

「なにかな?」

意味ありげな顔で俺を見るストーンさんから目線をそらし、俺はリングさんを見る。

とりあえず魔石は手に入った。

後は野となれ山となれ、だ。

「なんでもない。今後ともよい取引を期待している。」

「こちらこそよろしく頼むよ。」

話は終わりだ。

そうこうしているうちに大量の馬車がこちらに向かって来るのが見えた。

アレが魔石を積んだ馬車なんだろう。

中身を確認して積み込めば本当にこの旅も終わり。

とはいえ、家に帰るまでが本当の旅。

さて、ドレイク船長に挨拶でもしてくるかな。

意味ありげな視線を背中に感じつつ、俺はゆっくりと船へと向かうのだった。
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