ユカイなスピンオフ

近所のひと

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平和な世界線in女体化

女になっちまいました11

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 *

『甲斐……』

 優しい声。優しい瞳。穏やかな表情。大好きだったはずの人。しかし、俺を慈しむ存在が、やがては気持ちの悪いケダモノに姿を変えた。

 誰か。誰か。助けて。嫌だ。

 見た覚えのある暗い廃工場に、必死で逃げる自分をいつまでも追いかけてくる。どんなに早く走っても、どんなに必死で逃げても、奴らは薄笑いを浮かべて魔の手を伸ばしてくる。肩を掴まれ、腕を掴まれ、あっという間に囲まれて手籠めにされる。

 制服を破り裂かれ、足を開かせられ、暴力を振るわれる。泣いて叫んでもゲラゲラ笑うだけでやめてはくれない。あられもなく乱れる自分に、囃し立てて興奮する声がそのフロア中に響き渡った。男達はいつまでも終わらない宴会に自分を解放してはくれなかった。

 そして、また最初の場面に戻されて、優しい声の存在に導かれるのだ。繰り返し、繰り返し、ずっとそんな夢を見続けて、俺はすっかり身も心も疲弊し、アイツの存在が恐ろしくなった。

 アイツを怖いと思いたくないのに、体が恐怖心を感じてどうにもならないのだ。でもアイツは俺を飽きて捨てた。それが本当の事かどうかもわからなくなって、信じたいのに信じられない狭間にいる。

 どうすればいい。わからない。教えて。誰か。助けて。


「だれ、か……」

 うっすら目を開けると数人の姿が視界に入った。

「甲斐君!」
「おにいちゃん!」
「甲斐様っ!」

 心配そうな顔でこちらを覗き込んでいる。

「……ゆう、り、と、しのみや……いもうと、たち……」

 ぼんやりする頭でやっと理解できた。それと同時に、ハッとして周りをキョロキョロした。

「っ……あいつ、らは……?」
「えっ」
「おとこ、いない……?おとこ、いや。どっか、いって、ほしい……っ」

 俺を蹂躙しようとするおぞましいケダモノがいるかもしれないと警戒する。息が苦しくなって体がガタガタ震えて、布団を頭からすっぽりかぶる。それを察した篠宮が、顔を横に振って安心させるような声で言う。
 
「大丈夫。ここにはいない。あたしら女だけ」

 篠宮が静かに言う。

「……ほん、とう……?」
「ええ。私達女性陣だけですよ。甲斐君」
「あんたを傷つける奴もいないから安心して」

 万里ちゃん先生や南先生も姿を見せた。女しかいないという状況にひどくホッとして、動悸の苦しさや体の震えが止まっていく。

「せん、せい……」
「甲斐君が心配でお見舞いにきましたよ。駅前のケーキ屋さんで美味しいスイーツを買ってきました。もちろん、数学の参考書とノートも念のために。休んでいる間、かなり授業遅れちゃいましたから」
「私は下着とか服をチョイスしてきたよ。女なんだからちゃんと可愛くていい下着つけないと」
「……ありがとう、せんせいたち……」

 不安定なメンタルや薬などの影響で頭がまわらないが、ちゃんとお礼は言う。

「甲斐君は……やっぱり優しいね」

 悠里が慈しむように言う。

「え……」
「こんな状態でも、ちゃんとお礼が言える。暴れて手が付けられない状態だと思っていたから」
「そんなこと、ない、よ。ここ、に、ひとりでも、おとこが、いたら、あばれていた、よ」

 昨日や一昨日なんてひどかった。男がいるだけで悲鳴をあげて錯乱した。子供以外のこの世の全ての男という存在を忌み嫌うほどに汚らわしくてたまらなかった。

「……じゃあ、今日は女だけのパーティーをあげられるね」
「そうそう。今日は嫌なことを忘れてさ、女だけで楽しもうっ!私ね、お兄ちゃんも大好きだけどね、お姉ちゃんもほしかったんだよ。だって、姉妹で一緒に買い物したりお化粧しあったりできるじゃん」
「みらい……」

 妹の未来は大会が近いのに、部活を休んでまで来てくれた。こんな不安定な兄のために。

「甲斐様……私は、あなたが元気でいてくれるだけでいいのです。あなたが回復した時はぜひ一緒に買い物に同行させてください。わたくし、女同士の買い物って憧れていたんですの!甲斐様のためならこの友里香、同性愛でもやぶさかではありませんわっ。麗しのお姉さま」
「あー!ちょっとバカ友里香!何抜け駆けしてんの!お兄ちゃんは私のものなんだから!いや、今はお姉ちゃんか」
「どちらでも構いませんわ。性別がなんであれ、甲斐様は甲斐様には違いないんですからっ」

 ぎゅっと友里香ちゃんが俺の手を握る。温かいな。寒気がするような夢ばかり見ていたから、このぬくもりが妙に胸に染みた。

「みらいも、ゆりかちゃんも、ありが、とう、な」

 その後、このメンバーでケーキを食べながらいろんな話をして笑いあった。Eクラスの恋愛事情について話したり、Eクラスの平均点が最近下がっている事に万里ちゃん先生が嘆いていたり、南先生が昔やんちゃしていた頃の話を聞いたり、終始和やかな形でお開きとなった。

 俺が何かのきっかけで不安定にならないように、あえて余計な事を黙っていてくれたことが申し訳なくもありがたかった。

「しの、みや?」

 みんなが帰ろうとした時、篠宮だけが話があると残った。面会時間はもうすぐ終わりなので手短にすると言う。俺は緊張しながら頷いた。

「嫌な話になるかもしれないけど、落ち着いて聞きなよ。直の事なんだけど」
「っ、なおって……やざきなおの、こと……?あいつは、おれをあきてすてた。だから……そんなやつの、ことなんか……」

 本当にそうなのかわからない。本当にアイツは俺を捨てたのかどうかも自分じゃ考える事ができない。だから教えてほしい。アイツの事を。矢崎直の真意を。

 しかし、教えてほしいけど知るのが怖くて、これ以上ショックを受けたら死んでしまう気さえした。

「あんたはアイツが裏切ったと思っているだろうけど、それは違うよ。むしろ逆だ」
「ぎゃ、く……?」
「あいつはあんたの事をあんたが思っている以上に心配していたんだ。裏切ってもいないし、飽きて捨てたなんてとんでもない」
「でも……でも……っ!いや、知りたくないっ!」

 俺は怖くなって座り込んで頭を抱え込んだ。理屈ではわかっているのに、あの人の存在を考えられない。拒否反応を起こしている。

「甲斐、これはあんたのためでもある。知るのは怖いだろうけど、これだけは言える。直は決してあんたを裏切っちゃいない。それだけは本当」
「っ……」

 がくがく震えて、涙があふれてくる。泣きたくて震えたいわけじゃない。

「よく考えて、思い出して。それはあんたが薬を打たれて、記憶が曖昧になっていたせい。だからよく考えればわかる事も鵜呑みにしてしまった結果なんだよ」
「っ、くすりの、せい……?おれは、おかしくなってたから……?」
「傷つく事が怖くて、あんたは直を悪く思い込む事で考える事を放棄していたのさ」
「っそんな……」

 だとしたら、俺は何てことをしていたんだろう。あの人にたくさん酷い事を言った。

「おれ、あいつを……いっぱい、きずつけて、いた?」
「大丈夫。直はわかってるから。傷つく事も承知のうえで、あんたと向き合おうとしているんだ。今も。だから、あんたも向き合うんだ。一歩を踏み出すんだよ」



 *

 あんな事件が起こってから一週間、甲斐の態度は平行線を辿るばかりだった。何度も話しあおうと試みたが、怯えて泣かれるばっかりでさすがに心が折れそうになったが、少しずつ薬の効果が抜けている様子は窺えた。それは悠里や恵梨達が見舞いに来たその日の晩の事だ。

 オレが部屋から出ていこうとすると、小声で、

「ごめんなさい……やざき……」

 その一言が甲斐の口から聞けたのだ。そこは謝罪よりありがとうだろって言おうとしたけど、オレはあえて何も言わなかった。確実にオレに対して少しずつ心を開いてきている事に嬉しく思ったからだ。

「また明日もくるよ」
「…………」

 甲斐は布団をかぶっている。せめて顔くらいは見せてほしかったけれど、贅沢は言わない。立ち去ろうとすると、

「……いかないで……」

 あまりに小声だったから、オレは一瞬空耳だろうかと疑った。

「甲斐……?」
「あ、ぅ……い、いか、ないで……な、お」
「っ……!」

 聞き間違いじゃなかった。甲斐は布団を恐る恐るどかして、オレを涙目でじっと見上げていたから。

「ごめ、ん……おれ、なおに……ひどい、こと……いった……でも……こわくて……ごめん」
「甲斐……いいんだ。お前がオレにどんなことを言っても、オレはお前を怒ったりしないし、嫌いになったりもしない。オレはお前のそばにいるだけで幸せなんだから」

 甲斐を怯えさせないように、優しい口調と態度で接する。

「……な、お……」
「オレはお前が好きなんだから。愛しているんだから」

 甲斐の頬が少し赤くなったのに気付く。

「でも、おれ……おとこにさわられるの……こわい。たとえ、なおでも……まだしんよう……できない……。だって、このめのまえにいるなおが……あのおとこたちにかわって……おれを……お、おそってきた、から……」
「っ……そうか……」

 きっと、眠っている間に何度もそんな夢を見たんだろう。夜中に何度もうなされているのを知っている。だからこそ、甲斐を襲ったゴミ共や背後にいるクソ女にますます憎しみが高まる。

「それで……いっぱい……か、からだ……さわられて……なんどもおれのっ……いやあああっ!!」

 甲斐は悲鳴をあげて激しく涙を流し、両手で頭を抱える。あの時の事がフラッシュバックしてしまったらしい。

「いや、たすけて!だれかっ!いやああああっ!!」
「甲斐――ッ」

 オレはどうするべきか考えるがいろいろ躊躇った。強引にすればますます甲斐を怯えて泣かせてしまう恐れがある。しかし、このまま放ってもおけない。放っておいて下手をすれば自殺でもしてしまいかねないからだ。

 それはここへ入院し始めたばかりの頃、オレが不在の時に限って自分は汚れてしまったと強く思いこんだ甲斐は、紐で首をつろうとして、近くにいた看護師に必死で取り押さえられた事があったらしい。

 その後は見ての通り、全身を拘束ベルトで固定されての身動き取れない状態にされていた。今はマシになったが、食事も食べずに点滴だけだった時もあった。

 見ていられなかった。もう、こんな甲斐を見ていられない。

「甲斐」

 オレはやむを得ないと思い、甲斐の両肩に手を置いて真正面から引き寄せた。

「いや!いや!だれか助けてっ!いやああっ!!」

 案の定泣いて激しく抵抗をされる。手で叩かれても、足で蹴られても、オレは耐える。

「甲斐、よく見ろ。オレをじっと」
「やだやだっ!こわい!こわい!おまえがこわい!なおじゃない!ケダモノっ!消えろ!消えろ!」

 足をばたつかせて視線さえもなかなか合わそうとはしない。しかし、オレは優しく何度も促す。

「恐くない。ちがうだろう。オレはあいつらなんかじゃないだろう。ほら、よく見てごらん」
「や、やあ……で、でも……おまえは、おとこ。ケダモノで……」
「大丈夫。目をそらすな。オレはお前の知っている黒崎直だろう?」

 甲斐はゆっくり顔をあげ、恐る恐る目を開ける。その昏い蒼穹の瞳にオレが映った。オレの瞳と甲斐の瞳が重なり、じっと見つめあう。

「な、お……なお、なの……?おれの……しってる……くろさき、なお……?」
「そうだよ。オレだよ。お前が大好きで愛おしくて仕方のない男がここにいる」
「っ……な、お……直だ……!」

 大粒の涙が甲斐の頬から零れた。甲斐の昏い蒼穹の瞳に光が戻った気がした。

「ごめん。ごめんなっ!俺、俺っ……あんたを……何度も傷つける事言って……おかしくなってて……わけわかんなくなってて……っ!」
「傷つけたのはオレの方だ。あの女からお前を守れなくて、オレのせいでお前があんな目にあって……こっちこそごめん。ごめんな。お前が……無事でよかった……っ」

 甲斐の涙を親指でそっと拭う。泣いていた甲斐の涙が次第に止まっていくと改めて見つめ合う。

「す、すき……」

 頬を染めて、可愛らしく告白する甲斐がとてもけなげで、愛おしくてたまらない。

「オレも好きだよ、甲斐」
「直……うん。ありがと……」

 甲斐は疲れたようにオレの方に倒れ込む。

「ゆっくり休め。おやすみ」
「ん……」

 ゆっくり甲斐をベットに寝かせると、とても穏やかそうに平穏な眠りについた。もう悪い夢はあまり見ないはず。きっと。

「愛してる……甲斐」

 眠る甲斐の唇にキスを落として、オレも甲斐と共に微睡んだ。

 明日から忙しくなる。奴らに地獄を見せるための下準備で。


 *


 あの事件から一か月後、電話で直に呼び出されてウキウキ気分でいた網走は、行きつけのこじんまりとしたアングラなバーで先に待っていた。

 直からよび出される事なんて滅多になかったので、一体なんだろうと心が躍る。いつも以上に濃い目の化粧はもちろんの事、露出度の高い黒のワンピースと装飾と鞄等は全て高級ブランド。直に少しでも気に入ってもらうために気合いを入れた。

 そんな直は秘書の久瀬や助手のような男と共に来店。皺ひとつない高級な黒スーツにサングラス姿。久瀬やその助手に席を外すように言い、カウンター席にいる網走の隣に座る。店主に「いつもの」と頼みながら。

「うふふ、呼び出してなんの用~?デートの約束かなぁ」
「オレがくだらん尻軽女をデートにさそうとでも。笑わせる」
 
 直は頼んだウイスキーを口に含んでクスクス笑う。そんな不遜な態度をされても怒りがこみあげてこないのは【直】だから。尻軽女だろうがくだらんだろうが、全部は直を手にいれるためにその汚い女を演じている。不本意だが、そうでもしなければ彼は自分に見向きもしてはくれない。そういう男だ。

「つれない返事。でもあなたらしいけれど。だって、簡単に落ちてくれちゃあつまらないじゃない」
「お前も含めてつまらないんだろ。こっちがいい顔をすれば簡単に騙されて寄ってくる女ばかり。どいつもこいつも張り合いがない事このうえないよ。女ってのはお前みたいにバカばっかなんだな」
「馬鹿で結構。女はいい男には盲目になっちゃうの。金も権力も美貌も持っているあなたのようなイイ男にね。だから、あなたって本当に罪な男。世の女をこんなにも虜にして、あたしでさえゾッコンにさせちゃうんだから」


 相変わらず本当にイイ男。その横顔も、その仕草も、佇まいも、美しい容姿も、無駄のない筋肉質な体型も、手足の長い高身長も、全て完璧でいい男。びしっと着こなしているスーツ姿も最高に似合っていて、女としてドキドキが止まらない。ああ、今すぐ彼に激しく抱かれたい。

 だからこうして、抜群のプロポーションを誇る豊満な胸の谷間をさりげなく見せつける。三下な男程度であったならあっさりこの誘惑に負けてオオカミのように群がってくるが、直からすれば意にも介さない様子で大体スルーされる。言わずもがな今も。

 さすがに強敵だ。今までだって彼は一度も女に本気で落ちた事がないし、熱愛発覚のニュースを見ても遊び半分の退屈しのぎなのが見て取れる。どんなに最高の美女でも彼を満足させられる女などいないと言わんばかりだ。

 その容姿、カリスマ性、財力、権力、矢崎財閥次期社長という肩書きに骨抜きになるほど心酔し、付き合う事になったはいいものの、そのほとんどが所詮は愛人レベルがいい所。それ以上の関係になるなどまずないに等しい。おかげで飽きて捨てた女の数は山ほどいる。その大半は自分が裏で排除した女も含むが。

 自分のような最高のプロポーションを持つ美女の流し目を蔑にするなんてさすが直ね……。

 少し残念だが、彼は本当に超級レベルのいい男だから、そう簡単には落ちない事は知っているし、今後もそうであってほしいと思っている。あの女――架谷甲斐に対しても落ちたりなど絶対にあるわけがない。

「それで用件はなあに?今夜の相手なら喜んで歓迎するわよ」
「相変わらず誰構わず股の緩い女だな。節操がないとはいえアイツが拗ねるんじゃないのか。あのバカ社長サンの愛人だろ」
「だからこその愛人なんでしょ。使い捨ての性欲処理係。別にあたしはあなた一筋だからそれで一向に構わないけれど、あなたの父親じゃない。そんな言い方して、正之様が逆にあなたに拗ねそうだわ」
「あんな奴など一度たりとも親だと思った事はない。義父とも思いたくない。向こうもオレの事を跡取りのガキとしか思っちゃいないさ」
「随分と冷めきっているのね。財閥親子ってそういうものなのかしら」
「お前には関係のない事だ。と、そんなどうでもいい話などしに来たわけじゃない。取り急ぎの用件を言う……」

 直が懐から数枚の写真をテーブル上に出し、網走に見せた。

「これ、お前が雇った男共だろう?」

 なんの写真かしらと網走が被写体へ向けると、
 
「うッ……!!」

 思わずむせあがりそうになった。そこには、甲斐を襲った三人の末路が鮮明に映し出されていた。もはや人間であった頃の顔が判別不可能なほど原形をとどめておらず、血と臓物と吐瀉物だらけの肉塊と化しており、網走は思わず口元を手で覆う。

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