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648.転売屋は奴隷を送られる

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「シロウ様、次は此方の書類をお願いします。」

「そこ、積んどいてくれ。」

「積む場所がありませんが。」

「うあ、マジか。じゃあちょっと待ってくれ。これにサインをしてから、よし!そっちをくれ。」

「不在時の使用商材一覧です。利益率は別添えの紙に、最終利益は下段にございます。珍しい素材も動いていますので在庫の補充も視野に確認をお願いします。」

これまた面倒なやつが来たなぁ。

ミラに渡された紙の束は厚さ1cmになろうかという分厚さだった。

これを今すぐ確認して更に追加発注についても考えろって?

いやいや無理だって。

そう言いたい気持ちをグッと抑えてアネットお手製のサプリメントを水で流し込む。

大変なのはミラも同じだ。

書類整理を一手に担っているんだから。

本当はハーシェさんも手伝ってくれるはずだったんだが、臨月が近づき安静にするべしとの診断が出たので戦力に数えることが出来なくなってしまった。

援軍を頼もうにもマリーさんも同じ状況だし、アネットは製薬、キキやメルディは店で大忙し。

もう俺無しで十分回せるだけの実力を付け始めている。

そのおかげで俺が書類仕事に専念できるんだけども。

「ただいまー!」

「エリザ様お帰りなさいませ。」

「冒険者ギルドから書類預かってきたわよ。期限は一週間後だって。」

「一週間あるならそこらへんに積み上げておいてくれ。」

「どこ?」

「どこでもいい、優先順位が低い奴は放置だ。」

もう一人の戦力は仕事を増やして戻ってきた。

いや、そもそも戦力ですらなかったか。

書類仕事嫌いだもんな。

「それと、シープさんが手が空いたら連絡欲しいんだって。」

「一ヶ月は無理といっておいてくれ。」

「そんなにかかる?」

「この紙の山を見ればわかるだろ?俺があと10人いても一週間はかかるぞ。」

「こうなるのはわかっていたのよね?」

「わかっていたから向こうでも書類仕事をしていたんだ。もししてなかったらとっくの昔に埋もれてる。」

旅行中も出来る限りの仕事をしてこれだからなぁ。

覚悟していたとはいえリアルタイムでの事務処理が出来ないのは非常に不便だ。

元の世界ならメール一通で出来る内容も、こっちではそれができない。

伝書鳩的なものは存在するが、移動しながらではそれも使えない。

せっかく空き時間が10日もあったのに、もったいないよなぁ。

戦力外のエリザが外に出るのと同時に今度はハワードが部屋にやってきた。

「お館様、昼飯どうする?」

「ハワードか。悪いが今日も食いに行けないから軽く食える奴を頼む。」

「わかりました。無理しないでくださいよ。」

「いや、無理しないと終わらないし。」

「あはは、そうっすね。」

「悪いが屋敷内で足りない分は勝手に補充しておいてくれ、ただしグレイスの許可をもらえよ。」

「わかってますって。」

屋敷関係の報告もしっかり受けないといけないのだが、それをしている暇が無い。

俺の許可なしで回せそうな仕事は全部丸投げしてしまわないと、マジで終わりそうに無い状況だ。

「ミラ、先に休んでいいぞ。」

「そういうわけには参りません。」

「いいから休め、俺が飯食ってる間に書類の確認して貰わないといけないんだから。」

「では書類整理をしつつ休憩させていただきます。」

それ休憩って言わないよな。

王都から戻ってはや三日。

それでも片付かない仕事の山に、自分の仕事の出来なささを痛感している。

せめてミラがあと一人いれば楽になるのに。

そんなありえない妄想をしながら、俺は目の前の書類をにらみつける。

「失礼します、お客様が参られました。」

「え、客?」

「来客はお断りしているはずですが。」

「それが、エドワード陛下からの紹介状をお持ちでして。更に言えば、どうやら奴隷のようです。」

「奴隷が陛下の紹介状を持ってくる?」

いまいち状況が飲み込めない。

とはいえ陛下の手紙を持っている以上無碍にするわけにも行かないので、作業を止めて応接室へと移動する。

二時間ぶりの移動。

ボキボキと体中の骨が悲鳴を上げているのを無視して、応接室の扉を開いた。

「失礼する、陛下の紹介状を持っていると聞いたが本当か?」

「まずは此方をご確認ください。挨拶はそれからで良いと、陛下より仰せつかっています。」

「ふむ、ミラもらってくれ。」

「かしこまりました。」

部屋にいたのは一人の女性。

褐色の肌に深い緑色の瞳がまっすぐに俺を見つめてくる。

腰の長さまである漆黒の髪は器用に三つ編みにされていた。

首には隷属の首輪がついているので奴隷であることは間違いないようだ。

陛下が使者ではなく奴隷をよこすなんて珍しい。

ミラが手紙を読んでいる間も一回も視線をそらす事無く俺を見つめてくるあたり、かなり訓練されていることだけはわかった。

普通は一瞬でも目線が動くものだけどなぁ。

「読み終わりました、確かに陛下からの紹介状で間違いないようです。」

「それじゃあ本人からも聞かせてもらうか。」

真っ赤な蝋封に刻印されているのは間違いなく王家の紋章。

この間見たばかりだから間違えるはずがない。

「改めまして、セラフィムと申します。王家直属の奴隷でございまして、この度陛下よりシロウ様に仕えるよう仰せつかりました。隷属の首輪に触れて頂けますか?」

「ん?触れるだけでいいのか?」

「結構です。」

少し上を向き、無防備に首元を晒す褐色の女性。

幾何学的な模様の描かれた白銀の首輪がなんともセクシーな感じだ。

普通の首輪と少し違うようだが、恐る恐る手を近づけると触れるか触れないかの所でそれが白く光った。

「シロウ様の魔力を確認致しました。この瞬間より、わが身はシロウ様とその一族に生涯仕えるものと記録されます。末長く使って頂けますよう、宜しくお願い致します。」

深々と頭を下げるセラフィムさん。

ん?

ちょっとまて。

「俺はともかくその一族に生涯ってのはどういうことだ?」

「そのままの意味です。本日この瞬間より、私はシロウ様とそのご家族様に生涯お仕えいたします。」

「個人じゃないのか?」

「はい。」

まぁ家族のみんなにもというのならば有難いのだが、そんなに長生きするんだろうか。

「ミラ、さっきの紹介状を見せてくれ。」

「どうぞ。」

ミラから受け取った紙には要約するとこんな感じで記されていた。

『仕事が大変らしいから奴隷を授ける。しっかり使え。』

確かに仕事が大変だと最後の夜に言った気がするが、まさかこんなやり方で支援してもらえるとは思っていなかった。

しっかり使えの部分に色々と余分な思考が読み取れるが、あえて無視するとしよう。

「早速お仕事をしたいのですが、この書類を片づければよろしいですか?」

「出来るのか?」

「我が一族はどちらかというと後方支援、特に事務処理を得意としております。拝見するにかなり大変なご様子、微力ながらお手伝いさせて頂きます。」

「それじゃあよろし・・・。」

最後まで言いかけたところで信じられない光景が目に飛び込んできた。

ミラと共に思わず息をのむ。

それりゃそうだろう。

いきなり目の前で人が二つに分かれたんだから。

真ん中から裂けるというよりも、アメーバが分裂するように左右に分かれつつ足りない部分が補完されていく。

そしてあっという間に同じ顔をした人物が二人、同じようなしぐさで服の皺を直していく。

服が破れないのが非常に謎なんだが、どうなってるんだ?

「「どうかされましたか?」」

「いや、どうしたも何も、分裂したのか?」

「「いえ、正確にはこれが正しい姿です。」」

「正しい姿?」

「「私達は二人で一つ、そうお考え下さい。」」

そうお考え下さいって、そんなファンタジーみたいな事をすぐに理解できると思うなよ。

瓜二つっていう言葉がぴったりだろう。

全く同じ顔、同じ背格好をした女性が俺達を見つめてくる。

先程同様目をそらすことをせず、四つの瞳に見られるのはぶっちゃけちょっと怖い。

「私がセーラ。」

「私がラフィム。」

「「二人でセラフィムです。」」

ちなみにセーラと名乗ったほうは三つ編みのおさげが向かって右側から前に出ており、ラフィムと名乗ったほうは反対の左側からおさげが前に出ている。

まるで鏡合わせのようだ。

「お互い別々の仕事が出来ますが。」

「同化することで情報を共有することが出来ます。」

「それは便利だな。」

「「陛下よりたくさん仕事があると聞いてきました、私達にとって仕事は喜び。楽しませてくださることを期待します。」」

書類の山を見てうっとりとした顔をする二人。

陛下から賜った奴隷は、まさかの分裂できる美人だった。

いや、二人で一つだったか。

ともかく事務処理が出来る人が来てくれたのは非常にありがたい。

仕事ぶりを見てからになるが、前にハーシェさんが言っていた会社のような形を取ることが出来るようになるかもしれないな。

「とりあえずお手並み拝見と行こうじゃないか。」

「「どうぞ宜しくお願いします、シロウ様。」」

いくら人手が増えたとはいえ、仕事が減ったわけじゃない。

猛烈な速度で書類を読み始める二人に若干ビビりながら、俺とミラも書類に没頭するのだった。
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