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645.転売屋は服を買わされる

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「次これね!」

「これはミラ様にお似合いじゃないでしょうか。」

「そうですか?」

「うむ、中々に似合っておるぞ。」

「ではこれも一緒にいただきます。」

また一枚カウンターに積み上げられる。

最初こそニコニコ顔だった店員も30分ほど前からその笑顔が引きつり始めた。

レジカウンターではいつの間にか増えていた店員さんが必死になって勘定を計算し、別の店員が梱包している。

ここは王都に在るとある服屋。

大通りに面した人気店ではなく、女達は敢えて裏通りにあるこの店を指名した。

そしてこの状況というわけだ。

「今ので何着目だ?」

「37枚目、いえ8枚目です。」

「金額は?」

「金貨2枚と銀貨49枚それと銅貨77枚です。」

「そんなもんか。」

「そ、そんなものですか。」

「もう少し高いと覚悟していたんだが、こりゃ長くなりそうだ。」

金額に聞き耳を立てていたアニエスさんがマリーさんへと伝え、それが他の女達へと伝播していく。

店に来て早一時間。

奥にはまだたくさんの服が用意されているようなので、そこにたどり着くまでこの買い物は終わらないだろう。

「梱包は適当でいいからな、どうせ向こうでバラすから。」

「かしこまりました。」

「しっかし、これだけの服をよく作ったもんだ。三人が作ったんだろう?」

「はい。設計を私が、製造を妹が、最後の仕上げを弟が行っています。」

「分業製って奴だな。見事な仕上がりだ。」

「ありがとうございます!」

「こんなに気に入っていただけるなんて、今まで頑張ってきた甲斐がありました。」

ちなみに勘定をしているのが妹で、梱包しているのが弟。

で、俺達についてくれているのが兄だ。

アルトリオという店の名は三人の名前に全て『アル』とつくかららしい。

「旦那様、これはどうですか?」

「ん?それは俺のか。」

「はい、今度は旦那様の服を選ぶそうです。」

「俺の分は別にいいんだが?」

「そういうわけに行かないわよ。前みたいに各自がコーディネートしてあげるから、ちゃんと着てよね。」

「俺の分よりアネットやキキの分を選んでやれよ?」

「それはもう選んだの。」

あ、そ。

じゃあもう好きにしてくれ。

キャイキャイとはしゃぎながら男物の服を選び始める女達。

服を選んでは俺にあてがい、また戻っていく。

「とりあえず追加で五人分、奥には何があるんだったっけか。」

「奥はアルテイシアの作った下着ですね、男子禁制となっております。」

「はいらねぇよ。」

「あ!サイズ直しは出来ますのでデザインだけ選んでください!徹夜してでも明日には間に合わせますので!」

「「「「は~い!」」」」

俺の服の後は下着選びか。

追加で更に一時間コース確定だ。

「シロウ様はあまり楽しくなさそうですね。」

「そうでもないぞ、服自体は好きだ。だがなぁ。」

「女性の買い物は長すぎる?」

「もう慣れたけどな。」

どこに行っても時間がかかるのが女って言う生き物だ。

俺みたいにパッと決めて終わりというわけには行かない。

あの時間こそが至高、それを邪魔するのは野暮ってもんだろう。

「買い物を否定しない男性ってかっこいいですよね、アルト兄にも見習わせたいです。」

「俺は別に否定なんてしないぞ?」

「でもこの前彼女さんの買い物に文句言っていたじゃない。」

「アレは質の悪い品を買おうとしたからだ。デザインが良くても縫製が雑すぎてすぐに着られなくなるぞ。」

「それを直すのが貴方の仕事でしょう。」

「デザイン重視のマリアル兄さんにはわからないって。」

お、兄弟喧嘩が始まったぞ。

服の事になると妥協を許さない弟に、デザイン重視の兄。

妹はマイペースというのが俺の見立てだ。

「シロウ、これなんてどうじゃ?」

「これはマフラーか。夏だぞ?」

「なら冬に使えばいい。素人の私が見てもいい仕上がりじゃ、素材も悪くない。」

「あ、それはマリアル兄さん入魂の一点物ですね。西方にのみ生息する焔芋虫(ほのい)と呼ばれる魔物が出す糸で作ってあります。見た目以上に暖かいだけでなく普通の刃物なんて通さない強靭さを兼ね備えています。」

「でも高いんだよなぁ、アレ。」

『焔芋虫のマフラー。火のように熱い糸を吐く焔芋虫。その糸を冷水で冷やしながら編む事で強靭な糸へと生まれ変わる。それを用いた服はどれも温かく、雪山でも凍えることが無いという。古龍の祝福が掛かっている。取引履歴はありません。』

一点物だけに取引履歴はないのか。

っていうか何勝手に祝福してるんだよ。

買わなかったらどうするつもりなんだ?

「いくらだ?」

「えーっと、金貨3枚かな。」

「安いな。」

「え、安い!?」

「これだけの上質な素材をふんだんに使った一点物、見た目もいいし機能性も申し分ない。下手な首当てを身に着けるよりもよっぽど丈夫そうだ。」

「さすがじゃな、よくわかっておる。」

「これも追加しておいてくれ、どうせまだまだ来るだろうけどな。」

「あはは、あの不良在庫が売れちゃった。」

今度は兄だけでなく下の二人も呆然とした顔で俺とディーネを見てくる。

この程度で呆けている場合じゃないぞ。

今の倍以上の品が積み上げられるんだからな。

女達が下着売り場へ進軍したのを見送り、先程のような西方の素材について情報を収集する。

向こうの素材はなかなか流れてこないのだが、ちょうど俺達が起点としている港に扱っている売人が来るそうだ。

西方つながりでキョウやシュンに聞けば何か知っているかもしれない。

素材的にはかなり魅力的なものが多そうだ。

もちろんその分値は張るが、うちにはいい職人が多いからな。

良い感じに仕立ててくれるだろう。

それを売ればさらに儲かるという寸法だ。

一点物は少し高めに設定しても売れることが多い。

今後はこういった品を扱うのも面白いかもしれないな。

それからきっかり一時間後。

カラフルな下着を両手に抱えた女達がカウンターに戻ってきた。

「満足したか?」

「どれも素晴らしい品ばかりでした。」

「楽しみにしてなさいよ、どれもシロウ好みなんだから。」

「マリー様共々必ずやご満足頂けるかと。」

「私は、産後にお見せ出来れば。とりあえず元の体形まで戻さないと。」

確かに出産が近いハーシェさんの体形はかわっている。

なんていうか、色んな部分がサイズアップしてバインバインだ。

産後すぐに戻すのも大変だろうから、その辺はゆっくりしてほしいんだけどなぁ。

「アネット様たちの分も購入済みです、流石王都ですねこれだけの種類があるとは思いませんでした。」

「そう言ってもらえると嬉しいなぁ。」

「作った甲斐があったってもんだよ。」

「とりあえず会計を頼む、それとレディメイドでいいから継続的に新作を注文することは出来るか?」

「え?それはどういう・・・。」

「フィッティングなしで様々な体形にフィットする服は重宝するからな、王都だけじゃなく他の街にも卸さないかっていう提案だ。販売はこちらでするし、買い切りだから返品の心配もない。自分の服が大勢の人に喜んでもらえる、それを夢見てこの仕事をしているんじゃないかと俺は勝手に思っているんだが、どうだ?」

呆気にとられる三人を順番に見ていく。

裏通りとはいえここ王都で店を構えるだけの実力があるんだ、このままくすぶっているのはもったいない。

女達の選んだ服はどれもセンスが良かったが、それはつまり彼らの作った服にそれだけのポテンシャルがあるという事。

デザインも服のサイズもどれもバランスがいいので、買い切りという形でも売れ残ることはないだろう。

なにより『王都』というキーワードは強い。

地方ほど中央にあこがれを抱くものだからな、王都のデザイナーが手がけた服っていうだけで金を持っている冒険者や奥様方は群がってくるだろう。

「つまり、僕達と契約したいってことですか?」

「あぁ。女達の見る目は確かだ、この服は売れる。だから仕入れたい。」

「でも、デザインとか色とかどうするんですか?こちらの方じゃないんですよね?」

「それは三人に任せる。作りたい服、ここで流行っているデザインを取り入れてくれればいい。あれだ、売り場が別に増えたと思えば簡単だろう。ここにある服も、オーダーメイドして作ったわけじゃないだろう?」

「そりゃまぁ、確かに。」

「なんなら売れ残りでも構わない。ここで売れなかった品をこっちに回してくれるのでもいい。まぁ、時季外れはさすがに困るが、気温差が少なければ何とかなるだろう。月産で何着用意できる?」

どうすればいいのかという感じで下二人が兄を見つめた。

静かに目を伏せ思案する長男ことマリアルさん。

さて、どんな返事が返ってくるのやら。

「店の売れ行きにもよりますが、10~20。下着などを入れて月30はご提案出来るかと。」

「そんなにできるのか?」

「店の分を回せるならいけるんじゃないか。後はマリアル兄さんのネタが尽きないかだろ。」

「いけるいける、下着とか小物も含んでならいけるって。」

「下二人がこのように申しています、宜しくお願いできますでしょうか。」

「そう来なくっちゃ。俺達もしっかり宣伝させてもらう、良い服を作ってくれ。とりあえず会計にするか。全部でいくらだ?」

「えぇっと、ちょっと待ってください!」

「時間はある、待ってる間に連絡先を教えておこう。」

これだけの品をここで眠らせておくのはもったいない。

向こうでまた騒ぎ出した女達をよそに兄貴と今後について話し合った。

今回の買い物は総額金貨8枚。

この店の一か月分の売上なんだそうだ。

今後は毎月の売上に追加で金貨3枚分を確約させてもらおう。

絶対に売れる。

その自信がある。

こうして王都最後の日は、女達の買い物三昧と俺の仕入れで幕を閉じるのだった。
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